新疆ウイグル自治区の現状を報告

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新疆ウイグル自治区の現状を報告

中国が抱えるアキレス腱

中国はいくつかの大きな問題を抱えている。そのひとつである民族問題は、いまの中国では、チベット人とウイグル人の問題に収斂してきているといってもいい。前号では、そのうちのチベット人の問題を、チベット自治区を舞台に眺めてみた。今号ではウイグル人問題を、新疆ウイグル自治区のいくつかの街からみてみる。

 

 

ウイグル人を訓練する中国の公安

カシュガルは、新疆ウイグル自治区の西端、つまり中国の西端に位置する。日本から眺めると、タクラマカン砂漠を越えた先にある。

カシュガル駅から市内に向かうタクシーは、東湖のなかにつくられた道路を進む。その先には、20階近い高さを持つビルがいくつも建っている。しかしその窓にカーテンはない。店舗が入るだろう1階にはなにもない空間が広がっている。

中国の地方都市ではよく見かける風景だ。主に沿岸部の人たち向けの投資用マンションである。完成はしているが、住む人がいない。ときにバブル崩壊の象徴のようにも紹介されたが、中国経済はなかなかしぶとい。いや、底力があるというべきか。国の信用が大きく揺らぐような崩壊は聞こえてこない。

カシュガルの人口は約120万人。その8割はウイグル人だといわれる。街から伝わる空気は、新疆ウイグル自治区のほかの街と大差はない。

しかし午前10時少し前、この街では不思議なことが起こる。家や店から人々が出、歩道に集まってくるのだ。手にしているのは、長さが2メートルもある鉄パイプやバット状の棍棒である。

はじめてこの光景を目にしたとき、いったいなにが起きるのかと思った。道端でしばらく見ていると、赤い腕章をつけたリーダー格の男性や女性から指示が出る。すると、集まった20人ほどの人々が歩道の上に並ぶ。そして、リーダーのかけ声に合わせて、

「エイッ」

「エイッ」

と鉄パイプや棍棒を前に突くのだ。竹槍訓練ならぬ鉄パイプ訓練だった。

この訓練は街のそこかしこで行なわれる。おそらくカシュガル市の公安が、日本でいう町内会のような組織をつくり、それをひとつの単位にして訓練が繰り広げらる。場所によっては、公安自ら、鉄パイプ訓練を指導していく。

僕はカシュガルに5日ほど滞在した。毎日、市内のさまざまな場所で、この訓練を見ることが日課になってしまった。

なにに対する訓練? 暴徒やテロリストと闘う訓練だという。いまの時代、鉄パイプ訓練でテロリストを防ぐことができるとはとても思えないが、とにかくカシュガルの公安は訓練に意味を見出しているようだった。

「年を追って、訓練は徹底してきた」

と街の人はいう。

 

少数民族を押さえつけることが中国の基本姿勢

中国の習近平政権が一帯一路の政策を打ち出したのは2014年である。中国が設計した経済圏構想だ。このプランは大きくふたつに分かれる。ひとつはシルクロード経済ベルト、もうひとつは海洋シルクロードだ。前者が一帯、後者が一路。そのふたつを合体させて一帯一路になった。

海のシルクロードはイメージがつかみにくいが、シルクロード経済ベルト、つまり一帯は容易に世界地図にそのルートを描くことができる。シルクロードに沿っているからだ。中国西域から中央アジアを経て、東欧、そして西欧へとつながる道筋である。

実際、中国政府の方針を受けて、かなりの物資が東欧に流れ込んでいる。中国が製造した家電製品や家具類、雑貨などが運ばれ、東欧には中国製品を集めた大きな店舗がいくつもできている。東欧の人々は、国境を越え、それらの物資を買いに行くのだという。

そこにあるのは、安い中国製品という、昔ながらの中国ビジネスに映るが、とりあえずの成果をあげようとしているのかもしれない。中国はやはり社会主義国なのだ。習近平政権になって、中央への権力集中は急だ。一帯一路を成功させれば、中国内での評価があがる。人々の目は、どうしても中央の評価に傾いていってしまう。東欧ビジネスの成功でのしあがろうとする人々が多い。

この一帯を支えるものは、鉄道やトラックという陸路輸送である。そしてそのルートが新疆ウイグル自治区を通っている。

中国と東欧の間には中央アジアがある。中国からカザフスタン、キルギスタンに抜けるルートになるが、どこを通っても、新疆ウイグル自治区を通らざるをえない。しかしこのエリアには、中国政府に反抗するウイグル人たちの存在がある。

2009年、新疆ウイグル自治区の中心、ウルムチで激しい騒乱が起きた。広東省での小さなデマがきっかけだったが、ウイグル人のデモは激しさを増し、漢民族との衝突が起きた。中国政府は、200人近い死者が出たと発表した。ウイグル人たちは、この数字は政府の発表にすぎない、と反発した。

新疆ウイグル自治区に暮らす多くのウイグル人たちを締めつけていく……。これはチベット人対応と同じ、中国政府の対応である。反発する少数民族に対する、中国の基本姿勢といっていい。広東省で起きた小さなデマに反応するほど、ウイグル人は日々、押さえつけられて生きている。常に臨界点に達していると思っていい。

一帯一路が通るエリアでの騒乱。それは中国政府にとっては大きなマイナスだった。そこで中国がとった政策は、ウイグル人をさらに厳しい管理下に置くことだった。

 

先住民に謝罪した台湾に中国は激しく反発

2016年、台湾の蔡英文総統は、台湾にいる先住民に対して正式に謝罪した。台湾にはアミ族、パイワン族など50万人以上の先住民がいる。漢民族が渡る前から台湾に住んでいた民族だ。彼らをしいたげてきたことに、蔡英文は正式に謝ったわけだ。

台湾は先住民への支援をすでに行なっていた。言語が違う彼らは、大学入試などでどうしても不利になる。そこで先住民枠を設けるなどの措置も行なわれていた。その台湾の総統が正式な謝罪に踏み切った。

国際的には高く評価されたが、中国は激しく反発した。中国の痛い部分を突いていたからだろう。

世界の多くの国々は少数民族問題を抱えている。ときに彼らは政府に対してテロを起こす。そういった反省のなかから、融和策がとられてきている。

しかし中国という国には、少数民族との融和は、外向きの言葉としては存在するが、腹のなかにはまったくない。それは社会主義という体制の問題ではない。中国には秦からはじまる長い歴史があるが、少数民族との友好関係を結んだことはほとんどない。融和策によって対立を避けていくという発想が薄いといったほうがいいだろうか。あくまでも力で抑えるという論理が連綿と生きている。

ウイグル騒乱の後、その姿勢はより鮮明になってきた。カシュガルで毎朝、行なわれている鉄パイプ訓練もそのひとつだった。中国にとって、政府に反抗するデモ隊は暴徒である。彼らを鉄パイプで撃退しようというわけだ。

なんだか滑稽な光景にも映る。

 

戦時の日本社会に似てきた中国

太平洋戦争時代、日本にも竹槍訓練があった。人々は駆り出され、「エイッ」と敵兵になぞらえた藁人形を突いた。女性が多かった。僕は当時の空気を肌で知っているわけではないが、戦後に出版された記録などを読むと、多くの人が、竹槍攻撃の無意味性を感じとっていた。

「重装備の兵士に竹槍で立ち向かえるわけがないじゃないですか。上空からは空襲ですよ。それに竹槍で立ち向かえるわけがない。しかし、もしそんなことをいったら、もう大変なことでした。当時はそんな空気のなかで生きていたんです」

おそらくカシュガルの人たちも本心ではそう思っている気がする。国はデモ隊を暴徒と呼ぶが、それまではすぐ隣で生活していた人たちなのだ。その人に向かって、簡単に鉄パイプを突く出せるものではない。

しかしそう口にすることができない。中国政府がつくりあげようとしている社会は、どこか戦争時代の日本に似ている。

鉄格子がはめられている街

カシュガルの街で、「そこまでやるか」とつい口をついて出てしまうことはまだある。

カシュガルには朝、到着した。昼食でも食べようと、ホテルの近くのそば屋に入ろうとした。新疆ウイグル自治区はウイグル麺に代表されるイスラム系のそばが知られている。しかしそのとき入ろうとしたのは四川料理系のそば屋だった。

深く考えもせず、店に入ろうとした。ガラスの扉の前には鉄格子がはめられていた。それを開けないと扉が開かない。鉄格子に手をかけた。

「ん?」

引いても押しても、鉄格子が開かないのだ。いくら力をこめてもびくともしない。しかし店内をのぞくと、そばを食べている客が何組もいる。彼らはどうやって店に入ったのだろう。

鉄格子の前で立ちすくんでしまった。すると、通りを歩いていた人が助け舟を出してくれた。鉄格子の間から手を入れて、ドアを叩け……という。

いわれるままにやってみた。すると店内から従業員がやってきて、扉を開け、鍵を差し入れて鉄格子を開けてくれた。

どうして鉄格子を締めているのだろうか。これではそばを食べにきた人を逃してしまうではないか。商売を考えたら、完全にマイナスである。店の人に訊いてみた。はっきりとは答えてくれなかった。

その日、カシュガルの旅行会社に出向いた。ざっくばらんな社長だった。彼が答えてくれた。

「公安からの通達です。デモが起きたとき、暴徒が店に逃げ込まないことが目的です。店に入れなければ検挙しやすいでしょ」

「でも、そうするなら、店舗すべての入口に鉄格子をはめなくちゃいけないじゃないですか。そうしないと逃げ込んでしまう」

「なにをいっているんですか。街をよく見てください。すべての店に鉄格子がはめられているはずです。高級店は鉄格子がないかもしれないけど、ブザーを押してドアを開けてもらうシステムになっているはず。とにかくカシュガルの店はすべてに鍵がかかった鉄格子かドアになりました。違反? そんなことはできませんよ。公安からの通達なんですから」

こう聞かされ、改めて街を眺めてみる。下町の店はことごとく鉄格子がはめられている。水や菓子を置く雑貨屋も、鉄格子である。繁華街にも行ってみた。歩道に面した靴屋は、鉄格子を閉めたまま、店員がその前に立っていた。鉄格子の間には靴が挟まれている。ウイグル商人はなかなかしたたかだったが。

一帯一路とは自由がなくなることだった

街には公安が溢れている。パトカーは、そう300メートル間隔で路上に停まっている。バン型のパトカーがサイレンを流しながら頻繁に巡回している。信号でパトカーが2台つながってしまうほどの頻度だ。その巡回は深夜になっても終わらない。夜、ベッドに横になると、どこからともなくサイレンの音が聞こえてくる。

「戒厳令……」

ベッドのなかで呟いていた。中国政府は徹底してウイグル人を押さえつけていた。一帯一路という経済圏構想を推進するためには、ここまでしなければいけないのか。

それはカシュガルの街だけではなかった。新疆ウイグル自治区全域に敷かれた政策だった。

僕は列車やバスで自治区内を移動していたが、そのセキュリティーチェックは執拗だった。乗車時には、X線機械に荷物を通し、ボディーチェックを受け、パスポートを提示し、さらに写真を撮られる。鉄道駅ではそれを3回繰り返さなくてはならない。

列車の車内では公安がまわってくる。スマホの翻訳機能を使って、さまざまなことを訊いてくる。旅の目的、日本での仕事、自治区内で泊まったホテル……。そして顔写真を撮って送信する。新疆ウイグル自治区に入ってから、いったい何回、顔写真を撮られただろうか。バスのチェックポイントには、逃亡しているウイグル人の顔写真が掲げてある。逃げた日付をみると、ほとんどが1年以内だった。女性も含まれている。

トルファン、庫車と移動していったが、外国人が泊まることができるホテルも急速に減っていた。トルファンでの宿は、事前に予約サイトを通して確保してあった。如家酒店という、中国のチェーンホテルだった。フロントに出向くと、こういわれた。

「予約は入っています。でも泊まることはできません。公安からの指示で、外国人の宿泊は受けられなくなったんです」

トルファンの街でタクシーに乗った。途中、ガソリンスタンドに寄ったが、客は外で待つようにいわれた。すべての荷物もおろす。ドライバーはジャンパーを脱いでガソリンスタンドに入っていく。荷物は一切持ち込めないのだ。ガソリンスタンドを狙ったテロがしばしば起きているらしい。

市内のバザールに行ってみようと思った。トルファンのバザールは、シルクロードのバザールとしては有名だった。規模の大きなバザールで、入口はいくつかあったが、そのすべてでセキュリティーチェックが行なわれていた。僕の前にウイグル人の女性がいた。彼女が身分証を出すと、それを専用の機械に差し込む。すると画面に、彼女の顔写真やデータが映し出される。公安はその画面と本人を見比べ、進んでいいと許可を出す。そこから今度は荷物チェックがはじまる。野菜ひとつ買うのにも、このチェックを受けないといけないのだ。その列に着くと、「なぜ、ここまでやらないといけないのか」と呟きたくなる。

分割して統治せよ

庫車では一軒のウイグル料理屋に入った。ケバブと水餃子。訊くと、外で買ってくるならビールを飲んでもいいという。主人は、

「漢民族のように大騒ぎするのは困りますが……」

といってウイグル人らしい笑顔をつくった。ふと見ると、店の隅に金属製の盾とヘルメットが置かれていた。そこには、「防暴」と書かれている。デモ隊に対して、これで対抗しろというわけだ。

「公安の指導ですよ」

中国政府はウイグル人を分断させていく手法をとっている。ひとつの民族を抑え込んでいくときの常套手段だ。そして政府の方針を受け入れたウイグル人を、過激派ウイグル人摘発部隊に組み入れていく。

路上でウイグル人をチェックする公安にもかなりの数のウイグル人がいる。彼らは胸に「南疆公安」と書かれた防弾チョッキを着ている。彼らの動作は、北京や上海の公安とは違う。もともとそういう民族なのかもしれないが、どこか甘い。駆り出された感が漂ってくる。

しかしウイグル人をウイグル人にチェックさせていくなかで、民族は弱体化していく。なかに生まれた亀裂は、民族の尊厳のようなものを奪い去っていく気がする。

一度、バスを降りたところで公安の尋問を受けたことがあった。ウイグル人と漢民族の公安、ふたりのチームだった。パスポートをチェックしながら、

「これからどうするのか」

と訊かれた。

「近くで昼食をとろうと思っている」

というと、

「だったらあそこにおいしいラグマン屋がある」

と指さしてくれた。ラグマンはうどん似たウイグル麺である。ふと、漢民族の公安のほうを見ると、不機嫌そうな表情で立っている。

教えられたラグマン屋に入り、麺を食べていると、ふたりの公安が店に入ってきた。店内に響いていた客の話し声がぴたりと止まった。ウイグル人の公安がスマホを差し出しながら、目で合図を送ってきた。そこには、「旅の目的は」という日本語が書かれていた。そしてスマホに向かって話せという。

「観光です」

と日本語で吹き込む。うまく翻訳できたのかはわからないが、ウイグル人の公安は入口の立つ漢民族の公安をちらちら見ながら、なにやら打ち込み、まだ画面を見せた。

「仕事は何ですか?」

そしてまたスマホに向かって答える。それが30分ほど続いた。やっと終わったが、OKを出したのは漢民族の公安だった。尋問の練習台にさせられたようだった。そして外国人に、店を教えるような態度が、漢民族の公安には気に食わなかったのだろう。

 

援助という名の新植民地政策

ウイグル人に一帯一路という経済政策はなにをもたらすのか。政府は新疆ウイグル自治区内に大規模な工業団地をつくっている。これもウイグル人の懐柔策に映る。経済的には弱いウイグル人に、公安という仕事を与え、工場という仕事場をつくる。それは世界各国で行なわれ、世界から新植民地政策と非難されはじめている中国式援助に似ている。

それを成功させるために鉄パイプ訓練を行ない、住民への締め付けを強めていく。

中国の一帯一路とは、その上に成り立っていくものらしい。

 

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下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

作家。元新聞記者。主な著作に、「本社はわかってくれない―東南アジア駐在員はつらいよ」(講談社現代新書)、「12万円で世界を歩く」(朝日文庫)、「パソコン探険」(双葉文庫)、「海外路上観察学 ぼくの地球歩きノート」(徳間書店)、「ホテルバンコクにようこそ」(双葉文庫)、「アジアの誘惑」(講談社文庫)、「アジアの弟子」(幻冬舎文庫)、「バンコク子連れ留学」(徳間文庫)、「アジアの居場所」(主婦の友社)、「新・バンコク探検」(双葉文庫)、「タイ語でタイ化」(双葉文庫)、「タイ語の本音」(双葉文庫)、「アジアの友人」(講談社文庫)、「バンコク迷走」(双葉文庫)、「「生きづらい日本人」を捨てる」(光文社新書)、「週末アジアでちょっと幸せ」(朝日文庫)、「週末バンコクでちょっと脱力」(朝日文庫)等がある。