インドネシアのメイクアップがいま熱い(下)

女性がますます美しくなっていく

インドネシアのメイクアップがいま熱い

「黒くて可愛いあの娘」

懐メロに属する歌だが、インドネシアの歌にエミリア・コンテッサという女性が歌うインドネシア語の「hitam manis」という歌がある。直訳すると「甘い黒」だが、日本語訳のタイトルは「黒くて可愛いあの娘」となっている。インドネシア語の歌詞をみても明確に示されてはいないが、この歌の「甘い黒」は黒髪だけでなくそのダークで褐色でもある肌のことも示しているのは間違いないだろう。

やや長くなるが、日本語訳の歌詞はこうだ。

―――Hitam Manis 黒くて可愛いあの娘―――

黒くて可愛いあの娘
黒くて可愛いあの娘
その黒くて可愛いあの娘
見惚れてしまう 見惚れてしまう
見惚れてしまうよ
その黒くて可愛いあの娘に

黒くて可愛いあの娘
黒くて可愛いあの娘
その黒くて可愛いあの娘
美しい容貌に 心を奪われ
昼も夜も 思い焦がれる

明るい月の夜に
目を閉じても 眠ることができず
その黒くて可愛い娘の幻影が現れる
その黒くて可愛い娘の幻影が現れる

ああ じれったい この想い
初めて出会った光景が頭をよぎる
初めて出会った光景が頭をよぎる
(以下省略)

歌詞を長々と引用したのは、インドネシア女性の肌の色を巡る心の内なる「葛藤」を示したかったからだ。中国系のインドネシア人は日本人に近く、白い肌を生来もっている。インドネシア人女性の間にはその白に憧れる傾向が根強く残っているのだ。

一説にはオランダ植民地時代にインドネシアで特権階級として君臨したオランダ人の夫人や娘がヨーロッパ人のいわゆる生粋の「白人」であり、白い肌は裕福でエレガントで社会的地位の高い象徴と思われていたことと無関係ではないという。

さらに、「白い肌」が第一印象として与える「清潔感」や「可愛さ」への憧憬がインドネシア女性の間には根強く、そこには漫画やアニメ、AKB48などを通してインドネシア社会に浸透し、根強い人気を維持している日本文化に登場する、あるいは日本文化の象徴としての日本人女性の肌の色への憧れがあったことも否定できないだろう。

それが「美肌イコール美白」との思いにつながり、生来の褐色の肌をあえて白くする化粧方法、美肌クリームなど美肌効果を狙った化粧品の愛用などに表れているのだ。

引用した「黒くて可愛いあの娘」はそうした白い肌に憧れるインドネア人女性に対し、生まれ持った「黒い肌」こそが魅力であるということを強調しており、男性の側からみれば「白い肌より黒い肌」のほうが「可愛く」「見惚れ」「心を奪われ」「思い焦がれ」「眠ることができない」「幻影」であるのだから、ことは複雑である。

ところが、インドネシアで一時流行した美白ブームも今はかつてほどではないように思える。というのも、民主化の実現で社会にはいろいろなことをじっくりと考える余裕が出てきており、そうした中にインドネシア人の生来の良さ、もって生まれた美しさを再認識して、それをさらに磨いて、「インドネシア人女性としての独自の美しさ」を追求する傾向が生まれてきているからだ。

ルル講師の「ビューティー・クラス」の「自分らしさの追求」は言い換えれば、そうしたインドネシア人女性、イスラム教徒女性としての「美の再認識」を原点としていることからもそういう傾向が裏付けられる。まさに今、インドネシア人女性の「黒くて可愛い」ことが改めて注目され、再認識されていると言えるだろう。

色白美人の産地マナド

インドネシア・スラウェシ島(かつてはセレベス島と呼ばれていた)北部にある北スラウェシ州の州都をマナド(あるいはメナド)と呼ぶ。マナドはインドネシアでは美人の産地として有名だ。それも色白の美人の産地として。キリスト教徒が多く住んでいることから、イスラム教徒が口にしない「ネズミ」「犬」「蝙蝠(こうもり)」が地元料理として有名だ。

日本メナード化粧品株式会社という化粧品会社があるが、この社名の「メナード」が色白美人の産地であるマナドに由来しているとの風説があるが、これは同社広報などによると事実ではないということだ。社名はギリシャ神話の美の女神「メイナド」に由来するという。

マナドは風光明媚な観光地であり、沖合には200メートルのドロップオフが世界中のダイバーを魅了している有名なダイビングスポットのあるブナケン島もあり、生きた化石といわれるシーラカンスが確認されたことでも知られている。

色白で顔の彫りが深い「マナド美人」が多いのはなぜか。諸説あるが「海の交易で現地を訪れたスペイン人、ポルトガル人、そして、植民地支配していたオランダ人などの複数の混血が人を育てた」というのが最も説得力がありそうだ。

マナドは何度か訪れているが、訪れるたびに市内から「マナド美人」の姿が減少しているような印象を受けた。現地の知人に聞いたところ、「美人ほど首都ジャカルタに出稼ぎに行ってしまうので、マナドには最近は少なくなってきたのではないか」との返答だった。事実なのか単なる推測に過ぎないのかは不明だが。

化粧品もハラルが重要

国民の約88%をイスラム教徒が占めるインドネシアではイスラム教の教義に則った食品、食事が重要となる。最近は知名度も高くなってきたイスラム教徒が口に入れることが可能な「ハラル」の認証制度は、インドネシアに食料品を輸出する企業には不可欠である。

実は化粧品にも同じ基準が求められており、インドネシア国内で販売されている化粧品にはこの「ハラル」を示すマークが付けられている。

先の埼玉県による市場調査のアンケートでも、約80%の回答者がハラルであるかどうかを重視、50代の回答者に限れば、95%の女性が重要であると答えていることが分かり、インドネシアの化粧品業界でいかにハラルであることが重要かを示している。

ハラルかどうかを重視して選ぶ化粧品としては、化粧石鹸、洗顔料、シャンプー、香水、口紅などで、こうした商品を購入する際にハラルであることを示す「ハラル・マーク」の有無がポイントになるという女性は全体の54・2%に上り、「日焼け止め効果」約61%や「使い心地の良さ」の約60%に次ぐ関心の高さを示している。

イスラム教徒の女性にとってモスク(イスラム教の礼拝施設)でのお祈りの際の化粧をどうするか、も大きな関心事である。イスラム教の教義に厳格な女性は、お祈りの際には一切の化粧を落とすという。口紅やマニキュア、ペディキュア、まつ毛や頭髪のエクステンションも本来は「ダメ」だそうだ。

埼玉県のアンケートに対し、お祈りの際に化粧を「毎回落とす」という女性が59・6%、「時々落とす」の33・9%、「化粧しない」の2・2%と合わせると、実に約96%の女性がお祈り時の化粧に配慮していることが分かる。

イスラム教徒の女性は生理の時はお祈り施設に入ることができない。このため生理の時に限って普段できないマニキュアやペディキュア、まつ毛や髪のエクステンションなどという「お洒落」をする女性も多いという。細かいことは不明だが、カツラは着脱可能なのでオーケーだが、エクステンションは「不可」ということらしい。

マニキュアやペディキュアの除光液にはアルコールが含まれており、本来は「ハラル」ではないのだが、適当な他の手段がないことや「アルコールを体内に摂取するわけではないので問題ない」とルル講師は話す。

このようにイスラム教徒の女性の化粧は宗教的規範にも配慮しつつ、その一方で高価ではあるもののより高品質で知名度も高い外国ブランドの化粧品で自分をより美しくすることに強い関心が向けられている。

 

経済状況も美の追求を後押し

これには国内経済の実況も影響している。インドネシアの1人当たりの名目GDP(国内総生産)は2002年に1000米ドルを超え、2007年には2000ドルを上回るなど順調に伸び、2010年には3000米ドルを超えた。その後は伸びが上下するも2017年は3858米ドルと過去最高水準となっている。

これはインドネシア人の購買意欲の高まりと相乗して、化粧品を含めた「これまで値段が比較的高くて買うのを控えていた商品」に対する関心を呼び起こしている。それが1人25万ルピア(約2000円)という決して安くはない参加費を支払ってまで「夜の化粧」を習得しようと女性たちが集まった背景にはあると思われる。

女性にとって「より美しくなりたい」という「美への追求願望」は極めて自然であり、当たり前のことである。その一方で「過度の、華美の装飾、化粧」をよしとしないイスラム教の規範や社会の一般的風潮もあり、その願望と規範・風潮の間をうまく自己調整しながら、インドネシアの女性たちは美しくなろうとしている。

その際にキーワードとなるのは「あくまで自分らしく」、そして「自然に」である。こうしたインドネシアの化粧品業界の現状を見るに、ハラル化粧品を中心に新たな需要の拡大が大いに見込まれている。

インドネシアの各地のショッピングモールや百貨店には必ず化粧品コーナーが設けられ、コーセーや資生堂、シュウ・ウエムラ、カネボウなどの日本のブランドがニナ・リッチ、ゲラン、イヴ・サンローラン、シャネル、クリスチャン・ディオール、ランコム、エスティローダーなどの主要海外ブランドと並んで出店、各ブランドの美容部員によるデモンストレーションが人気を集めている。

そうした中で、インドネシアの化粧品ブランドの老舗ムスティカ・ラトゥやハラル化粧品のパイオニアのワルダ、サリ・アユ、そして今回のビューティー・クラスを協賛したinezなどのインドネシアの国内メーカーも競争力を着実につけてきている。

2017年9月にはユニリーバのインド子会社になったインドの化粧品ブランド「ラクメ」がインドネシア市場に新たに参入、本格的な販売を開始するなど、インドネシアの化粧品業界は今、かつてないほどの活気にあふれている。

インドネシア人女性がより美しくなることで「黒くて可愛いあの娘」がさらに増えることを期待したい。

 

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大塚智彦
(おおつか・ともひこ)ジャーナリスト

Pan Asia News 所属。毎日新聞社ジャカルタ特派員、産経新聞社シンガポール特派員などを経て、2014 年からPan Asia News の記者兼カメラマンとして東南アジアを中心に取材活動を続けている。現在、インドネシアの首都ジャカルタに在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、「ジャカルタ報道2000日──民主国家への道」(小学館)がある。

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