ブルネイに進出した日系企業の現状

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巨大イスラム市場を狙う

ブルネイに進出した日系企業の現状

ボルネオ島北東に位置するブルネイ・ダルサラム(以下、ブルネイと表記)は人口42万人、国土は日本の三重県ほどの大きさで、その8割が熱帯ジャングルに覆われている。筆者は、アセアン関係の国際機関がブルネイ政府と組んだ招待取材で「近い将来に天然ガスが枯渇するブルネイの力を入れるべき産業育成の現状を取材してほしい」と依頼されて、ブルネイに数回以上訪問したことがある。今回紹介する「ブルネイ唯一の日系食品企業」と知り合えたのもブルネイ政府のアレンジによるものだった。日本人にはほとんど知られていないブルネイの現状を報告する。

 

世界中で増え続けるムスリム

交通渋滞が激しいタイの首都バンコクからブルネイに着き、町を歩けば、人々の交通マナーの良さに驚嘆する。警察官はほとんど見かけない治安の良さ。歩行者優先が徹底されており、車のドライバーは信号がない道路を横断しようとしている歩行者を見つけると、車を停止して、歩行者が道路を渡りきるまで待ってくれる。タイではクラクションを鳴らして歩行者を追い立てることもあるが、その点、ブルネイの静かさと温和な国民性には感動する。

社会保障、生活保障が発達しているブルネイでは労働争議も皆無。公用語はマレー語だが、英語がかなり通じ、中国語、ヒンドゥー語もある程度通じる。ほとんどがイスラム教徒(ムスリム)で、日に5回の祈りを欠かさない。イスラム教徒でなくても公の場での飲酒はご法度であるため、「禁酒ツアー」なら最高の目的地なのだが、一般の観光客を受け入れるには大きなハンディーはある。

現在、世界に約18億とされるムスリム人口は2030年に22億人に増えると見込まれ、それは世界人口の3割近くにあたる。世界のムスリム向けハラル商品の市場はすでに年3兆ドル規模。この巨大な市場をブルネイから狙うパイオニア企業こそがソイ&ワールド(東京都港区六本木 WEB:www.soyandworld.jp)であり、2013年からブルネイの首都であるバンダル・スリ・ブガワンから車で1時間ほどのトゥトン地区にブルネイ政府の支援を得て工場進出している。

進出当初は大臣自らが世話をしてくれるなどの歓迎を受けたが、進出した翌年に同社を担当してくれた省庁が統廃合でなくなった。また、ブルネイから輸出しようとした際に3社ある中国系海運会社から利益が消し飛ぶほどのフレート(海上輸送運賃)を請求され、輸出が不可能となり、経営難に直面した。そこでソイ&ワールドでは今春からブルネイ工場の操業を停止、日本人駐在員は日本に引き上げ、しかしいつでも生産再開できるようにメンテナンスだけは続行しているのが現状である。

 

ブルネイ政府の後押して事業を開始

ソイ&ワールドの三坂大作社長は「今年度いっぱいは王室系も含む各方面の有力者に事態解決のための陳情を続けるが、それでも変化が起きなければ、ショーケースとして工場をブルネイに残しながら、他国に主力工場を移設する決断をする。しかし当社が東南アジアでのハラルビジネスから撤退することはない」と説明している。三坂社長は同じイスラム国であるマレーシア進出の準備のため、頻繁にマレーシアに通っており、「シンガポールに近いジョホール州か首都クアラルンプールに近いクラン国際港の付近に新工場を建てる計画を検討している」と語っている。

ソイ&ワールドの三坂大作(みさかだいさく)社長(昭和36年生まれ)は東大法学部を卒業したエリートとして三菱銀行に入行、3年間の東京・青山支店勤務後にニューヨーク支店に移り、М&A(企業の吸収と合併)を担当。日本に戻ってからは銀行時代の顧客などを相手に経営コンサルタントとして独立、上場企業も含む13社のアドバイザーをしていたが、2008年のリーマンショックで「顧客企業7社が経営危機状態に陥り、もう他社のお世話はやめよう」と決断したときに、大豆加工の特許技術に出会い、大豆加工食品の企画製造販売を目的として、ソイ&ワールド(英文社名Soy & World Inc.、東京都港区六本木4─2─14 MPR 六本木三河台ビル)を2010年7月1日に設立。資本金8700万円は三坂社長の他、16人が出資している。香港にはアジアマーケティングを行なうホールディング会社Soy & World International, Ltd.がある。

創業当初のソイ&ワールドでは、大豆加工技術を開発、皮付き大豆100%を使用して添加物・防腐剤ゼロの食品加工原料としての大豆ペーストの製造技術を確立し、日本特許を取得、商品名「マザーソヤ(MotherSoya)」として商標登録した。

まだ新しい会社であるソイ&ワールドの三坂社長がブルネイでハラル認証された健康食品を生産して世界のイスラム市場を狙おうと決断したきっかけは、東京の国際機関、日本アセアンセンターが2012年に東京で開催した「ハラルセミナー」だった。そのセミナーで三坂社長はイスラム圏の巨大な市場の存在を知った。セミナー会場で三坂社長はハラル専門家であるバングラデシュ人の学者と知り合い、ブルネイ政府のアドバイザーもしている同氏のアレンジで翌月、三坂社長は初めてのブルネイを訪問した。ブルネイで三坂社長は、外国投資の窓口であるブルネイ政府の第一次資源産業省(MIPR)の大臣から直接「応援するのでブルネイに新たなタイプの産業を築いてほしい」と依頼され、大歓迎されたことからブルネイ進出を即決した。

そして、事業計画を立てる中で現地パートナーの必要性を感じた三坂社長はMIPRに対して、その紹介を依頼してみたところ、ブルネイの石油掘削プラットフォームなどを製造するブルネイの民族資本大手グループで同国の乳業メーカーAl-Hana Enterpriseが紹介された。MIPRの副事務次官が来日しての会議などを経て、2013年5月に合弁契約を締結した。この合弁会社HSWB(Hana Soy & World (B) Sdn. Bhd.)では2013年6月に工場建設に着工、2014年2月に竣工した。ブルネイの国営銀行からの融資もすんなり決まったことからも三坂社長はブルネイ側の本気を感じた。HSWBの資本金は約2億円でソイ&ワールドが7割、ブルネイ側が3割を出資している。

まずカナダ産の丸大豆を加工する形でパイロットプラントの操業を開始、当面の市場テスト商品として大豆を丸ごと原料に各種栄養食品で使う加工原料食材の大豆ペーストをMS(MotherSoya)として製造を開始した。しかし、ブルネイにはMSを原料として最終製品を加工する食品加工事業者が存在しないため、HSWBではMSを使ったソイドリンクを「スクスク(Suku Suku)」という名で開発し、日3000本の製造販売も行なった。MSは常温で3年持つが、ドリンクは冷蔵庫で1週間が限度であり、すぐに輸出はできないが、他国からの大量発注に備えてドリンク製品の無菌殺菌方法も確立させた。産業が極めて少ないブルネイだけに、「工場で必要になった工具を売る店を探すことさえ大変」(同)といった苦労を続けながらも工場を立ち上げることには成功した。

多くの民生品を輸入に依存するブルネイの産業育成の一つとして大豆加工が認可されたもの。大豆は「畑のお肉」と評されるほどに栄養価が高いため、国民の健康改善が図れる。さらに皮を廃棄せずにまるごと使用するという生産技術は環境にも優しい点をブルネイ政府は高く評価した。

2014年2月には、竣工した工場にボルキア国王の視察もあり、外資受け入れ機関でもあるブルネイ政府第一次資源産業省(MIPR)を窓口にブルネイ事業の滑り出しは好調だった。

だが、翌2015年に入ると、MIPRが首相府(PMO)に移管されるという信じられない動きが発生した。外資誘致で産業を育成したいと考えている国が外国投資を担当する省庁を突然、統廃合してしまったのだ。MIPRは専用のビルを構えていたが、そのビルには観光庁が入居した。産業育成より観光を重視するのかと感じる三坂社長にブルネイ政府の役人たちは「PMOが窓口となっても、ソイ&ワールドなど外資投資企業に対するサービスは変わらない。トップへの直訴だってこれまで通りできるのだから心配は無用」などと答えた。

しかし、この省庁の統廃合後に役所内部で外資担当官が減り、 頻繁に人事移動も行なわれるようになり、「要望したことに対するリスポンスがMIPR時代に比べて極めて遅くなった」と三坂社長の困惑が始まった。それでも苦情を聞いてくれるという財務副大臣などに三坂社長は面会することができ、副大臣は熱心に三坂社長の不満や要望を聞いてくれたので期待はしたが、結局は要望した事項はことごとく実現されず、三坂社長は落胆した。ブルネイ政府ではハラル関連産業を誘致するバイオイノベーションコリドー(BIC)と呼ぶ巨大な工場団地を造ることを決め、その造成工事も終わったが、これも当初の政府の意気込みが消え去り、現在、このプロジェクトも休眠状態にある。

貪欲な中国系企業に翻弄される

製造業がきわめて少ないブルネイだけに進出当初に考えられなかった問題が次々と発生し、三坂社長は今春、ついにブルネイ工場の休止に追い込まれてしまった。その最大の問題が海運の問題だった。42万人のブルネイ市場だけではビジネスの規模にならない。大量生産するからには中継貿易拠点でもあるシンガポールを始めとして人口が多いインドネシアのジャカルタなどに輸出しようとブルネイ政府も三坂社長も考えていた。

しかし、3社あるブルネイの中国系フォワーダーは、3社とも三坂社長が考える3倍もの料金を提示してくる。

「安い食品を輸送するのにそのような高額の輸送料では利益がすべて吹き飛び、輸出する意味さえなくなってしまう」と三坂社長。モノを生産していないブルネイはあらゆる生活物資を輸入に頼っている。シンガポールなどから来る船にはブルネイで必要なあらゆる物資が満載されているが、ブルネイの主要港であるムアラ国際港で荷を下ろした後は空のコンテナで戻っていくのがほとんどのケースだ。

「空っぽの船に当社の製品を載せようと言うのだから安くしてもらっても当然なのに、3社ともべらぼうなフレート(海上輸送運賃)を提示してくる。まったく値下げ要請にも応じようとはしない現状での輸出は極めて難しい」と三坂社長。

「ブルネイではすでに中国系が港湾を牛耳っているだけでなく、運送、建築などのビジネスも支配し、腐敗も増えている。国際ビジネスが難しくなっている」と三坂社長は警告している。

こんな状態でも三坂社長がブルネイからすぐ撤退しないのは、ブルネイに恩義もあり、ブルネイ工場を構えていることのメリットも大きいからだ。

「初めて個人の資格で訪問したブルネイで現職の大臣が面談してくれ、国王までが工場を視察してくださった。これらは他の東南アジアの国では起こりえないことだから感謝している。ブルネイ政府機関も出展するブルネイやアジア各地で開催されるハラル関係の国際展示会などに当社はブルネイを代表するハラル食品メーカーとして優先的に招待され、講演する機会もアレンジしてもらった」と三坂社長。

 

「ハラル」でイスラム圏のリーダーを目指す

 イスラム教国に食品を売るためには生産を開始する前にまずイスラム法で「許可」を意味するアラビア語の「ハラル」という認証を受ける必要がある。イスラム教徒にとって汚れていない食品であることを厳しい調査を経て認証する 。そして小国ブルネイが、イスラム国のリーダー的存在になることを目指して国をあげて取り組んでいるのがこのハラル認証事業。イスラム国のサウジアラビア、マレーシアなどが国家レベルでハラル認証に取り組み、日本を含む世界30数か国に計数百ものハラル認証機関があるとされる。

ブルネイでは政府宗教省・イスラム宗教委員会によるハラル認証の厳格性で他国との差別化を図っている。もっとも審査が厳しいブルネイでの認証には権威があり、他のイスラム諸国のイスラム教徒にとって信頼の認知度も高く、ビジネスの展開がしやすくなる。

ブルネイのハラルでは紫色と青色のブルネイ・ハラルの認証マークと、緑と黒のブルネイ・ハラルのブランドが2009年8月に制定され、2010年からこの認証マークをつけた食品製造が開始されている。ハラル認証審査では製品成分だけでなく、製造ライン、運送トラックなどがハラル専用でトラックがイスラム法に則って洗車(アルコールは消毒用としても認められず水洗い)をしているかどうかといったことも査察対象にしている。

ブルネイに工場進出して以来、ソイ&ワールド(合弁会社HSWB)ではハラル関連の国際展示会に出展してきたが、同社ブースで知り合ったマレーシア、インドネシア、フィリピン、タイの政府関係者がブルネイのHSWBの工場をすでに訪問しており、「わざわざブルネイまで見に来られるだけに熱心でアジア各国で当社が展開する話が進んでいる」と三坂社長。

シンガポール、オーストラリア、サウジアラビアやアフリカからの反応も得ている。マレーシアの国立北マレーシア大学(UUM)とはパートナー契約を結び、過食が避けられるMS(マザーソヤ)の糖尿病などへの医学的効果についての共同調査も始めた。

国営商社と組んで中国市場も狙う

2016年6月にはブルネイ国営商社ガニム社(Ghanim International Food Corporation Sdn Bhd)がハラルブランド製品のサプライヤーとして認定された。ガニム社はブルネイ政府のハラル認証事業に関するホームページも運営し、世界一厳しいハラル認証を行なう宗教省と製造メーカーがハラル認証で必要とされる諸手続の調整も行なっている。

ブルネイのハラル商品販売では製造した企業名でなく、「ブルネイハラル」ブランド商品として流通させるため、 製造ラインの査察費用やライセンス関係の当初費用はすべてガニム社が負担するなどのサービスが受けられる。ソイ&ワールドはガニム社と協力して日本の東京で2016年秋に開催された

「ハラルEXPO」という展示会に共同出展して日本市場を開拓しようと試みたこともある。ソイ&ワールドではハラルのソイドリンク、ソイクッキーを出品して試食会も行なったが、ブルネイ政府関係者とガニム社はハラル製品の試食サンプルさえこの展示会に持ちこまないことを見て、三坂社長は落胆、翌年からの同展示会への参加を取りやめてしまった。ガニム社のソイ&ワールド担当者も、ブルネイに進出した当初のような意欲がなくなり、しかも頻繁に担当者が入れ替わるため、せっかく進めた話がすぐに元に戻ってしまうといったもどかしさを三坂社長は感じている。

ソイドリンクの「スクスク」をブルネイの学校給食用としてプロモーションを始めた時には、学校給食向け(ブルネイ教育省管轄)が決まればこれだけでも大きな別工場が必要となると当初には大きな期待をした三坂社長だが、これもまだ正規契約に至らない。

「我が社は、ワイロなど一切応じない方針を貫いていることも理由の一つかも知れない」(三坂社長)という。

日本のソイ&ワールドではソイドリンクを製造する際に米粉に酵素を入れる独自方法で甘味を出して砂糖使用を最低限にするが、ブルネイ人は砂糖を大量に使う甘い菓子類が大好物。「ブルネイの健康志向はまだ乏しく、販売担当のガニム社からの強い要望で、ドリンク向けに多めの砂糖を使用せざるを得ない現状」についても三坂社長は説明する。ガニム社ではMS(マザーソヤ)を原料とするクッキーの試作品も完成させ、 中国市場から高い関心を得ているが、そのオーダーが巨大なため、現在のブルネイ工場の生産体制やフレート問題から受注できないでいる。

ソイ&ワールドのブルネイ工場では、すべてカナダ産の大豆を輸入しているが、今後の大量生産に備えて、インドネシア、バングラデシュ、タイなどの大豆も品質が良いものが多いという調査もすでに終えている。

日本国内では北海道の十勝や青森で良質な大豆生産農家と連携しながら常温で3年間持つ大豆ペーストを開発済みで、大手食品加工事業会社と契約製造が始まっている。カナダから輸入している大豆はブルネイ着でキロ90円だが、日本産を日本から入れるとキロ160円」(三坂社長)だからブルネイではカナダ産を使っている。

日本の最先端技術で世界市場へ

産業がないブルネイでは現工場の売却を検討しても買ってくれるところもない。

「これまでブルネイに高い授業料を払いすぎた」ことを認める三坂社長だが、ブルネイを諦めたわけではない。フィリピンがブルネイに大型投資する件が最終段階にあり、これが実現するとフレートも大幅に下がり、ムスリムが多いフィリピンへの輸出も実現できるかも知れないと三坂社長。

また「いっそ中国と組んで、中国の雲南省経由で輸出するなどの方法で中国市場を拓こうか」(三坂社長)とも検討中だ。

ブルネイと地続きであるボルネオ島のマレーシアのサバ州、サラワク州の市場に製品を売ることもまだ検討の余地はあるし、マレーシア側にある港を利用しての輸出の可能性も検討する。

ソイ&ワールドではアセアン10か国の市場を当面は狙っていくが、将来は東南ア ジアから南アジア、中近東からトルコを経由し、北アフリカ、欧州に至るグローバルな市場を狙っていく。

「私にとって、ムスリムは21世紀の巨大成長市場。日本の商品が市場に大きく受け入れられると考えている。当社のブルネイでの合弁パートナーはマレーシアや中東人脈も大きいので、私の予想以上に市場は膨らむ可能性はある」と三坂社長の夢は広がる。

これまでにブルネイで確立してきたモデルを他のイスラム諸国に広げていくにあたって、三坂社長は「我々の持つ技術に関心を持ってくれるやる気ある民族資本と組みたい」と考えている。

「民族資本自らが投資しなければ企業も国も発展しない。外資100%頼みなら外資の経営は楽かも知れないが、撤退したら現地には何も残らない」などと、三坂社長はマレーシアなどのパートナーが中心的に出資するプロジェクトを構築中だ。

「日本の伝統的な大豆加工技術を21世紀のグローバルマーケットに対応できる最先端技術としてさらに高めて、イスラム圏から圏外の世界にも普及させていきたい」と三坂社長は考えている。

 

松田健(まつだ・けん)

アジア・ビジネス・ライター。上智大学法学部卒。元日刊工業新聞記者。主な著作には、『タイで勝つ!! 直感力こそ成功のカギ』(重化学工業通信社)、『今こそフィリピンビジネス─アジア投資の穴場』(カナリア書房)、『魅惑のミャンマー投資』(カナリア書房)などがある。