中国企業がアフリカを席巻する

日本はもう勝つことができない

中国企業がアフリカを席巻する

日本に居ると、分からないだろうが、いまアフリカが熱い。
そしてアフリカの経済発展に大きな貢献をしているのは紛れもなく中国である。
21世紀はアジアの時代と言われているが、その後には間違いなく、アフリカの時代が来るだろう。
日本人がいかにアフリカのことを知らないか、そして、もう出遅れたというような状況どころか、
進出するには、もはや手遅れだと言っても過言ではない現状を報告したい──。

 

二流の中国企業がアフリカでエスタブリッシュメントになる

南部アフリカへの今回の旅は、ビジネス視察も兼ねた休暇旅行である。視察のターゲットはやはり、アフリカへ進出する中国企業の状況である。ザンビアは言うまでもなく、中国企業進出の主要国であるだけに視察の対象にもなっている。

記憶に新しいが、昨年(2017年)11月、ザンビアでは中国企業が銃などで武装したグループに襲撃され、1人が死亡した事件があった。それこそ犠牲者が出ていないだけに表面化しなかった事件は、ほかにも多数あったわけだが、なぜ中国企業や中国人が現地で狙われたのか、私は強く興味を持っていた。

考えられる最大の理由は、利害関係の衝突にほかならない。そうであれば、中国企業がザンビアをも含むアフリカに相当浸透していることはほぼ間違いないだろう。

日本のメディア一般では、中国がアフリカから資源を収奪しているとか、そうした情報が流れている。確かに中国とアフリカの結び付きといえば、資源を抜きにして語れない。ザンビアについても、中国は銅や石炭、マンガンの埋蔵に関しては利権を確保してきた。そうした部分よりも、私はより実務レベルにおける中国企業の動きに大きな関心と興味を持っていた。

アフリカ現地に入ってみると、政府関連の資源取引よりも、中国民間企業ベースの浸透が凄まじいことを思い知らされた。何よりも運転手やガイドなどの業種関係者がまさに外国人に接する第一線に立つだけに、生々しい情報を提供してくれるのだ。

ザンビアに限って言えば、中国人・中国企業のビジネスはほとんどレストラン経営、ホテル経営、貿易、建設と農業分野に集中している。注目すべきはこれらの中国人はいずれも北京や上海などの大都市ではなく、江西省や四川省などの地方出身の人間であったことだ。特に江西省建工は早い段階でザンビアの首都ルサカの建設業界に進出した国有企業として知られており、それについてきた多くの江西省出身者がザンビアに定住するようになった。

言ってみれば、中国国内の「二流」以下の会社や地方出身者が、欧米や東南アジアに無縁ながらも、辺鄙なアフリカに追いやられたような感が否めない。しかし、そのなかからサクセスストーリーを見事に紡いだ者も多い。ザンビア現地で一財産を築きあげ、いまや広大な土地を所有し、プール付きの豪邸に住む中国人もいると聞いている。

 

アフリカに進出する中国企業の4グループ

アフリカに進出する中国企業・中国人について、おおむね以下4つのグループに分類できる。
まず第1グループは、国家案件の大元締め組織や関係者。それこそ政府間の協定や大手国有企業の関与を中心とするものがほとんどで、アフリカ現地にやってくる中国人も官僚や国有企業の経営者やエリート管理職たちばかりだ。彼らはビジネスクラスや高級車に乗り、案件現場の視察やキーパーソン会談を主な仕事としているだけに、現地における実務的関与は大変薄い。手を汚さない人たちだ。

次に第2グループ。上記のような国家級の案件の大元締めは国有企業であっても、一部、あるいはすべての実務は下請けとして民間企業に投げる。談合などあるかどうかは知らないが、一応入札などの形態によって案件や特定業務を競り落とした民間企業は現地に乗り込んで案件の実施に取り掛かる。

その際は社内で後進地域業務のハードシップ手当を付けて幹部や社員の有志を募集する。そうした会社が多いようだ。特に新卒や若手社員にとってみれば、アフリカ駐在は蓄財と出世の早道となるため、手を挙げる人も多い。たとえば、新卒入社して数年も経たない人間なら、ハードシップ手当込みの給料は月1万元(約16万円)をもらえ、さらに現地での社宅や食事その他生活費全般を会社が負担した場合、給料は丸々貯金に回せる。数年間のアフリカ駐在と物価の高い中国の大都市でサラリーマンをやるのと、銀行通帳の残高はゼロがいくつも違ってくるだろう。

アフリカ案件は元請け、下請け、孫請けへと広がっていくと、進出中国企業のネットワークが形成する。一般論的には、末端へ行けばいくほど請負条件が厳しいものとなり、請負人やその労働者がより厳しい条件を受け入れ仕事に取り掛からなければならない。

さらに第3グループ。上記の案件推進に伴い、労働集約型の部分はどう処理するかというと、日本企業なら現地人ワーカーを募集・調達するが、中国企業の場合、中国人労働者を労務派遣として輸出するのが一般的だ。現地雇用による言語の問題や研修訓練、人材流出などの問題を回避しつつも、総合的に労務管理コストを削減する。

アフリカの場合、現地労働者は怠惰な者が多く、貯蓄志向も薄いため、月給をもらった時点ですぐに会社を辞めて消費に走るわけだが、中国人労働者はそうはいかない。勤勉性もさておきながら、彼たちは業者にデポジットたる保証金を差し入れて海外出稼ぎにやってくるわけだから、勝手に途中で抜けられないし、抜けられたとしても保証金が没収される羽目になり大損する。任期が半分来たら保証金の半分が戻り、任期を全うした時点で全額返還されると、うまく計算されているのだ。労働条件も楽ではない。アフリカ現地では中国人労働者には実質的に労働法も何もない。月間勤務30日、毎日勤務10時間といった標準ケースも決して珍しくない。

最後に第4グループ。現地起業者の中国人たちである。

業種的にはまず貿易商人。多くのアフリカ諸国では物資不足が深刻な状態にある。というのも、そもそもこれらの国には製造業らしい製造業がほとんど存在しないからだ。シャンプーやリンスから、パソコンの接続コードまで海外からの輸入に頼っている。そこで活躍するのは中国人の貿易商人である。中国で10元(約160円)で仕入れた商材ならアフリカ現地に持っていくと80元(約1300円)で卸し、それが100元(約1600円)で末端販売されている。そういう場面も多々ある。

中国人・企業同士の競争を避け、価格相場を維持するためにも、ある種の「調整メカニズム」がうまく作動している可能性も否定できないだろう。

このような現地ビジネスに取り掛かり、現地在住や出張者の中国人の生活をサポートするサービス業もほぼすべて中国人によって完結される。レストランもホテルも中国人客は中国人経営の施設を利用する。食材も現地で手に入らない野菜なら、中国人が田んぼを確保して自ら農業経営によって収穫し、中国人が運営する流通に乗せる。たとえば豆腐なら、中国人のための中国系豆腐製作業者まで存在するほどだ。

空港ラウンジの奇妙な食事と論理的な誤認

「中国人の方ですよね」

ビクトリアフォールズ国際空港の出発保安検査場では、たまたま前に並んでいた白人夫婦と目線が合ったので、「ハロー」と私が会釈すると、紳士のほうが親しげに声をかけてきた。

「いいえ、日本人ですが」と答えると、向こうはすぐに頭を下げて謝ってきた。

「すみません。ラウンジ利用券をお持ちなので、中国人ではないかと、つい口走ってしまいました。本当に失礼しました」

私のシャツのポケットから派手なラウンジ利用券が3分の1ほど顔をのぞかせていた。なるほど。ビジネスクラスを利用するアジア人はほとんど中国人だったのだ。

まだまだある。エチオピアの首都アディスアベバのボレ国際空港のラウンジでは、奇妙な食事が用意されている。それは豊富なラーメン・メニューとお粥である。なぜならば、中国人乗客がラウンジの主要利用者だからである。

今回のアフリカ旅行は往復ともアディスアベバ乗継ぎで、空港ラウンジでの滞在時間が長い。その時間を利用して周囲を観察していると、中国人ビジネスマンの客が多いことに気付く。彼らの胃袋を癒すためにも、ラーメンやお粥が必要なのだ。英語のできない中国人客は中国語で「メンティオ、メンティオ」(麺条=ヌードル)と懸命にラウンジスタッフへ要求する一幕もあったりする。妻が通訳してあげると、「シェシェ」(謝々=ありがとうございます)と礼を言われた。

ラウンジの滞在中に、中国人ビジネスマンたちは時間を無駄にせず、ひっきりなしに業務の打ち合わせをこなしている。隣席のグループの会話が断続的に耳に入るが、やはり案件進捗の確認や問題洗い出し、解決案の検討といった内容だった。一人旅の中国人ビジネスマンは、ラーメンをすすりながら、パソコン画面とにらめっこしてメールの処理に追われていた。

そういう風景は一昔前の日本人ビジネスマンに見られたものだった。しかし、ここアフリカの空港ラウンジでは、ついに私は日本人ビジネスマンを目撃することはなかった。なるほどザ不思議が解けた。白人夫婦の判断にはしっかりとした根拠があったのだった──。空港ラウンジを利用するアジア人は中国人である。

 

中国人のアフリカ浸透にもはや日本企業は太刀打ちできない

「ニーハオ! ラオバン」(中国語=こんにちは、社長さん)。

空港だけではない。ナミビアやジンバブエ、ザンビア、そしてボツワナ、どこへ行っても、アジア人と見るや中国語の挨拶。なかに北方系中国語の独特な巻き舌までこなしている中国語達者な黒人もいる。どこで勉強したのだろうかね。

アフリカを席巻するチャイニーズパワー。もはや日本企業が挽回しようとも遅きに失した感が否めない。いや、そもそも時期の問題ではない。構造的な問題なのだと思う。

中国は官民一体のうえ、全クラスがそれぞれの役割分担を明確に引き受けている。そもそも、中国社会それ自体もヒエラルキー社会であるから、違和感なくそのままの構造をアフリカという進出先に複製や移植しているだけではないかと。たった1つの相違点があるとすれば、それはアフリカにおいて、より緊密な官民一体感が見られることだ。

中国という社会全体的なヒエラルキー構造に対して、日本社会は均質的なフラット社会である。全階級を総動員して海外進出するなど、あり得ない話だ。そして組織の最小単位も異なる。日本の場合は基本的に企業単位だが、中国は個人や家族単位が最小単位となるため、非常に動きやすい。つまり日本の組織よりはるかに機動性に富んでいるのである。

そのうえ、意思決定の構造も全く異なる。中国企業は独裁性が強く、意思決定のスピードも速い。情報収集や処理の不十分からもたらされるリスクはあるものの、それも後続の試行錯誤によって速やかに軌道を修正していく。しかし日本の組織はまず責任所在の問題がプライオリティーとなり、潔癖的にすべてのリスクを排除しようとするから、時期や機会をどんどん逃してしまっている。

中国式の組織はおおむね戦略といった大枠づくりに強いが、ディテールに弱い。これと反対に日本的組織は細部にこだわりすぎて、ついつい全局観や俯瞰的目線を喪失する。フロンティアへのアプローチという段階までくると、中国式の組織に有利であることは言うまでもない。たとえ失敗しても敗者が淘汰され、また次の挑戦者に取って代わられるだけで困ることはない。しかし、日本的組織にとって、失敗は許されないから、最初から失敗してしまうのである。

メンタル面の相違も大きい。特にアフリカでは二流以下で無名な中国企業や個人で裸一貫からのスタートが多く、退路を断ってのアフリカ進出になれば前進するのみ。その生命力、サバイバル力は凄まじい。日本人の場合、事業が失敗すれば「撤退」や「帰国」といった選択肢が常に用意されているから、メンタル的な脆弱性がどうしても目立ってしまう。

中国語で「落地生根」と「落葉帰根」という2つの熟語がある。前者は、祖国や故郷から遠く離れた地に根を下して、異国を本拠地として強く生きていくこと、後者は、どんなに地上高い樹の葉でも、いずれは地に落ち根に帰ること、つまり人は最期、遺骨だけでも故郷へ帰ることを意味する。

こうして、アフリカでは、日本企業はそもそも中国人に太刀打ちできるはずがないのである。

 


立花 聡 (たちばな・さとし)
エリス・コンサルティング代表 兼 主席コンサルタント

1964年生まれ。早稲田大学理工学部卒。LIXIL(当時トステム)東京本社勤務を経て、英ロイター通信社に入社。1994年から6年間、ロイター中国・東アジア日系市場統括マネージャーとして、上海と香港に駐在。2000年、ロイター退職後、エリス・コンサルティングを創設、代表兼主席コンサルタントを務め、現在に至る。現在はマレーシアの首都クアラルンプール在住、中国、ベトナムと東南アジアで活躍中。2007年に中欧国際工商学院(China Europe International Business School)経営学修士号(MBA)取得、2008年に復旦大学法学修士号取得、2013年に華東政法大学博士課程修了、法学博士号取得。博士論文「『労働契約法』無固定期間労働契約制度研究~公法介入と取引費用の視点から」。

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