僕のインターネット仕事術

海外を移動して原稿を送る

世界をスマホが席巻している。東南アジアの都市の地下鉄や高架電車の車内。乗客の多くがスマホをいじっている。それは日本も同様だ。しかしその機械の機能が日本と海外では違う。日本人が手にしているスマホの多くがシムロック、つまりシムカードを勝手に出し挿れができない状況になっている。これが日本と海外の大きな違いだ。シムカードを自由に出し挿れできる機械をシムフリーという。グローバル・スタンダードだと思っていい。国によっては、シムフリーが制限されている国もあるようだ。しかし少数派。この状況が日本のスマホ事情には横たわっている。そして海外へ仕事で出かける人や旅行者に少なからず影響を与えている。

 

シムロックは世界の非常識

日本の政府は、スマホのシムフリー化を進めるよう通信業界に伝えてはいる。しかし状況はあまり進んでいない。

知人が昨年、スマホを買い替えた。iPhoneだが、シムフリーにしたいと伝えるとこういわれたという。

「最初からシムフリーにするとかなり割高です。2年間、シムロックの状態で使っていただけたら、その後、シムフリーにできるプランがあります。このほうがお得かと」

結局、彼はいま、シムロック状態でスマホを使っている。

はたしてどのくらいの日本人がシムフリーのスマホを持っているのだろうか。僕は月に1回、名古屋で講座を持っている。シニア層を中心に50人弱の人が集まってくれる。そこで訊いてみた。大多数の人がスマホを持っていた。いまやシニアといってもスマホの時代である。ところがそのなかでシムフリー……と訊くと3人しかいなかった。年齢が若くなればその割合は若干、増えるのかもしれないが、日本はこんな状態である。

その要因をつくっているのは日本の大手通信会社である。シムフリーにすると、明らかに収益が減る。それを防ぐために、なかなかシムフリーを完全な解禁状態に移行させないのだ。そのなかに、日本人は押し込まれてしまっている。

アジア各国は、ほとんどの国がシムフリーである。スマホというものが登場したときからそうだった。そんな人が日本の状況を耳にすると、首を傾げるのに違いない。

「シムロックのスマホってどういうことなんですか?」

そうなのだ。アジアではシムフリーがあたり前だから、日本の通信環境がピンとこないわけだ。

かつての僕は、日本の通信会社の政策に絡めとられていた。シムフリーという言葉は知っていたが、それがどれだけ画期的なことなのか、よく理解していなかった。

きっかけはバンコクに住む知人だった。タイは日本のようにスマホ代を分割し、通信費とセットにしたプランで販売していない。機械をいくらで買うというシンプルなスタイルだ。知人は新しいiPhoneを買った。すると古いスマホが無用になってしまう。それを安く譲ってくれたのだった。

ちょうどガラケーからスマホに変えようとしていたときだった。譲ってもらったのは型落ちのiPhoneだったが、当然、シムフリーだった。僕はシムフリー状態の機械でスマホデビューしたわけだ。

シムフリーを活用しはじめたのはそれからである。シムフリーの機能に明るくはなかったが、場を踏んでいるうちに、意味や構造も少しずつ理解していった。

最初に手続きをしたのは日本だった。ネットに詳しい知人に手伝ってもらい、格安の通信会社と契約をした。機械がiPhoneだから、通話はソフトバンクの契約になる。当時、ソフトバンクの回線は沖縄では通じにくかった。そこでデータ通信のみ契約した。それまでのドコモの携帯はそのまま。つまり2個もち状態にした。

データ通信料は月額2000円強だった。いまはもっと安くなり、1000円台になっている。これができることもシムフリーの良さだったが、シムフリーというものを実感したのは海外に出たときだった。

スマホがあればパソコンはいらない

はじめてツーリストシムと呼ばれるシムカードを挿入し、使ったのはタイだった。それまでシムカードは、犯罪に使われることを防ぐためなのか、短期間滞在の旅行者はなかなか利用できなかった。しかし通信に関してのルールが変わったようで、3日間、1週間といった期間を限定したシムカードが販売されるようになったのだ。この期間がすぎると自動的に使うことができなくなるシムカードである。旅行者用ということで、ツーリストシムと呼ばれた。

バンコクのスワンナプーム空港に、ツーリストシムを販売するブースができた。そのカウンターにスマホを片手に立った。少し不安だった。そのブースはシムカードを販売してくれるだけで、設定などは自分でこなさなければいけないかと思っていたのだ。

僕はこの種の設定が苦手だ。パソコンが新しくなったときなど、この設定という言葉に気分が重くなる。わからないことも多い。

「できれば設定までやってくれませんか」

そんな視線でスマホとパスポートを差し出した記憶がある。スタッフはそれが当然のことのように、ピンでシムケースをとりだし、日本で使っていたシムカードを抜くと、新しいタイのカードを挿入した。そして、

「パスコードを入れてください」

とスマホを戻してきた。

それから2、3分待っただろうか。

「OK」

という言葉と一緒にパスポートとスマホを返してくれた。僕は1週間コースを頼んでいたので、その分の料金、399バーツを払った。いろいろ説明してくれたが、どこか上の空だった。日本と同じようにネットにつながるのか……そればかりが気になっていた。

うけとったスマホでネットにつないだ。

「オーーッ」

つい声が出てしまった。日本と同じように、日本語のサイトが表示された。まったく同じだった。メールの送受信もできた。

設定はすべてカウンターのスタッフ任せだった。どういうことをしたのか、僕にはよくわからなかったが、つながれば問題はなかった。

このシムカードは、3Gとか4Gといった携帯電話用の電波をキャッチし、それを変換してスマホ用の電波にしていた。携帯電話が一気に普及したおかげで、タイ国内なら、よほどの山奥に入り込まないかぎりつながった。

スマホにはテザリングという機能があった。これはスマホがルーターのような役割を果たし、Wi-Fi電波を発信するという機能だった。これがあれば、Wi-Fiが飛んでいない場所でもパソコンを使うこともできた。携帯電波があれば、それをスマホがキャッチし、Wi-Fi電波を発信し、それをパソコンが拾うという段どりである。

この環境が整えば、ホテルのWi-Fiがつながらなくてもなんの問題もなかった。列車のなかでもパソコンにつなぐことができた。

シムフリーとはこれほど便利な機能だったのだ。それを使うためには、シムカードを挿入して使うことができる機械が必要だった。多くの日本人は、この段階でブロックされてしまっている。シムロックされたスマホを持っている人が、シムフリーの機械と同じ環境にするためには、空港でルーターを借りるしかない。1か国を訪ねるだけならそれほどでもないが、僕のように、1回の渡航で何か国も訪ねることがあるときは、その国の数だけルーターを借りなくてはいけなかった。訪ねる国にもよるが、現地でツーリストシムを買うより、ルーターを借りるほうが割高になることも欠点だった。

その国のツーリストシムを挿入する方法を覚えて、気づいたことがある。それは日本にやってくるアジア人旅行者だった。彼らの多くは欧米人に比べると英語がうまくない。それなのに、なんとかこなしていく。観察すると、彼らは本国にいたときのようにスマホをいじり、現地語で電話をかけている。台湾人、韓国人、中国人、タイ人……。彼らは皆、日本で使うことができるシムカードを挿入しているのに違いなかった。困ったときは、タイ人ならタイ語でインターネットにアクセスし、タイ語のブログやフェイスブック、ガイドなどを見ているのだ。それでもわからなければ、詳しいタイ人にラインなどの無料電話で訊いていたのだろう。

本国で使っていたスマホのままで、自分たちの言葉で情報を集めることができる。インターネットの情報は膨大で、そのなかには間違ったものも多く含まれている。しかし本国でさまざまなサイトを見てきたわけだから、それを見抜く目もある程度は鍛えられているのだろう。シムフリーという機能は、海外旅行を身近なものにしているツールでもあった。

海外への旅に出る日本人の若者が減ってきている。その一因が、このシムフリー問題だとしたら、日本の通信会社はなんと答えるのだろうか。

シムカードの利便性は国によって格差がある

さまざまな国でシムカードを入れて使ってきたが、エリアや国によって差はある。最後にそのあたりにも触れておこうと思う。

これまで東南アジア、インド、ロシア、中東、北米、ヨーロッパなどでシムカードを入れてきたが、その値段やサービスを考えれば、東南アジアが頭ひとつ抜けだしている気がする。それを追って、インド、ロシア、中東といったところだろうか。

■東南アジア

タイ、マレーシア、台湾、シンガポール、インドネシア、フィリピン、ベトナム、ラオス、カンボジア、ミャンマーは、料金にばらつきはあるものの、ほぼ同じサービスを受けることができる。各国の電話会社が空港にブースを出していて、そこで日数に応じたプランのシムカードを挿入してもらう。スタッフがすべてやってくれるので、こちらは料金を払うだけだ。どこもある程度の電話通話料が含まれているので、通常の電話もできる。だいたい1000円から2000円というのが通り相場だ。

街なかの通信会社のオフィスでも簡単に対応してくれる。

料金的にはいまはミャンマーがいちばん安い気がする。500円分ぐらい入れると、かなり使うことができる。ミャンマーは日数も長い。

■インド

コルカタ空港にはブースがなかった。もっと探せばあったのかもしれないが。しかし街に入り、雑貨屋風のスマホを並べた店に行くと、簡単に挿入してくれる。

■ロシア

3年ほど前、モンゴルから陸路で入国した。最初の小さな街のスマホショップで手続きをした。売ってくれたシムカードはロシア人用だった。それを旅行者にも売ってしまう。ロシアは通信の管理がかなり緩そうだった。昨年(2017年)にウラジオストクに出向いた。飛行機でウラジオストク空港に着いた。空港ではきちんとしたツーリストシムカードが販売されていた。

■アメリカ・カナダ

バンクーバー空港のショップは深夜で閉まっていた。翌朝、街のスマホショップで1か月有効のシムカードを入れた。ただし全体に高い。バージンという通信会社のシムカードを入れたが、7000円近くした。

アメリカではシカゴの空港でスマホショップを探した。見つからずにインフォメーションで訊くと、自販機だけだという。そこで買ったが、60ドル。クレジットカードをスライドさせて読みとる。しかし果たして使うことができるか不安だった。設定もかなり面倒。1時間近くかかった。

 

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下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

作家。元新聞記者。主な著作に、『本社はわかってくれない─ 東南アジア駐在員はつらいよ』(講談社現代新書)、『12 万円で世界を歩く』(朝日文庫)、『バンコク探険』(双葉文庫)、『海外路上観察学 ぼくの地球歩きノート』(徳間書店)、『ホテルバンコクにようこそ』(双葉文庫)、『バンコクに惑う』(双葉文庫)、『アジアの誘惑』(講談社文庫)、『アジアの弟子』(幻冬舎文庫)、『バンコク子連れ留学』(徳間文庫)、『アジアの居場所』(主婦の友社)、『新・バンコク探検』(双葉文庫)、『タイ語でタイ化』(双葉文庫)、『タイ語の本音』(双葉文庫)、『アジアの友人』 (講談社文庫)、『バンコク迷走』(双葉文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社新書)、『週末アジアでちょっと幸せ』(朝日文庫)、『週末バンコクでちょっと脱力』(朝日文庫)等がある。

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