アジアで工業団地を開発・運営するアマタ・コーポレーション

アジアで工業団地を開発・運営するアマタ・コーポレーション

タイのTVでも大人気のCEOにインタビュー

タイとベトナムで3か所の大規模工業団地を開発・運営しているアマタ・コーポレーション(http://www.amata.com/en/)だが、工業団地開発でミャンマーとラオスに初進出する他、ベトナムで第2、第3の工業団地建設を始める。アマタ・コーポレーションのウィクロム・クロマディット(Vikrom Kromadit)CEOが筆者との単独会見で明らかにしたもので、ベトナムでは南部ホーチミン郊外のドンナイ省「ロンタイン(LONG THANH)」で建設が始まった新国際空港の近くに「アマタシティ・ロンタイン」を着工する他、ベトナム最北部であるクアンニン(QUANG NINH)省ハロン市でも「アマタシティ・ハロン」を着工する。「アマタシティ・ハロン」は「日本の大手と提携して開発することになる見込みで現在交渉中」という。「アマタ」はタイ周辺国で一気に4か所もの新たな大規模工業団地を開発することになる。

タイとベトナムですでに営業している3か所の「アマタシティ」の工業団地には日系大手を中心として1300企業(操業ライセンス取得工場数)が進出しているが「進出している60%以上が日本企業。世界でこれだけの数の日系工場が集積している場所は他にはない」とウィクロムCEOは胸を張る。工業団地を各地で成功させてきたウィクロム氏は工業団地の立地を決める際のポイントとして「快適性も含めたロケーションの良さ、人件費や土地代などのコストの低さ、安全性が高いASEAN地域」といった条件があると筆者に明らかにした。

タイの工業団地は不動産価格が高騰

アマタ・コーポレーションがミャンマーのヤンゴン郊外で開発を計画している工業団地は50平方キロメートル、ベトナムのハロンで近く着工する工業団地は60平方キロメートル。ミャンマーで日本が開発したヤンゴン郊外のティラワ工業団地の現在拡張中の2期工事を含んで5平方キロメートル(500ヘクタール)に比べると、「アマタ」が計画中の工業団地のスケールはそれぞれ10倍以上の広さであり、「工場を中心としたシティ(街)づくりが『アマタ』が他の工業団地に対する差別化」とウィクロム氏は説明する。「アマタ」グループのタイの工業団地である「アマタシティ・チョンブリ」(2018年、旧「アマタナコーン工業団地」から「アマタシティ・チョンブリ」と団地名を変更)および「アマタシティ・ラヨーン」はタイ政府が進めているEEC(東部経済回廊) 開発地域内にあり、他社の工業団地や住宅地も含めてEEC開発地域は宝くじであたったように不動産価格が高騰しており、EEC法が2018年5月15日に施行されたことからも「アマタ」の好調さに拍車がかかる見込みで、同社のタイでの用地販売高は20%近い伸びを見込んでいる。

苦難や失敗を乗り越え、一代で大成功する

アマタ・コーポレーションを起業し、一代代で今日の「アマタ」グループを築いたウィクロムCEOだが、自身の体に入れ墨があることをインタビュー中に見せてくれたことがあった。「(入れ墨を彫ったのは)痛さで忘れたいことが多かった時代」と、ウィクロム氏は過去の苦労や失敗の数々を聞かしてくれた。

「疲労困憊する苦行が連続した私のやり方はこれからの人には勧められない。私は絶対に金持ちになるんだ、という自信だけでやってきましたが、何も分かっておらず、リスクも高かった。自分自身が投資して進歩するには知識がなくてはならない。私が実行してきたやり方は死を恐れない愚か者そのもの。私はただ運が良かっただけ。それでもこれまでの障害を乗り越えてこれたのは、まともで透明な基盤の上に、強健、忍耐、熱意、一途な思いがあったから。広い視野、理性、金銭や仕事面での秩序、自分と他人に対する誠実さも大切」とウィクロム氏。

夜、寝ている最中に思いついた経営上のヒントをメモに書き残こす日本人の経営者を他に何人か知っているが、ウイクロム氏の場合は、夜中にいったん目覚めたらそのまま早朝まで仕事を続けて、毎日レギュラー出演している早朝のラジオ番組に駆けつけるという。ウィクロム氏はいったい、いつ寝ているのかと不思議な感じだが、昼間でも少し時間があれば、横になって体を休ませながら仕事しているそうだ。

ウィクロム氏を今日の成功に導いたのはビジネスの将来性に対する直観力だった。台湾の大学に留学していた時代、ウィクロム氏はすでに、タピオカ、マグロ缶詰、家畜飼料の3ビジネスに取り組んでいたという。そして台湾留学からタイに戻った1987年、ウィクロム氏は台湾のビジネスマンから台湾で輸出加工区が成功していることを聞き、タイに工業団地を開発することを決めた。

そして、「台湾企業がたくさん来てくれることに期待して最初の200ヘクタール(2平方キロメートル)の工業団地を造ってみたが、たったの1区画も売れず、私に工業団地を造ってはどうかと勧めてくれた台湾人も中国に行ってしまった」という失意に落ち込んだ。

しかし、ニューヨークで開催された先進5か国首脳会議のプラザ合意で円高誘導が1985年に決まったことから、日本企業のタイ投資が始まっており、「これからは日本だ」と直感したウィクロム氏が造ったのが日本企業のタイ投資で最大の人気団地になったアマタ・ナコーン(現在のアマタシティ・チョンブリ)工業団地だった。

当初から日本人が喜ぶ設計に徹してきたが、2005年末には完全メンバー制の高級ゴルフコース「アマタ・スプリング」を工業団地内にオープンさせたのも「進出企業の6割が日本企業。日本人にゴルフ好きが多いので仕事の前後に最高のゴルフ場で楽しんでもらいたい」(ウィクロム氏)といったサービス精神から。水不足で悩む工業団地が多い中、工業団地内のゴルフ場に大きな池を新たに掘ることには、進出企業向けの水資源を確保する狙いがあった。

「前から250日分の水を備蓄していたが、ゴルフ場の深い池で水不足対策が解消できた」とウィクロム氏は自慢する。

筆者の取材先でアマタシティ・チョンブリ工業団地内で長く操業しているある日系の大手企業では、他の工業団地に第2工場を作る計画をしていた時期に合わせて、バンコクで有名な日本料理店である「日本亭」が同工業団地に進出することが決まったことから、「(毎日おいしい日本料理にありつけるので)第2工場もこの団地内に建設することを決めた」と明らかにしてくれた。

私のことを悪く言う人は世界中に1人もいない

ウィクロム氏は「66歳になった。いつか私が死ぬ日が私の引退の日だ。その日まで働き続けるつもり」と筆者に宣言した。「アマタ」を一代で育てたウィクロム氏だが、毎日のようにタイのテレビやラジオなどに出演するタイの有名タレントでもあり、主にタイを取り巻く経済問題についてコメントしている。毎年自著も頻繁に出版しており、そのすべてが書店ではなく、タイ全土で1万店以上あるセブンイレブンに積まれて販売されていることも極めてユニークだ。

ウィクロム氏の著書は1冊数十バーツと100円ほどの廉価。印税はもらわないどころか販売補助金を付けての販売だから、出版社ではなく、著者自らがミリオンセラーを出せる型破りな方法を取っている。

しかしセブンイレブンに本の販売手数料を支払っているから、本が売れれば売れるほど、「出費(コスト)」がかかり、損が大きくなる。しかし、工業団地ビジネスを中心に稼いでいる同氏だけに出版物で稼ごうなんて気はさらさらなさそうだ。

2014年末にはタイで有名な高僧タンウォー・ウァチラメーテイ(Vachiramatee)と生き方についての対談集も出版したが、「100万部以上があっと言う間にタイ全国のセブンイレブンの店頭で売り切れた」とウィクロム氏。

ウィクロム氏は「私のことを悪く言う人は世界中に1人もいないはず」と何度も筆者に断言している。人は誰でも敵や付き合いたくない人がいるはずなのに、ウィクロム氏のこの自信にも驚かされる。

しかし、大企業のやり手オーナー経営者として当然のことだが、「アマタ」の幹部からはウィクロムCEOの頑固さなどで、やや不満の声が社内ではあるようだ。

ウィクロム氏が関係するパーティーなどの場で遠くからウィクロム氏を観察していると、ウィクロム氏はどの人にもまったく同じ目線、態度で接しているように見え、感心する。しかし筆者のような同氏にインタビューして記事にする新聞記者などマスコミ関係者にはとりわけ気を使って親切に応対してくれているようにも感じる。

ウィクロム氏はタイのあちこちのテレビチャンネルにほぼ毎日登場する有名タレントでもあり、主にタイを取り巻く経済問題についてコメントしている。人前に出てしゃべることが何より好きといった感じであり、本人によればテレビなどにコメンテーターなどとして出演しても「出演料はもらわない」そうだから、テレビ局にとっては制作コストが安くなるウィクロム氏の確保に熱心になるのだろう。テレビ局のスタジオやウィクロム氏の事務所や家で行なわれる番組の収録はいきなり、やり直しがない本番としてテレビ慣れしたウィクロム氏が行なうから録画は数十分で終わることがほとんどだという。

しかし「日本のテレビ局だけは例外。何十人ものクルーが日本からやってきて1つの番組を作るのに 数日かかる」とウィクロム氏は驚いている。2年ほど前に筆者のある雑誌の記事を元にNHK衛星放送が放映した番組では放映時間が1時間足らずなのに収録のために数日をとられたウィクロム氏は「まいった」とボヤいていた。マスコミ出演オタクのウィクロム氏に対し、本人はいつでも否定するが、心の中では本当は政治家になりたいのではいかと勘ぐっていたが、どうもその気はなさそうだ。

新聞記者時代からアジア各地を訪問してアジアの経済やビジネスを書く仕事を数十年続けている筆者だが、アジアでのローカルの企業取材では日本企業との差をいつも感じている。例えばアジア各地のローカルの大手企業のトップ取材で「オフレコ」と言われたり、日系企業でのように広報担当の社員などが現地トップの取材に同席するといったことはなく、初対面でもトップと1対1の取材であるケースがほとんどですべての質問に気楽に応じてもらえている。「アマタ」のウィクロム氏もそんな1人で、確か、かつて自社の工業団地の販売で来日した時を最初に長年に渡る無数のインタビューでいつも相手はウィクロム氏1人だけだった。先日もウィクロム氏と2人だけの昼食会をしてくれた時も、筆者とは「30年以上の付き合いだからファミリー同然。食事時間しか貴殿と会いたくない。私も1人で食べるより楽しいし、時間も長めにとれるから記者の貴殿にも良いでしょう。いつでも電話してくれ」と言ってくれた。

しかし、私が聞きたい「アマタ」のビジネスの話はそっちのけで、記事にはならない健康法などの話題で長時間しゃべりまくるウィクロム氏を制して本題の質問に入るのにいつも苦労している。

ミャンマーでも工業団地を建設

アマタ・コーポレーションとして初めて進出するミャンマーではミャンマー政府が管理する5000ヘクタール(50平方キロ)の用地をすでに手当てしており、ミャンマー政府の投資委員会であるMIC(Myanmar Investment Commision)に工業団地造成の認可を申請中だが、認可され次第、建設開始に向けて動き始めるという。

ウィクロム氏がミャンマーを重視しているのは、ミャンマーが中国とインドという大市場の中間に位置し、労賃はタイの3分の1、タイと同じ仏教国であり、地方で紛争があっても最大都市ヤンゴンは平和で治安が良いこと。アマタではこれまでにタイとベトナムに工業団地を開発・運営しているが、アマタにとってミャンマーで初の工業団地はヤンゴン中心部にある「シュエダゴンパゴダから24キロほど北に行った場所、現在のヤンゴン国際空港からは10キロほど北に開発する」とウィクロム氏。

このミャンマーの新たな「アマタシティ」工業団地からはパアン、ミヤワディを経由してタイのターク県メーソットまで国道で結ばれている。またこの工業団地はシンガポールと日本企業の連合により、バゴーで建設が計画があるハンタワディ国際空港と現在のヤンゴン国際空港との間に位置する点も気にいった、とウィクロム氏。

同氏によると「ミャンマーは国をあげての親タイ国であり、タイから投資する日本企業は日本資本のタイ企業としてミャンマーで歓迎されることは間違いない」という。

アマタでは5年以上前からタイ西部カンチャナブリ県の西にあるミャンマー国境であるプーナムロン(ビクトリアポイント)からミャンマーに1歩入った場所であるティキ(HTI HKEE)にIEAT(タイ工業団地公社)と組んで「アマタ」工業団地を造るティキ開発計画を進めていた。

だが、NLD(国民民主連盟)の現政権に代わって以来、ダウェイ経済特区(DSEZ)開発計画が止まってしまったことから、日系企業によるFS(フィジビリティ・スタディ)も終えているティキ・プロジェクトも着工もできないまま眠っている。

「ティキのプロジェクトを中止したわけではないが、ダウェイ開発が進み、深海港の建設が始まらなければ、我々がティキを開発する意味がない」(同)として、ダウェイ開発の本工事が始まるまではアマタのティキでのプロジェクトは休眠状態にしている。

ウィクロム氏は、ミャンマーは、マラッカ海峡を通らずに欧州や新たな市場となるアフリカや中近東を結ぶハブになれる位置にあると語った。同氏は、現代のシルクロード経済圏構想と言われ、中国の習近平政権が進める「一帯一路」計画はタイを含む東南アジア各地に今後大きな経済的な影響を与えることが必至であり、昨年から始まった中近東の原油を中国にパイプライン輸出するミャンマー西部のチャウピューと雲南省の間で今後は道路建設なども進み、中国との関係が膨らむと考えている。

しかし、チャウピューがあるラカイン州では現在、イスラム教徒の「ロヒンギャ」問題を抱えている。ウィクロム氏は「タイ南部ではイスラム教徒が仏教徒を狙う長年のテロ活動が続いている。それに比べれば 、ラカイン州の問題は国連などの支援も得て早期に解決に向かう」と感じているが、『アマタ』がチャウピューに進出することは「タイから遠すぎ、あり得ない」と断言した。

近い将来はラオスにも進出

ラオスに「アマタ」が工業団地を造ることについて「近く発表できる」とウィクロム氏は明らかにした。かつては閉ざされた国(Land Locked Country)だったラオスだが、今やタイなど大メコン圏(GMS=Greater Mekong Subregion)の国々を結ぶ国(Land Linked Country)になっている。

「ミャンマー南部のダウェイに深海港ができれば、タイを横断し、タイのチェンコーンからラオス、そしてラオスのボーテンから中国に入るルートで中国とつながっている」という地理をウィクロム氏は意識しており、その中間にあたるラオスの重要性が高まってきたという。

 

ベトナム北部の工業団地は日本企業と共同開発

アマタ・コーポレーションは1994年にベトナムに初進出、ホーチミン郊外のドンナイ省に「アマタ・シティ・ビエンホア」工業団地を開発して、多数の日系企業が進出しているが、近く同じドンナイ省に「アマタシティ・ロンタイン」を開発する。その「マスタープランはかなり以前に完成しているが、今後数か月以内に着工できる見込み」とウィクロム氏は説明した。その近くではベトナム南部最大の新国際空港になる「ロンタイン(LONG THANH)国際空港」の建設が始まっている。

また、ベトナム最北部であるクアンニン(QUANG NINH)省ハロン市でも、「アマタシティ・ハロン」工業団地を近く着工する。中国が近いことがハロンに着目した理由。

「アマタシティ・ハロンは60平方キロメートルを確保しているが、すでに日本の大手建設コンサルタント企業によるマスタープランを策定済みだが、今後の開発は日本の大手と提携して進めるつもりで現在打ち合わせ中で近く発表できる見込みだ」(同)と言う。

「アマタシティ・ハロン」ができるクアンニン省につながっている近くのハイフォン市には去る5月に水深14メートルの深水港で10万トンなどの大型船も寄港できるラックフエン(Lach Huyen)国際港が日本のODA(政府開発援助)により完成し、筆者は見学してきた。近くにある従来のハイフォン国際港は水深が7・5メートルと浅く、2万トンの船までしか寄港できなかった。ハノイからラックフエン国際港にアクセスする高速道路の最終部分である全長15・6キロ(橋梁部分5・4キロ)の「タンブ・ラックフェン橋」は東南アジア最長の海峡橋として、三井住友建設などが2017年9月に完成している。

ラックフエン国際港は総事業費140 0億円のPPP(Public Private Partnership)案件。当初で750メートルのバースに10万トンの大型船舶2隻が同時に着岸でき、今後拡張する。欧米などへの航路が予定されている。

「私がハロン進出を決めたのも、ラックフェン港が日本の援助で建設されたからだ。この港へのアクセス道路や巨大な橋も日本企業が造った。だいたい私は日本企業の匂いがする場所にしか進出して来なかったし、これからもそうするつもりだ」とウィクロム氏は断言した。

 

 

松田健(まつだ・けん)

アジア・ビジネス・ライター。上智大学法学部卒。元日刊工業新聞記者。主な著作には、『タイで勝つ!! 直感力こそ成功のカギ』(重化学工業通信社)、『今こそフィリピンビジネス─アジア投資の穴場』(カナリア書房)、『魅惑のミャンマー投資』(カナリア書房)などがある。

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