インドの新通貨政策で誰が得したのか

ある日突然、紙幣が廃止される!

インドの新通貨政策で誰が得したのか

税収なしに国家は存在できない。税収なしに国家は存在できない。国家を支える税収のために最も重要なのが通貨の発行だ。その国が実行する通貨政策によって、経済の命運が分かれると言ってもいいだろう。インドの新通貨政策によって、どんな混乱が起きたのか──。 実際に体験したトラブルと現状を報告する。

世界には所得税の存在を知らない者も多い

国民の理解を得ながら、税収を増やす──。これは多く、いや全国家の課題である。安定した税収は国の経済を支えていく。そこで世界の国々はさまざまな税金を設定することになる。日本の相続税はしばしば議論にあがる。導入予定の新しい消費税のシステムも混乱を招きそうだ。

しかし世界には、税収のなかでも大きな割合を占めるはずの所得税が浸透していない国も少なくない。

たとえばタイ。バンコクでは大きな通りにある屋台が次々に消えていく。衛生上の問題などと政府はいうが、突き詰めていくと税金問題ではないかという人もいる。

会社を経営するタイ人はこう説明する。

「屋台の廃止には賛成です。彼らがきちんと税金を納めていないことがその理由。私は身を粉にして働いているのに、しっかりと税金をとられる。しかし屋台を営む人たちは税金を払っていないことが多い。これは同じ国民として不平等。だから屋台を1か所集めるなりして、屋台の税法をつくって、一律に徴収するようなシステムをつくってほしい。屋台そのものに反対しているわけじゃありません。彼らもしっかり税金を払ってくれれば、私は反対しません」

ある程度の説得力のある説明だと思う。税金はやはり平等に徴収されることが基本にあるからだ。

それを所得税という形にするかは別にして、税金とは無縁で生きている国民から税金をとることに苦慮している国は多い。

インドもそのひとつだ。所得税を払っている人は、人口の2%しかいないという。路上でチャイ(茶)を売っているおじさんはもちろん、店を構えて野菜を売る小売店の主人も所得税は払っていない数字である。彼らに、所得税の話をしても、
「なんですか、それは」
という言葉が返ってくるだろう。所得税とは縁のない人生を歩んできたのだ。

ひと口に所得税といっても、そこには民度が絡んでくる。毎日の売り上げを計上し、仕入れ値を算出する。つまり、ひとりひとりがその計算をしなくてはならない。収入がわからなければ、所得税をとる方法もないからだ。しかし、チャイを売るおじさんにそんなことをいっても、暖簾に腕押しである。彼らのなかにあるのは、今日の売り上げだけだ。

所得税をきちんととるためには、税法の整備と同時に、国民の税金に対する考え方が変わることが前提。その意識が浸透するには長い年月がかかる。10年、20年のレベルではない。100年単位の意識変化が必要かもしれない。

税収を増やしたい国家は、そんな悠長なことはいってはいられない。なるべく短い日数で税収に結びつける荒業を考える。

 

たんす預金は許さない!

インドが2017年の11月に行なった政策はそのひとつだった。これまで使われていた通貨の一部を使うことができなくさせてしまったのである。具体的には、1000ルピー札(約1600円)と、500ルピー札(約800円)を廃止にするというものだった。

商店主たちは収益を銀行に預金せずに貯めている人が多かった。銀行に預ければ、資産がわかってしまう。なんとか税金をとりたい政府も調べることができる。それを警戒した人もいるようだった。しかしそれ以上に、資産を銀行に預けるという発想が希薄だった。とくに地方ではその傾向が強いといわれる。

俗にいうたんす預金である。政府はこの政策に対し、新しい2000ルピー札(約3600円)を用意した。その交換は銀行で行なわれる。

焦った商店主たちは、たんす預金を交換したり、銀行に預けることになる。その時点で資産が明らかになっていくという図式だった。たんす預金を吐き出させる作戦である。

しかし政府は1軒、1軒の商店主たちの資産を把握しようとしたのだろうか。効率を考えれば、疑問符がいくつもついてしまう。

モディ首相は、この政策を、「歴史的な浄化の儀式」と表現した。そこからにおってくるものがある。政府が狙ったものは、もっと巨額の裏資金ではなかったのかと思うのだ。

パナマ文書は記憶に新しい。税金の安いパナマに会社を登記し、そこに資産を預ける。そのリストが漏れたのだ。そのなかにインド人がかなりいたといわれる。ここで名前が挙がってくる個人や企業は、ひとりの商店主のレベルではない。もっと大きな資金を保有する人たちだ。

そのあたりから、話は一気にきな臭くなる。モディ首相は、彼に敵対するグループの資金を無効にしようとしたのではないかという憶測である。パナマ文書に名前が挙がったような人々のたんす預金は巨額である。それを一気に無にしようとした政策という見方である。彼らが手にする資金を銀行に移せば、その金額がわかってしまう。銀行の両替は1日の限度額を設定したから、そこで交換できるような額ではない。結局、彼らの資金は紙くずになっていく……そうもとれるのだ。

 

支払いを拒否されて初めて事情を知る

モディ首相が、1000ルピー札と500ルピー札の無効を発表したのは、2017年11月8日の夜だった。そして翌9日の午前零時にこの2種類の紙幣は無効になった。

発表から3~4時間で紙幣が無効になる。それはずいぶん乱暴な政策に映るかもしれない。しかし政策の性格上、当然のことだった。その期間が長ければ、たんす預金された資金は、海外送金、貴金属などの購入などさまざまな方法で替えられてしまう。直前に発表して、すぐに紙幣を無効にしなければ政策の意味がなかった。

その夜、僕はインドの列車に揺られていた。アッサム州のディブルガルからインド最南端のカンニャクマリまでという、インドでいちばん長い列車だった。4泊5日も乗り続けたわけだ。インドでホテルに滞在していたとしても、テレビはあまり観ない。おそらくモディ首相の演説も見逃していたと思うが、列車のなかである。乗客たちもこの情報は届かなかったようで、車内ではなんの噂もたたなかった。

僕が知ったのは、カンニャクマリの夜だった。食堂で支払いに500ルピー札を差し出すと、それは受けとれない、といわれた。近くにいたインド人が事情を説明してくれた。

「明日の朝、銀行に行くしかないね。1日ひとり4000ルピーまで両替してくれるから」

その口ぶりはのんびりしていた。後で考えると大変なことが起きていたのだが、インド人は意外と平静を保っていた。銀行が両替してくれるという言葉を信じていたのだろうか。もっとも、カンニャクマリといった地方都市では、巨額の金を貯め込んでいる人も少なかったのかもしれない。たいした貯えもなければ、それほど慌てることではない。

しかしインドの政界や経済界、富裕層はとんでもないことになっていたのかもしれない。しかしそれは僕の憶測であって、実際はそれほど波風がたっていなかったらしい。そのあたりは追ってお話しすることになる。

 

現金がないので食事することもできない

翌朝、僕は銀行に出向いた。1000ルピー札と500ルピー札を両替するためである。銀行の前には長い列ができていた。そこに並ぶと、皆、書類を持っていた。訊くと向かいの店でつくるのだという。そこはコピー屋だった。いわれるままにパスポートをコピーし、用紙に必要事項を書き込んで再び列についた。

銀行は混乱を避けるために入行を制限していた。シャッターがあき、皆、行内に入っていく。僕は最初のグループだった。

行内は広くなかった。内部がよく見えた。銀行が開く時間になると、全員が集まり、支店長がなにやら伝えた。そして全員で金庫に向かうと、そこから大量の紙幣をプラスチック製の籠に入れ、それぞれが窓口に座った。両替と預金で窓口が違う。当座の資金が必要ではない人は預金する。引き出すときは500ルピーと1000ルピー以外の紙幣になる。政府の思惑通りの流れである。500ルピーと1000ルピー紙幣の両替も、上限4000ルピーではじまった。受けとっている人の紙幣を見ると、すべて20ルピー紙幣だった。

混みあってはいたが、大きな混乱はない。中国人と違い、インド人はきちんと列を守る
順番がまわってきた。窓口に書類と紙幣を差し出した。パスポートも添えた。女性の職員はそれを見ると席を立ち、支店長室に入っていった。どうも外国人に対してどう対応するかを決めてなかったようだった。

しばらくして支店長室に呼ばれた。そこでいわれたのは、インド人を優先する、という言葉だった。本店に問い合わせたところ、そういう返事がきたという。

「それでは困るんです。ホテル代や食事に使う紙幣がもうないんです」

「空港の銀行に行ってはどうか」

「空港?」

カンジャクマリには空港はなかった。いちばん近い空港はトリバンドラム。そこまでのバス代を払う紙幣がない。粘ったが支店長は頑固だった。本店の指示には逆らえないということらしい。

諦めるしかなかった。別の銀行に行くしかない。入り口で訊くと、外国人でも問題はないという。そこで待つしかなかった。1時間ほど待っただろうか。マネージャーらしい男性に呼ばれた。

「いま100人ぐらいが待っています。たぶん、全員の両替は難しい。もう、今日分の紙幣が終わりかけてる。明日にしてもらえないか」

「明日といわれても……」

困って泊まっているホテルに相談してみた。フロントの男性は、空になった引き出しを開けて、溜め息まじりにこういった。

「朝から掃除のおばさんやコックも総動員で銀行に並んで両替したんだよ。でも、もうお釣り用の紙幣がない。宿代は明日でいい。食事もできない? そうか……」

彼は自分の財布を開いて、そこから100ルピー札3枚を貸してくれた。カメラマンとふたり、この金で明日の朝まですごさなくてはならない。

新紙幣の受け取りを拒否される

政府の発表では、無効になった紙幣の総額は約15兆ルピー。日本円に換算すると約24兆円になる。この額は、インドに流通する現金の86%に達するという。こういうことを前日に発表して行なったわけだ。それはとんでもないことだった。

しかし善良な市民にしたら面倒なことだった。たんす預金もしていない人にはいい迷惑である。はたしてこれで地下資金があぶりだされるのかどうかもわからなかった。

翌朝も銀行に並んだ。前日にも増して混みあっていた。「両替はなかなか大変だ」という噂が一気に広まったようだった。外国人にも対応してくれる銀行だったが、入り口には銀行が開く1時間前だというのに、数百人の列ができた。早めに並んで良かった。なんとか手もちの500ルピーと1000ルピー札は消えた。しかしそこで受けとったのは、2000ルピー札だった。政府が新しく発行した新札だった。どうもカンニャクマリの銀行には、前日は届いていなかったようだ。

これがまた使うことが難しかった。この紙幣を出すと、当然、お釣りになるのだが、その紙幣が不足している。店は2000ルピー紙幣を受けとることを拒んでしまうのだ。

なんとか受けとってくれる店を見つけないと食事もできなかった。

ある特定の紙幣を廃止し、新しい紙幣にする……。それはとんでもなく大変なことだった。

紙幣不足で現金決済ができなくなる

この混乱はその後、1か月以上続いたといわれる。インドの経済はさらに混乱したようだ。

原因は紙幣不足だった。2000ルピー紙幣の供給が大幅に遅れたのだ。その結果、インドのなかに紙幣が不足してしまったのだ。

その足を引っ張ったものは、インド社会に広く浸透する現金決済の習慣だった。

ひとつの工場を例にとってみる。金額が大きい材料や完成した製品の売り上げなどは銀行決済になっていた。その部分の問題はあまりなかった。しかし製品をつくる機械に差す油、量が少ない部品、製品を包む紐……そういったものは現金決済だった。そういった細かい部分の流通が滞りはじめた。

工場の事情もあった。銀行取引にすると、資金の動き税務署にわかってしまう。そこであまり目立たない部分は現金決済にして、税金を少なくしていたのだ。

そういう部分も表の金にするという意味では、政策は成功したのだが、その結果、流通が滞りはじめたのだ。製品を届けられないから収益も入金されない。その結果、社員への給料を払うことができない工場が次々に出てきてしまった。

農産物の分野も深刻な事態を迎えてしまった。卸売り市場の仲買人が現金不足に陥ってしまったのだ。農家は作物を持ち込んでも現金にならない。需要はあるというのに、ものが動かなくなっていった。そこに現金がある仲買人は安く買うことになる。農家はそこに売っても儲けどころか、赤字になってしまう。出荷を停めてしまう。

紙幣の廃止は混乱を招くばかりだった。ついには訴訟まで起きる事態に発展してしまった。

しかし政府は、旧札の9割以上は回収された……と政策の成功を発表した。たしかに国民に多くの犠牲を払って、たんす預金は表の金になったかに見える。しかし当初の目的だったブラックマネーは回収できたかというと否定的な見方が強い。たんす預金を表の金にまわされたのは、やはり庶民だったというのだ。

 

通貨政策に正解はない

モディ首相の発表から、時間をおかずに旧札は無効になった。しかしそのとき、政府は新しい2000ルピー札の印刷をはじめていた。それを行なわないと、とんでもない混乱が起きることがわかっていたからだ。新しい札が流通したことで、当面の混乱は避けることができた。しかしこの情報を、どれだけ秘密裡に進められることができたのだろうか。500ルピーと1000ルピー札を廃止する計画は、かなり前から漏れてしまっていた……と見る向きは多い。

銀行が両替に応じる前、大量の少額紙幣が集められたはずだ。それを全国の銀行に分配しなくてはならなかった。この動きも、どれだけ秘密裡に進めることができただろうか。

パナマ文書に登場するような資産家は、銀行とも親密な関係を築いていたはずだ。そのなかで、政府の動きを見抜かれずに進めることは不可能に近い。

モディ首相の反対派にしても、かなりの資産を持っているはずで、彼らの情報網をかいくぐってこの政策が実現できたか、どうか。

つまり膨大な資産をもっている富裕層や反対派は事前に情報を察知し、さまざまな手段で旧札を替えていた可能性が高い

経済の専門家たちも口をそろえる。

「ひと晩でブラックマネーを解消できるなどというのは無理な話。もし、それが可能なら、さまざまな国で行なわれている。やはり時間をかけ、じっくりと進める経済政策しか有効な方法はない」

この政策から1年ほどしたとき、いくつかの経済研究所が、インドの廃貨政策は失敗だった、と発表した。資産家たちの財産は守られたことがわかってきたからだ。

モディ首相の支持率は低くはない。その人気があったからこそ、実行に移すことができた政策だったともいわれる。国民にこれだけの負担を負わせながら、現政権は一応、安定を保っている。

国家の収入を増やしていく手段はさまざまだが、特効薬はひとつもない、という専門家もいる。

廃貨政策を宣言したとき、政府は電子決済への移行を促すことも謳っていた。しかし現金決済の習慣が根強いなかで、その動きもうねりにはならなかった。どこか大山鳴動して鼠一匹という気がしないでもない。それほどに通貨の政策は難しいのだろう。

 

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

作家。元新聞記者。慶応義塾大学経済学部卒。主な著作に、『本社はわかってくれない─ 東南アジア駐在員はつらいよ』(講談社現代新書)、『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)、『バンコク探険』(双葉文庫)、『海外路上観察学 ぼくの地球歩きノート』(徳間書店)、『ホテルバンコクにようこそ』(双葉文庫)、『バンコクに惑う』(双葉文庫)、『アジアの誘惑』(講談社文庫)、『アジアの弟子』(幻冬舎文庫)、『バンコク子連れ留学』(徳間文庫)、『アジアの居場所』(主婦の友社)、『僕はLCCでこんなふうに旅をする』(朝日文庫)、『タイ語でタイ化』(双葉文庫)、『タイ語の本音』(双葉文庫)、『アジアの友人』 (講談社文庫)、『バンコク迷走』(双葉文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社新書)、『週末アジアでちょっと幸せ』(朝日文庫)、『週末バンコクでちょっと脱力』(朝日文庫)『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)等がある。

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