中国における災害対策とその展望

官民一体で進む防災・減災イノベーション

「2017年7月九州北部豪雨」による甚大な被害が報じられて間もなく、中国でも、黒龍江省、吉林省、山西省、広東省など広い地域にわたって水害が相次いで発生した。さらに、8月に入ると、世界的にも名高い観光地である九寨溝で起こった地震で約500名(8月13日時点)の人命が犠牲になっている。では、経済大国となった中国は、自然の脅威に対して、どんな対策を講じているのだろうか──。在留邦人が直面するリスクの現状とともに今後の「防災・減災」のあり方を見ていく。

 

自然災害大国としての中国

中国でのビジネス、あるいは生活上、大きなリスクといえば、政治体制に起因する様々な軋轢やPM2・5(粒子状物質)にまつわる大気汚染等が想起されることが多い。

 

そのほか切実な問題として看過できないのが、中国の自然災害リスクである。最近では、7月に大規模な水害が中国の広域にわたって見られたほか、8月8日には世界的な景勝地である九寨溝でマグニチュード7の地震が発生し、「火花海」が決壊して水がなくなるなど景観を大きく損ねた。さらに500人(8月13日現在)もの死傷者を記録するなど大きな被害をもたらしている。

 

中国は日本に劣らぬ自然災害大国である。2008年に起こった汶川大地震は8万7476人もの死者数(国際連合の国際防災戦略ISDR発表)をもたらした大災害として記憶に新しいが、1976年7月28日に河北省唐山市付近を震源として発生したマグニチュード7・5の直下型地震による死者数は、汶川大地震を大きく上回る約25万人(中国発表)という甚大な規模だった。

 

地震以外にも、台風や梅雨前線などに よる暴雨を起因とした水害や旱魃などを 報じるニュースは後を絶たない。

 

面子をかけた「防災・減災」対策

中国にはこうした自然災害への対策を講じる代表的な組織として「国家減災委専家委員会」がある。「減災に関わるコンサルティングの提供、理論的な指導、技術サポートと科学研究」を行なう専門家グループである。この委員会が取り組む様々な活動が「国家減災網」(www.jianzai.gov.cn)で公開されており、中国が大国の威信に賭けて取り組む防災・減災活動の一端が垣間見える。

 

一方、中央気象台の「台風網」(typhoon.weather.gov.cn)は、中国気象局が行なう気象情報サービスの1つだ。発生した台風の位置が衛星画像で確認できるほか、防災に役立つ情報を数多く発信している。

 

あるいは、『中国自然災害風険地図集』(科学出版社)のようなハザード・マップを編纂した書籍が出版さたり、成都高新減災研究所が研究開発した「地震予知警報」アプリがリリースされるなど、中国では近年、官民双方において防災意識の喚起に向けた動きが活発化しているのが分かる。

 

ちなみに、中国民生部は汶川大地震(2008年)が発生した5月12日を毎年、「防災減災の日」と定めている。防災訓練も一般的になり、各都市の教育機関では、幼稚園でさえ災害を想定した避難訓練を行なっているケースも珍しくなくなってきたようだ。地震に遭った際の避難行動を児童向けに解説した書籍や、スマホ用には防災・減災の心得が学べる教材アプリなどの類もリリースされている。

しかし、防災・減災対策の体系化、そして細部にわたる配慮という点ではまだまだ不十分な面もある。遼寧省大連市で不動産事業を営み、現地小学校の名誉校長の肩書を持つY氏は、市内各地にある「人防工程」(防空壕)が十分にケアされず、無用の長物となっていることを残念がる。戦後、日本から引き継いだ人防工程が都市防御策だけでなく、防災施設としても転用できる有益なインフラだと同氏は見ていたわけだ。宮城、福島などに知己を多く持ち、幾度もビジネス視察に訪れるという同氏は、自然災害が少ないがゆえに、大連市の防災・減災対策が立ち遅れていることに警鐘を鳴らしている。

 

一方、現在、大連でサービス・アパートメントの日本人マネジャーを務めるC氏によれば、中国の根本的な課題として、「万が一の発想」に立った予防措置を欠くことだとしている。日本で大手建設会社に長年勤務し、産業コンサルタントとして現場の安全確保の問題にも見識が深いC氏は、土地開発の後で木の根がえぐられ、山の表面の石がむき出しにされた光景が散見される中国東北部の状況を見て当初は驚いたという。台風が多い華南などとは異なり、地滑り等のリスクは小さいかもしれないが、「中国北方の怖さは人為的に自然に手を加えることで災害リスクが高まることにある」(C氏)というのが同氏の見解だ。

 

防災・減災に取り組む大連市の現状

引き続き、大連市を例に中国の防災、減災の取り組みを見ていくことにしよう。同市は今年5月26日、市民の生命と財産の安全を確保し、地質災害がもたらす損失を最小限にとどめることを目的とした『大連市2017年度地質災害防止整備構想』を定めた。構想では、地質災害リスクがある箇所が大連には772あるとしており、その内訳は倒壊が474、地滑りが108、土石流が156、崖崩れが34となっている。

 

さらに、特にリスクが高い地点として29か所を挙げており、災害防止のうえでの責任の所在を明確にするなど、日常の災害防止体制や緊急時の救済体制の整備を行なった。

この構想より前、昨年7月28日には『大連市防震減災条例』が施行されており、『地質災害防止整備条例』『大連市地質災害防治管理辧法』『大連市地質災害防止整備計画(2011-2020年)』と合わせ、一応の法制面のスキームができあがったというのが近年の状況である。

 

政策立案のうえでは、おそらく海外都市が講じる政策も参考にしたのだろう。たとえば、北九州市と大連市は1979年に友好都市提携を結んで以来、両市長の相互訪問や動物交換、文化・経済・環境・スポーツ交流などで活発な交流を続けている。その緊密な関係は大連市で両市の友好を記念する橋(大連北大橋)が建設されたほどだ。昨年秋には両市を結ぶ週2往復の定期便も就航している。

 

そんな友好関係を背景として、大連市政府の防災関連の部署や関連機関は、北九州市に視察メンバーを派遣するなどして危機管理のノウハウ習得に努めてきたようだ。情報筋によると、視察団は北九州市内の市民病院や避難施設などを巡ったほか、食料の備蓄倉庫の物資の量や種類を確認したり、緊急事態発生時の対応についてヒアリングを行なったりしたという。

しかし、である。大連は道路の水はけが良くない。8月3日、そして13日に同市に降り注いだ大雨では、市内の道路が至るところで冠水し、浸水被害も発生するなど、排水能力に欠く脆弱なインフラ状況が改めて露呈されるかたちとなった。

 

ただ、大雨とはいっても、報道によれば1時間あたりの降雨量は63・5ミリ程度とされている。日本であれば、歩行に不自由を来たすかどうかの程度ではないか。結局、「上背」のある摩天楼の建設ばかりに血眼になり、上層部からの評価にはつながりにくい下部インフラの整備がお粗末なものにとどまっているというのが、中国の都市建設における大きな不備として指摘できよう。

 

高層ビルが万が一の地震にどれだけ耐えられるのかも全く未知数だ。上海の環球金融中心は「911事件」の教訓をもとに「テロにも強い」ビルとして定評があるが、大連に限らず、中国の全土で十分に耐震構造に配慮したビルがどれだけあるかは疑問だ。

春節の時期に火災が増える

中国全土で水害が相次ぐならば、雨量が少なければ安心というものではない。空気の乾燥はむろん火災リスクを高めることになる。

 

警備サービスなどのセキュリティー事業大手S社のE氏は、そんな自然環境の特性が間接的にもたらす災害リスクについて言及する。E氏によれば、中国北方では冬期や春節の時期に建築物の火災や山火事が多いという。

公安部消防局が編纂した『2015中国消防年鑑』(雲南出版集団発行)のデータによると、2014年に遼寧省で発生した火災件数は3万293件で、そのうち大連市が4901件、瀋陽市が7433を占め、経済損失でいうと、大連が4607万元(約7億5514万円)、瀋陽が4462万元(約7億3137万円)となっている。注目に値するのは、2014年1月30日から2月4日の春節期間に遼寧省で発生した火災が2753件もあり、省別順位で最も高い数値となっていることだ(『春節期間火災分地区総合状況表』)。そして、旧正月期間中の火災原因は、電気設備に起因することが多い平時とは異なり、祝いに打ち上げられる爆竹や花火が大きく関係していることが分かっている。

ちなみに、香港でも清明節など故人の供養に紙銭を燃やす際に飛び火して山火事に発展するケースが散見されるが、行政支援のもとでボランティアによる植林活動が盛んだ。したがって、大きな緑の損失には至らず、トレイル環境などは整備が行き届き、いまや「香港トレッキング」は新たな観光の目玉の1つにもなっている。官民の協力のもとで香港が進める環境保護や防災・減災活動は、大陸の都市が学ぶに値する事例だといえるかも知れない。

頭上に吊されたダモクレスの剣

自然災害が招いた人災の事例として衛藤氏が挙げるのがPX生産工場をめぐる騒動だ。2011年8月のことである。ポリエステル繊維などの原料となるPX(パラキシレン)を生産する化学工場が大型台風の影響で毒ガスが漏れる危険にさらされた。工場は大連市の川上に位置し、市中心部からはわずか20キロの距離だったため、市民に危機意識が高まったのだという。

 

その後の経過についてはここでは触れないが、事故当時はこのPX工場を「頭上に吊るされたダモクレスの剣」に例えた報道が相次いだ。「ダモクレスの剣」とはギリシャ神話に登場する逸話であり、シラクサ王が自身の繁栄を称えるダモクレスを王座に座らせ、その真上の天井に剣を吊るしたという物語に基づく。繁栄の中にも常に危険があるという意味でとらえられるが、PX工場の問題は、大連に潜在する大きな環境リスクとして問題視されたわけだ。

 

大連は、以前よりバスの停留所でも市民が整然と列をつくって並ぶ光景が以前から見られるなど、モラルが高く、また治安も良い街だとされている。上海と同じく日本語の普及度が高く、自らが外国にいるという緊張が緩みやすい環境にあると言えそうだ。それだけに「ダモクレスの剣」という言葉は、現地に滞在する日本人居住者にも向けられたものとして重く受け止めたい。

 

防災・減災イノベーションへの期待

以上、大連の事情について見てきたが、中国における防災、減災対策は、ハード、ソフト両面において緒についたばかりの段階と言えるかも知れない。緊急避難所、あるいは災害拠点病院がどこなのかといった基本情報について市民に情報が行き渡っていないケースのほうが一般的だ。ましてや災害弱者への対応についての配慮も少なく、防災教育の体制が整備途上にあるというのが現状だ。

 

しかし、官民一体となった取り組みが推進していく曙光も見られてきた。その大きな原動力となるのが、さまざまな先進技術を駆使することで生まれるイノベーションである。

 

2017年7月24日付「中国教育和科研計算機網」の記事では、黒竜江省で7月19日からハルピン市東南部の尚志市と五常市や牡丹江南部に降り注いだ豪雨で、武装警察など200名やヘリコプターの出動とともにドローンが救援活動にあたったことが報じられている。降雨量が50ミリ上を記録した地域が面積1万7200平方メートル、100ミリ以上の地域が4300平方メートルに及び、洪水で道路が遮断したため被災民の捜索に困難がともなうなかで、ドローンの機動性が威力を発揮したのだという。

 

ドローンといえば、世界のコンシューマー領域の市場を席巻する『大疆創新科技(DJI)や、『極飛』『億航』などが知られるが、今回災害現場に投入されたのはハルピン工業大学集団(HRG)易翔創新のX8型と言われる機体だ。同機が災害救援に投入されたのは初めてのケースだと報じられており、これまでは公安機関による警備や偵察などを主な用途とし、今年の旧正月時に発生した高速道路上の玉突き事故でも事故現場の撮影などに使われた経緯がある。

 

そのほか、冒頭でも触れた九寨溝の地震でも、86平方キロメートルの広域にわたって、崖崩れや土石流、堰止湖のモニタリングに使用されたことが報じられている。

 

今後、ドローンを活用して迅速に災害現場の空撮画像を撮影し地図制作に役立てたり、あるいはAI技術を生かし蓄積した災害データを用いたシミュレーションを設定していくことが普及していくことだろう。今後、中国における防災・減災対策に劇的な革命が生まれる日は近いかも知れない。

 

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近藤修一(こんどう・しゅういち)

「Whenever Dalian」編集長

中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994 年、上海に語学留学。1998 年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクールを上海で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポート等の業務に携わる。2002 年10月に中国全土でフリーペーパー事業を展開するメディア漫歩グループに入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。2010 年2月に同社を退社。中国メディアの日本語電子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャンマー・ジャポン」編集長、フリーランサーとしての活動(翻訳・調査業務等)などを経て、2017 年4月より現職。

 

 

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