ますます広がる中間の格差(上)

言語にも「市場価値」がある

中国語の「急上昇」と日本語の「大暴落」

日本人にとって、中国の「居心地」は改善しているのだろうか。物価高や人口膨張等、経済発展のひずみにさらされながら、生活インフラは日本と比べても引けを取らないものになってきた。しかし、漠然とした未来への不安は拭いがたい。その正体を突き詰めていくと、「言語市場」をめぐる力学が透けて見えてくる。

 

中国での就労許可は「狭き門」

中国の在留邦人数は近年、減少の一途を辿っている。外務省が発表した「海外在留邦人数調査統計・要約版(平成28年10月1日現在)」に記載された「在外公館別在留邦人数推移」によると、上海の在留邦人は5万8161人で、対前年比でマイナス3・3%となっている。大連はさらに目減りの度合いが大きく、対前年比でマイナス6・7%の5338人である。

生産拠点を東南アジアにシフトさせた企業の事情もあれば、物価高やネット規制などに「居心地」の悪さを感じて、自ら中国撤退の道を選んだ自営業者や現地採用の就業者、留学生も少なくないだろう。一方、外国人就労許可取得のハードルが高くなり、長期滞在したくてもそれがしづらくなったという事情もある。

筆者も昨年、ビザ取得が「狭き門」であることを痛いほど思い知らされた。就労先を上海から大連へと移したことや、就業(就労)ビザからいったん配偶者ビザ(小職の配偶者が中国人であることから取得できる2年ビザ)に切り替えていたことが仇になった。すべての手続きのリセットを余儀なくされたわけだ。

その奮闘の経過と顛末についての詳細は割愛させていただくが、最も面倒だったのは「無犯罪証明書」の取得だった。警察署から取り寄せた当該の証明書を「学歴証明書」とともに外務省まで持ち込み、認証を受け、それを中国大使館に持参して、「公証認証」を受けて中国に持ち込む。そこまでしても、それは就労許可申請のスタート地点に立ったに過ぎない。

婿入りしたことで姓が変わり、大学の卒業証明に記載された氏名がパスポート上のものと違った場合はもっと手数を踏む必要がある。筆者の知人の経験談を紹介すると、戸籍謄本の公証認証まで必要になったという。東京、大阪などに住まいを持つ人ならいざ知らず、地方出身者が中国に勤務しようと思ったら、相当の忍耐力を強いられると覚悟したほうが良さそうだ。

そして、次のステップで申請者がぶち当たる大きな壁が「ABCランク選別制度」である。外国人就労者はいま、年齢、学歴、中国語力、年俸、勤務日数、勤務地などの項目でそれぞれ点数が算出され、中国が必要とする人材か否かの振り分けとランク付けがされているのだ。

たとえば、年齢では60歳以上が、学歴では高卒がそれぞれ0点評価となる。したがって、飲食業者が料理人を新規に雇う際などは、特殊技術の持ち主という判定を得られなければ、雇用主側も人材確保にハードルがつきまとう。以前なら比較的容易に就くことができた日本語教師も、「日本語教育能力検定試験」の合格、または「日本語教師養成講座420時間コース修了」が「外国人就労許可証」申請の際の要件になっているという。

日本語ができる人材に仕事がない⁉

こうした就労許可取得の難度が引き上げられたことや、そのほかさまざまな制約や事情を受けて、中国における日本人コミュニティーは現在、縮小傾向を辿っている。そして、その結果としてもたらされるのが日本語の「市場価値」の低下である。

人口当たりの日本語学習者がとりわけ多いことで知られる大連は、キヤノンが毎年「日本語弁論大会」を実施するなど、もともと日本語人材の育成に熱心な風土がある。日本への渡航経験がないのに流暢な日本語を話す人に巡り合うこともしばしばである。

しかし、IT業界をはじめ日本語人材の育成が急務とされ、市場がバラ色の未来にあるとうたわれていた10年前とはうって変わり、いまでは日本語人材の就業機会は減っている。

大連外国語大学日本語学院の于飛院長によると、中国全体では、日本語専攻の学生数がここ数年で2〜3万人減少しているという。同大学でも2008年から2009年にかけて3000人もいた日本語専攻者がざっと2000人まで目減りしたほか、日本語専攻者の卒業後の進路も、日本語とは縁のない企業や職種となるケースが増えているという。

上海を本部とする語学教育大手、新世界教育グループの傘下にある日本語学校「桜にほんご」の大連校でも、生徒数の減少傾向が顕著だ。同校のC教務主任は、2008年に500人を数えたのをピークに生徒数が300人ほどまで減少していることを明かした。

そもそも、どんな外国語を学ぶかは、市場トレンドや国の政策に依存する。1980年代であれば、中国人にとって日本語の習得は公務員になるうえでも有利だった。1990年代初頭から四半世紀にわたって大連の発展を見続けてきた大連澤華服装有限公司総経理の清水誠三氏は、「50歳以上の中国人なら日本語を学んで受けた恩恵は大きい。企業経営者になっていたり、会社内で高いステータスを得ている人もいる。しかし、若い世代は日本に留学歴がある人でもメリット享受している例は少ない」と指摘している。

日本語の「市場価値」の低下を痛感させられる騒動が2017年9月にあった。スマホメーカーの「シャオミ」(北京小米科技有限公司)が鄭州大学で行なった就職説明会で人事担当者が放った発言が物議を醸したのだ。

人事担当者は学生たちを前にこう語ったという。

「日本語専攻の学生がいたら、どうぞ出て行ってください。映画事業なら仕事を与えても良いですよ」

その後、会場はどっと笑いに包まれる。なぜなら映画事業がアダルトビデオを指すのが明白だったからだ。

そんな人事担当者の品位のない揶揄に怒り心頭に発した日本語専攻の女子学生は、会場を途中退席するやネットを介してシャオミに対する謝罪要求を行なう。そして、当該の人事担当者が「微博」でお詫びの声明を発表――事はそんな騒動だった。しかし、問題の発言を人権侵害と見なして非難する声がネット上で多数派を形成することはついになかった。

それにしても、外国語専攻に女性が多いのは古今東西で共通していると思われるが、中国における日本語専攻者は特に女性比率が高い傾向が強いと見られる。大連外国語大学の場合は8割が女子学生だという。歪な現象というほかない。

 

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近藤修一(こんどう・しゅういち)

中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994 年、上海に語学留学。1998 年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクールを上海で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポート等の業務に携わる。2002 年10 月に中国全土でフリーペーパー事業を展開するメディア漫歩グループに入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。2010 年2月に同社を退社。中国メディアの日本語電子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャンマー・ジャポン」編集長、フリーランサーとしての活動(翻訳・調査業務等)などを経て、2017 年4月より現職。

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