対立が激化するインドと中国

アジアの2大国は今どうなっているのか

インドと中国の国境でのにらみ合いが、今にも一触即発の様相を呈してきた。隣国ブータンが領有権を主張する地帯で、中国が道路の建設を始めたことが発端だ。ブータンはインドに支援を要請。インドはブータンに軍隊を派遣し、道路建設を中止させたが、中国とのにらみ合いは3か月以上続いている。中国と長い国境を共有するインドは独立以降、国境紛争が絶えない。今回の問題はパキスタン国境など未解決の国境紛争にも派生しそうだ。最大の貿易国でもある中国との対立が長引けば、インドの経済にも影を落とすのは必須だ。

 

根深いインドと中国の国境問題

ブータンと中国の国境線を巡って、インドと中国の緊張が高まったのは6月下旬。隣国であるブータンが、「自国の領土で中国が道路を建設しようとしている」と主張したのがきっかけだった。問題となっているのは3国の国境が交差する「ドクラム高原」。ブータンと緊密な関係にあるインドが陸軍を派遣し、にらみ合いとなった。交戦はまだないとされるが、中国は武力闘争も辞さない考えで、インド側の報道では今にも戦争が始まるのではないかとの懸念が出ている。

 

中国側は、「インドが国境を越えて中国に進入した」と主張している。8月2日には中国外務省が文書を発表。インド側に無条件での撤退を要求した。文書によれば、インド側の部隊が6月18日に中国側に侵入したとしており、8月2日時点でもインド側の部隊が中国領土内にとどまっているという。

 

中国は、「1890年にイギリスとの間で交わされた合意に基づいている」との立場を示している。同合意は英領インドの東部・西ベンガル州コルカタで結ばれ、シッキム地方とチベットに関する国境を定めたものである。中国は、この合意によれば、ドクラム高原の89平方キロメートルが中国領土であると主張。一方でインドは、将来的に国境問題に決着をつけるための基本的合意にしか過ぎないとの解釈だ。

 

さらに両国は2012年、「インドと 中国の国境問題は関係国との協議を通じて最終決定とする」との合意を結んでいる。ここで言及のある関係国とはブータンを示唆していると見られるが、この合意以降、2国はブータンとの協議を実施していない。つまり、国境問題は解決していないと見ることができる。

 

このドクラム高原がなぜ重要なのか。答えはシリグリ回廊にある。この回廊はインドの東部の西ベンガル州ダージリン県に属するが、北東部7州と本土を結ぶ。ブータンへも伸びており、両隣をネパールとバングラデシュが挟む。北東部と本土、インドと隣国をそれぞれ結ぶ交通の要だ。

 

ドクラム高原は、インド本土へ入るこのシリグリ回廊に近い。中国が実効支配を握るようになれば、インドへの軍事的な脅威は増す。

 

一帯一路にインドが猛反発

今回のにらみ合いの直接のきっかけは、中国によるブータンへの進入とされている。しかし、中国が進める広域経済圏構想「一帯一路」にも原因がありそうだ。

 

5月には中国の北京でサミットが開催された。各国の首脳が集まったが、インドのモディ首相は参加しなかった。インドが一帯一路構想に反発するのは、中国がパキスタンに回廊を建設しているのが主因と見られている。

 

インドとパキスタンは1947年の独立以来、争いを続けている。焦点となっているのはインド北部に位置するカシミール地方だ。当初はインドの帰属となる予定だったが、イスラム教徒の住民が反発し、衝突した。第3次まで続いたカシミール戦争だが、現在も解決には至っていない。当時からパキスタンと友好関係にある中国は、カシミール問題に関して、パキスタンを支援している。

 

一帯一路構想の中でインドが懸念を示しているのは、中国が建設する回廊がカシミール地方を通過しているためだ。問題の土地を事実上支配しているのはパキスタンだが、中国軍が駐留して建設にあたっており、インドにとっておもしろくないのは明らかと言える。

 

インドも黙って中国の覇権拡大を見ているわけではない。日本と共同で策定した「アジア・アフリカ成長回廊」は、一帯一路構想に対抗するものと見られている。5月にインドの西部グジャラート州で開催された第52回アフリカ開発銀行(AFDB)で発表され、モディ首相はアフリカの開発支援に向けて協力する姿勢を明確に示した。

 

骨子案によると、空港や港湾、工業団 地、エネルギーなどのインフラ開発など で協力する。東アジアと南アジアを経て アフリカに至る産業大動脈を構築する狙 いがあると見られる。

 

実際、インドとアフリカの関係は深まっている。貿易総額は、過去5年で倍増。インド企業による投資も加速している。日本はインドをアフリカへの足掛かりにしようとの思惑があると見られ、インドに進出している日系企業を対象としたアフリカ投資セミナーも開催しているほどだ。

インド包囲網を築く中国

しかし、中国は迅速にインドを取り巻く包囲網に構築しつつある。特に、前述のパキスタンで動きを活発化させている。カシミール地方を通る「中国・パキスタン経済回廊(CPEC)」の整備だ。中国はこれを一帯一路構想の中核と位置付けている。

 

中国・パキスタン経済回廊は当初、インフラ事業だけに限定されるはずだった。しかし、それが他分野にも広がりを見せている。草案では、道路や鉄道などのインフラ事業に110億米ドル、発電所の建設など電力事業に350億米ドルが投じられる。このほか、農業や繊維、観光産業までにも中国の支援は広がりを見せている。

 

農業分野では、関連事業で中国に6500エーカーの土地が割り当てられる計画だ。肥料工場や野菜などの加工工場など、17件の事業が予定されている。繊維・縫製分野では、中国からパキスタンに生産移管する。中国は元来、安価な労働力を売りに海外ブランドの下請けとして発展してきた。しかし、労働賃金の上昇により国際競争力が低下してきており、パキスタンの土地と安価な労働力を活用しようという思惑だ。

 

スリランカでは中国が港の運営に乗り出した。7月末に南部のハンバントタ港の運営権70%を中国国営企業に譲渡した。同港は赤字運営が続いており、債務は3億米ドルに達していた。インドは中国の存在感がインド洋で増すことを懸念している。インドは日本と協力して、スリランカでトリンコマリー港の開発を進めており、中国に対抗する狙いがあると見られている。

 

ネパールも中国の一帯一路に協力する姿勢を見せている。今年5月に、中国政府と合意文書を交わした。ネパール外務省は「歴史的な合意と評し、鉄道や空港、物流の強化などで経済協力を拡大するとしている。ネパールはインドの属国と言われることも多く、貿易も同国に依存している。しかし、近年は中国との関係強化を図っており、脱インドの思惑も透けて見える。

 

インド最大の交易相手は中国

インドにとって、中国は最大の貿易相手 国だ。インド商工省によれば、2016/ 2017年度(2016年4月~2017 年3月)の貿易額は前年度比1・1%増の 714億8293万米ドル。インド全体 の 10 ・88%を占め、2012/2013 年度の8・3%から着実にシェアを拡大 している。

インドでは中国製品が多く出回っているが、その代表と言えるのが携帯電話ではないだろうか。北京小米科技(シャオミ)やビーボ(VIVO)、オッポ(OPPO)などだ。インドのスマートフォン市場での中国メーカーのシェアは合わせて5割を超える。

 

中国勢の快進撃は今後も続く。トップワイズ・コミュニケーションは「コミオ」ブランドのスマホで8月にインドに参入。2019年3月までに50億ルピー(約85億3788万円=2017年8月現在)を投じる意向だ。

 

これらメーカーはインドで工場を操業している。しかし、経営者側と工場内で働くインド人従業員の間の対立も無視できない。今年3月、オッポが北部ウッタルプラデシュ州ノイダに持つ工場で、中国人の社員がインドの国旗を捨てるという事件が発生した。インド人従業員らはこれに猛烈に抗議。オッポ側は「インドとその文化には畏敬の念を持っている」との声明を発表し、「現地の法にのっとって対処する」とした。中国政府も「インド政府が法規に従って適切に対処するように願う」と表明した上で、「我々は自国の企業に対し、インドの法規則に従い、インドの慣習を尊重するよう常々伝えている」と説明した。オッポはその後、インドの国旗を捨てた社員を解雇したという。

 

しかし、今年の7月にまた事件は起こった。

 

「インド人は物乞いだ」としたオッポの中国人社員の発言がネット上で話題を呼んだ。昇給を求めたインド人の従業員に対して放った言葉だそうだ。オッポは、解雇などの措置はないとし、事態は早期に収まっているとの立場だ。ただ、インドと中国の対立は民間企業にも広まりつつあるとの見方もできる。

 

発電所への影響も懸念されている。現在インドにある火力発電所のうち、何らかの理由で稼働してない施設が34か所ある。この大半が中国製のタービンなどを使用しており、製品の品質や問われているためだ。

 

インド政府は稼働が停止している原因として、燃料の供給不足や売電契約の欠如、規制や契約上の問題を挙げている。だが、電力省管轄の中央電力庁(CEA)は先に、中国製の発電機器に問題が見つかったと指摘している。メンテナンスが行き届いていないことや、故障などの際に十分な人数の中国人エンジニアが在駐していないなど述べた。

 

中国の対インド投資は 国・地域別で第17位

携帯端末や発電設備で存在感を見せる 中国だが、中国企業によるインドへの投資は相対的には多くない。2000年4月から2017年3月の累計でみると、国・地域別で第17位。16億3570万米ドルで、インドへの合計流入額の0・5%にしかすぎない。

 

インド経済は好調であり、2050 年にはアメリカと中国を抜き、GDP(国内総生産)は世界一になると予測されている (写真はインドの首都デリー)。

 

一方で、動きを活発化させている大手企業も存在するのは事実だ。中国の電子商取引(EC)最大手アリババ・グループ(阿里巴巴集団)がインド事業の拡大を進めている。地場電子決済「ペイティーエム」の運営会社ワン97コミュニケーションズの筆頭株主になっているほか、今年6月にはオンライン・チケット販売サイト「チケットニュー」の運営会社、オルブゲン・テクノロジーズの過半数株式を取得した。2018年3月までにクラウド・サービス部門アリババ・クラウド(阿里雲)を通じて、西部マハラシュトラ州ムンバイでデータセンターを開設する計画も発表している。今年1月の段階では、向こう2年間でインドに20億ルピー(約34億1515万円)を投じる意向を表明していた。

 

これ以外にも、IT大手テンセント(騰訊)がオンライン通販サイトを運営するEC大手フリップカート・インターネットに出資している。前述のシャオミはこれまでに5億米ドルを投じてきたとされ、今後も投資を継続する方針を示している。

 

アリババを中心に中国企業のインド事業拡大が進む中、計画が頓挫する案件も出ている。製薬企業の上海復星医薬集団によるインド同業の買収案件が、インド政府によって却下されたもようだ。同社は地場グランド・ファーマの株式86%を取得する計画で、2社は昨年7月に基本合意していた。取得額は13億米ドルに上ると推算され、実現すれば過去最大規模の買収案件となる見通しだった。決定はインド側の内閣経済諮問委員会(CCEA)によるもので、国境争いに原因があるとの見方が強い。「中国に対する制裁であるも同然」との声も上がっている。

 

広がる中国製品へのボイコット

しかし、中国との対立が長引くにつれて、インドでは中国製品のボイコットを呼び掛ける声が大きくなっている。インドの祝日「ラーキー」を8月7日に控えた市場では、中国製品が姿を消した。

 

ラーキーとは、兄弟と姉妹の関係を祝うヒンズー教の祭日。ラーキーと呼ばれるミサンガを、姉妹が兄弟の手首に巻き付け、絆を深める。例年、このミサンガは利幅の大きい中国製ばかりだった。しかし、今年はインド製ばかりが売れる。ラーキーを買いに来る消費者からは、「我々の同志が国境を守るため必死なのに、中国製を買えるわけがない」「中国は廉売品で大金をインドで稼ぐが、その金はインドと戦うために使われている」などの声が上がっている。

 

ラーキーはほんの一例だが、日用品大手パタンジャリ・アーユルベードを運営するババ・ラムデブ氏も国民に中国製品のボイコットを呼び掛けている。パタンジャリは無添加の国産品を販売していることで消費者から支持を集めている。ラムデブ氏はヨガの伝道師としても有名で、企業の看板だ。同氏は「中国がパキスタンのテロリストを支援しているのは明か」と述べ、「携帯電話にしろ、玩具にしろ、インド人は中国製品をボイコットするべきだ」と国民に呼び掛けている。

 

インド政府による中国品締め出しも始まっている。今年5月には、鉄鋼製品67品目を対象に、不当廉売税を導入した。2016年にさかのぼって5年間適用され、中国製品だけでなく、日本製品や韓国製品も対象に加えられた。しかし、インド政府の標的は「中国製品」との見方が強く、他国は巻き添えをくらっているとの声もある。鉄鋼製品に関しては、安価な外国製品が国内産業を圧迫しているとして、2年ほど前から不当廉売税やセーフガード(緊急輸入制限)を相次ぎ導入してきた。

 

不当廉売税の設定は鉄鋼製品だけにとどまらない。中国製のアルミニウム箔や抗生物質の一種であるアモキシシリン、ポリウレタンの原料となる化学品などで、すべて合わせて93品目に上る。

 

さらに、インド商工省参加の反ダンピング・関連税総局(DGAD)は中国製のラジアルタイヤに不当廉売税を課す方針を示している。7月には太陽電池に関して不当廉売の調査を開始しており、不当廉売行為が確認されれば関税を導入する予定だ。インドの対中国貿易は、慢性的に巨額の赤字で、過去2年は500億米ドルを超えた。政府はこうした貿易摩擦を解消する意図もあるのだろう。

 

半世紀以上続くインドと中国の国境問題

インドと中国の対立の歴史は1950年代にさかのぼる。1959年の「チベット反乱」だ。チベットは1951年に中国領となった。しかし、それに反発したチベット人らが中国軍と衝突。反乱が始まった。

チベット仏教の最高指導者であるダライ・ラマ14世は、僧侶などに推されてインドの北部ヒマチャルプラデシュ州のダラムサラへと移った。そこで亡命政権を樹立し、チベットの独立を宣言した。

 

インドはダライ・ラマ14世の支持を表明したが、これが中国の反感を買った。2か国はチベット反乱に先だって、1954年に「平和5原則」を制定していたためだ。この5原則は、当時の中国の周恩来首相とインドのネルー首相の間で合意された。時代は冷戦で米ソの対立が深まる中、アジアの2大国は非同盟主義を主張した。内容は、領土保全と主権の相互不干渉、相互不信略、内政不干渉、平等互恵、平和的共存であった。

 

しかし、1957年頃からヒマラヤ山中で2国間の国境問題が表面化し始めた。チベット亡命政府の樹立をきっかけに中印の関係は悪化。1962年に「中印国境紛争」が勃発した。

 

中国軍はインドの北部にあたるカシミール地方などで軍事行動を始め、インドも応戦した。しかし、インド軍は劣勢で、苦境に立たされていた。

 

ネルー首相は仕方なく米国に支援を求めた。中国と共に非同盟主義を掲げていたインドが東側に傾倒したことを示していた。

 

この戦争をきっかけに中国とインドは外交を断絶。1976年に互いの国へ大使を派遣し、外交を再開したが、国境問題はいまだに解決されずにいる。ドクラム高原のほか、インド北部に位置するアクサイチンでは中国が3万8000平方キロメートルを支配。インドはこれを認めていない。インド北東部アルナチャルプラデシュ州では、州の面積のほぼ全域の9万平方キロメートルで決着がついていない。

 

対立が長引けば、経済への影響は避けられない。中国は対印貿易や成長盛りのインドでのビジネスチャンスを逃すことになる。インドは製造業振興策「メーク・イン・インディア」で外資誘致を図っているが、地政学上の問題が懸念事項となるかもしれない。インドのさらなる発展には、中国との国境問題の早期解決が不可欠だ。

 

 

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山内優(やまうち・ゆう)

ジャーナリスト。滞印歴は3年。東京都内の私立大学文学部を卒業後、ベンチャー企業などを経て、インドへ渡る。日系メディアの記者として、主にインド経済情報を毎日発信している。インドに進出している日系企業にとどまらず、インド大手企業のトップへのインタビューを実現させるなど、精力的な取材を続ける。

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