巨大な利権が絡むカンボジアのアンコールワット(上)

ベトナム・中国・タイ・北朝鮮が狙う

収入を算出してみる。

アンコールワットの年間入場者数は約200万人。仮に皆、1日入場券を買ったとする。以前の入場料は20米ドルだったから、収入は約44億円になる。アンコールワットの入場券には、3日券、1週間券があるから、収入は50億円を超えるだろうか。

その入場料が大幅に値上げされた。2017年2月、1日入場料が20米ドルから37米ドルになったのだ。3日券は40米ドルから62米ドル、1週間券は60米ドルが72米ドルになった。1日入場料の値上げ幅が大きい。全員が1日入場者として計算すると、81億円を超える。日数の長い入場券組を考慮すると、年間90億円以上という金額が弾きだされる。

当然、アンコールワット観光にかかわる収益がある。ホテル、ガイド、ツアーバス、レストラン、土産物店……。アンコールワットという世界遺産は、かなりの収益をあげる。カンボジアが高度経済成長に無縁な頃、その収益は国家収入を支えていたといわれる。

だからなのだ。アンコールワットには、さまざまな利権が渦巻いている。周辺国が食指を動かす。ベトナム、中国、タイ、北朝鮮……。アンコールワットの収益争奪戦はその激しさを増している。

 

ベトナムの影響下にあるカンボジア

アンコールワットは12世紀前半、アンコール王朝の時代につくられたヒンドゥー教の寺院である。いったんは放棄されるが、16世紀に仏教寺院の色を帯びていく。しかしその後、東南アジアは植民地と戦乱の時代を迎えていく。フランスはタイ領の一部を手にした。そこにはアンコールワットも含まれていた。第2次大戦を経てもなかなか安定は訪れなかった。カンボジアではポル・ポト政権(クメール・ルージュ)という極端な社会主義政権が樹立される。マルクス主義を標榜するポル・ポト政権は、宗教活動には否定的な立場をとる。そこにアンコールワットも晒されていくことになる。

ポル・ポト政権下のカンボジアに対し、ベトナムは1978年、本格介入。カンボジア・ベトナム戦争がはじまった。ベトナム軍に追われるポル・ポト派は、アンコールワットに立てこもり抗戦していく。このなかで、遺跡は破壊が進んだといわれる。

その後、カンボジアには、ベトナムを後ろ盾にしたカンボジア人民共和国が成立。いまに至っている。
アンコールワットは、1992年に世界遺産に登録されている。

このあたりから、アンコールワットがあげる収益の奪い合いが激しくなっていくことになる。

ポル・ポト派を排除し、現在のフン・セン政権の道筋をつくったベトナムは、カンボジアに深くかかわっていく。しかしポル・ポト時代の集団移住で都市人口は少なく、地方には荒廃した土地が残されているだけだった。カンボジアはゼロどころか、マイナスからのスタートだったのだが、このなかで唯一、収益を生むのがアンコールワットだった。

ベトナムはカンボジア侵攻に対する多くの国々からの非難を浴びていた。経済制裁に踏み切る国も多かった。当時、タイ、シンガポール、マレーシアなどで構成されていたアセアン各国は反共色が強く、厳しい制裁をベトナムに課していた。ベトナム経済は急速に落ち込んでいく。物資は不足し、猛烈なインフレが国内を襲っていた。中国系の人々は国外脱出をはかる。俗にボートピープルと呼ばれた人たちだった。

ベトナム人にいわせると、その生活の厳しさは、ベトナム戦争時代をはるかに超えていたという。配給される米には、多くの石が入っていた。政府はこうして配給米の重さを増やしていた。

世界の人々は、ベトナム戦争をアメリカに対抗したベトナムの勝利と位置づけ、南北統一を勝ちとったベトナムはもてはやされた。しかし専門家は、「ベトナムは戦争に勝ったのではなく、負けなかっただけ」と分析する。実際、ベトナム国内は疲弊していた。カンボジアはお荷物以外のなにものでもなかったのだが、そこにはアンコールワットがあった。

ベトナムはカンボジア内のアンコールワットを管理していくのだ。つまりアンコールワットの入場料収入はカンボジアに入らず、ベトナムに流れていった。

カンボジアを巡るタイとベトナムの攻防

現在、アンコールワットの遺跡群一帯を管理しているのはアブサラ機構と呼ばれる組織である。正式には、アンコール地域遺跡保護管理機構という。アンコールワット遺跡群が世界遺産に登録されたとき、ユネスコからひとつの条件が出された。それは遺跡群を管理する組織が必要というものだった。それを受け、アブサラ機構は1996年に発足している。

世界遺産を管轄するユネスコは、わかっていたのかもしれない。アンコールワット遺跡群からあがる収益はベトナムに流れている……という事情を。

アブサラ機構はカンボジアの組織だ。表面的にはアンコールワットの管理はカンボジアにゆだねられている。

「でもそれは表向き」

多くのカンボジア人がそう思っている。アンコールワットにかかわるトップシークレットだといったガイドもいた。これまでのカンボジアとベトナムの関係からすれば、ベトナムがその利権を簡単に手放すとはとても考えられないからだった。

アブサラ機構には悪い噂もついてまわる。もともとカンボジアは賄賂社会である。そのなかでアンコールワットを管理するという利権をひとり占めしているわけだから、まあ、裏がある組織と考えるのが妥当だろう。

そこにタイも絡んできている。以前、アンコールワットへのアクセスは、バンコクからのほうが便利だった。カンボジア国内の道はひどく、国内線の飛行機も頼りなかった。30年ほど前だろうか。タイの旅行会社団体が呼びかけ、100台ほどの車を連ねてバンコクからアンコールワットに向かったことがあった。ビザなしの強行越境だった。それはタイからの観光客にビザを課していることへの抗議だった。アンコールワットに限り、バンコクからの観光客のビザ免除を働きかけるデモンストレーションだった。

当時、アンコールワットがあるシェムリアップまでの空路は、バンコクが拠点だった。カンボジアの首都プノンペンからより、はるかに便利だった。その勢いで陸路もという発想だった。

カンボジアと国境を接したベトナムとタイ。アンコールワットをめぐる3か国の攻防が続いたが、そこにはどこか調った息遣いのようなものが伝わってもきた。国境紛争や民族問題など、ともに戦争をしてきた仲とでもいおうか。そこには安定感すらある。

しかしその後のアンコールワットをめぐる動きはどこかぎすぎすしている。

 


下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

作家。元新聞記者。主な著作に、『本社はわかってくれない─ 東南アジア駐在員はつらいよ』(講談社現代新書)、『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)、『バンコク探険』(双葉文庫)、『海外路上観察学 ぼくの地球歩きノート』(徳間書店)、『ホテルバンコクにようこそ』(双葉文庫)、『バンコクに惑う』(双葉文庫)、『アジアの誘惑』(講談社文庫)、『アジアの弟子』(幻冬舎文庫)、『バンコク子連れ留学』(徳間文庫)、『アジアの居場所』(主婦の友社)、『新・バンコク探検』(双葉文庫)、『タイ語でタイ化』(双葉文庫)、『タイ語の本音』(双葉文庫)、『アジアの友人』 (講談社文庫)、『バンコク迷走』(双葉文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社新書)、『週末アジアでちょっと幸せ』(朝日文庫)、『週末バンコクでちょっと脱力』(朝日文庫)等がある。

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