中国で過熱する子どものお稽古市場

ハンパではない親の本気度に世界が驚愕する

中国で過熱する子どものお稽古市場

「6つのポケット」(両親と両祖父母の6人の財布)を味方に中国の消費を牽引してきた「80後」「90後」(1980年代生まれ/1990年代生まれ)が育児を担う時代となった。優秀な子に育ってほしいという親の願いは、徹底した「お稽古」へとわが子を駆り立てる。 これまで軽視されがちだったスポーツ教育への関心も高まり、水泳やダンス、武道・武術スクールも活況を見せている。計画生育(ひとりっ子)政策の緩和がもたらす育児環境の変化も子ども市場に影響を及ぼしていくことが予想される。モノ消費から「コト投資」へ──そんなパラダイムシフトを見せる中国の子ども市場の現状を見ていこう。

 

「タイガーママ」と「キャットパパ」

あるインド映画が中国でちょっとした社会現象にもなった。4月4日に封切りとなった『HINDI MEDIUM』(サーケート・チョウドゥリー監督、イルファーン・カーン主演)で、中国語名を『起跑線(QIPAOXIAN)』という。「スタートライン」という意味だ。中産階級の夫婦が愛娘を有名校に入れさせるために七転八倒する様をコメディカルに描いた作品で、わずか2週間で記録した興行収入は1億9100万人民元(約32億円)に達した。富裕層は自らのリソースを使って、貧困階級は救済政策に頼ってそれぞれ活路を開けるが、中産階級はどちらに頼ることもできない──作品にはそんなアイロニーが込められている。

じつは、この映画のヒットには伏線がある。数年前に流行ったヴィッキー・チャオ(趙薇)主演の連続テレビドラマ『タイガーママ・キャットパパ(虎媽猫爸)』である。「タイガーママ」とは徹底したスパルタ式の教育を至上とする母親を指す。元はといえばエール大学のエイミー・チュア(蔡美児)教授が著した『虎媽戦歌(タイガーママ闘いの賛歌)』から来た言葉で、氏が自分の娘に施した教育方法の是非を巡ってここ数年来、中国国内でも激しい議論が戦わされてきた。


「タイガー・ママ」に対峙するかたちで、自由放任を良しとする教育者として論陣を張ったのが語学情報サイト「滬江網」の副総裁等の役職のかたわら評論活動を行なう常智韜氏だ。「キャットパパ」の草分けと呼ばれた張本人である。

ただ、「キャットパパ」の主張は、筆者が見る限り、旗色が悪そうだ。中国の経済発展とともに、これまで消費の牽引役を担ってきた「80後」「90後」(1980年代生まれ/1990年代生まれ)世代が育児を担う時代となり、母親たちは往々にして「タイガーママ」を演じている。まだ幼稚園児だというのに、愛息、愛娘に4つから5つの習いごとをさせている家庭は珍しくなく、「キャットパパ」の出る幕は少なさそうだ。園外、学外でのお稽古がより良い学校に進むうえでアドバンテージとなってきたことも事態に拍車をかけてきた背景と言える。

折しも中国は2015年、改革開放以来続けてきた「一人っ子教育」の政策を緩和させた。夫婦は「2人目」の子どもを持つ権利を手に入れ、5割以上の家庭が2人目の子どもを望んでいるとされている。その結果、教育リソースの適正化が見込まれると同時に、子どもの数の増加がもたらす競争激化も予想される。「競争に打ち勝つ」ための親の心労はひときわ大きくなっていくことだろう。

冒頭のインド映画が注目を浴びたのも、中国の視聴者には他国のできごとというより、それが自分たちの社会を風刺するものと映ったからではないだろうか。中国の中産階級の親たちも、映画タイトルのごとく「スタートライン」に立つ子どもを落伍させないために必死の闘いを繰り広げている。主人公が繰り広げるドタバタ劇は、単なるコメディー作品として受け止めるには重い、中国社会の現状が照射されている。

単なる「遊び」に終わらせないブロック講座

大連市内にある「中山少児才芸中心」「愛城堡」「青泥6号」などのビルは、幼児・児童向けの「お稽古」スクールが集積するスポットだ。親が子どもに習わせたい「稽古ごと」には、英語、ピアノ、バイオリン、ダンス、テコンドーなどが相場だが、それ以外にも「能力開発」をテーマにしたユニークな塾も少なくない。囲碁やチェス、記憶術といったものまである。職業を擬似体験ができる児童向け「職業体験館」のようなものもあり、そこで催される文化講座や語学講座も存在感を示している。

そのほか注目をひいたのがブロック遊びで、ブロックの組み立て作業を単なる娯楽に終わらせず、プログラムを学ばせるプロセスとして導入した施設が増えている。北京楽博楽博教育科技有限公司が展開する「楽博楽博(ROBOROBO)」もその一つで、ブロックにCPUをはめ込み、そこにカードリーダーでコマンドを読み込ませ、電動モーター、センサー、車輪や胴体などで組み立てたロボット模型を実際に動かすレッスンを子どもたちに向けて行なっている。SCIENCE(科学)、 TECHNOLOGY(技術)、 ENGINEERING(工学)、MATHEMATICS(数学)にART(芸術)を加えた「STEAM教育」のはしりとでも言えるだろうか。

「英語と手話、プログラムは国境のない世界共通のコミュニケーション手段」(北京楽博楽博教育科技有限公司大連中山校区校長)というように、AI時代を見据えた理念がそこに見える。教育ロボットを製作する教育施設には、「楽博楽博(ROBOROBO)」の他にも「楽高(LEGO)」や台資系の「好小子」などのブランドがあり、学費は総じて高い。ブロック類の機材購入費を含めれば年間8000元(約13万6000円)は下らない。

そもそも中国の大都市はどこでも物価が高い。3月15日、イギリスの雑誌『エコノミスト』の調査部門「Economist Intelligence Unit」が世界で最も生活費の高い都市を消費財など150以上のアイテムの価格と賃金を比較して割り出した「年間生活費ランキング」(※)を発表しているが、そこでは、上海(21位)、深圳(23位)、大連(41位)、北京(46位)が上位にランクされている。こうしたなか愛息、愛娘への教育費も年々割高なものとなり、中産階級にとって、家計の大きな比率を子どもの教育費が占めるようになっている。

(※)トップはシンガポール、2位が同順でパリとチューリッヒ(スイス)、続いて香港、オスロ(ノルウェー)、ジュネーブ(スイス)とソウル(韓国)、コペンハーゲン(デンマーク)、テルアビブ(イスラエル)、シドニー(オーストラリア)の順。

日本人の家庭も教育コスト高に悩む

教育コストの高さが頭痛の種となっているのは、中国の大都市で暮らす日本人もまた同様だ。タイの首都バンコクに次いで在留邦人数が多いといわれる上海では、日本人の子ども向けのサービスに限っても、工作、公文、空手、バレー、テニス、チアダンス、サッカー、野球、ラグビー、バイオリン等、さまざまな教室がある。中国語とかるた(百人一首)を一緒に学ぶ塾や、先の教育ロボットについていうと、英語や数学検定を組み合わせた教室を展開しているところもある。
ちなみに、筆者が上海に在住していた数年前に把握した日本人向け「お稽古ごと」費用の相場は、あくまで目安に過ぎないが、ざっと次のような具合だ。

・ピアノ:220元(約3750円)×4回
・体 操:425元(約7250円)/月
・書 道:約200元(約3400円)
1回90分×4回
・英 語:270元(約4600円)×4回
+1300元(約2万2160円)
・武 道:50元(約850円)/月
・水 泳:110元/1時間
(約1875円)×4回

今日ではもっと相場は上がっていることだろう。公文教育を子どもに受講させている知人は、年間の受講料が1万元(約17万円)にのぼっていることを明かしてくれた。ベネッセ・コーポレーションの「チャレンジ」やZ会などの紙媒体を海外で受講をする場合、国際輸送料がかかることから、日本で受けるよりも1・5倍から2倍の金額となるのもやむを得ないようだ。唯一、武道の学費が安いのは、本格的な塾ではなくボランティアの有志などが運営する愛好会だったからだ。

 

教育ブームから派生した遺伝子ビジネス

話を中国人向け教育の話題に戻そう。
中国ではいま子ども向けビジネスが金のなる木となっており、才能開発に関わるさまざまなサービスが登場している。
病気の早期発見や原因の解明・診断、薬の処方などに役立てていた「遺伝子検査」を、子どもの潜在能力や個性の検知方法として応用し、これを商品化したビジネスも一般化している。
金惟安生物科技有限公司、上海奥因生物科技研発有限公司等が事業展開する「児童天賦検査」(児童潜在才能検査)などがそれで、検査方法はいたって簡単だ。嬰子や児童の口腔の粘膜や唾液を綿棒などで採取し、そこから抽出した遺伝子データを解析し、その構造の特徴を明らかにする。たとえば、DNAを構成する4種類の塩基(A、T、G、C)のうち、いずれが活性化しているかを解析し、そのうち、たとえば音楽センスなら「UGT8」、運動能力を示す瞬発力なら「ACTN3」といった遺伝子の働き具合を独自の分類のもとで評価していくのだという。
この検査は、「選択と集中」という育児戦略を取りたい家庭にとっても朗報だろう。孔子が説く「因材施教」(学習する者がもつ能力や個性によって異なる教育を行なうこと)という思想にも一見、かなっているようにも思える。
しかし、そこには子どもが自発的に向ける興味や好奇心への配慮が乏しいという点でリスクがある。ハリウッド映画『ガタカ(原題:GATTACA)』(アンドリュー・ニコル監督、イーサン・ホーク主演)は、遺伝子操作により管理された近未来を描いたSF作品だ。劣勢遺伝子の保持者というレッテルを貼られ、社会的差別を受けながらも、なおも宇宙飛行士になる夢を捨てきれず、挑戦を続ける主人公の姿が感動を誘う。しかし、かりに遺伝子検査の情報をもとに親があつらえたレールに沿って歩むだけの道を強いられるとしたら、そこには何も感動はなく、味気のない人生と言えないだろうか。

学校にプールがない北方の都市

中国の「子ども教育」市場は経済発展と大きな需要に支えられ、活況を見せているが、危うい面も多々抱えている。たとえば、学費の高さについて指摘したが、日本人向けのサービスが月謝制であるのに対して、中国の場合、半年分あるいは1年分の受講料の一括払いを求められるケースが多いことが挙げられる。
中国で英語とともに子どもに習わせたい「稽古ごと」として上位に挙げられるものの一つにスイミングがあるが、事前に支払った受講料の返却がないまま、予告なく突然スクールが閉鎖するというできごとが最近、大連で起こった。大連市内の東港エリアにある「AIKO KIDS CLUB(愛可親子遊泳)」というスクールで、受講生の親には96回で1万5000元(約25万5000円)以上もする受講料を支払いながら、未使用分が3分の2も残ったまま返金を受けられなかったケースもあるという。
いま中国は「全民体育」のスローガンを唱え、学校教育でもこれまでの知識の詰め込み一辺倒を改める傾向がある。体育施設の充実や授業の増加を行なう学校もある。しかし、広州や深圳といった南方の都市を除くと、北方の都市ではプールを備えた学校がほとんどない。沿岸都市の大連でも、海水で泳いだことはあっても淡水のなかで泳いだ経験を持つ人は、ごくわずかなことから、民間の水泳教室への需要は大きい。それゆえ学費も自ずと割高になり、1回1時間弱のレッスンで150元(約3500円)という水準は高くないとされている。

利他の心を教える武道の役割

市場が拡大するにつれ、ビジネスチャンスをとらえようと、さまざまなサービス業者が現れ、過渡的に玉石混交の状態にさらされるのは自然な成り行きだ。市場原則にもとづけば、一時は成功しても質の高いサービスを提供できない業者はやがて淘汰されていく運命にあるのだろうが、瞬間的にでも「儲けられれば良い」という安易な考えを持つ業者の存在を許さない、そんな空気が醸成されていくことを期待したいものだ。なぜなら、教育サービスは、それを享受する側の人生を直接左右する面が大きいからだ。
そんな業者側の倫理上の問題が取り沙汰される一方で、教育サービスを受ける側にも新たな価値観が求められる時代にさしかかっている。悪性の競争にさらされ「自分さえ優れた者になれば良い」といった利己的な考えの跋扈を許すことなく、「他を益す」(世のためになる)生き方を学ぶ子どもが増えていくのが望ましいといえる。


現在、大連を本部に中国で十数もの支部を展開し、2000人もの門下生を擁する武道の組織に極真会館浜井派がある。同会館が運営のコンセプトとしているのが「力と感謝」である。同会館の浜井識安会長は、勝ち負けを至上とする「武術」ではなく、「庶民大衆のための公平、平等の平和の精神」にもとづく「武道」の道を貫いていくことの大切さを訴えている。
そんな彼の情熱は、テコンドーが席巻する中国の「武術」教育市場に風穴を空けた。多くの少年少女が武道の礼儀を学び、切磋琢磨を繰り広げる姿に、中国人の教育に対する価値観に変化の兆しが見られるといったら誇張に聞こえるだろうか。しかし、チームワークを学ぶというのであれば、サッカーや野球、そのほかさまざまなスポーツで代替が利くが、浜井氏が説く「三方良し」という理念は「武道」ならではのものである。
かつてスポーツには歯牙をかけなかった中国人がいま、「健全なる精神は健全なる身体に宿れかし」とばかり子どもの体育教育に勤しむようになってきた。そして技術や方法論だけの「武術」ではなく、人を生かす道である「武道」の値打ちに賛同する親も増えてきた。中国の子どもたちの「学び」の場に、もはや日本へのアレルギーはなくなりつつある。

 


近藤修一(こんどう・しゅういち)
「Whenever Dalian」編集長

中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994年、上海に語学留学。1998年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクールを上海で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポート等の業務に携わる。2002年10月に中国全土でフリーペーパー事業を展開するメディア漫歩グループに入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。2010年2月に同社を退社。中国メディアの日本語電子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャンマー・ジャポン」編集長、フリーランサーとしての活動(翻訳・調査業務等)などを経て、2017年4月より現職。

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