世界中の注目が集まる改革が進むインドの教育制度

世界中の注目が集まる改革が進むインドの教育制度

インドの義務教育制度は2010年に始まり、今年で8年。
それ以前からの政府の尽力で初等教育の就学率は100%に達した。

一方で中退者が多く、中等教育へ進学するものはいまだ少ない。
名門大学が輩出する優秀学生は世界の大企業の間で争奪戦となるほど注目を集めるが、その影では教育を受けることすらできない子どもが多くいることも事実だ。

政府は就学率と教育水準の引き上げを目指してさまざまな政策を導入している。
それと平行して、どこでも学べるオンライン教育の有用性が注目されるようになってきた。
今後は教育機関との融合が進むと予想され、オンライン教育が国家の教育水準底上げに一役買いそうだ。

2002年の改憲で初等教育を義務化

インドでは、2002年の改憲により、憲法21条A項で6~14歳の義務教育が国民の権利として定められた。満6歳から8年間が義務教育だ。これに基づき、2009年に無償義務教育権法が制定され、憲法21条A項と共に2010年4月1日に発効した。このように義務教育の歴史は長くないが、それ以前から教育普及に向けた政策が複数始動している。

日本は小学校6年、中学校3年、高校3年だが、インドは初等教育(プライマリー・スクール)5年、上級初等教育(アッパー・プライマリー・スクール)3年、中等教育(セカンダリー・スクール)2年。10学年を修了した時点で全国の共通試験を受ける必要があり、それに合格すれば、2年間の上級中等教育(シニア・セカンダリー・スクール)に進める。ただし、州により、多少の相違がある。上級高等教育の終わりにもう1度、全国共通試験を受ける。その結果は高等教育にあたる大学への進学や就職に大きく影響する。

憲法の定めにより、公立学校は8年間、制服や教科書を含めて無償だ。公立学校ではインドの公用語であるヒンディー語のほか、地域によって州の公用語で授業が行なわれている。

一方で、公立学校の教育水準は高くないとされる。そうした現状から、都市部を中心として中間所得層の子女は私立学校に通うのが通常だ。授業は英語で行なわれることがほとんどで、授業料は月額500~2万ルピー(約813円~3万2800円)と幅があるが、それほど高くない。

就学前教育の産業も注目を集めている。公立の幼稚園は存在しないが、私立幼稚園が増えている。投資推進機関のインド・ブランド・エクイティ基金(IBEF)によると、産業規模は2020年に34億米ドル(約3600億円)と、2015年の21億米ドルから拡大する見通しだ。地場のKidzeeやEurokidsなど民間企業が事業を拡大しているという。Kidzeeは、ネパールを含む550都市の1700か所で施設を運営しており、45万人の幼児教育に携わってきた。Eurokidsは、出版社が2001年に立ち上げた幼稚園で、900か所以上で事業を展開している。

就学前教育を州レベルで導入し始めているところも出てきた。北部パンジャブ州政府は、公立の初等教育機関1万25 00校で、2017年11月から就学前教育を始めた。北部ジャム&カシミール州でも公立の教育機関で、就学前教育への投資拡大に乗り出そうとしている。

 

世界が注目するインド工科大学

インドの高等教育は世界最大規模を誇る。優秀な学生を数多く輩出する名門大学は世界中から注目を集める。それがインド工科大学(IIT)だ。インドのマサチューセッツ工科大学(MIT)とも称され、多数の優秀な科学者と技術者を育てている。現在は全国23校ある。

1947年にイギリスから独立した後、初代首相を務めたジャワハルラル・ネルー氏が主導する形で設立が進んだ。1951年の東部・西ベンガル州カラグプール校設立を皮切りに、ボンベイ校(西部マハラシュトラ州)、カンプール校(北部ウッタルプラデシュ州)、マドラス校(南部タミルナド州)、デリー校(首都ニューデリー)が相次ぎ設立された。

入学試験と入学手続きは共通化されており、合格者は志望者全体の2%にも満たないとされる。インドの最難関校の位置づけだ。合格した人は成績優秀者からどのIITに入学するか選択権が得られる。

IITの学生らはIITiansの愛称で呼ばれ、米グーグルや米アップルなど世界の大企業が人材確保に熱視線を送る。

学生の就活はユニークな形で進む。まず、学校運営側が学生から履歴書を集める。そこに記載された研究成果などに偽りがないか、学生ボランティアが研究室や教授に確認をとり、精査。履歴書を参考に、学生を採用したい企業は事前にIITへ登録を済ませる必要がある。学生が選んだ企業の人気ランキングに基づいて、上位の企業から学生に面接する権利が付与される。面接はIITキャンパス内で実施され、優秀な学生には福利厚生などを含めて1000万ルピー(約1645万円)以上が提示されることもしばしばある。

学生に人気なのは、やはり、グーグルやアマゾン、アップルなど世界の大企業。日本企業では、楽天やソフトバンク、東芝、ヤフー・ジャパン、ホンダなどがIIT生の採用活動に参加しているという。

IIT出身者の中には、グーグルのスンダル・ピチャイ最高経営責任者(CEO)や米ゴールド・マンサックス元取締役のラジャト・グプタ氏など世界的な著名人が名を連ねる。ソフトバンク・グループの孫正義会長兼社長の後継者とされたニケシュ・アローラ氏もIIT卒業生だ。

しかし、インドの有名校はIITだけではない。英紙「タイムズ・ハイヤー・エデュケーション(THE)」が発表している世界大学ランキングではインド理科大学院(IIS)がIITよりも上位にランクインしている。アジアの大学に限れば29位につけており、IITボンベイ校の44位を超えている。IISは修士課程と博士課程をメインに据えているが、学士課程も提供している。

インド経営大学院(IIM)など、他にも多数の有名校が存在する。IBEFによると、大学数は2016~2017年度に833校に達し、過去10年で倍増した。特に州立大学が増えており、全体の3割占める。カレッジの数は4万26校とさらに多い。

インド政府は高等教育機関への就学率を、2016~2017年時点の25・2%から、2020年までに30%へ引き上げたい考え。IBEFは、それには2000億米ドルの投資が必要と試算している。

教育産業の市場規模は978億米ドル(2016年)で、2020年までに年率10・2%で伸び、1440億米ドルに拡大すると試算している。中でも高等教育の産業規模は2016年の150億米ドルから2020年には350億米ドルに膨らむ見通しだ。

給食が高就学率のカギ

優秀大学が世界から注目を浴びる一方、国内では初等教育の質の低さがしばしば課題として指摘される。公立学校では教員1人当たりの生徒数が多いことや、教員の給与が低く、地域によってはその仕事自体が敬遠されがちな側面もあることが背景にあるようだ。教員が出勤してこず、そもそも生徒が授業を受けることができないという報道もちらほら目にする。

インドの人的資源開発省によると、義務教育を受ける年齢である6~13歳の人口は2018年時点で2億100万人を超える。同省による最新の調査では、2014~2015年度時点での5年生までの就学率は100%に達している。しかし、それ以降は退学者が多く、日本の高校にあたる上級中等教育の就学率は54・2%まで落ち込んでいる。インドの識字率は2016年時点で75%で、2011年の69%から上昇傾向にある。一方で、世界平均の80%超にはとどいていないのが現状だ。

政府も対策を採っていない訳ではない。その1つに「ミッド・デー・ミール・スキーム」がある。1995年に始まった、いわゆる学校給食だ。特に農村部では、子どもを年少のうちから働かせ、稼ぎ手とみる傾向が残っている。そのため、学校で給食を無料で提供することで親が子どもを学校へ通わせるよう促す意図がある。生徒らが学業に集中できるようにとの意図もある。米もしくは小麦100グラム、野菜50グラム、豆類20グラム、油分5グラムで450カロリーとするなど、しっかり栄養がとれるよう規定されている。

「サルバ・シクシャ・アビヤン(SSA)」も政府が打ち出す政策のひとつ。2000~2001年度に導入された。初等教育の普及に主軸を置いている。性別や社会的地位によらず、全ての子どもに平等な教育の機会を与えることが目的だ。教員の育成に始まり、教科書やパソコンなどの資材の配布、障害者など特別支援が必要な学童の支援まで多岐にわたる。

人的資源開発省はまた、2016年に衛星放送大手のディッシュTVと提携し、32チャンネルで教育番組を始めた。IITなど有名大学の授業をライブ放映しているほか、パンジャブ大学やカシミール大学といった国内の高等教育機関と協力してコンテンツを制作している。

NGOや企業も教育水準引き上げに貢献

教育問題に一石を投じようと、インドでは多くの非政府組織(NGO)などが全国各地で活動し、政府機関に働きかけなどもしている。チャリティー団体のディル・セ・エデュケーション・オーガニゼーションは、「マイディルセ」という資金調達サイトを運営している。クラウドファンディングに着想を得て、学校が必要な資材などを購入するための資金を募っている。サイトには教室に設置するための天井ファンや、黒板、飲み水のためのフィルター、パソコンなどを購入するための案件が掲載されており、調達額は1万ルピーに満たないものから数万ルピーのものまでさまざま。真夏には40度を超えるインドにおいて、天井ファンすら設置されていない学校があることから考えれば、政府による援助が不十分であることは容易にうかがえる。同様のクラウドファンディングのサイトは増えつつあるようだ。

こうした非営利組織などが存在感を示す中、民間企業も教育分野で活躍し始めている。教育アプリを開発した「バイジュズ」もその1社で、教育の格差問題に切り込もうとしている。米フェイスブックのマーク・ザッカーバーグ最高経営責任者(CEO)が創設した団体「チャン・ザッカーバーグ・イニチアチブ」や、世界銀行グループの国際金融公社(IFC)が出資しており、国際社会のお墨付きだ。

同社は2015年にスマートフォン向けのアプリを発表。4~12年生向けを中心に、数学や科学の講義動画を配信している。このほか、IIMの共通入学試験(CAT)や海外大学院の共通試験GREなどの試験対策もできる。

利用者は全国1400都市に広がり、利用者は1200万人を超える。無料コンテンツもある。インドではスマホが急速に普及し、小学生の7割がスマホを使える環境にあることが、同社アプリの利用者拡大の背景にあるようだ。

オンライン教育はインドの教育水準を引き上げるために大きな役割を担うと目されている。大手会計事務所KPMGによると、市場は2016年の2億4700万米ドルから、2021年に19億6000万米ドルに急拡大する見通し。現在は社会人が新たな技術を習得するためコースが市場の38%を占めるが、2021年には初等・中等教育向けのコースが39%とシェアを伸ばすことが予測される。入試・入省試験などの試験対策も急速に伸びており、初等・中等教育に次ぐ市場規模に成長するという。

背景にはインターネットとスマートフォンの普及がある。KPMGは、ネット利用者は現在の4億900万人から、2021年に7億3500万人に拡大すると予測。スマートフォンを保有している人は現在の2億9000万人に加えて、2021年までに新たに1億8000万人が保有するようになるという。

費用も安い。国内の学費は2008~2014年の間に約3倍にも膨らんだ。例えば、大学でエンジニア専攻の学位を取得するには、公立学校で約50万~60万ルピー(約82万2000円~98万7000円)、私立学校で80万~100万ルピー(約131万5000円~164マン4000円)かかる。一方、同じような勉強でもオンラインコースでは1万5000~2万ルピー(約2万4000円~3万2800円)程度で済む。

さらに、オンライン教育は中小都市や地方などでその力を最大限発揮する可能性を秘めている。KPMGの調べでは、地方部で大学を卒業した男性の割合は4・5%と、都市部の17%に比べて格段に低い。女性では2・2%で、都市部の13%を大幅に下回っている。親が子どもの初等教育にかける費用は平均で年間2500ルピー(約4000円)。都市部では1万ルピー(約1万6000円)と4倍だ。農村部では初等・中等教育の学校が少なかったり、教師が少なかったりと、一般的に教育水準が低いとされる。オンライン教育では、インターネットとスマートフォンさえあれば高水準の教育を受けることができ、地方のこうした教育問題を解決する鍵を握っている。

将来的にはハイブリッド型の教育システムが形成されていくと予測されている。オンライン教育を利用する学生の3分の1は、オンラインでの学習を補修に位置付けている。教員や同じ学生との意見交換が、オンラインではできないことが背景にはるようだ。

こうした需要は今後、学校などの教育機関とオンラインの融合を促すと見られる。教育機関が授業プラスアルファの付加価値としてオンラインでのサービス提供に動き、オンライン教育を手掛ける企業はグループディスカッションの場を実際に設けるなど、さまざまな取り組みが予想される。また、産業界とも連携して、優秀学生にインターシップや短期プロジェクトに参画できる機会を与えるなど、卒業後に役立つ実践的な技術が習得できるなどのサービスも今後、生まれてくるだろう。

インドの東部・西ベンガル州出身で、1998年にノーベル経済学賞を受賞したアマルティア・セン氏は、「邑(むら)に不学の戸(こ)なく、家に不学の人なからしめん事を期す」とした明治時代の日本の政策をよく引き合いに出す。教育に重点を置いた政策が、日本に大きな経済成長をもたらしたとし、いち早く教育の重要性を説いた。インドは13億の人口を抱え、義務教育の歴史も浅い。精度の高い教育環境を全国に敷くには時間がかかるが、豊富な人口とテクノロジーがけ合わされば、計り知れない潜在性が花開く日はそう遠くないはずだ。

 

山内優(やまうち・ゆう)

ジャーナリスト。滞印歴は3年。東京都内の私立大学文学部を卒業後、ベンチャー企業などを経て、インドへ渡る。日系メディアの記者として、主にインド経済情報を毎日発信している。インドに進出している日系企業にとどまらず、インド大手企業のトップへのインタビューを実現させるなど、精力的な取材を続ける。

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here