日本発の「しぼり」がインドネシアで流行

伝統的なファッションに影響を与える

 

東南アジアの大国インドネシアは、ファッション界でも独自の世界と影響力を有するファション大国でもある。特に世界最大のイスラム教徒人口が生み出すイスラム・ファッションは他のイスラム圏にも影響を与えている。

インドネシアで伝統的なろうけつ染めの「バティック・更紗(さらさ)」、織物の「イカット・絣(かすり)」に割って入る形で新たな染め物「しぼり」が近年大きな注目を集めるようになった。「し

ぼり」の技法には日本伝統の「絞り染め」が色濃く影響し、「SHIBORI」は今ではインドネシア語になりつつある。そんなインドネシアの「しぼり」制作の先駆者の1人と「しぼりファッション」のファッションショーを通してインドネシアの最新ファッション事情を追ってみた。

 

オシャレは女性の本能

2018年3月11日、首都ジャカルタの中心部目抜き通りタムリン通りに面したショッピングモール「プラザ・インドネシア」の一角でファッションショーが開催されていた。

イスラム教徒の女性が着用する頭部を覆う「ヒジャブ」、手首までカバーする長袖、足首までのロングスカートかロングパンツ、胸を強調しない、ゆったりとしたデザインで、もちろん肌の露出は最小限、というイスラムの伝統に即したファッションが基本のショーだ。

とはいえ、オシャレは女性の本能的願望であり、そうした許容範囲は許容範囲としながらも、その中で、色、デザイン、組み合わせなどで最大限の美しさを各デザイナーや各ブランド、工房による工夫を凝らしたファッションが次々とステージに登場。ヒジャブなしのファッション、袖が短く二の腕を露出した服などを自在に着こなすモデルが会場を埋めた女性観客の目を大いに楽しませた。

ステージと観客席の後方には各デザイナーやブランド、工房のブースが設けられ、そこでショーに登場した服をはじめとする「自慢の一品」が飾られ、その場で即売もされている。

ファッションショーと一体化して服の販売促進の場でもあるところは、抜け目のないインドネシアらしい趣向だ。

この日のショーで最も注目を集めたのが「しぼり」の技術で染められた伝統衣装をまとった女性たちによる「しぼりファッション」の服の数々だった。その独自の仕上がりに会場からは驚きの声が漏れ、最も多くカメラのフラッシュが点滅し、写真や動画を撮影する携帯電話がかかげられた瞬間だった。

「しぼり」を出品したのは「ハウス・オブ・ピピ」という独自のブランド、工房を立ち上げたウルピ・ハストゥティさん(57)で、この日はプロのファッションモデルが「しぼり」を艶やかにそして颯爽と披露した。

会場後方の「ハウス・オブ・ピピ」のブースにはショーが終わった直後から、観客の女性たちが次々と詰めかけ、展示されているしぼりを実際に手に取ってそのなめらかな感触を確かめたり、鏡の前で試着したしぼりを楽しんだりする姿が見られた。

伝統的なバティックとイカット

インドネシアはジャワ島やその周辺地域を中心としてろうけつ染めの手法で布地を染める、いわゆる更紗が昔からの伝統産業で、特に「ジャワ更紗」として世界的にその存在は知られている。日本でも通信販売や東南アジア雑貨店、東南アジアの服飾店などで手軽に購入できるし、インドネシア観光旅行のお土産としても定番商品になっている。

バティックにはチャンティンという熱で溶かした蝋を布地に塗る独特の道具を用いる手描きの手法とチャップと呼ばれるスタンプ状の器具を用いる方法、さらにその両方を併用する方法がある。

描かれる文様、デザインは多種多様で、中部ジャワのジョグジャカルタやスラカルタ(別名ソロ)では、かつて王族やその関係者にだけ使用が許される特殊なモチーフがあったほどである。

このほかに黄色が美しいチルボン、花柄が特徴のプカロンガン、魚や船の模様など海洋民族の名残が味わい深いインドラマユ、中国文化の影響が残るラスムなどジャワ島各都市の独特のバティックが知られている。

インドネシアの正装といえば、通常はこのバティックで、現在のジョコ・ウィドド大統領はスラカルタ出身のため、特別な場合には背広ネクタイを着用するが、日常はほとんどがバティックを着て、マスコミに登場している。大統領の身辺警護を担う大統領警護隊の通常の「正装」も揃いの長袖バティックである。バティックは上着の裾をズボンの外に出すのが正式の着こなしのため、警護隊隊員のバティックの裾は必ず膨らんでいる。そこにいざという時のための拳銃を隠しているからで、そういう意味でもバティックは「便利」なのだという。

さらにジャカルタ市内やバリ島を走るタクシー会社「ブルーバード」の青い車体に乗り込んでいる運転手もお揃いの「青地に鳥」の半袖バティックを着用している。

余談だが、ピンからキリまであるインドネシアのタクシー会社、料金のトラブルが絶えないが、このブルーバード社とそのグループ関連会社のタクシーは安心して乗れるタクシーとして、インドネシア人、外国人の利用者も多い。

ワンランク上の「シルバーバード」、全車ベンツの「ゴールデン・バード」と3ランクあり、料金は格が上になるほど高くなるが、「遠回りをしない。料金をぼらない」「清潔」「運転手は英語を理解する」が売りのお薦めタクシーである。1990年代の中頃は最も危険で信用できないタクシー会社があった。その名はなんと「プレジデント・タクシー(大統領タクシー)」で、当時長期独裁政権を維持していたスハルト大統領への不満、当てつけからか、利用者はあまりいなかったという。

ジャカルタ市内の主要なショッピングセンターには必ずといっていいほどバティックの販売店がある。絹製で手染めの1着6~9万円する高級バティックからチャップや機械で木綿やポリエステルなどを染めた数千円の手軽なバティックと多様な価格帯で多種多様なデザインの商品が販売されている。

「ビン・ハウス」「バティック・クリス」などの有名ブランドもあり、1994年のアジア太平洋経済会議(APEC)に集まった各国首脳が着用したバティックをデザインしたバティックのコレクターでデザイナーのイワン・ティルタは世界的に有名だ。この時、日本からは村山富市首相が参加した。

一方、ジャワ島から遠く離れたスンバ島、スンバワ島、ティモール島、フローレス島、スラウェシ島などでは更紗より織物のイカット・絣が中心で、見事な織物文化を今に伝えている。

もっとも絣は女性用のサロン(腰巻)やブラウス、ジャケット、ワンピースとして着用するほか、壁掛け、テーブルクロス、小物雑貨など幅広い用途があり、日本でも通信販売などで購入が可能だ。

しぼりブームの先駆的役割を果たした工房

しぼりの技術そのものは以前からインドネシアでもあり、絞り染めや縫絞りと呼ばれていた。しかし小物や飾り布といった副産物、装飾品が主体で、身にまとう服としての「しぼり」は珍しかったという。

こうしたバティックとイカット中心のインドネシアの服飾の分野に、伝統的なインドネシアのしぼりに日本のしぼりを取り入れて、新たなしぼり服飾の分野を切り開いた1人が前述のウルピさんであり、そのブランド・工房である「ハウス・オブ・ピピ」が今、インドネシアのしぼりブームの先駆的役割を担っているのだ。

ジャカルタ南部アンペラ・ラヤ通りから小路を少し入った一軒家がウルピさんの自宅兼工房兼ショップである。

道路に面した1階の駐車場の一角が工房で、玄関を入った1階、2階が商品の陳列されたショップ。業者から個人購入者までがここを尋ねてきてはお気に入りのしぼりなどを購入するのだ。

工房ではアシスタントの女性2人とウルピさんがしぼった布地を染料に浸し、それを水洗いする作業をしようとしていた。

布地の一部を板や輪ゴム、プラスチックの型やパイプなどで縛り、染料に染まらないようにして色付けをする。そして水で染料を流しながら縛られた部分を解くと、染まった部分と染まっていない部分で見事な文様、模様、濃淡を見せる。「色の濃淡、縛り方、縛った部分への色の浸透などから同じ作品は2つとなく、全てがオリジナルの一品ものになるのがしぼりの大きな特徴であり、魅力です」とウルピさんは強調する。

ウルピさんの工房では5つのしぼりの手法を取り入れている。①イタジメ②アラシ③オリヌイ④クム&カノック⑤カノコである。

イタジメは「板締め」で、三角形や四角形の板を使用してその間に布地を挟んで染料を防ぐ方法だ。アラシは既製品のプラスチック製パイプを使用して布地を縛る方法でお手製のプラスチック製の型を用いるオリヌイとともにウルピさんが考案した独特の手法だ。

クム&カノックに至っては食べ終えたアイスクリームの木製の棒を使い、輪ゴムで布地をぎゅうぎゅうに縛る方式。これもウルピさんのアイデアから生まれたオリジナルのしぼり手法である。

カノコは鹿の子であり、日本の伝統的な鹿の子絞りにヒントを得て、糸で細かいしぼりを作り、日本の鹿の子に近い文様を作り出す方法だ。これらの手法を時には組み合わせることで、女性がまとう服に複数種類のしぼりができ、多彩で多様なしぼりの服が出来上がるという。

 

ストレス発散の趣味として「しぼり」に出会う

ウルピさんは、もともと建設設計が本業で、多くの建築物の設計・デザインに長年携わってきた。ところが近年、ストレスが蓄積し、「リラックスができ、1人で自由にできて、楽しい趣味はないか」と探していたところ、約2年前にしぼりと出合った。

「しぼりの出来上がりの感じ、スタイルを見てこれは自分にあっていると感じました」

しぼりの技術をインターネットや知人から独学で学び、オリジナルの商品を生み出すところまで漕ぎつけた。

もともと建築設計が仕事だったことから「ものを自分で作り出すという点では建物もしぼりも同じ」とウルピさんは話す。いまや趣味が高じて本業を上回る忙しさになっているが、ストレスは感じていないウルピさん、毎日身に着けるのは自ら手掛けたしぼりだ。

ウルピさん自身が手掛けるデザインは、日本の墨流しなどの影響を受け、そこからヒントを得て独自の着想でデザインを考えているという。「インスピレーション(ひらめき、思いつき、直感、霊感などの意味)がとても大事」と語るウルピさんは日本のデザインとインドネシアのデザインの融合で独自の世界を描きだそうと常に心掛けている。

しぼりには同じ物がないことが客を魅了する

ハウス・オブ・ピピの顧客には32年間インドネシアの政権を担ってきたスハルト大統領の娘、ティティ・スハルトさんやインドネシアの諜報機関「国家情報局(BIN)」のブディ。グナワン長官の夫人らが名前を連ねている。誰もが「同じものがない」ことが魅力としてしぼりを愛用しているという。

ビジネスが順調でしぼりファンが増え続けていることからウルピさんは自宅兼ショップ以外に近くジャカルタ市内のショッピングモール「ガンダリア・シティ」や「ワールド・トレードセンター」にショップを出す計画という。

「あくまでも趣味の延長であって、利益追求が目的ではない」と話すウルピさんだけに、求めやすい価格に抑えて、少しでも多くのインドネシア人女性にしぼりを着てほしい、という願いを抱いている。

こうしたピピ・ブランドのしぼりはその珍しさもあって、国会議事堂の本会議場を借りてのファンションショーをはじめとして大規模ショッピングモールでのファッションショーなど忙しい日々を送っている。

「今年(2018年)の独立記念日、8月17日にもファッションショーとしぼりに関するトークショーの予定が入っている」と、インドネシアを代表するバティックとイカットにも負けない存在感を次第に強めている。

ウルピさんの工房を兼ねた自宅には多くの女性用しぼりの服とともに男性用のしぼりシャツも製作、展示、販売されている。薄い青地で染められた男性用のシャツは見るからに涼しそうで、試着させてもらうと、とても着心地がいい。しぼりのペアルックも人気があるだろうと感じた。

そして、工房のあちこちに置かれているのがプラスチック製のパイプ、板と輪ゴムだ。しぼりに使う輪ゴムは使い捨てにするため、大量に必要で、週に1回、市場で輪ゴムを2キロ購入するという。

布地はジャカルタ中心部で商業施設が集中しているタナアバンで購入し、服として縫製するのは専門の職人に任せているがデザインはウルピさん自身がする。

縫製が終わった服が工房に届くと、ウルピさんがしぼりの手法、色合いを考えて、アシスタントに指示、自らも縛り、染め、水洗い、乾燥を手伝う。

他には2つとない独自の作品を生み出す

実際に一通りの工程を工房で見学させてもらった。時間がかかるしぼりは事前に用意されており、「これはイタジメ、これは輪ゴムで絞りました」という布地を駐車場の中央に置かれたテーブル上の染料に順次付け込んでいく。ゴム手袋と前掛け姿で丁寧に揉みこむように布地を染料に染みこませていく作業は一見単純そうだ。しかし「揉みこむ時間で色の濃淡が変わる」とのことで、どのくらいの時間染みこませるか、も製品の出来具合を想像しながら調整しているため、結構難しい作業という。

染料から取り出した布地はすぐ横の大きなたらいにホースからの水を惜しみなく注いで洗い流す。アシスタントとウルピさんが実際に洗って見せてくれた。まあ南国インドネシアなので、1年を通して「水が冷たい」ということはなく、快適な作業工程に見えた。

念入りな水洗いが終わると、布地を絞って染料に染まらないようにしていた部分の輪ゴムや板、糸、型木を手作業で外していく。外すそばから鮮やかな布の白い地の色が現れ、見事なデザインの服の全貌が明らかになった。

あとは洗濯物を干すパイプ製の物干しに広げて自然乾燥を待つだけである。作業開始から約1時間で「ハウス・オブ・ピピ」のしぼりが完成した。

最も神経を使い、細かい手作業が続く「しぼり」の部分は前述の5つの手法をそれぞれ、ウルピさんが簡単に実演して見せてくれた。染料に染まらないように布地の部分をしっかりとしぼる作業は、はっきり言って力仕事に近く、相当な技術と力が必要だと感じ、「ちょっとやらせてもらえますか」という言葉を喉元で留めた。

 

「着心地が良く、風の中を舞う感じ」

3月11日のしぼりのファッションショーは思いのほかの人気と注目で大成功だったという。ショーで披露されたしぼりは大半が絹製品でその素材の軽さを生かし、風に軽やかになびくようにゆったりとしたデザインの服が多く出品された。このほかにも木綿、木綿とポリエステルといった素材の服も披露された。

ウルピさんの作品に共通しているのは、鮮やかな色つかいだ。オレンジや黄色、ピンク、黄緑、藤色といったいわゆる淡い感じのパステルカラーを基本にして、様々な手法でしぼり文様を描いているのだ。

ファッションショーでウルピさんの絹のしぼりを着てステージに立ったモデルの1人は「とても軽くて、着心地が良く、風の中を舞っているような感じでした」と話し、パーティーや公式の場だけでなく普段着としても魅力がある服だとの感想を漏らした。

ウルピさんは「私は、心のままにデザインを考えて、好きなようにしぼりの服を作っているだけで、決して利益を追求するためではない」と繰り返し強調し、少しでもしぼりの裾野を広げようと自宅兼工房では希望者に対して「しぼり教室」を開催して、しぼりの技術を惜しみなく伝授している。

工房「ハウス・オブ・ピピ」のパンフレットには「さあ一緒に楽しさと沢山のアートを学びましょう」と書かれている。実はウルピさんが指導しているのはしぼりの技術だけではなく、最近始めたという「アート・プディング」も含まれている。

インドネシアではお祝い事の際の典型的メニューがある。米をターメリックで黄色く着色したご飯を皿の中央に円錐状に盛り、周囲に鶏や鶏の足のから揚げ、ゆで卵、エビ、野菜などを飾った「ナシ・クニン」である。

その「ナシ・クニン」を全てプリンで作ってしまうという新たな趣味が高じて、今ではプリンの懐石料理として人気を呼び、宴席への配達の注文が入るようになったのだ。

これもアイデアはウルピさんだが、どしどしと希望者に調理法を教えている。プリンに赤や黄色、茶色、白色などを色付けする着想はしぼりの着色から思いついたものという。

しぼりの楽しさについて、ウルピさんは「いろいろなしぼりの手法、色つかいを組み合わせることで限りないバリエーションが楽しめる。色で遊べて出来上がりが予想できないところも魅力」と楽しそうに語る。

4月21日に生まれて

インドネシアでは4月21日は「カルティニの日」という記念日。カルティニ(1879~1904)は、民族解放、女性解放運動の先駆者的存在で女性の国家英雄。この日はインドネシア女性の多くが伝統衣装「クバヤ」を着用してカルティニを偲び、パーティーやシンポジウムに参加する。女性閣僚や著名な女性はこの日ばかりはイベントに引っ張りだこになる。

ウルピさんはそのカルティニと同じ4月21日生まれである。そのことをインドネシア人女性として誇りに感じながら、ウルピさんは今日もしぼりを身に着けて、工房で楽しい時間を過ごしている。独自のしぼりの世界をどう創造するか、予想不能で二つとないしぼりにどう命を吹き込むかを考えながら。

 

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大塚智彦
(おおつか・ともひこ)ジャーナリスト

Pan Asia News 所属。毎日新聞社ジャカルタ特派員、産経新聞社シンガポール特派員などを経て、2014 年からPan Asia News の記者兼カメラマンとして東南アジアを中心に取材活動を続けている。現在、インドネシアの首都ジャカルタに在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、「ジャカルタ報道2000日──民主国家への道」(小学館)がある。

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