スマホアプリ先進国の中国

イノベーションとガラパゴス化の狭間で進むキャッシュレス

国内のIT産業振興に向けた支援や情報規制を目的とした政策など、さまざまな事情が絡みながら、中国のスマホ社会は新たな次元に向けて歩みを続けている。LINEはもとより、FacebookやTwitter、YouTubeといった主要なプラットフォームが使えないなど、ときには”ガラパゴス”とのそしりを受けながらも、国産アプリの機能強化や新サービスのリリースはとどまるところを知らない。

 

「スマホ強国」中国の背景

中国のネット事情は日本とは大きく異 なる。国内のIT産業振興のための支援 や情報規制を目的とした中国の政策等、 さまざまな事情が絡みながら、いわば海 外のサービスやアプリの流入に対して「鎖 国」のような立場を取っているからだ。

 

GmailやGoogleマップといったGoogle 関連の主要サービスはもとより、FacebookやTwitter、YouTubeといったスタ ンダードなプラットフォームでさえ、中国ではとたんに規制の対象になる。多 くの日本人が常用するLINEについても、 数年前に香港で起こった政治デモの様子 を伝える写真が流布されたことが契機となって、1年間ほどシャットアウトされたことがある。その後、再びメッセージ の送受信や通話機能が使えるようになったものの、写真送付がうまく行かないなど、いまでも十分に機能しているとは言えない。

 

さて、モバイル・インターネット専門 の調査研究会社であるQuest Mobile(貴 士移動)が発表した「2017年春季レポート」によると、中国におけるモバイル・ ユーザーは 10 億人の大台に乗ったとい う。中国で使用されているモバイル・デ バイスのほとんどはスマートフォンだ。 「ガラケー」がいまだに一定のシェアを持つ日本と比べると、中国でのスマホ普及 度は極めて高く、中国人が老若男女を問わず抵抗なくスマホを使いこなしている 様子は、日本人にとっては驚天動地の域にあることだろう。

 

スマホが中国で広く普及した背景に は、まず通信コストの安さがある。特に 3大キャリアのうち北方エリアで勢力を 持つ中国電信は、 10 ギガバイトの容量で 1か月の基本料金が 20 人民元(日本円換 算で300円)という格安メニューを打ち出している。一方、地下鉄構内や列 車内、喫茶店やレストランなど、無料でWi-Fiに接続できるスポットが極めて多 い。したがって、ネット接続に苦労する ことはまずなく、(VPNにつながない と海外で主流のサービスが利用できない 点は、むしろ「ナショナル・ネット」という誹りも免れられないが)インターネット接続コストには格段の割安感がある。 さらに、XiaomiやHuawei、OPPO、 vivoといった国産メーカーが幅広いレンジの価格帯のAndroid機をリリース しているのも大きい。現地の報道によれば、この4社だけで中国のスマホ市 場の43.5%のシェアを占めているというのだから、iPhoneを除けば中国にお ける海外勢スマホの命脈はもはや尽き たといっても過言ではないだろう。か つて、Android機市場で最人気を誇っていたサムスンも昔日の輝きは全くな い。バッテリーの不具合を原因とするGalaxy Note7の爆発、炎上事故や、「限 韓令」(韓流禁止令)による影響の有無 に関わらず、同ブランドを支持する中国ユーザーは激減しており、次にサムスン機を買おうと答えたユーザーの比 率はわずか12.27%のみだとした調査結果もある。そんなライバルの体たらくを尻目に、HUAWEIは1億7000万台、OPPOは1億6000万台、vivoは1億5000万台をそれぞれ今年の出荷台数目標として掲げるなど、「スマホ強国」としての中国のプレゼンスは世界市場でますます高くなっている。

 

テンセント社の2大アプリ

では、中国人は、ふだんスマホをどのように使っているのだろうか。どんなアプリが必携ツールとなり、人気を集めているのだろうか。ざっと今日のトレンドを見ていくことにしよう。

 

中国のスマホユーザーが主にアプリをジャンルごとに挙げると、ニュース、動画再生、ブラウザ―、EC、音楽、マップ、文字入力の順となるが、中でも「国民的アプリ」ともてはやされ、圧倒的なユーザー数を有しているのが「WeChat(微信、ウェイシン)」だ。2017年上四半期の実勢データでは、AndroidとiOS全体の月間アクティブ・ユーザー数(MAU)が8億9218万人を数えた。しかも、WeChatを供給する騰訊控股有限公司(以下、テンセント)にはもう一つ主力商品がある。それがPCベースのインスタント・メッンジャーとして中国で早くからデフォルト・スタンダードになっていた「QQ」で、こちらはPC市場で積み上げてきた愛用者も取り込み、総ユーザー数が6億6379万人に達している。どうやらモバイル市場に関わる調査結果で顕著になるのは、テンセント社が誇示する圧倒的な存在感に尽きると言えそうだ。

 

ちなみに、WeChatが脚光を浴びる前、「開心網」や「人人網」の流行を経て、日の 出の勢いでユーザー数を増やし、一時期 はSNS市場を席捲するかのような存在感を示していたのがWeibo(微博、ウェイボー)である。しかし、同ツールのユーザー数が3億5697万人を数えるといっても、いまとなっては、テンセント(騰 訊)社の2大アプリの向こうを張る有力 なライバルであるとはお世辞にも言えない。

 

急速なキャッシュレス化の波

本稿で取り上げるテーマの主役とも言えるWeChat(微信)について補足しておこう。

 

WeChat(微信)が初めてリリースしたのは2011年1月21日である。当時は海外向けにも「Weixin(微信、ウェイシン)」という名称で呼んでいたが、その後、ソーシャル面の強化や多言語対応が進められていく過程で「WeChat(ウィチャット)」」という呼び名が徐々に定着していった。

 

ちなみに、日本の報道では、WeChat(微信)のことを「中国版LINE(ライン)」と呼び、あたかもWeChatがLINEの模倣 版のように印象づけていることがある が、これは正しくない。韓国のNHN(現ネイバー)傘下にあったNHN Japan株式 会社(当時)が「LINE(ライン)」をリリースしたのは2011年6月 23 日のことで あり、WeChatがリリースした同年1月 21 日から約5か月後のことである。

 

WeChatが大きな勢力を持つことになった背景には、それが単なるSNSでは なく、中国人のライフスタイルそのものを支えるツールとなっているからだと言える。マクドナルドやバーガーキング等、 大手外食チェーンなどが発行する電子クーポンを管理する機能を備えているのは まだ序の口で、WeChatの威力をまざまざと見せつけているのが、これから語るコード決済機能――「WeChat Pay(微信支付)」――である。

 

中国におけるコード決済では「支付宝(アリペイ)」が先輩格だが、後発だった「WeChat Pay」が通用する領域もこのところ急拡大している。航空チケットの購入、クレジットカードの明細やポイント の確認、返金手続き、コンビニエンスストアでの支払い、レストランや買い物等、ありとあらゆる消費シーンで「WeChat Pay」の利用が可能だ。食事の割り勘、結婚式の祝儀や募金・寄付、それに乞食にお金を恵むのも「コード決済」というのだから、日本人にとっては異次元の世界に見えてくるのではないか。ちなみに、昨年に発生した熊本地震の際には、WeChatの送金機能(「紅包」=お年玉)を使って日本在住の友人に見舞金を送るような使われ方もされたという。

中国でキャッシュレス化が急激に進んだ理由

このように、急速なキャッシュレス化の波がいま中国社会を覆っているのだが、そもそもこれを実現させるイノベーションは、Suicaをはじめとして日本が先行していた分野であった。しかし、当の日本はコンビニエンスストアでの買い物さえいまだに現金決済のために行列しなければならないのが実状であり、すっかり中国の後塵を拝している感がある。「トロンOS」をいち早く手がけながら、Windowsに敗北したPCの基本ソフト(OS)戦争、「iモード」を開発しながら、それが日本国内での領域にとどまった「ガラパゴス携帯」等、数々の日本の失敗が、キャッシュレス化を進めるテクノロジーでも再現されてしまったかのようだ。

 

では、中国でどうしてキャッシュレス化が急激に進んだのか。その理由を挙げると次のようになるだろう。

 

ひとつは衛生面の問題だ。オンライン・ニュースの「騰訊財経」は2015年11月19日付の記事で、中国の紙幣がアジアで一番汚いことを暴露した。香港城市大学細菌学研究センターの研究結果によれば、中国の紙幣1枚当たりの細菌数は17万8000個に達し、5角、1元、1角の各紙幣については1枚当たり1800万個にのぼると紹介している。ちなみに、汚れ具合は南方地域より北方地域のほうが深刻だと言われるのは、おそらく小額通貨の主役が南では硬貨であるのに対して、北は紙幣であることも関係しているだろう。北方エリアでは、財布を持ち歩かずポケットにお札を突っ込む習慣さえある。紙幣に付く細菌数が増え、しわくちゃだらけになるのも容易に想像できる。

 

次に通貨の種類がある。GDP(国内総生産)総額で日本を超え世界第2位になったというのに、中国の最高額紙幣は長年100元のままである。日本円に換算して1600円程度に過ぎない額なのだ。これでは、物価上昇が激しい中国で現金決済に頼ろうとすると、たとえ長財布を用意したとしても持ち運びに苦労を強いられることもあるだろう。

 

3番目には、現金決済の場合、さまざまな不愉快な体験を余儀なくされことである。くしゃくしゃで落書きされたお金を渡されたり、渡した紙幣が偽札でないかとジロジロ眺められたり、反対に偽札をつかまされたりすることもある。ATMから出て来る紙幣とて安心とはいかない。自動販売機の投入口に押し込もうとしても突き返されてしまうほどのボロボロ紙幣も散見される。また、いまとなっては用途が少なくなったが、路上の公衆電話にコインを入れても通話ができず、ただ硬貨が吸い込まれるだけというケースも少なくなかった。そんな現金決済における不都合で不愉快な現実は、まれに中国を訪れる外国人ならずとも、中国人が長年にわたって身をもって体験してきたことなのだ。

 

4番目は、冒頭にも触れたが、スマホの普及度が高いことがある。2・5世代が長く続いた中国のモバイル環境は3Gを飛び越え、一気に4G時代へと突入した。そんな一足飛びの環境変化の中で、むしろ不便を便利に変化させるイノベーションが一気に進められたと言える。偽札が出回り、さまざまな決済リスクを抱えていることや、「おもてなし」とは縁遠い対応が日常茶飯事になっていることが、キャッシュレス化の波へとつながったというわけだ。クレジットカードの読み取りに必要な高価なデバイスを導入する必要もなく導入でき、即時に入金を確認できるという手軽感やスピード感、そして安心感も、消費者だけではなく、小規模店舗などからも歓迎されたといえるだろう。

 

一方、世界に誇る貨幣製造技術を誇り、紙幣や硬貨の偽造防止のために、あらゆる技術の進化に力を注ぎ、抗菌を施し、清潔さや通貨の安全性や信頼度を実現し コンビニエンスストアでは、WeChat とアリペイが決済方法の67%を占める。 中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994 年、上海に語学留学。1998 年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクールを上海 で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポート等の業務に携わる。2002 年 10 月に中国全土でフリーペーパー事 業を展開するメディア漫歩グループに 入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。 2010 年2月に同社を退社。中国メディアの日本語電子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャ ンマー・ジャポン」編集長、フリーラン サーとしての活動(翻訳・調査業務等) などを経て、2017 年4月より現職。 近藤修一(こんどう・しゅういち) 「Whenever Dalian」編集長てきた日本。紙幣の印刷、移送、偽造取り締まり、機械の保守・維持等、現金社 会を維持していくためのコストがいかに高くついているかには、あまり配慮がないようだ。

 

もしかしたら、偽札の存在を許さない高度な造幣技術は、航空決戦の時代に突入しようとしていたときに、依然として「大鑑巨砲主義」にとらわれ、戦艦大和の建造を進めるなどした「失敗の本質」に通じるとも言えないだろうか。「改善」のために、一石一石、着実にテクノロジーを積み重ねて来た日本とは異なり、プロセスを超えて一気にハイレベルのステージへと飛躍する中国。両国のスピード感にはあまりに大きな差がある。

中国よりも遥かに遅れている日本

「インバウンド」振興を叫びながら、中国の現状への理解を欠くがあまり、中国から見ればアナクロニズムのそしりを免れない試みをしているケースが日本には少なくない。「ユニオンペイ(銀聯)」カードを扱う商店は増えたものの、「WeChatPay」については全く知識を持たない人が大半ではないだろうか。すでに影響力を失って久しい「Weibo(微博)」を中国版Twitterと同レベルで位置づけて情報発信に注力を始める企業や自治体があるが、単に業者に踊らされているだけではないか。東京におけるタクシー料金の値下げが話題になったものの、現金オンリーの支払いしかできない状況も多く、中国からの渡航者の便宜を図ったインフラ整備という視点からはほど遠い現状にあるようだ。

 

中国のスマホアプリ市場はいま(ガラパゴス化といわれようとも)活況を見せている。近年、ユーザー数において顕著な伸び率を示したのは配車アプリの「滴滴出行」、あるいは「Letv(楽視)」といった動画アプリ、交通渋滞が常態化するなかでドライバーから重宝されるポッドキャスト機能付きのラジオアプリ、自撮り用に趣向を凝らしたカメラアプリなど、日本の事情とは乖離したトレンドも生み出されている。

 

新しいもの好きの中国人は日本人よりもずっと環境への適応能力が高いと言えるだろう。彼らが高度なスマホ社会のなかで新たなライフスタイルを築いているのを見ると、メディアが懲りずに報じる中国経済衰退論には現実との乖離があるのではないか。

 

いずれにせよ、中国本土に向けたインバウンド対策に注力したいというのなら、中国で行なわれている支払い習慣や、情報収集の方法のトレンドなどについても理解を深めておく必要がありそうだ。

 

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近藤修一(こんどう・しゅういち)

「Whenever Dalian」編集長

中国・大連市在住。静岡県出身。信 州大学卒。1994 年、上海に語学留 学。1998 年、現地パートナーととも に日本人向けパソコン・スクールを上海 で開始し、教育、ハード・ソフト販売、 サポート等の業務に携わる。2002 年 10 月に中国全土でフリーペーパー事 業を展開するメディア漫歩グループに 入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。 2010 年2月に同社を退社。中国メディ アの日本語電子媒体「インサイト・チャ イナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャ ンマー・ジャポン」編集長、フリーラン サーとしての活動(翻訳・調査業務等) などを経て、2017 年4月より現職。

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