アジア四小龍は今どうなっているのか

アジア四小龍は今どうなっているのか

停滞する韓国・台湾・香港・シンガポール

失業率が上昇する韓国

韓国・台湾・香港・シンガポールの4か国は、かつて「アジア四小龍」と呼ばれて、経済成長を謳歌してきた。これら4か国・地域は、年7%を超える異例の高成長率を維持し、1990年代には急速な工業化を実現。
現在は先進国・地域、かつ高所得国・地域に発展した。

シンガポールと香港は1人当たりのGDP(国内総生産)では今や日本を上回るほどだ。
しかし、そのアジア四小龍もかつての勢いを失いはじめている。アジア四小龍の現状を報告したい。

ソウルの下町、往十里(ワンシムニ)の海鮮料理にいた。3人で5万ウオン(約5100円)ほどの安い店だ。ソジュをなめるように飲んでいると、突然、ひとりの青年が勢いよく店に飛び込んできた。

そして隣のテーブルの前に満身の笑みをつくって立つと、半分に切ったパイナップルを差し出した。客は無視するかのように箸を動かす。韓国ではよくある押し売りのひとつだった。店や地下鉄のなかに出没する。地下鉄内の押し売りは減ったが。

「最近、パイナップルが多いの?」

一緒にテーブルを囲む、ソウル在住の日本人に訊いてみた。

「そう、なぜか知らないけど、パイナップルが多いですね。それに売り子が若い青年が多い」

ソウルの押し売りは、ちょっと汚れた感じの中年男性と相場は決まっていた。店に入ってくる人のなかにはおばさんもいた。ちょっと生活に疲れた雰囲気の女性が多かった。

それに比べると、圧倒的に若い。はつらつとした表情は商売上のものかもしれないが、体からにじみ出る汚れがない。

青年は僕らのテーブルにもやってきた。パイナップルの甘い香りが漂ってくる。話しやすそうな青年だった。知人に通訳を頼んで訊いてみた。

「去年、大学を卒業したけど、仕事がなくて。これアルバイトです」

韓国のフリーターはつらい。たとえば、コンビニのアルバイトにしても、その給料は日本の半分ほどだという。日本ではコンビニでフルに働けば、なんとか生活はできるが、韓国では難しい。学生たちの小遣い稼ぎのレベルという人もいる。青年はもう少し収入がいいパイナップル売りを選んだのだろうか。

韓国統計庁の2017年12月の雇用動向を見ると、雇用労働者は2655万人強で、若干上向きに転じたようだが、15歳から29歳までの失業率は9・9パーセントと2000年以降、最も高い水準に達している。

大学を出ても仕事がない台湾

同じような話を台湾でも聞いた。台湾人男性と結婚した日本人女性からだった。ふたりの子どもはすでに成人し、ともに日本の企業に就職している。子どもたちは高校まで台湾ですごした。

「悩んだけど、日本の大学に進みました。帰国子女枠で。いま考えると正解でした。いま、台湾は本当に就職難なんです。大学を出てもなかなか就職できない。いま、台湾には若者が経営するおしゃれなカフェが増えているんだけど、就職がうまくいかず、それならって開いた店だっていいます。友達と資金を出しあうケースも多いみたい」

アジアを見ると、韓国、台湾、そして香港とシンガポールの経済状態があまり良くない。それは就職難という形で現れている。

かつてアジア四小龍と呼ばれた国々である。この4エリアは、1960年から1990年にかけ、急速な経済発展を遂げた。年率7パーセントを超える経済成長を残し、日本に次ぐグループとして世界の注目を集めた。しかしその成長がピークを迎えてから約30年、それぞれが壁にぶつかっているように見える。

世界の国々の経済成長というものは、どこか人生にも似ている。ピークの後には、そのつけが必ずまわってくる。専門家の分析は、各国の特殊性も加味されてくるから、こういう傾向への感覚は、ともすれば強引にも映るが、アジア全域を俯瞰すると、やはりひとつの流れがあるように思う。

日本もバブル崩壊後、就職氷河期を迎えた。1990年あたりからバブルの崩壊がはじまり、一般的には1991年にバブル景気は終わったといわれる。そのなかで、企業は採用を手控えるようになり、一気に就職難に向かっていく。就職氷河期は1993年から2005年あたりまで続いた。この時期に就職を迎えた若者たちはその不遇を嘆くことになる。その年代はいま40歳代に入っている。ひとつの世代論すら生まれている。

日本の就職氷河期をアジア四小龍のエリアにそのまま当てはめることはできないが、新しい経済構造が生まれるまで、アジア四小龍のエリアは苦しい時期が続くことは間違いないだろう。

日本は韓国よりもチャンスが多い

アジア四小龍の就職難は日本にいても肌に伝わってくる。東京都内のコンビニの店員には、韓国や台湾からの留学生が多い。韓国からの留学生からはこんな声が聞こえてくる。

「韓国のソウル大学や高麗大学、延世大学あたりに行っていれば別かもしれないけど、それ以外の大学では就職は大変。それぐらいなら海外の大学を出て、海外での就職を狙ったほうがいい。韓国よりチャンスが多いんですよ。日本は近いから留学には都合がいいんです」

日本語学校に通うアジアからの学生も増え続けている。応募に対して、日本語を教える教師の不足が悩ましいところ……と、ある日本語学校の経営者は語っていた。

若いアジアからの留学生には能力が高い人が多い気がする。コンビニを見ていても、日本人のおじさん店員よりはるかに手際がいい。コンビニにはさまざまな仕事がある。公共料金の支払いや宅配便の受付……。支払いにもさまざまなカードが使われる。それをこなさなくてはいけない。機械の操作に戸惑う日本人を尻目に、アジアからの留学生組はさっとこなしてしまう。

日本の企業もそのあたりがわかっているようだ。中途半端な日本人より、優秀なアジアの学生を採用枠に加えつつあるという。

ソウルでひとりの学生からこんな話も聞いた。彼は夏休みの間に、東京の日本語学校で集中的に日本語を学んでいる。

「狙いはインターンシップです。日本の企業に入るにはインターンシップが強いですから。企業によっては、インターンシップ枠を日本人に限定していないところがあるんです。そうはいっても、日本語は必要です。ソウルでも日本語学校に通っているんです」

韓国の就職難と日本企業のマッチングはこれからも進んでいくだろう。

韓国は長く就職氷河期が続いている。その兆候が見えてきたのは、1997年のアジア通貨危機というから、もう20年近くになるわけだ。そこには財閥系企業が国の経済を握っているという韓国の事情が横たわっている。財閥系企業に勤める人は横でつながっている。同じ学校に通った同級生というつながりが強い社会なのだ。しかしその財閥系企業も、海外からの資本は流入し、韓国内での空洞化が進みつつある。そういう社会が招く就職難だから、経済状態が上向いてきても、すぐに反応しない。

ピョンチャンで行なわれた冬季オリンピックの後、韓国経済は一気に落ち込むのではないかというシナリオを描くアナリストもいた。しかしオリンピックが終わったいま、韓国経済は平穏を保っている。経済的には安堵感が漂い、今後もち直していく楽観論も出てきたが、こと就職という面では、相変わらず厳しい環境である。韓国の若者を見ていると、どこか諦めムードも生まれている気がする。海外就職はすでに既定路線と見たほうがいいのだろうか。

中国市場に台湾人を投入したい日本企業

韓国に比べれば中小企業が多い台湾は、さまざまな経済変動を巧みに吸収してきた。大企業はひとつの判断ミスが大きな影響を生む。しかし中小企業は、下請け、孫請けの間隔がクッションの役割を果たすといわれる。台湾経済の堅調さは、そんなところにもあった。しかし中国、タイ、マレーシア、ベトナムといった四小龍の後ろに控えていた国々の経済成長力のなかでは、いよいよ苦境に立たされてきたといった状況だろうか。

日本企業の採用担当のなかでは、日本語を学んだ台湾人への期待が大きいという。ポイントは中国である。世界の工場といわれた中国は、いまや世界有数の消費エリアに変容しつつある。中国の内需の拡大に入り込んでいくことは、日本企業にとっての成長を握る鍵ともいわれる。製造業の拠点は東南アジアに移行しつつあるが、その売り先として中国は魅力的なのだ。

中国の膨大な人口。そして資金力。中国を世界最大の市場と見る向きは多い。2020年までは、中国内需は拡大していくといわれている。

その中国にどう切り込んでいくか。そのときにネイティブな中国語、とくに普通話を話すことができる台湾人は欲しい人材だという。加えて台湾人の感性は日本に近い。日本のビジネススタイルへの理解度も中国人より高いといわれる。

中国への売り込みの通訳役を台湾出身の社員が担うだけでなく、日本のビジネス風土を中国人に理解させていく意味合いがあるという。実際、日本の大学を卒業した台湾人は、名だたる企業に就職していくことが多い。この話はすでに台湾ではかなり知られている。そこに拍車をかけるのが台湾の厳しくなってきた就職事情である。今後、日本に留学していく台湾人はさらに増えていくのではないかといわれている。

これからの10年を考えると、韓国と台湾に、日本で起きた「失われた10年」が襲うのかもしれない。日本の場合は、国内問題にとどまっていた感があるが、当時に比べたら、人材の流動化はさらに進んでいる。

韓国や台湾から見れば、それは人材の流出でもある。それをどう防いでいくかがひとつのカギになるかもしれない。そこには両エリアの出生率の低下や高齢化問題も絡んでくる。将来を見据えれば、韓国と台湾は出生率を上昇させていく政策が重要になってくる。

中国に翻弄される香港

ここまでアジア四小龍のなかの韓国、台湾を中心に話を進めてきた。あとふたつのエリア、香港とシンガポールに話を移していこうと思う。

香港は中国に返還されたという特殊事情をもっている。中国の影響力を最も受けているエリアといってもいい。

香港がイギリスから中国に返還されたのは1997年である。それから約20年がすぎたわけだ。返還から50年はふたつの制度が共存するという条件での返還だった。中国の社会主義と香港の資本主義である。

しかし中国は巧みに香港の中国化を進めている。それは主に、政治の面で表面化している。中国は一党独裁の政治体制で選挙は行なわれない。しかし香港にはいくつかの政党があり、選挙が行なわれる。しかしこの選挙に対し、中国はさまざまな制限を加えてきている。ひとつは直接選挙の制限である。今後、直接選挙が行なわれることになっているが、民主派の候補が立候補できない仕組みをつくりつつある。

政治的な攻防につい目がいってしまうが、経済的にも香港は中国の資金力に翻弄され続けている。共産党幹部や富裕層は、香港を巧みに使ってきたといってもいい。

香港では返還から5年後、投資移民制度がはじまった。これは日本円にして1億円相当を不動産や金融商品に投資すると、香港の居住権がもらえ、そのまま10年がたつと永住権がもらえるというものだった。これは返還後に落ち込んだ香港経済を活性化させる目的だった。この投資移民から中国本土の人は除外されていた。この政策がその後の香港を大きく変えてしまう。

中国の急増する資金がこれを狙っていくのだ。その間に立ったのが香港の不動産業者だった。党幹部や富裕層は、資金を海外に移そうとした。その移転先は香港が好都合だったが、中国人は投資移民枠から外されている。そのために、中国の党幹部や富裕層は自分の妻や子どもに外国籍をとらせた。アフリカには20万円ほどで国籍がとれる国があったのだ。外国人になれば、堂々と香港の投資移民制度に乗ることができた。

この方法ができたことで、中国の資金が一気に香港に流れ込んだ。そして香港の土地の高騰を生んだのだ。香港では、「一生働いても、マンションひとつ買うことができない」という状況になっていく。不自然な不動産高騰。中国本土と手を組んだ不動産業者が香港を操るようになっていくことへの不満。2014年、香港では学生や民主派による大規模な路上占拠が起きた。その一因は、香港の不動産の高騰でもあったのだ。

本来の経済活動とは違う香港への資金の流入は、最終的には停滞に結びついていく。返還時には、将来50年は、香港の資本主義は守られることになっていたが、その実態は、さまざまな手段で、少しずつ中国にとり込まれていく年月だということを香港人は知ってしまったのだ。

そうなると、香港というエリアの経済を語ることが難しくなってしまう。四小龍の一画を担った香港が、その枠組みからスピンアウトしていってしまうのだ。

香港人にはさまざまな思惑があったかもしれない。中国の資金を使い、金融センターとして成長していくシナリオを描く人もいただろう。そういったものが、すべて中国の顔色をうかがわなくては実現しないものになっていってしまった。

その結果だろうか。2013年にワールド・ファクト・ブックが発表したジニ係数で、香港はアジア最悪の12位、53・7パーセントを記録してしまった。ジニ係数というのは、所得分配の不平等さを示す指標で、100パーセントに近づくほど不平等さが増す。上位にはアフリカ各国が名を連ねている。世界平均が39・5パーセント、タイは39・4パーセントと平均値上にある。日本は37・9パーセントだ。それに比べると、香港はいかに不平等な社会ができあがってしまったのかがよくわかる。これが中国返還の結末としたら憂鬱な気分になる。

労働者の高齢化が進むシンガポール

アジア四小龍の最後のエリア、シンガポールもこのジニ係数が高い。アジア各国のジニ係数を見ると、最悪は香港だが、次が中国の47・3パーセント、そしてシンガポールは46・3パーセント。世界で32位という不平等ぶりを示している。

僕はしばしばシンガポールに出向く。食事はもっぱらホーカーズと呼ばれる屋台村である。物価が日本より高いシンガポールでは、サービス税をとらないホーカーズについ流れてしまうのだ。そこを見ていると、客が去ったテーブルを片づける老人が増えてきた気がする。60歳代、いや70歳代だろうか。テーブルの間をよろよろと歩く姿に、シンガポールが抱える高齢化社会の現実を突きつけられる。

それは年齢別の就労者を見ても明らかだ。10年ほど前の2006年、65歳から69歳までの老人の就労率は約24パーセントほどだった。ところが2016年には約40パーセントに跳ねあがっている。シンガポールは、65歳をすぎても働かなくては生きていけない社会になりつつある。ホーカーズで一緒にテーブルを囲んだ日本人の知人に訊いてみた。彼はシンガポールに8年ほど暮らしている。

「月収? 300シンガポールドル、日本円で2万5000円程度って聞いたことがあるな。フルタイムで働くと7万円ぐらいになるらしいけど、働きたい老人が多くて、パートタイムが多いらしい。この給料じゃ、ひとり暮らしは無理。子どもと同居だとは思うけど」

シンガポールにも年金はある。しかし発足してからの年数が少ないため、いまのシンガポールの老人たちは満足な額を受けとることができないという。そんな老人のなかには、HDBという自らが住む公営住宅のローンを払うことができない人が増えているという。なんとか生き延びるために、ホーカーズの清掃係に応募するようだ。

シンガポールといえば、金融先進国としてのきらびやかな一面が協調されることが多い。欧米で生まれたネット系ビジネスも、拠点をシンガポールに置く会社が少なくない。エアビーアンドビーもシンガポールでハンドリングを行なっている。

そんな社会のなかで、格差社会が急速に広がっている。とくに高齢化問題は深刻なのだ。若い世代は、自分の親を支えていかなくてはならない。その状況が、シンガポール経済の足を引っ張りはじめているという。

アジア四小龍は、いま大きな岐路に立たされている。経済を停滞させる要素が表面化してきている。これから10年──。厳しい時代が続くといわれている。

 

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下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

作家。元新聞記者。主な著作に、『本社はわかってくれない─ 東南アジア駐在員はつらいよ』(講談社現代新書)、『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)、『バンコク探険』(双葉文庫)、『海外路上観察学 ぼくの地球歩きノート』(徳間書店)、『ホテルバンコクにようこそ』(双葉文庫)、『バンコクに惑う』(双葉文庫)、『アジアの誘惑』(講談社文庫)、『アジアの弟子』(幻冬舎文庫)、『バンコク子連れ留学』(徳間文庫)、『アジアの居場所』(主婦の友社)、『新・バンコク探検』(双葉文庫)、『タイ語でタイ化』(双葉文庫)、『タイ語の本音』(双葉文庫)、『アジアの友人』 (講談社文庫)、『バンコク迷走』(双葉文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社新書)、『週末アジアでちょっと幸せ』(朝日文庫)、『週末バンコクでちょっと脱力』(朝日文庫)等がある。

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