日本品質の医療で東南アジアに貢献する

インドネシアにおける偕行会グループの挑戦

日本品質の医療で東南アジアに貢献する

 

海外で生活する日本人にとって医療はもっとも関心が高く、重要なチェックポイントである。東南アジアでは医療先進国としてシンガポールが知られ、かつて周辺国で重病に陥ったり、重傷を負ったりした場合は、日本ないしシンガポールに搬送されて診察・治療を受けるケースが多かった。しかし、近年はタイやインドネシアでも、日本で研修した医師や看護師、日本語が可能なスタッフの充実により、日本レベルの医療が受けられるようになってきた。インドネシアに日本の医療法人として初めてクリニックを開設した「偕行会グループ」の「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」は、日本人駐在員や旅行者だけでなく、インドネシア人の外来、健康診断を通じて、日本の医療でインドネシア医療の底上げを目指して日夜健闘している。

 

世界を視野に入れた医療を目指す

インドネシアの首都ジャカルタ中心部にあるセントラル・スナヤンのオフィスビル1階に所在する「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」(セントラル・スナヤンⅠ)の朝は毎日午前7時45分からのスタッフ・ミーティングで始まる。
日本人スタッフが見守る中、インドネシア人の医師、看護師、スタッフがテキパキと伝達事項、注意事項などを伝え、確認していく。そして最後に全員が壁に掲げられた同クリニックの「使命、理念」などを唱和して、午前8時の開院を迎える。
同クリニックは日本の偕行会グループの新たなチャレンジとして、2014年6月にジャカルタで開院されたもので、日本の医療法人としては初めてのインドネシア進出となった。コンセプトは「日本で培った医療のノウハウをジャカルタで提供し、インドネシアの医療水準の底上げに貢献する」というものだ。


そもそも偕行会は1979に名古屋共立病院開設を機に主に人工透析施設を中心にネットワークを拡大した東海地方中心の医療法人グループで、透析医療の他に急性期医療、慢性期医療、リハビリテーションを行なう回復期医療、在宅療養支援・高齢者介護、画像診断などで幅広い地域ニーズに応えることで地域社会に貢献している。
腎臓疾患以外にも、ガンや脳、心臓などの疾患の早期発見を可能にするPET-CT(陽電子放出断層撮影)などの最新機器を導入、患者のデータを分析する技術力、読影力も東海地方では最高水準にあると言われている。
偕行会グループの川原弘久会長は「医療の使命とは、人の尊厳の基礎となる『いのちと健康』を守ることです」と理想を掲げ、「透析医療をはじめ特定の分野で、世界でも高い評価を得ている実績があります」としたうえで、「今後は、日本はもちろん世界も視野に入れ、グローバルでも競争できる医療を目指して積極的に取り組んでいきたいと考えています」と同グループの案内書で宣言している。
その「世界を視野に入れたグローバルでの競争」の一環が同グループ最初の海外施設であり、インドネシアで日本の医療法人として初めての医療施設となった「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」である。
院長を務めるのはヤコブ医師で、インターベンション放射線科の専門医でもあるほか、セカンドオピニオンも担当。「定期的な院内研修はもちろんのこと、医療機器を徹底管理し、質の高い検査を維持している」という。

スタッフは日本語対応も可能

在留邦人が多いジャカルタ市内には日本で専門医療を学んだ経験のあるインドネシア人医師や日本語の可能な医師・看護師を擁し、同クリニックと同じように在留邦人を主な対象にした医療機関が複数存在して、日本人駐在員やその家族、旅行者の様々な医療ニーズに対応している。

その中で「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」が最近、在留邦人の間で高い評価を得ているのは「外来、予防接種、健康診断」という3つの部門で①日本の技術やノウハウ、日本製の高度な機器の導入②日本の医療機関、主に偕行会グループとの連携③日本語による手厚いサポートがある、という特徴があるからだといわれている。

まず同クリニックにはレントゲン装置、バリウム検査機器、超音波機器、血圧脈波検査装置などいずれも日本製の高度な機器が導入されて、患者の検査に使用されている。

次に患者が日本での検査や治療を希望すれば、偕行会グループ内での適切な医療機関で対応するほか、患者が希望する地域、検査、治療が可能な最善の医療機関を探して紹介したり、予約を代行したりすることも実施している。加えて患者の症状、検査、診断ではジャカルタでの対応に加えて日本の偕行会グループでの診断、読影などのセカンドオピニオンもオンラインで可能という。こうした対応は日本に拠点がある医療法人ならではの連携といえる。

最後の日本語によるサポートに関しては日本とインドネシアの「経済連携協定(EPA)」で日本の医療現場で勤務した経験を有するインドネシア人看護師が多く常勤している。現在同クリニックで働く14人の看護師のうち実に10人がEPAで訪日した経験を有している。このため、受付から検査、診療、会計まで全ての場面で日本語でのコミュニケーションが可能となっている。もちろんインドネシア語、英語での対応にも問題はない。

同クリニックでは、訪れた日本人の患者に対してインドネシア人看護師は「こんにちは、私は○○です」とまず、胸にぶら下げた写真付きのIDカードを示して日本語で自己紹介してから会話を始めるようにしている。これで患者側は「この看護師は日本語でのやり取りが可能なのだ」と安心することになる。

 

営業担当は旅行業からの転身

「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」の営業担当ディレクターの中田勝氏(45)は主にジャカルタ周辺に進出した日系企業の工場、事務所を回って、社員の健康診断受診を勧めている。
「これまでに当クリニックとお付き合いのあるところ、窓口、担当者とも定期的にコンタクトしてフォローすると同時に新規開拓も精力的に進めています」と話す中田氏は日本では大手旅行代理店に勤務した経験がある。

「旅行業なのに、車、バス、船、列車と乗り物に弱く、すぐに乗り物酔いする体質だった」と笑う中田氏は2007年に心機一転、全く違う業界で仕事を希望して偕行会に入った。

ガンの早期発見のためのPET-CTを活用する健診センター勤務などを経て、2017年4月からカイコウカイ・クリニック・スナヤン勤務になった。

「グループの中では希望しても海外勤務ができない人もいます。唯一の海外施設で仕事ができることは日本での経験を生かすという意味でも魅力的」と中田氏は話す。

2017年に同クリニックで健康診断を受けた人は約2500人、そのうち1000人が日本人で1500人がインドネシア人という。インドネシア人が多いのは、日系企業の工場や事務所で従業員として働くインドネシア人が数十人、あるいは100人単位で健康診断を受診するからだという。2018年は日本人の受診者は微増だが、インドネシア人は約35%の伸びだとしている。

この数字は日本企業が駐在員を削減する傾向や新規の進出企業がジャカルタからチカランなどの郊外を拠点とする現状の中では健闘していると言えるだろう。
日本人のパイは限度がある。これからはいかにインドネシア人の健康診断数を増やしていくかが課題で、近隣にある非日系企業などの会社にも足繁く通っていきたい」と中田氏は意欲を見せている。

看護師サポート担当者は精神看護学の専門家

「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」で働くインドネシア人看護師のサポートに当たっているのが偕行会法人本部から派遣されている海外戦略部副部長の小笠原広実さん(60)だ。小笠原さんは宮崎県立看護大学や東京女子医大看護学部などで精神看護学の研究を長く続けてきた看護学の専門家で、インドネシアに初めて来たのは23年前という。

「当時も時間を見つけては、インドネシア大学の看護学部の講義を聴講に行ったりしていました」と根っからの研究家で、日本の看護の現場とインドネシアの看護の実態を学ぶ機会に自ら飛び込んでは研究を続けていた。

しかし、1998年に後ろ髪を引かれる思いで日本帰国となり、日本で教壇に立つなどしながらも、心の中で「何かインドネシアに対してできることはないか」と思いをつのらせていたという。そんな時、偕行会がジャカルタにクリニックを開院するとの情報を得て、偕行会に直接メールをして自己PR、就職への熱い思いを伝え、採用されたという。

日本とインドネシアの看護、看護師の仕事、役割には違いがある、と小笠原さんは専門家の立場から指摘する。

「インドネシアの場合、看護師の仕事は、採血・注射などの業務や医療機器の操作をこなすが、そこで終わってしまっており、患者の生活指導などは医師の仕事の領域で看護師が関わることではないと考えられている」と長年の看護の経験から分析する。

「これに対し、日本の看護師は患者の生活を整えることにも積極的に関わる。もちろん医師との協働により行なうのですが、患者の回復にむけて個別の計画に関わる仕事をする」というのだ。

こうした日本とインドネシアの看護の実態を見極め、インドネシア人、そしてインドネシアの医療に即したサポートをするのが小笠原さんの仕事で、試行錯誤を続けながら看護レベルの底上げに努めている。

小笠原さんの仕事はもう一つある。2016年8月から始めた「ニュースレター」の発行である。クリニックの待合室などに置かれるこのニュースレターはこれまでに「血圧が高いと言われたら……」「血糖値が高いと言われたら……」「日々の食生活を見直しましょう」「メタボリック症候群の予防のために運動をしましょう」「インドネシアの医療について」など在留邦人が必要とする医療情報、健康情報をわかりやすく日本語で解説、説明している。インドネシア人患者のための「インドネシア語版」も用意されている。

2018年12月6日午後、小笠原さんはJETRO(日本貿易振興機構)ジャカルタ事務所とSMEJ(インドネシア日系中小企業連合会)が共催するセミナーの講師を務めていた。た。

インドネシアでは日系企業で働く従業員やスタッフが結核に感染するケースがあり、その際に雇用主である日本人が慌てて「どう対処すればいいか」という問い合わせが同クリニックによくあることから、この日の小笠原さんのテーマは「結核対策」だった。

日本では1年間に結核に新規罹患する患者数は1万8000人以上で人口10万人当たり14・4人だが、インドネシアでは10万人当たり391人でインドに次いで結核が多い国とされている。母数の人口がインドネシアは多いために日本とは単純に比較はできないものの、結核に対する注意、知識は必要不可欠という観点から、ビジネスに関するセミナーではありながら講師の1人として小笠原さんが招かれたという。

「結核菌は空気感染で罹るとは言え、結核菌が体内に入っても必ず感染するというものではない。感染したかどうかが分かるまで8~10週間かかることなどから決して慌てず、冷静に周囲の人は免疫力が低下しないように栄養と睡眠を十分とる生活を心がけてほしい」と分かりやすく説明、セミナー参加者はメモを取りながら頷く様子が見られた。

こうしたセミナーや講演会も同クリニックの大切な活動の一環で、ニュースレターとともに同クリニックの「広報・宣伝」を担っている。 

 

充実する内科・小児科と健康診断

「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」の運営会社で副社長を務める山本節子さん(46)は同クリニックの大きな特徴として、外来では一般内科が月曜日から土曜日まで午前8時から午後10時までの間と、幅広い選択肢が用意されている健康診断があると説明する。

インドネシアでは、一般病院やクリニックで海外の医療従事者免許での医療行為をすることができないため、医療はインドネシア人が行なっている。

時間が限定されてしまうが、小児科、呼吸器内科、循環器内科、放射線科、神経内科の医師による診察も可能で、受診可能日を照会、問い合わせてほしいとしている。このほかに予約が必要な歯科の診察、セカンド・オピニオンの受診も同クリニックでは可能だ。

支払いはクレジットカードでも可能で、主要な日系海外旅行傷害保険を適応してキャッシュレスで支払うことも原則としてできるという。

さらに、破傷風、ジフテリア、百日咳、6種混合、5種混合、水痘、日本脳炎、結核など子供の予防接種も受けることができる。

インドネシア赴任前に受けることの多い大人向けの予防接種、たとえばA型肝炎、B型肝炎、狂犬病、腸チフスなども接種可能だ。

年末年始の寒い時期に日本へ一時帰国する日本人のための「インフルエンザ予防接種」も同クリニックでは行なっている。

一方の健康診断は、大人用、小児用が用意され、大人用は約1時間の「法定健診」から2時間コースの「スタンダード」、2時間半の「エグゼクティブ」と「スタンダード+バリウム」、約3時間を要する「エグゼクティブ+バリウム」コースまで5種類から選択が可能となっている。

それぞれのコースは前日からの絶食が必要で標準的な費用は「法定健診」が150万ルピア(約1万2000円)、「スタンダード」が325万ルピア(約2万5000円)、「エグゼクティブ」が395万ルピア(約3万円)、「スタンダード+バリウム」が425万ルピア(3万3000円)、「エグゼクティブ+バリウム」が495万ルピア(約3万8000円)となっている。

大人用にはコース以外にオプションで「腫瘍マーカー」「甲状腺」などのほかトレッドミルを使用した「循環器・負荷心電図」などを追加することもできる。

小児用の場合は小児(13~18歳)=140万ルピア(約1万円)、小児(6~12歳)=70万ルピア(約5000円)、乳幼児(0~5歳)=120万ルピア(約9000円)の3種類の健康診断コースが用意されている。検査項目としては一般的な身長、体重、体格指数(BMI)、血圧の他に尿・便検査、血液、視力、聴力、心電図、胸部レントゲンなどが13~18歳コースでは含まれている。
「日本で企業や会社が社員に実施している健康診断とほぼ同じメニューの健康診断を受け、医師による診察、日本語の結果レポートもコースには含まれています」と山本さんは話す。

人工透析クリニックがオープン

2018年12月1日にジャカルタ中心部「歓迎の塔(Bundaran HI)」が建つサークルに近いグラハマンディリビルの1階に人工透析を専門に行なう「M(メディカル)エグゼクティブ透析クリニック」がオープンした。同クリニックの運営そのものはインドネシアの「インド・メディカ・ウタマ」が行なうが、腎臓疾患の専門機関でもある偕行会が技術提供で全面協力した。

人工透析でもっとも重要な役割を果たす機材に「ダイアライザー」という血液の濾過装置がある。インドネシアでは消毒して複数回再利用するものだが、同クリックでは1回で使い捨てするという日本と同等の方法で対応する。さらに使用する水も偕行会が日本で使用している高品質、高機能の濾過装置のシステムを導入して、日本水準を用意している。偕行会の高い技術水準を導入した同クリニックは「ジャカルタにある他の透析施設を間違いなく凌駕していると思います」と山本さんは自信をもって話す。

2018年12月7日に同クリニックを初めてのインドネシア人の患者が訪れ、人工透析を受けた。現在はまだ透析装置は10台だが、いずれ24台体制で需要に応じられるようにする予定という。

 

医療ツーリズムへの挑戦

インドネシアの富裕層はシンガポールや日本の医療機関での診察・検査・治療を受けるために費用を惜しまない傾向がある。

近年はインターネットを通じて、自分の持病や心配な病気、症状に関する著名で評判のいい日本の医療機関から医師名まで検索することが可能で、そうした情報を基に訪日するケースも増えている。

こうした形態の旅は環境問題などをテーマにして原生林や野生動物保護区、海洋生物保護区訪問などを中心とする「エコ・ツーリズム」になぞらえて「メディカル・ツーリズム(医療ツーリズム)」と呼ばれている。

医療目的で海外を訪問するこの「メディカル・ツーリズム」は最先端の医療を提供できるとするシンガポールが比較的早くから提唱して、海外からの訪問者を増加させることに成功し、以後医療先進国の日本でも受け入れ態勢が徐々に整いつつある。

「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」は偕行会グループというトップクラスの医療ネットワークを背景に、インドネシア人の受け入れを積極的に進めることに力を入れている。

このため、日本での診察・検査・治療を希望するインドネシア人には日本の医療法人であるという強みを最大限に生かした医療の提供を心がけているという。

特に専門である腎臓疾患、人工透析の分野では、現在インドネシアで望みうる最高レベルの対応が可能で「最新の技術を追求しながら人の心のあたたかさも大切にする。それが偕行会グループの透析医療です」と医療法人社団偕翔会の堀川和裕理事長は偕行会グループの案内書で強調している。

「カイコウカイ・クリニック・スナヤン」にはほぼ毎日、体調を崩した駐在員や風邪気味の子供を連れた母親、下痢に見舞われた旅行者などの日本人と共に会社の定期健康診断を受ける日本人、インドネシア人が訪れる。

本来活気がないにこしたことのない医療施設ではあるが、命と健康を守り「日本品質の医療を届ける」ために同クリニックは日曜日以外の週6日間、医師と看護師、日本人を含めたスタッフにより熱気と活気に満ちあふれている。

「おはようございます。私はカイコウカイ・クリニック・スナヤンの○です。今日はどうされましたか」

 

 

大塚智彦(おおつか・ともひこ)
ジャーナリスト

Pan Asia News所属。毎日新聞社ジャカルタ特派員、産経新聞社シンガポール特派員などを経て、2014年からPan Asia Newsの記者兼カメラマンとして東南アジアを中心に取材活動を続けている。現在、インドネシアの首都ジャカルタに在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、「ジャカルタ報道2000日──民主国家への道」(小学館)がある。

 

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