インドネシアの首都ジャカルタの住宅事情

格差社会でも人民の夢は自宅を持つこと

 

世界第4位の人口を擁するアジアの大国インドネシア。その首都ジャカルタは現在1000万人が暮らす大都市でインフラ整備とともに住宅問題が急務となっている。南国の気候と風土から「衣食住」の衣と食はなんとかなるものの、住宅に関しては価格が高騰してジャカルタ市民が夢みる「マイホーム」が難しくなっていた。ところが、4月に決選投票が行なわれたジャカルタ特別州知事選では最後まで争った2候補がともに住宅問題を公約に掲げ、有権者は「マイホーム」実現の可能性を1票に託したのだった。「頭金ゼロ」「超低価格住宅」などによって、今ふくらみつつあるジャカルタ市民の夢「マイホーム」と住宅問題の現状を報告する──。

 

中国系インドネシア人は富と繁栄の象徴

それは目を見張るというか度肝を抜かれる思いの想像を絶する「豪邸」だった。インドネシアの首都ジャカルタ、その北部海岸地域に開発された一大高級ニュータウン「パンタイ・インダ・カプック1(PIK1)の、周囲とは隔絶された一角に一歩足を踏み入れると、そこは米カリフォルニアのビバリーヒルズ、あるいは日本の東京・田園調布などを彷彿とさせる豪華な一戸建ての住宅が並んでいた。かつてジャカルタでは1998年に崩壊した長期独裁政権を担ってきたスハルト元大統領とその一族が居住していた中心部メンテン、チュンダナ通り周辺が最高級住宅地とされていた。メンテン界隈には現在もスハルト一族のほかユスフ・カラ副大統領が居住する副大統領公邸や初代スカルノ大統領の長女、メガワティ・スカルノプトリ元大統領の私邸があり、かつての面影を残している。その後、新興住宅地として開発された「ポンドック・インダ」地域に芸能人や富裕層、外国人ビジネスマンなどがこぞって居住し、高級住宅地としてその名を響かせた。さらに時を経て中心部や周辺の土地不足から郊外へ郊外へと大規模住宅街の建設が進み、ボゴールやタンゲラン、カラワンなど工業団地にも近い地域が新築一戸建てを持てるニュータウンとして発展している。ただ、こうしたニュータウンにはゴルフ場も近いことなどから日本人も多く住んでいるものの、ジャカルタ中心部への交通は朝夕の過酷な通勤ラッシュがあるほか、建物そのものは水回り、建付け、材質などで「高級住宅」には程遠いと言わざるを得ないのが現状だ。そうした中でも、ジャカルタ北部でスカルノ・ハッタ国際空港への交通も便利な「PIK1」地域はケタ違いの富裕層の住宅街として定着、「金持ちの代名詞」とまで言われるようになっている。

筆者が偶然の縁で招かれた家は、中国系インドネシア人の実業家の自宅で、3階が完全なプライベート空間で居住家族3人に男女の給仕4人、運転手1人、犬4匹が同居している。屋内2台、玄関内側2台の駐車スペースには全て同じナンバープレートの数字を冠したベンツ、日産アルファードなど車4台。2階からの滝が流れ落ちる玄関脇と2階には池があり、それぞれに1匹数十万円以上は確実な錦鯉が群れて遊泳している。1階には10畳ほどのカラオケルーム、卓球台3台が並ぶ卓球練習場、ジム用スペース、客人用居間とダイニング、キッチン。2階にはジャグジー付きプール、4面ガラス張り娯楽室には全自動麻雀卓にビリヤード台、メインのキッチン、サブ・キッチン、30畳近いリビングルームにダイニング。床は全て大理石、家具や電化製品は全て特注品か欧米製。冷蔵庫の中には見たこともない「ツバメの巣の飲料」が並んでいた。1階の卓球場には毎朝午前7時にインドネシア人のコーチが待機、家主の知人が三々五々集まってはレッスンを受け、試合に興じる。土日ともなれば20人近くがたっぷり2時間汗を流して、朝食をとりながら雑談、情報交換を行なっている。集まるのは全て中国系インドネシア人で大半が同じ「PIK1」の住人。歩ける距離をBMWやポルシェで乗りつける。

参考までに現在売りに出されている「PIK1」の一戸建て物件を見てみると、調べた範囲で安いもので22億ルピア(RP。以下同)。日本円で約1770万円(3LDK。3バスルーム、1女中部屋、車庫1、3階建て)。最高額は720億RP(約5億7939万円=土地640平方メートル、建物1000平方メートル、2・5階建て、6寝室、6バスルーム、エレベーター、車庫5)で大体が90億RP(約7242万円)~200億RP(約1億6094万円)の範囲だ。そして現在この「PIK1」に続いて「PIK2」が新たに販売中だ。売り出し中の「リバービュー」の名前はなんと「OSAKA(大阪)」。さらに近くの「リバーサイド」の名前は「TOKYO(京)」でこちらは「タワーA、B、C、D、Eがすでに売り切れ」状態という。このように日本の地名が高級住宅街の愛称として使われており、日本語、日本名が高級ブランドイメージとして定着していることがわかる。

 

ちなみに「PIK1」の住宅街に隣接した商業スペースには日本の「吉野家」も進出、さらにレストラン街には日本の寿司屋、ラーメン屋も複数出店、週末の夜は行列ができる。かつてインドネシアは「10 %の中国系インドネシア人が90%の富を独占している」と称され、多数派である90%のインドネシア人にとって中国系インドネシア人は同じ国民ではありながらも「富と繁栄の象徴」であると同時に「嫉妬と怨嗟の対象」でもあった。

 

貧富の差は拡大の一途

1998年5月、民主化を求める学生や運動家、労働者らが治安部隊との衝突を繰り返す中、ジャカルタ北部の中国系インドネシア人が多数住むコタ地区は暴徒による襲撃で修羅場と化した。社会不安に乗じる形で日ごろの経済的妬みを中国系インドネシア人が経営する商店や自宅を襲撃、放火、商品の略奪で不満を晴らそうとする一群がいたのだ。当時、コタ地区からは複数の火災の煙が上空まで上がり、中国系インドネシア人が襲われているとの情報から「中国系と見間違われる可能性が高いので日本人は絶対に近づくな」との「警報」がジャカルタ在住の日本人の間を流れた。そうした苦難の過去を乗り越えた中国系インドネシア人はスハルト政権崩壊でそれまで許されなかった中国語の看板、新聞、ラジオ局が自由になり、現在では中国語のニュース番組まで流れるほどの「自由と認知」を得た。

 

民主化の荒波の中を生き抜き、自らの存在を死守してきた中国系インドネシア人や一部のインドネシア人特権階級(財閥、実業家、政治家、軍幹部)といわゆる一般のインドネシア人の間の「経済格差」は、歴代政府が提唱する「格差解消」政策もむなしく、拡大する一方である。世界銀行は国民2億5000万人の約80%にあたる約2億人が「貧困ライン」とされる月収33万8000RP(約2800円)以下で、上位10%が富裕層であると分析している。つまり中間層はわずか10%にしか満たないのが現状なのだ。さらに不平等の度合いを示し、1に近いほど格差が大きい「ジニ係数」は1998年の民主化実現後は0・33だったが、2004年以降は0・41に上昇、不平等格差が拡大していることを裏付けている。こうした現状の中、インドネシアで最も人口が集中し、それに伴って諸物価も高いジャカルタに住む市民は、いかに安く、いかに早く、いかにいい住宅を手に入れようかと常に考えている。言ってみれば、南国の気候と豊富で廉価な食べ物があふれたジャカルタでは「衣食住」の「住」が大きな関心事なのだ。

住宅問題は州知事選の争点にも

4月19日に投開票が行なわれたジャカルタ特別州知事選の決選投票では、現職のバスキ・チャハヤ・プルナマ、通称アホック知事と前教育文化大臣のアニス・バスウェダン氏が知事の座を巡って激しい争いを展開した。その結果、アニス氏が第1回目の得票に大幅な得票を上乗せして勝利し、今年10月以降、知事に就任することが確定した。知事選の選挙運動を通じて両候補者がジャカルタの人々に訴えてきた争点の一つが、住宅問題だった。

 

アホック知事は洪水対策として既存の住宅の立ち退きなどを進める一方で2017年内に公営住宅5万部屋を用意すると早くから公約を表明。さらに1 戸36平方メートルの家を月2 0 0~ 3 0 0 万R P( 約1万6 5 6 0 ~2万4840円)の低家賃で提供するとしてきた。これはジャカルタ州の平均的賃貸住宅の最低家賃400万RP(約3万3500円)より安い価格設定である。さらに「マイホーム」希望者に対してはこれまで賃貸に限定されていた州営集合住宅も購入を可能とし、総額3億RP(約240万円)程度で販売する意向も示した。アホック知事は「給与が月1000万RP(約8万4000円)前後なら十分購入が可能」とし、それ以下の収入家庭には価値の補助金を支給する方針も示した。これに対し、アニス氏陣営は「頭金なしでの住宅購入」を公約として掲げた。これは「マイホームが夢」であるジャカルタの人々にとって「大きな魅力ある公約」となった。実際には誰もが頭金も手持ちのお金も全くなしで住宅購入のローンが組めるわけではなく、州営銀行に6か月連続で230万RP(約1万8000円)以上を預金することが前提条件というのが公約の中身なのだ。ところが、公約というものは往々にしてそうだが、聞こえのいい部分だけが強調されて、「無条件で頭金ゼロの住宅ローンが組める」と勘違いした有権者も実際には多かった。こうしたアニス氏の公約に対し、大規模な不動産開発も手掛ける財閥のリッポー・グループの社長が「この公約はジャカルタ市民の住宅取得を促進する素晴らしいものでぜひ支援したい」と歓迎する意向を示し、住宅建設事業への参画に意欲を見せた。一方でインドネシア中央銀行の総裁は「初めての住宅ローンは価格の15%の頭金が必要」との規定を示して誤解を指摘。アホック陣営やメディアからはその「アニス公約」の実現性に疑問も投げかけられてきたことも事実。知事選で勝利したことによって、アニス氏は10月の知事就任以降、この公約の実現が求められることになるが、「頭金ゼロ」の条件の理解を巡って「マイホーム実現の夢を託した有権者」との間で軋轢が生じることも十分予想されている。

進む総合的開発による新都市構想

ジャカルタは今ある意味、活気にあふれている。中心部のスディルマン通りでは地下鉄工事が進み、地上ではバス専用レーンが整備され、国際空港までの鉄道建設が大詰めを迎え、スマンギ交差点には円形の高架橋が間もなく完成する。いずれも都市機能の交通網整備の一環だが、その影響で車道の渋滞は深刻そのもの。しかし誰もが「新しいジャカルタのために必要な忍耐」と受け止めている。

 

こうした総合的な開発の一環として大手デベロッパーや建設業者、財閥などが一体となってジャカルタ市内、郊外に相次いでニュータウンやショッピングモールの建設が進んでいる。ニュータウンは高層アパートメント(日本でいうマンション)を中心にした居住区域と隣接した商業施設が合体した自己完結型の一大コンプレックスである。域内には学校などの教育施設から医療機関、金融機関などが整備され、仕事で中心部に行く以外に全ての用事がニュータウン内ないし近傍で完結することが可能となっている。また、ショッピングモールも下層階に商業施設を配置して中層、高層階を居住用とすることで多数の居住スペースを確保、中間層以上には魅力的な物件となっている。現在ジャカルタで進行中のこうした大規模開発計画はすでにオープンした先の「PIK1」に隣接する3万平方メートルの延床面積という「ポンドック・インダ・カプック・モール」をはじめ、「モール・アット・パンチョラン」(延床面積8000平方メートル)、「ソーホー・モール」(同4万平方メートル)、「バスラ・シティ・モール」(同2万1000平方メートルが2017年中のオープンを目指している。

 

さらに、2018年にはジャカルタ北部の中国系インドネシア人が多く住む地区の「ニュー・ハルコ・プラザ」(同6万平方メートル)のほか「ホーランド・ビレッジ・モール」(同4万平方メートル)も開店を控えている。前述のリッポー・グループは西ジャワ州チカランに大規模ニュータウン「メイカルタ」を、総額278兆RP(約2兆3000億円)を投じて今後20年間かけて開発するというメガプロジェクト計画を明らかにしている。同グループの試算では今後15~20年間にジャカルタの人口は現在の約1000万人から約2000万人に膨張し、住宅不足、交通渋滞などの社会問題が顕在化することは確実という。このため、手始めに3年計画で40万個の住宅を建設し、200万人分の居住スペースを確保するとしている。そして同グループの長期構想の中には、総額40兆RP(約3300億円)で第2の国際空港、23兆RP(約1900億円)でモノレールによる交通網整備、さらにホテル、アパートメント、ショッピングモール、大学、国立図書館などを含めた新都市建設も含まれている。

 

政府が諮問した首都移転には疑問符も

こうしたジャカルタ首都圏での集合住宅建設、大規模商業モール建設、新都市構想などの一方で政府は、首都機能移転構想を明らかにしている。このため、ジャカルタの今後の開発構想、各種建設計画、公共交通網の整備などの行方と相まって、大都市としてのあり方も問い直されようとしている。ジョコ・ウィドド大統領は4月に国家開発企画庁に対し、首都移転の可能性を調査、報告するよう諮問した。ジャカルタが人口過密状態に起因する慢性的な交通渋滞によって流通経済や海外からの投資、企業活動などが阻害されていることを「首都移転諮問」の理由としている。これを受けて関係当局は現在進めている国内10都市の「メガシティー化計画」の中から首都に相応しい都市があるかどうかも併せて検討する方針を示した。新首都の候補地の調査は年内にもまとめたいとしている。しかしこうしたジョコ大統領の意向に対して、インドネシアの実業界、財界からは早くも反対の声が出始めている。インドネシア商工会議所(KADIN)やインドネシア経営者協会などはジャカルタに集中している経済基盤、流通機構、国内外企業の活動などが「果たして新都市でも同様に機能するかどうかは極めて難しい」「経済や景気が完全に回復していないこの時期に果たしてやるべきことか」「首都移転には年7億5400万ドルの予算措置が必要で最低でも10年間はかかる」などとして難色を示している。

 

インドネシアは初代スカルノ大統領がジャワ島に人口・経済機能が集中することを見込んで、地震がなく火山もないカリマンタン島中部のパランカラヤへの首都移転構想を抱いていたとされ、2代目のスハルト大統領はジャカルタから40キロ南東のジョンゴルを新首都に想定していたという。ユドヨノ前大統領時代には2033年を目指した首都機能移転特別プロジェクトチームが結成されたが、成案を得るには至らなかったなどの経緯がある。「首都移転」がどこまで現実的な問題として議論されることになるのかは、はなはだ疑問ではあるものの、ジャカルタ周辺での大規模開発、建設に巨額の投資をした、あるいは投資を予定している財閥や企業体、建設業者にとっては、心穏やかではいられないだろう。「頭金ゼロの住宅ローンでマイホーム」の夢を抱き、その夢のためにアニス氏に1票を投じた人々にとってもそれは同じで、やっとローンの支払いが完済して名実ともに「マイホーム」になった自宅の所在が「イブ・コタ(母なる都市=首都の意味)ではなくなる」なんて想像もしたくないことだろう。

 

「いつかはマイホーム」の夢

ジャカルタ各地には「ルマ・ススン」と呼ばれる低価格公営住宅がある。民間の集合住宅や借家より低価格で住むことが可能だが、ジャカルタ中心部に建つ「ルマ・ススン」の大半は中層集合住宅ながらエレベーターのない建物が大半で立地条件もあまり良くなく、築年数も古い。ジョコ大統領は4月にバンテン州南タンゲラン市のスルポンで行なわれた「ルマ・ススン」の着工式に出席して今後さらに多くの低価格公営住宅を建設していく方針を示した。スルポンに建設される公営住宅は32平方メートルで購入価格は2億9300万RP(約230万円)。月々の返済が120万RP(約1万円)で住宅ローンが組めるようになっている。もっともこの場合も1%ながら「頭金は必要」という。また3月にはアホック知事が他の地域に比較して地価も不動産価格も高いジャカルタ特別州内の住宅需要を少しでも多く満たすために低価格の公営住宅を整備する計画を選挙公約として掲げ、官主導の計画も進行中だ。冒頭に記したジャカルタ北部の高級住宅街「PIK1」の周辺には依然として昔ながらの長屋住宅で暮らす市民が多く存在している。全ての入り口に警備員が配置されて出入りを厳しくチェック、金網や塀で仕切られた「PIK1」の隔絶した世界とは異なる「ジャカルタのありふれた日常」がそこには広がっている。

ジャカルタ南部テベット地区は洒落たカフェやレストランが並ぶ中に昔ながらの市場や屋台が残る一角。高層アパートメントや大手銀行の社宅、官庁の官舎などもありジャカルタっ子には根強い人気の地域であるが、細い路地を一歩入れば迷路のような一角にひしめくようにコントラカンと呼ばれる民間の借家がひしめくように建て込んでいる。路地からは居間も台所も丸見えだが、貧しさに負けることなく住人は屈託のない笑顔でお互いに助け合いながら生活を送っている。それはジャワ社会の伝統でもある「ゴトン・ロヨン(相互扶助)」とイスラム教の慈愛の精神に基づくものだ。そんな貧しい生活の中でも日々働き、家族の生活を支え、生き抜いていく人々にとって「マイホーム」は大きな夢であることは間違いない。これまではその夢は「あくまで夢」に過ぎなかったが、アニス新知事の誕生でその夢は決して手の届かない夢ではなくなる可能性が現実問題として出てきたのだ。民間の住宅であれ、公営の「ルマ・ススン」であれ、住宅ローンによる返済での購入であれ何であれ、ジャカルタの人々は少しでも安心して家族が暮らせる住宅、「マイ・スウィート・ホーム」を心から欲している。その夢を実現させるために国や州政府には最大限の努力がいま求められている。

 

 

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大塚智彦(おおつか・ともひこ)

ジャーナリスト

ジャカルタ特派員、産経新聞社シンガポール特派員などを経て、2014 年からPan Asia News の記者兼カメラマンとして東南アジアを中心に取材活動を続けている。現在、インドネシアの首都ジャカルタに在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、「ジャカルタ報道2000 日──民主国家への道」(小学館)がある。

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