ますます広がる中間の格差(下)

言語にも「市場価値」がある

ますます広がる中間の格差(上)

 

高まる中国語の市場価値

一国の言葉が国際的に影響を及ぼせるかどうかは、軍事力や経済力といった「国力」に依存する。

1993年に一世を風靡した「ニューヨークにいる北京人」(北京人在纽约)というドラマがある。主演は姜文で、北京からニューヨークに渡り、奮闘を重ねながら事業を成功させていくストーリーだが、空港で公衆電話をかけようにも、英語の説明表示が読めず、主人公が途方に暮れるシーンがある。日本語表記はあるが、中国語のものはない。当時の言葉の力関係を示すものとして印象深いシーンのひとつだ。

その後、「一帯一路」の政策のもと、常任理事国である中国は中国語の影響力を国際的に強めることに成功しつつある。縁故でもなければ中国人が海外に出られなかった時代はもはや過去のことだ。GDP(国内総生産)の数値はもとより、日中間のインバウンドとアウトバウンド数が逆転してすでに久しい。国際社会における「言葉の値打ち」で日本語が中国語の後塵を排しているのは、単に人口規模の差があるからではない。むしろ非常任理事国として経済一本槍の「片肺飛行」を続けた日本の限界だったと言えるかも知れない。

中国のローカルメディアも昨今、海外各国での中国教育熱の高まりを仔細に取り上げている。イギリスを例に取ると、同国では中国語が国民教育の体系に組み入れられ、学習者も3年後に40万人まで増大することが見込まれているという。HSK(漢語水平考試)にエントリーするイギリス人学生も増加しており、2017年7月の受験生は6237名と、2011年と比べ5倍に増えたことが報じられている(人民日報等の記事「英国将漢語納入国民教育体系:3年内学習人数要達40万」から抜粋)。

なお、日本から中国に語学留学する若者は減少しているが、亜細亜大学国際交流センター国際交流課の寺尾浩一氏によれば、その傾向にも変化の兆しが見られているという。同学の都市創造学部(2年次での留学が必修/定員150名)では来年度の中国留学希望者が30名程度にのぼっており、「(同校の)国際関係学部でも教員の指導(リード)の仕方で学生たちの中国留学の希望者は増えている」(寺尾氏)という。寺尾氏は「マスコミの報道、保護者の考え方が変化すると、さらに増える」との見解を示している。

HSKを始めとする中国語関連試験の受験会場で、対外漢語教師の養成基地にもなっているパンダ(大連)中国語学校の陳璐校長によると、同校で中国語を学ぶ受講生の6割から7割が日本人で占められ、その総数に減少は見られないとしている。学習者の中心を占めるのは30代から50代で、前述した外国人就労者に対する「ランク分け」制度も関係し、「点数稼ぎ」のための中国語勉強に迫られていることが背景にありそうだ。先の「ABCランク選別制度」でHSK4級なら8点、5級6級なら10点が加算されるため、学歴など他の項目での点数不足をカバーできるというわけだ。

日本人にとってミャンマーが心地良い理由

ここまで書いてきて、日本人にとって中国の「住みづらさ」が何なのかという正体が見えてきた気がする。

それは他でもない、強まる中国の影響力と薄れゆく日本のプレゼンスという現実を目の当たりにしたことでもたげる、将来への漠然とした不安や焦りと言っても良いかも知れない。

尊大な日本称賛論、あるいは「中国崩壊」を期待するかのような言説は、どれも日本人の不安定な情緒や「縮み志向」の裏返しにあると考えられる。

筆者は数年前、縁があり、7か月という短い期間ながらミャンマーのヤンゴンで働く機会を得た。そこで感じた「居心地」の良さとは、まさしく現地における日本のプレゼンスの向上が背景だったのではないかと思い起こしている。親日か反日かという分け方は好ましくないが、日本が現地で行なう民間援助の実態はローカル媒体ですぐさま報道される。そんな好意的な態度を見せられれば(発展のポテンシャルについての議論は別として)、心情的にこの国に寄り添っていきたいと考える日本人が増えていくのは何ら不思議ではない。

ただし、品質データの改ざん、新幹線での重大インシデント等、メイド・イン・ジャパンへの信頼の失墜が報じられるなど、日本の経済活動を取り巻く情勢は厳しい。軍事、経済の戦争に敗れ、さらに「言語覇権」(といったら誇張表現だが)の争いに失敗した日本が、自分たちの矜持を回復できる場所をミャンマーに求めているのだとしたら、どこか割り切れなさも残る。

「教養」としての日本語

就労許可の取得手続きから語学教育の実状へと話しを進めるなかで、どうもネガティブな思考になってしまった。これではアジアのビジネス展望を主旨とした「ビザイア」の方針にそぐわないため、最後は若干の軌道修正も行なって本稿を締めくくることにしたい。

日本語専攻の学生数は年々減少にあり、日本語人材を扱う人材紹介事業者も次々に姿を消していく近年の趨勢を受けて、いまテコ入れ策を講じる動きが大連で生まれている。在瀋陽総領事館在大連事務所は2017年6月23日、大連日本商工会ならびに大学日本語学院の教師らで組織される「中国日語驚愕研究会大連分会」と連携し、「第1回大連日本語人材育成人材フォーラム」を大連市内のホテルで催した。教育関係者や商工会会員企業の関係者ら約50名が参加し、基調講演や意見交換を行なった。こうした「産学官」連携がさらに活発化していくのは望ましいことだと言えよう。

一方、日本貿易振興機構(ジェトロ)が2017年8月、20〜40代の中国人を対象に消費意識に関する調査を行なったところ、2013年の調査開始以来、日本が初めて「今後行きたい国」のトップになったという。遊園地やテーマパークで遊ぶことが訪日目的の6割を超え、買い物や食事を上回ったことや、桜の観賞も42・3%が希望するなど、「コト消費」への関心の高まりが裏付けられたことが報じられている(2017年12月12日付・時事通信)。「桜にほんご」上海校のT教務主任によれば、日本留学準備のために学校に通う若者の比率が高くなっていると語っている。その一方で、ナイトスポットに従事する女性の受講者が目立たなくなってきたという。日本人客相手の現地の消費スポットが減ったことが背景にあるかも知れない。

中国人が今後、日本語学習に意義を見出そうとするとしたら、それはもはや生計を立てるツールの習得ではない。自身の興味や関心にもとづいた「教養」のひとつという位置づけに変わっていくと見るべきだろう。

2018年は日中平和友好条約締結40周年に当たる。国益や政策を超えた日中の相互理解が民間レベルで進展していくことに希望を託したい。

 

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近藤修一(こんどう・しゅういち)

中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994 年、上海に語学留学。1998 年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクールを上海で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポート等の業務に携わる。2002 年10 月に中国全土でフリーペーパー事業を展開するメディア漫歩グループに入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。2010 年2月に同社を退社。中国メディアの日本語電子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャンマー・ジャポン」編集長、フリーランサーとしての活動(翻訳・調査業務等)などを経て、2017 年4月より現職。

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