タイから中国に進出した現代の華僑(上)

兄弟で事業展開して成功した

2001年に兄は中国で、弟はタイで、それぞれ金型工場として起業した汪兄弟とは彼らの創業時代から16年の長きに渡ってつきあってもらっている。兄の汪有志(1970年生)氏は中国広東省東莞市で中国の日系企業向けをメインにした金型生産で起業し、今ではプラスチック成型部門も大きく育った智鴻塑膠模具有限公司を経営している。実弟である汪友紅社長(1973年生)は、やはり2001年にバンコク郊外でトップ・モールド(Top Mould)という金型工場を起業して主に日系企業向けに金型を生産してきた。漢字は異なるが、有志の志と中国語では同じ発音である智、また、友紅の紅と同じ発音である鴻から会社名を「智鴻」に名付けたという。2001年に東莞市に行く機会が多かった筆者は日本企業向けに金型を作っているローカルの工場があると聞いて探し出したのが、この智鴻塑膠模具に社名変更する前の工場で、東莞市内の道路から工場内が丸見えといった小さな町工場だった。その後、兄弟は協力し合いながら中国とタイでの業容を拡大、2017年10月末には兄弟の出身地である湖北省に約5万平方メートルの大工場に新築すると聞いて、現地取材に行ってきた。他国や他の地で起業に成功した中国人が故郷に錦を飾る工場進出をいろいろ観察でき、感動する話も多く聞いた。中国で操業する日系企業や中国の製造業が中国の賃金など生産コストの高騰からベトナムやタイなどに工場をシフトするケースが増えているが、汪兄弟はその逆を行こうとしている。

タイから中国に進出する工場は地域で初めて

タイのトップ・モールドと中国・東莞市の鴻塑膠模具有限公司の初代社長を務める兄弟はこのほど中国の出身地である湖北省に「湖北泰中模具有限公司」(泰はタイ、模具は金型を意味する)を設立、今後1年から2年以内の操業開始を目指して、工場の建設に着工した。タイから同地域に進出する工場は初ということもあって、地元の湖北省武漢周辺の蔪春(チーチュン)県と同県の漕河(チャオホー)鎮の地元政府では工場の実現に向けた全面的な支援を提供している。

地鎮祭に出席するため蔪春県に着いて初めて知ったことだが、この地は最大の中薬書として世界的に著名な「本草項目」を執筆した李時珍の生誕地(後述する)で、兄弟が工場を建てる工業団地のChina名も「蔪春県李時珍医葯工園区」。湖北省の省都である武漢(ウーハン)までは筆者が住むバンコクから中国南方航空の直行便があり、武漢から蔪春県漕河までの約200キロは高速道路を走る。

湖北省黄岡市蔪春県漕河鎮で2017年10月26日に開催された「湖北泰中模具有限公司」の「蔪春県李時珍医葯工園区」内での地鎮祭には、地元の県と鎮の高官が多数出席しての鍬入れ式などを行なったが、中国だけに宗教色は皆無だった。「湖北泰中模具有限公司」の株主はタイ在住でタイ企業であるトップ・モールド社長である汪友紅氏(1973年生)が51%、実兄にあたり広東省東莞市で金型やプラスチック成型をしている汪有志氏(1970年生)が38 ・5%、実妹が10 ・5%を保有している。湖北泰中模具の代表者である汪友紅氏は地鎮祭での挨拶で、自身がこの地の出身者であることを強調し、「我々は蔪春県にはまだない技術を保有しており、今後それを使って、この地の経済発展にも寄与したい」などと挨拶した。

蔪春県のかなり大きな町である漕河鎮にある「蔪春県李時珍医葯工園区」という新しい工場団地には操業開始した工場はまだない。まわりは高層住宅マンションが林立する地区にある15平方キロメートルの工場団地。湖北泰中模具では新工場用地として約30ライ(タイの単位で1ライは約1600平方メートル)の土地の向こう70年間の使用権を750万中国元(約1億3000万円)で地元政府から取得した。トップ・モールドのタイの工場は7・5ライだから、中国の湖北泰中模具有限公司はタイ工場に比べ、現状で4倍の広さがある。湖北泰中模具の当初の工場は約5万平方メートルあるが、すでに土地の拡張も計画しているのは、これまではほとんどなかった自動車産業向けの電装部品製造も計画しているからであり、「日本企業との合弁生産も視野に入れている」(汪友紅氏)としている。

第1期の工場では汪友紅氏が金型製造と自動車部品製造を手掛け、兄の汪有志氏はすでに注文を得ている日産50万個ものスマホ向けイヤホンを生産する。使用する金型は東莞の智鴻塑膠模具の従来工場ですべてを生産、設計やCAD(コンピュータ支援設計)については「蔪春県李時珍医葯工園区」に工場が完成してからも東莞で行なう方針だ。

 

タイで金型工場を起業して成功する

汪兄弟は蔪春で地元の高校を卒業後、そろって東莞市の台湾系の金型メーカーに入社、弟の汪友紅氏は2年半ほどそこ
で働いた後に香港の金型メーカーに移籍し、同社のタイ工場に赴任した。そして、それから数年後の2001年には独立してバンコク郊外で日系企業向けの金型を主に生産するトップ・モールドを立ち上げた。タイのシャープ、フジクラ、オリオン電機など向けの金型生産やプラスチック成型、金属との複合部品などの生産も東部チョンブリ県のアマタ・ナコーン工業団地に近いパントンにある工場で生産している。日系の顧客がメインであるため、日本人のマーケティング・マネジャーがいる。

蔪春の中国工場では日本の自動車部品メーカーとの合弁を工場内に設立して自動車部品を中国の自動車メーカーや日系自動車メーカーに供給したいと汪友紅氏は考えている。タイのトップ・モールドでは自動車ランプ向けターミナル部品も6年ほど前から手掛けているが、中国工場は市場が大きい中国と日本の自動車関連の仕事をメインにしたいと汪友紅氏は考えている。

「審査が厳しい自動車向けに採用されることは簡単ではないことはタイにいて理解している。しかし、日本企業に負けない技術があると考えており、この地の出身者として地元政府との太いパイプを構築したことから日本企業にとっても我々と組むメリットが大きいはず」(同)とパートナーの登場を期待している。

タイのトップ・モールドではISO(国際標準化機構)9001シリーズを操業当初から認証されている他、国際的な自動車産業の品質マネジメント規格であるTS16949も2016年8月に取得している。

トップ・モールドのタイ工場には、高精度加工で知られるキタムラ機械のMC(マシニングセンター)をはじめ台湾製MC、三菱電機のEDM(放電加工機)、米国製の三次元測定器機、中国製レーザー溶接機なども装備している。プラスチック成形の射出成形機は日本製の中古機が多い。タイのトップ・モールドで製造が難しい高精度のインサートやピン、スライドといった金型の重要部分、短納期の金型注文については東莞市で実兄が経営する24時間稼動の智鴻塑膠に応援を求め航空便でタイに送り返してもらうことも多かった。

東莞市で実兄の汪有志氏が経営する智鴻塑膠模具有限公司(同氏55%、汪友紅氏30%、実妹15%を出資)は金型生産で起業して、当初の顧客は広東省の日系企業がほとんどだった。弟の会社であるトップ・モールドが製造している金型もタイの日系企業の顧客向けがメインであるだけに品質にうるさい日系企業が両社の技術を向上させてきた面もあるようだ。タイのトップ・モールドがタイの日系の有名企業からタイ人経営のいくつかの金型メーカーに発注を分けられたプラスチック金型を受注した時にトップ・モールドが製造した金型だけが採用されたケースもあった。しかし、近年ではタイのトップ・モールドも智鴻塑膠模具も金型だけの受注は原則的に行なわず、製造する金型を使っての部品製造もセットでの受注を請けている。なかでも智鴻塑膠模具の現在の大きい仕事は中国の大手スマホメーカースマホから新品のスマホに付属しているイヤホン生産。「OPPO」(広東欧珀移動通信)、「VIVO」(維沃移動通信)、中国の最大手企業の華為技術(ファーウェイ)向けに日産10万個(月300万個)を生産している。現状の生産能力は24時間操業で日産10万個が限界だが、現在の5倍にあたる日産50万個の生産を要望されており、このほど着工した蔪春の工場で対応していく方針だ。

中国の大手のスマホ各社から智鴻塑膠模具が気に入られているのは、「智鴻塑膠では1度に8個の成型ができる8キャビテの金型で高品質の製品が製造できるが、他社では4キャビテから8キャビテにしたとたんに品質が落ちたため」と汪有志社長は説明する。この8キャビテの金型は素人目にもかなり立派で美しい金型である。智鴻塑膠ではやはり中国の著名なスマホメーカーである小米(シャオミ)からはスマホ向けでなく掃除などの小型ロボット製品のプラスチック部品の金型も含む生産も手掛けている。

 

 

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松田健(まつだ・けん)

アジアジャーナリスト。元日刊工業新聞記者。主な著作には、『タイで勝つ!! 直感力こそ成功のカギ』(重化学工業通信社)、『今こそフィリピンビジネス─アジア投資の穴場』(カナリア書房)、『魅惑のミャンマー投資』(カナリア書房)などがある。

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