インドネシアが挑む森林保護の現場を見る

自然林伐採を止めて木材100%を達成

 

世界最大級のパルプ紙製造会社APP(アジア・パルプ&ペーパー)は、かつて法律に順守した伐採ながらも「森林破壊の元凶」と厳しい国際的批判にさらされた。そこから、製紙会社としての生き残りと、自然環境、森林保護への配慮という、相反するような課題に取り組んだ。その結果、自然木の伐採を一切中止し、植樹で植えた植林だけを伐採することで木材を100%確保する試みを続けている。森を守ることは、そこに生きる生物・動物・生態系をも守ることであり、地域の住民、コミュニティーとの関係をも重視したAPPの試行錯誤──。4年目を迎える植樹ツアーに参加した日本人ボランティアと共にスマトラ島の灼熱の大地に苗木を植えながら「共生」の意味を考えた。

 

パルプ紙製造会社が主催するインドネシア植樹ツアー

高い天井で区切られた工場内の空間にまるで主のように鎮座するロール紙。長さ2100メートル。重さ3700キロの白い紙の巻物はコピー用紙のロールだが、その堂々たる姿は懐かしい光景を思い出させてくれた。

 

2017年8月7日、インドネシアのスマトラ島リアウ州、州都プカンバルから車で約1時間半、ペラワン市に所在するAPP(エイピーピー、アジアパルプ&ペーパー)社のインダ・キアット紙パルプ会社ペラワン工場を見学した際、その一角で出会ったのが、このロール紙の群れだった。同工場では、印刷用紙、筆記用紙、コピー用紙などの高品質用紙、クラフト用紙が製品化されインドネシア国内、日本などの海外で販売されている。また、パルプ製品はAPPのジャワ島にある別の工場や海外に運ばれて紙製品となる。

筆者が長く記者を務めた毎日新聞社。東京都千代田区竹橋の東京本社の地下には印刷工場が数階分をぶち抜いて大きく広がっており、新聞印刷時は轟音とともに輪転機が高速回転して、テレビドラマや映画でおなじみの裁断される前のつながった新聞紙面が次々と製作されるシーンがみられる。サテライト工場という遠隔地での印刷工場が増える中、毎日新聞本社では昔ながらの光景が繰り広げられ、事前予約すれば見学もできるはずだ。

 

その新聞印刷の命とも言うべきものがロール紙の紙であり、これが途中で切断したりすると、かつては「断紙(だんし)!!」の金切り声とともに非常ブザーが鳴り、輪転機が緊急停止、ロール紙のまき直しが行なわれた。新聞印刷中に重大ニュースが飛び込んで来れば、それまで印刷した新聞を廃棄して新たに印刷しなおすか、その時点から別の紙面に切り替えて印刷するか、編集部門、印刷部門、そして配達時間厳守が至上課題の配送部門の幹部らによる鳩首会議が始まる。

 

いずれにしろ、紙面を切り替えるには輪転機を一端止める必要があり、編集幹部の「輪転機止めろ!」の叫び声が本社4階の編集局に響き渡ると、全社員が手を止めて成り行きを見守った。

 

そんな新聞製作の原資であるロール紙と同じ「紙の塊」に南国の地で再会したのだ。

 

APPが主催する「インドネシア植樹ツアー」(2017年8月5日~9日)に参加して、リアウ州ソレックにある植林地、ペラワン市の同社製紙工場、首都ジャカルタにあるAPP本社を訪れ、植林からパルプ、紙が製作されるプロセスをつぶさに見学した。それは樹木を原材料とする紙メーカーとして自然とどう向き合い、地域のコミュニティー・住民とどう手を携え、インドネシアという異なる文化・社会とどう付き合っていくのか、過去の経緯を踏まえながら試行錯誤の連続から、あるべき姿を追い求める企業の不断の努力を垣間見るまたとない機会でもあった。

 

「森林破壊の元凶」という批判に真摯に対応する

インドネシア最大の財閥といわれるシナール・マス・グループ傘下のAPPは1998年に崩壊するまで続いたスハルト長期独裁政権時代に、スハルト大統領が強力に推進した「開発」の波に乗って、世界最大級の製紙メーカーに成長。当時のインドネシアでは合法的に自然林を伐採、森林破壊に結果として「加担」してきた過去がある

 

しかし、自然保護、森林保護の掛け声が国際的な環境保護組織や団体から沸き起こり、APPは厳しい国際社会の批判にさらされた。「森林破壊の元凶」のような批判は、顧客の契約解除といった経営上の問題にまで発展し、環境問題への取り組みが企業としての存続に関わる事態に直面したのだった。

 

そうした経緯の中で、世界自然保護基金(WWF)やインドネシア環境フォーラム(WALHI)などによる指摘を企業体として真摯に受け止めたAPPは2012年6月に自然林伐採ゼロ方針を企業理念として掲げ、2013年2月に自然林伐採即時停止に踏み切った。

 

つまり、それまでの自然林の樹木を伐採することで確保していたパルプや紙の原材料を植林生育した樹木に100%切り替えることを内外に宣言し、以後それを実行しているのだ。これは限りのある地球の資源問題、エネルギー問題のひとつの解決策のヒントとして大きな注目を集めている。

 

インドネシアに約140万ヘクタールの植林地を擁するAPPがパルプや紙の原料を植林木に限定したことで、自然林の「破壊の停止」のみならず、自然林の「保護」が可能になった。これは、とりもなおさず、自然林の樹木、植物だけでなく、そこに生息する鳥類・動物類とその生活環境の維持も可能とする、まさにAPPが掲げる「木を植え、紙を作り、森を守る」の実践を可能とする画期的経営判断だったと言えるだろう。

 

1万本植樹プロジェクトが始動

今回の植樹ツアーを最初から最後まで仕切ったのはAPPジャパンのタン・ウ世界最大級のパルプ紙製造会社APP(アジア・パルプ&ペーパー)のペラワン工場。70イ・シアン代表取締役会長だ。日本を拠点に活動する中国系インドネシア人で、インドネシア語、中国語に加えて、日本語にも堪能で、トップが自らボランティアやマスコミの要望に丁寧に応える姿に、APPが植樹という森の再生、自然保護にどれだけ力を入れているかが如実に表れていた。

タン会長を筆頭にAPPが目指すのはインドネシアで取り組む「熱帯雨林100万ヘクタールの保護・再生支援活動」で、その一つの柱が植樹である。そして、植樹による森林再生を目指す「1万本植樹プロジェクト」の一環が日本からのボランティアも参加した今回の植樹ツアーなのだ。

 

ボランティアが植樹したフタバガキは伐採されることなく、年月の経過とともに林になり、そして、森に成長を遂げることになる。しかし、紙の原料となる木材は植樹木の伐採で100%賄っている。

 

紙製品の主な資源木はユーカリとアカシアで、ユーカリはクローン人工林として1ヘクタールに1333本を3メートル間隔で植樹する。5~6年で直径約25センチに成長して伐採、製紙工場で紙製品に姿を変えて日本などの消費地に向かう。

 

アカシアはスマトラ島に多い泥炭地で種子人口林として育て、同じく5~6年で伐採可能な木材に成長するという。

 

タン会長が強調するのは、こうした植樹による原材料の確保、森林の再生以外に地域社会に根付いた企業を目指し様々な社会的貢献にもAPPは力を入れているということだ。

 

インダ・キアット・ペラワン製紙工場では現在7302人の従業員が働き、インドネシア人従業員の福利厚生の一環として2つの学校を設立、従業員以外に地域住民の子弟も受け入れている。農家には換金性の高い作物の農業指導や排水システムの建設・メンテナンス、清潔な水の供給設備、移動クリニックなど生活改善に資する活動、小規模ビジネスや家内工業の立ち上げ、奨学金制度、小学生の交通手段の提供、宗教施設建設の支援などその貢献は実に多岐に渡っている。今回のツアーではこうした地域の中でのARPの活動や共同種苗所での苗木の育成、植林研究室などを訪問してその実情を直接見る機会がなかったのが残念だった。

 

こうした地道な活動と飾らない人柄が評価されタン会長は、8月17日のインドネシア独立記念日に発足する予定の「在日インドネシア実業家連絡会(仮称)」の初代理事長への就任が内定している。同組織は在ジャカルタの日本人組織である「ジャカルタ・ジャパンクラブ(JJC)」と共同して、2018年の日本インドネシア国交樹立60周年記念の各種行事の計画、運営に臨む。

 

様々な日本人ボランティアが植樹に参加

今回の「インドネシア植樹ツアー」には 環境問題に関心の深い日本のマスコミ関係者のほかに約 20 人のボランティアも参加した。

 

ぺカンバルから車で約3時間、ペララ ワン地区バガンラグ村ソレックに広がる APPの原材料供給会社アララ・アバディ社の広大な植林地。その一角で植林が 行なわれ、自生種のフタバガキ(インド ネシア名メランティ)の苗木を1人1本 植えた。

 

自分の名前が書かれた立て札の前にフタバガキを植えるボランティアの中に北海道から母娘で植樹ツアーに参加した酒井嘉子さん( 57 )、酒井乃愛さん( 18 )の姿 があった。

APPの植林事業のきっかけとなった 横浜国立大学の宮脇昭名誉教授(植物生態学)の北海道での講演を聴き、「感動して、北海道での植樹祭の指導を受けたことなどが植林に関心を持つ契機となりました」と母、嘉子さんは話す。今回の植樹ツアーを通じて「森林破壊の歯止めだけでなく、インドネシアでの文化交流や相互理解を深めることで地球環境のために何かができると思います」とAPPの取り組みを評価する。そして「次の世代にこうした取り組みを伝えることも大切だ、とバトンを渡す意味もあって、娘と参加しました」。

 

大阪で大学生生活を始めたばかりという次女の乃愛さんは「熱帯雨林が広がるインドネシアで母と植樹するという、またとない良い機会なので参加しました」と話し、それぞれの名前が記された看板の前にフタバガキの苗木約50センチを丁寧に植え、記念写真に収めていた。

 

名古屋から参加の後藤あかねさん(44)はマレーシアやフィリピンとの貿易業で東南アジアを飛び回っているパワフル・ウーマン。自分の名前が書かれた掲示にとてもうれしそうで、「素敵な事業ですよね」と植樹の前後に何度も記念写真撮影して、その感動を噛みしめていた。

 

ツアーには大手新聞社の科学環境部で環境問題を担当する記者や環境問題専門のライター、自然保護団体の代表、環境に優しい衣服など環境をテーマにした様々なイベントのモデル、かつてインドネシアで生活した経験のある現役記者、イスラム教徒のハラル認証に関係する法人関係者、海外展開を目指す産業機械会社の幹部、企業や個人の海外展開を支援する会社の代表など、様々な分野・職業のボランティアが参加。それぞれの思いを託してフタバガキをスマトラの灼熱の太陽が容赦なく照り付ける大地に植えた。

 

APPはこれまでにツアーに参加して植樹した苗木の成長過程を毎年撮影して、参加者にその育ち具合を写真とともに報告している。2014年に宮脇名誉教授が植樹した苗木は高さ3・5メートルに成長。2015年植樹の苗木で約2・5メートル、2016年分は1メートル~1・3メートルに育っている。

 

植樹に先立って植樹会場近くで行なわれた記念式典では、地元自治体、警察関係者に加えて、輸出される全ての木材が持続可能性のある森林から伐採されることで森林保護と合法的伐採を確保、木材貿易の拡大と多様化促進を目的とする国際熱帯木材機関の幹部などがあいさつをした。その中で地元リアウ州の自然保護局関係者が述べた「森は守られなければならない(hutan harus dijaga)」というフレーズは、単にAPPだけでなく、インドネシア社会全体が取り組むべき課題を示したといえる。というのも、インドネシアでは開発優先で、自然保護、環境保全などは常に後回しにされ、しばし無視されるという現状が今でも続いているからだ。

 

深刻な森林火災の現状

インドネシアの主要紙「コラン・テンポ」は8月8日付け紙面で、ジョコ・ウィドド大統領が森林大臣を呼んで、深刻化する森林火災への対策を急ぐよう指示したという記事を掲載した。インドネシアでは、特にスマトラ島、カリマンタン島(マレーシア名ボルネオ島)で毎年この時期に頻発する森林火災。その大半は「天災」ではなく、耕作地開墾のために森林を伐採する手間を省くために人が火を放つ「人災」であるのが現実なのだ。

 

2017年6月の時点で、その火災発生地点、いわゆるホット・スポットが231か所確認されていたが、その後、懸命の消火活動も効果なく、8月には拡大して、500か所を超えているとさえ言われている。

 

煙害を与え、住民の健康被害が毎年外交課題となっている。スマトラ島でも風向き次第では都市部など人口密集地での視界が極端に落ち、住民はマスクで自己防衛するしかない状況に陥る。

 

1997年9月にはスマトラ島北部のメダンの空港に着陸しようとしたガルーダ航空機が煙害による視界不良と管制官の指示ミスが原因とみられる墜落事故を起こし、日本人6人を含む乗員乗客234人全員が死亡している。

 

余談だが、筆者は当時、毎日新聞ジャカルタ特派員で、事故発生を受けて、家族や関係者を乗せたガルーダ機でジャカルタからメダンに急きょ向かい、メダンで事故の取材をした。

 

また今回の植樹のベースとなったリアウ州ぺカンバルは、ある年、煙害被害が特に深刻で空港も閉鎖される事態になり、ジャカルタ駐在のNHK記者と、直行便の欠航が相次ぐ中どうやって現地入りするかを競ったことがある。

 

NHKはジャカルタからスマトラ島北部のメダンに飛び、そこから車をチャーターして、一路南下してぺカンバルを目 指した。同じ方法では能がないと毎日新 聞(筆者)は奇策で対抗した。パスポートを持ってシンガポールに飛び、そこから8時間かけて海路でマラッカ海峡を横断。スマトラ島のドゥマイに上陸して、そこからタクシーを飛ばした。待ち合わせのぺカンバル市内のホテルに駆け込むと、悠々とコーヒーを飲むNHKの記者とスタッフがいて、一気に力が抜けたのを思い出す。

 

違法伐採問題=貧困問題である

森林火災は植生だけでなく、そこに生息する動物にとっても深刻な問題を引き起こしている。そもそも焼死の危険があり、それを逃れても餌となる小動物や昆虫、植物、生活の場が全て焼失してしまえば生存の危機に瀕することになるのだ。植樹を行なったソレックの広大な植林地と隣接する自然林の双方を管理するために、APPは独自の消防隊を組織している。 21人が 24 時間態勢で待機、約30メートルの高さの監視塔から植林地を監視して万が一に備えている。火災となれば延焼を防ぐために必死の消火活動を行なうほか、近隣の村落から消火活動の要請があれば駆けつける。

人為的な森林火災と並んで深刻なのが違法伐採問題である。自然林、植林いずれも広大な地域であり、不法に木材を伐採しては売りさばく不法伐採者が後を絶たない現状がある。

 

背景には総人口の約2億5000万人の80%に相当する約2億人が月収33万8000ルピア(約2870円=2017年8月現在)以下という貧困ラインに属しているという構造的な貧困問題があるとの指摘もある。日々の生活に困窮する人々に「自然保護や森林保護」を説くことの無益さに気が付けば、題目だけではなく、実際に何が必要か、が見えてくるだろう。

 

そういう意味からも、APPの地域社会やコミュニティーへの様々な社会的貢献は、たとえ「企業活動の免罪符に過ぎない」との指弾を受けたとしても、その意義は確実に存在し、継続していくことで理解を得る努力を続けてほしいと願う。

 

森林との共生を目指し、さらなる挑戦が続く

「持続可能な開発」「資源循環型経営」「地域経済の底上げ」「違法伐採根絶」などなど掲げる言葉、目標は理想的で高邁だ。しかし、インドネシアのような有言不実行、表と裏の乖離が往々にしてまかり通る社会では言葉より行動、実践がなにより重要である。APP製品の一大消費国でもある日本に所在するAPPJのトップに、こういう機微で繊細な一方で大まかで、臨機応変、当意即妙が求められるインドネシアを熟知したインドネシア人であるタン会長が存在することの意味は大きいといえるだろう。

 

APPは「2020年までに、世界の自然林消失率を半分に。2030年までに、自然林消失ゼロへ」を「公約」として掲げている。しかし、自然林消失ゼロを企業目標とする一方で「自然林を伐採せず、植林した樹木の伐採で需要を賄う」ことは、自然破壊にはならないのだろうか、という疑問も沸く。樹木が自然木であれ、植林木であれ、「木を伐採する」という行為自体に変わりはなく、天然木も植樹木も木であり、自然ではないか、と天邪鬼な性質の元記者としては言いたくもなる。

 

紙が現在の社会生活にとって欠くことができない以上、製紙会社の存在意義は残る。そうであるなら「樹木を原材料としない紙」という究極の理想を掲げて、その夢に挑戦するのをAPPの次なる目標にできないだろうか。

 

すでにハイビスカス属の植物を使用したケナフやサトウキビの搾りかすのバガス、食品加工の過程で廃棄される表皮や繊維を原料とするシリアル繊維(小麦、トウモロコシ、緑茶など)、バナナの葉を原料とする紙製品などのいわゆる「非木材紙」も登場している。しかし、国際連合食糧農業機関(FAO)の統計では世界のパルプ生産総量に占める非木材紙はまだ約10%に留まっているのが現状だ。

 

「そうした(非木材紙の)試みは知っているが、高品質の強く、白い紙のレベルにはなかなか達しないため、当面はやはり現在の樹木を材料とする紙製品に頼らざるを得ないのが現状」とタン会長は話す。

 

木を原材料とする製紙会社でありながら、木、林そして森という自然をどう保護し、折り合いをつけながら企業としての利益追求を続けていくのか、企業としての社会的責任、社会的貢献などが叫ばれる中にあって、「矛と盾」のようなジレンマを内に抱えながら、インドネシアにおけるAPPの試行錯誤と挑戦はまだまだ続いていく。

 

 

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大塚智彦(おおつか・ともひこ)

ジャーナリスト

Pan Asia News所属。毎日新聞社ジャカルタ特派員、産経新聞社シンガポール特派員などを経て、2014年からPan Asia Newsの記者兼カメラマンとして東南アジアを中心に取材活動を続けている。現在、インドネシアの首都ジャカルタに在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、「ジャカルタ報道2000日──民主国 家への道」(小学館)がある。

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