日本市場のカギを握る中国人観光客

「爆買い」から「コト消費」へ

 

観光立国に向けた日本の取り組みが本格化している。インバウンドで最も大きなシェアを持つ中華圏に対して、どんなアプローチをしていくか、は今後の知恵の出しどころだ。着目したいのが、中国人観光客の関心が「爆買い」から「コト消費」へと向かうトレンド・シフトである。そのうえで、どの地域に対してどんな観光資源をアピールしていくのか──そんなエリア・マーケティングが重要になってくるのではないだろうか。

高速鉄道網が中国の旅行市場を活況に

1億2200万人──これは2016年に海外旅行に出かけた中国人の数だ。日本の総人口にほぼ近い規模である。国家旅游局に直属する研究機関、中国旅游研究院が8月1日、中国最大のオンライン旅行会社(OTA)のシートリップ(Ctrip)と合同で発表した「2017年上半年中国出境観光客レポート」で明らかになった数値であり、双方の専門チームがそれぞれ旅行統計データや会員のビッグデータを元に分析し、中国人の海外旅行のトレンドが詳らかにされている。

レポートによると、2017年上半期で延べ6203万人の中国人が出国しており、昨年同時期の5903万人と比べて、5%の伸長率を見せた。中国のパスポートでビザ免除等優遇が受けられる国や地域は65か国・地域に、渡航可能先は153か国・地域へと増加している。ただし、中国を訪問した海外の観光客は延べ6950万人でアウトバウンドより747万人多い。

そのほか、各都市別の消費ランキングで蘇州が7123元(約11万7000円)で最も高く、北京、上海をはさみ、4位に貴州が入るという意外な結果が出たことも注目に値しよう。貴州は2014年末に広州との間で高速鉄道が開通したことで珠江デルタへのアクセスが一段と利便性が高まっている地域だ。

中国人の国内旅行も増加

国内旅行市場が海外旅行以上に活況を見せているのも特徴的だ。その牽引役となっているのが高速鉄道で、民泊サイトの「途牛(Tuninu)」が8月14日に発表した「2017鉄道旅行消費レポート」によると、今年の鉄道観光客数は前年同期比で13%増を見込んでいる。7月9日には陝西省の宝鶏から甘粛省の蘭州までが高速鉄道で結ばれるなど、高速鉄道の建設が辺境地にも及んでいることが大きい。

国家鉄道局が明らかにしたデータで は、夏季特別運行体制期間に当たる7月1日から8月31日の旅客数が推定値で延べ5億9800万人と、昨年同期比より4970万人増加しているほか、長江デ ルタに限れば、昨年同期より577万人 増加の1億1600万人という予測値がある。

高速鉄道による都市間交通の整備をテコに、人間の移動を効率化し、経済の生産性を高め、新たな経済効果やライフスタイルを生んでいくという構想は、田中角栄元首相(故人)の「日本列島改造計画」を彷彿させる。しかし、人とカネとモノの流れを巨大都市から地方へと逆流させるという目的達成とは程遠いのが日本の現状だ。1980年代といえば、青函トンネルの貫通や東北・上越新幹線の開通があったものの、国鉄民営化の過程で北海道の炭鉱路線などローカル線の廃止が相次いだことのほうが印象深い。不採算路線廃線の波はいまにも続き、来春にはJR西日本の三江線が廃線の運命をたどろうとしている。

平和産業としての旅行業

ところで、成長産業である旅行業は、大量の資源消費や大きな環境汚染をもたらすことがないという意味で「無煙産業」と位置づけられている。

そもそも、『易経』の「観国之光、利用賓于王」が語源となったとされる「観光」という言葉からも分かるように、観光とは「その地の優れたもの(光)」を「観る」ことであり、それこそ「煙」の立たない(戦火のない)世界で可能な行為であり、戦争、差別、飢餓、貧困のない平和を前提としたものだと言えよう。

それゆえ平和が損なわれれば、三方良し(「売り手良し」「買い手良し」「世間良し」)の健全なビジネス活動は不可能であり、旅行業は真っ先にダメージを受ける。国連世界観光機関(UNWTO)が今年7月末に発表した「UNWTO Tourism Highlights 2017」によると、国際観光 のデスティネーションの上位ランキングで2015年に6位(3950万人)だ ったトルコは、2016年には順位を 10 位に下げている。一方、軍政から民政に移行したミャンマーでは、ここ数年、対前年比 50 %増でインバウンド数が増加しているのが注目に値する(ただし、2016年データは現時点では未公表)。ともあれ、安全という指標は一般人を旅行に向かわせる最低限のハードルだ。 「中新網」の7月27日付け報道では、中国人の観光客が最も安全な旅行先を自国(中国)と答えた人が67%に上り、日本は51.6%で2位、シンガポールが3位、 昨年2位の韓国が4位にランクを下げたことが報じられている。一方、テロや重大な自然然災害、重大犯罪、大規模なエピデミックの発生リスクなど旅行安全指数が極めて低い危険地域と見なされた国には、シリア、マリ、アフガニスタンが挙げられた。

旅行時への安全確保に対するニーズの高まりから、シートリップは1000万元(約1億6437万円)を投じて、中国初となる旅行安全管理センターを設置し、重大な自然災害について旅行保障金を設ける仕組みをつくった。早期警報の発信、観光客のデスティネーションに向けた緊急援助の手配や、観光客の損害負担のための重大災害保証金の支給などを行なっているという。そのほか観光客がスマホ等のデバイスを通して引率者に緊急援助を求めることも可能にした。熊本地震の際は、被災地に取り残された観光客の救助にも活用され、緊急の医療搬送や医療救助、紛失物の捜索などで威力を発揮し、回収率は9割を超えたことが報じられている。

なお、「安全」という指標は政治的な環境や風評公害などを受けて短期間で目まぐるしく変動する。昨年夏、観光バスの運転手が中国大陸籍観光客らを乗せたまま放火自殺を図り、26人を巻き添えにするという事故が起こったことも、大陸から台湾へのアウトバウンドを低迷させる原因の1つとなっている。

韓国への渡航客が激減した原因は周知のとおりだが、一切の団体観光客の募集を中国国内の旅行社がストップしたことが大きい。報道を見る限り、一頃流行った整形ツアーや買い物ツアーで不愉快な思いをした中国人観光客も少なくなく、リピーター客を取り込めないというのも致命的だった。多様性のある旅行資源はもとより、旅行先で受けたホスピタリティーは、リピーター客を引き込む最大の要素だと言えよう。

 

「モノ消費」から「コト消費」へ

現在、中国人の海外旅行形態は「爆買い」に象徴される「モノ消費」から、体験型の「コト消費」へ進化が見られる。百貨店や家電ショップでの「爆買い」トレンドは鳴りを潜めたものの、化粧品や医薬品などの消耗品へと購買対象がシフトし、ドラッグストアの売り上げが好調であることが報じられており、ショッピング体験ひとつをとってみても多様化傾向が顕著だ。

今後の課題となるのが、これまでインバウンドブームの恩恵に預かることのなかった地方へと「コト消費」ブームをいかに波及していくかである。中国人観光客の「日本でしたいこと」は多様化し、「着付け体験」や甲冑体験、親子連れの観光客をターゲットとしたフルーツの収穫、陶芸アート、こけしの絵付け等、すでにさまざまな「体験」ニーズの掘り起こしが始まっている。あるいはアニメ『君の名は。』の大ヒットで話題となった「聖地巡礼」を目的とした旅行、ビジネス視察も兼ねた産業観光、健康ブームにあやかった医療観光や美容ツーリズムなどが話題にのぼっている。負の遺産を巡る東日本大震災後の「復興ツーリズム」に共鳴した台湾人の学生らが教育旅行に参加するケースもある。

しかし、中国大陸の観光客の嗜好が利便性の高い大都市に偏向する傾向は免れられないようだ。日本が特に国としてテコ入れを図りたい東北観光については、ビザ緩和等の措置を講じても反響はいまひとつというのが実態だと見られる。

JRグループが外国人観光客向けに発行する「JRパス」が両刃の剣となっている可能性も否定できない。「JRパス」は観光目的で入国した外国人のみが入手できる周遊券で、有効期間が1週間のタイプだと2万9000円程度。この価格で日本全国の鉄道が乗り放題となるのだから、日本人の鉄道マニアなどから羨望の的となっている。「のぞみ」については乗車ができないが、ゴールデンルートを自由に行き来できることから密かにビジネス用途で活用する人もいることだろう。

そんな利便性が高いお値打ちチケットが、東北地方の広域観光よりも東京等の大都市への「脱出」手段として選択されている向きはないだろうか。

 

日本の東北地方が抱えるハードル

筆者は現在、中国の東北3省の1つ、遼寧省の大連市に居住しているが、同エリアは日本の東北6県との関係が深い。大連に3県、黒竜江省ハルビン市に山形県がオフィスを設けるほか、吉林省と宮城県が提携関係を結んでいる。したがって、日本の東北地方のインバウンド促進に向けたプロモーションもこうした提携関係を結ぶ中国の東北3省から手がけることが多いと見られる。

しかし、日本の東北6県がインバウンド促進に取り組むなら、中国の東北3省よりも華南地域のほうがターゲットとして適しているのではないだろうか。宮城県は今年6月から、北京と上海にサポートデスクを開設しているが、むしろ香港や深圳での活動に比重を置く選択肢はなかったのだろうかという思いがある。

そんな見解を持つに至った背景には、 中国の東北3省の経済が停滞している現状も関係しているが、中国のウィンター・スポーツ市場の勃興という側面も大きい。周知のように、2022年には北京で冬季オリンピックの開催が予定されている。2016年、中国で新設されたスキー場は 78 か所あり、合計で646か所を数えると報じられているものの、現時点では施設的に満足の行くものではないという。それが、冬季五輪開催が契機となって、ウィンター・スポーツの普及が爆発的に進み、関連施設の質も量も共に大きな向上が見込まれることが推測される。

2003年に中国のスキーマーケットを2700万人と予測していたUNWTOは上方修正し、2022年の予測人口の4000万超えを見込んでいるという。それが現実となったとき、海を挟んだ2つの「東北」が東アジアにおけるスキー観光客を争奪するライバルになる可能性も否定できないのではなかろうか。

スキー人口が大きくなることで日本のスキー場に足を運ぶこともあるだろう。しかし、雪の魅力、スキーの醍醐味を日本の東北3県が発信していくうえでの優先的なターゲットと見なす事はできまい。

珠江デルタこそターゲットでは?

広州、佛山、深圳、東莞からなる珠江デルタ地域は現在、東京を超え、面積・人口ともに東京を超える世界最大の都市圏と言われている。1人あたり国内総生産(GDP)もとりわけ高い。基本的に降雪とは無縁なエリアである。

そして、日本人が見落としがちなのが深圳の存在だ。2016年の時点で同市の常住人口は約1200万人。流動人口を含めれば2000万人に及ぶとも言われる。深圳宝安国際空港には台湾や韓国はもとより、東南アジア各国からの直行便が就航する一大交通ハブである。さらに、陸運・海運の一大拠点として、革新的な発展を続け、スマホの製造やロボット、人工知能(AI)等を通してイノベーションの街として大きな存在感を誇示している。今後、中国各地への高速鉄道の開通も進むことから中国全土のみならず、国際的な玄関口としての機能も発揮してくと見られる。

そんな深圳に対して、日本の東北地方の魅力を打ち出していくのはどうだろうか。同市はもともと移民都市であり、中国全土から人が集まり、他のメガシティーと比べ、居住人口の平均年齢もとりわけ若いという特徴がある。「コト消費」を切り口とした誘客であれば、格好のマーケットだと言えないだろうか。

同市と日本との直行便は少ない。しかし、香港との間の通関は24時間体制でスピーディーな出入境が可能だ。世界最長クラスの海上橋港珠澳大橋(香港-マカオ/珠海を結ぶ橋)や、街の中心部に位置する福田駅から香港国際空港そばの西九龍までを結ぶ高速鉄道が2018年に開通を予定しており、香港から深圳・広州はまさに指呼の間である。

本来、「コト消費」では、東京やそれに準ずる大都市では味わうことのできない体験を可能とするコンテンツが増えていくのが望ましい。特産品や伝統工芸品、特徴的な気候、風景等、どれも地方が持つリソースであり、経済的に疲弊する地域にとっても、村おこしの起爆剤になることが期待される。東北地方への誘客展開についていえば、中国では「南方」の雪の降らない地域に住む若年のプチブル層に「雪の魅力」を売り込んでいくのが効果的と言えないだろうか。観光客の訪日先であるデスティネーションのみならず、訪日時期(季節)を「分散化」させるうえでも意義があるはずだ。深圳をゲートウェイとして、中国全土、香港、台湾、東南アジアへのアプローチを働きかける──そんな切り口でインバウンド展開を実践する自治体の登場を期待したい。

 

 

—————————————–

近藤修一(こんどう・しゅういち)
「Whenever Dalian」編集長
中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994 年、上海に語学留 学。1998 年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクールを上海で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポー ト等の業務に携わる。2002 年10月に中国全土でフリーペーパー事業を展開するメディア漫歩グループに入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の制作等に携わる。2010 年2月に 同社を退社。中国メディアの日本語電子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャンマー・ジャポン」 編集長、フリーランサーとしての活動(翻訳・調査業務等)などを経て、2017 年4月より現職。

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here