激変する航空業界はどこに向かうのか

レガシーキャリア vs LCC

激変する航空業界はどこに向かうのか

LCC(格安航空会社)の登場で、世界の航空業界は戦国時代に突入した。レガシーキャリア(既存の大手航空会社)は安閑としてはいられず、シェアを奪われつつある。航空業界の下克上が進んでいく──。しかし、レガシーキャリアもただ、手をこまねいているわけではない。対抗策を取って、逆襲を開始した。結果、チキンレースのような状況になっている。運賃をさらに下げていくか。さらなるサービス向上を目指すか。激変する航空業界の現状と未来を検証する。

 

ビジネストリップで重要なのは時間に遅れないこと

ビジネストリップにLCCを使うことができるか──。

これは多くの企業が悩むところかもしれない。LCCが安いことはわかっている。うまく使えば、出張経費の節減につながる。しかし仕事で使うとなると二の足を踏む。

ひとつは運行スケジュールへの不安である。クライアントとのアポイントメントがある。遅れるわけにはいかない。

一時期、LCCは大幅に遅れることがあった。LCCは経費を節減するために、予備の飛行機を持たない。ある便が遅れたとする。その機材はすぐに別の路線で使うスケジュールが組まれている。となると、玉突き式に次の便が遅れる。影響は広がり、2~3時間の遅れが出てきてしまう。午前中の便は比較的遅れないが、午後になると大幅にスケジュールが乱れてくるという傾向もあった。

しかし最近のLCCは、かなり改善された。LCCもそういった悪評をかなり気にしていた。そこで予備機を持ったというわけではない。スケジュールを遅らせないノウハウが身についてきた気がする。実際、いまのLCCはほどんど遅れはない。

では、LCCをビジネストリップに使えるだろうか。躊躇する人はまだ多い。
理由はトラブルに対する対処だろうか。飛行機の運航は天候に左右される。台風や強風などに見舞われると、一斉に運休になってしまう。それは従来の航空会社群であるレガシーキャリアとLCCは同様である。そして天候が回復すると、一気に乗ることができなかった客のために飛行機をやりくりする。そこでレガシーキャリアは予備機を使って増便する。ところが、機材に余裕がないLCCはそれができない。

僕も何回かこのシーンに遭遇してる。

「航空券代を返却するので、他社便にしてほしい」

と言われたことが何回かある。LCCの場合、それを自力で行なわなくてはいけないことが多い。その局面では、他社便も混みあっているわけだから、そう簡単に振り替えることはできない。ビジネストリップを考えたとき、これでは困るのだ。

出張の多いビジネスマンは、マイレージの上級会員になっていることが多い。それもトラブルを避けるためだ。ひとつの便が欠航になったとき、上級会員は優先的に振り替えてくれる。お得意様へのサービスということだろう。

アジアへの出張が多いビジネスマンは、スターアライアンス系の上級会員になっていることが多い。世界のレガシーキャリアは、いくつかのグループに分かれている。それを航空業界ではアライアンスという。同盟という意味合いになる。世界のレガシーキャリアはいま、スターアライアンス、ワンワールド、スカイチームのどれかに属していることが多い。そのなかで、アジアではスターアライアンスと言われるのには理由がある。加盟している航空会社に、アジアのレガシーキャリアが多いのだ。

アジアのレガシーキャリアのなかで、スターアライアンスに加盟している主な航空会社は、次の7社だ。

 シンガポール航空
 タイ国際航空
 全日空
 アシアナ航空
 エバー航空
 中国国際航空
 エアインディア

その路線を見ると、アジア全域をカバーしてしまう。

欧米に目を向けると、ユナイテッド航空、ルフトハンザ航空、エアカナダ、スイス航空などだ。

上級会員はシルバー、ゴールドなどに分けれているが、ゴールド以上の会員になるとさまざまな特典がある。空港のラウンジを利用できるといったこと以外に、同じアライアンスのなかで他社便に変えてくれることがある。たとえば、東京とバンコク。タイ国際航空に予約を入れていたが、何かの理由で、その便が1時間遅れたとする。そのとき、全日空便に席があれば替えてくれるのだ。僕もバンコク─ソウル線で体験している。アシアナ航空に予約を入れていたのだが、その便が30分遅れるという。するとその場で、ほぼ同じ時間に運航しているタイ国際航空に振り替えてくれた。同じことがバンコクとシンガポールを結ぶシンガポール航空とタイ国際航空の間でもあった。

ビジネストリップを考えたとき、このサービスはありがたい。約束の時刻に間に合うのだ。その意味で、アジアではスターアライアンスということになる。

運賃が高くても安くても飛行時間は変わらない

世界の航空業界はここ30年、大きなうねりのなかにいた。そのきっかけをつくったのはLCCである。ローコストキャリア、格安航空会社である。いまや世界的にLCCという名称が定着した。

LCCが生まれたのは1990年代の欧米である。その原型は、アメリカの中規模航空会社、サウスウエスト航空だと言われている。そこにはさまざまなノウハウがあった。

機内食の廃止や有料化。飛行機の機種を燃費のいい中型機に統一し、パイロットの免許取得を楽にしていった。預ける荷物も有料にし、座席の指定にも料金をかけていった。座席の感覚を狭くし、1機あたりの座席数も増やしていった。

そういったさまざまな工夫は、それまでのレガシーキャリアのサービスをそぎ落とし、そこで浮いた経費を航空券代に還元していくという手法だった。

その背後にあるものは、「飛行機はもう、高級な乗り物ではない」という発想だった。レガシーキャリアは、飛行機に乗ることができる富裕層へのサービスという世界を進んでいたが、その逆の発想でLCCは生まれたといってもいい。

そこから導きだされたものが人件費を低く抑えることだった。飛行機はもう、庶民の乗り物なのだから、そこで働く人にも特別な給料を支払わないという発想である。その結果、パイロットや客室乗務員の給料はレガシーキャリアの30%ほどになったという。

インターネットの広がりもLCCの普及を支えていった。それまでの航空券は、航空会社からホールセラーという問屋に卸され、それを旅行代理店というリテーラーが販売していった。その中間業者を排除し、乗客が直接、航空会社から航空券を購入する。航空会社は直営オフィスを市内に持たない。

それを可能にしていったのが、家庭に入りはじめたパソコンと、そこからつながったインターネットだった。それによって、ホールセラーや旅行代理店への手数料がなくなり、直営オフィスを運営する経費も削減された。

欧米に生まれたLCCは、2000年に入り、アジアに飛び火していく。フィリピンのセブ・パシフィック航空、マレーシアのエアアジアなどが次々に生まれていく。

LCCの登場はレガシーキャリアにとっては脅威だった。いままでの運賃の半分、いや3分の1という運賃を打ち出すわけだから、当然、乗客はLCCに流れていく。多くの国でLCCを制限する動きが出てくる。こういった状況に対し、LCC側はこう説明していった。

「LCCはレガシーキャリアの乗客を奪うわけではなく、いままでバスに乗っていた人々を飛行機に集めていく」

一面、正しかった。LCCが打ち出す運賃は、たしかにバス運賃並みだったからだ。

いくら旧勢力が対抗したところで、安い運賃になびいていく流れは止められない。LCCはアジアでも、一気にその路線を増やしていった。荒っぽい統計だが、いま、世界の航空業界でLCC は40%ほどのシェアを占めるようになったとも言われている。

 LCCは中・短距離路線に特化した航空会社群だった。使う飛行機はエアバスA320、ボーイング737に統一されることが多かった。燃費のいい中型機である。この種の飛行機の飛行時間は4~5時間まで。得意にするのは、1時間、2時間といった中・短距離路線だったのだ。

その世界では一気にシェアを高めていく。レガシーキャリアのなかには、自らLCCを設立し、中・短距離路線はその会社に任せるという方向を打ち出すところも少なくない。アジアでは、マレーシア、タイ、インドネシアにその傾向が強い。

しかし勢いのあるLCCのなかには、長距離路線へ進出しはじめるところが出てくる。アジアでいえば、日本と東南アジアを結ぶ路線にその傾向が出てきた。

エアアジアは長距離路線を飛ぶエアアジアXをつくり、マレーシアやタイと日本、韓国、中国に就航させた。シンガポールのスクートもボーイング777という長距離向けの飛行機で日本との間を結びはじめた。

 

競争の激化で航空運賃が下がっていく

しかし長距離LCCには、中・短距離で一気にシェアを増やしていったような勢いはない。専門家に言わせると苦戦しているとも言われる。

試みに実際の運賃を見てみる。10月下旬に調べた、東京―バンコク往復の運賃である。東京出発の往路が12月5日、バンコク出発の復路が12月12日として、スカイスキャナーという検索サイトで調べてみた。運賃の安い順に並べるとこうなる。

ベトナム航空
3万1250円
往路スクート、帰路エアアジア 
3万1720円
エアマカオ
3万1802円
中国国際航空
3万2688円
往路スクート、帰路エアマカオ 
3万6095円
香港航空
3万7747円

安い順の6社だが、そのなかにLCCは2社しか登場しない。しかしこの運賃を単純に比較することはできない。すでにお話ししたように、LCCは預ける荷物が有料で、機内食や座席指定も有料である。預ける荷物はLCC各社によって若干違うが、20キロまででだいたい3000円から4000円といったところだろうか。仮に往復で荷物を預け、座席を指定し、有料の機内食を食べたとすると、8000円から1万円が加算されてしまう。ベトナム航空、エアマカオ、中国国際航空といったレガシーキャリアより、5000円から1万円近く高くなってしまうのだ。

いまの乗客はLCCに慣れてきている。表面的な運賃だけを比較して、予約に走ったりはしない。こういう運賃の比較のなかに置かれると、LCCは完全に高い航空会社ということになってしまう。
LCCは機内サービスを省略する傾向があるから、機内での映画もない。こうして比べると、LCCの旗色はますます悪くなってしまうのだ。

LCCが生きる道は、さらに安い運賃を打ち出すことかもしれないが、そこには限界があるのだろう。集客率が高まっていけば、それも可能なのかもしれないが、こうして運賃を比べると、安さを優先する人は、ベトナム航空、エアマカオ、中国国際航空の予約に走るだろう。LCCはなかなか苦しい局面に置かれているわけだ。

これをひとつのLCC効果とみる向きもある。中・短距離路線で一気にシェアを拡大していったLCCに対し、レガシーキャリアも対抗していった。そこで取り込んでいったのは、LCCが低価格を導き出すノウハウだったと言われる。LCCが安い運賃に辿り着いた裏には、乗客が気づかないさまざまな手法がある。空港利用料を安く上げる工夫もそのひとつだろうか。人件費を安くするために、客室乗務員を別会社にし、そのスタッフで運航しているレガシーキャリアもある。そういった企業努力のなかで、レガシーキャリアも運賃を下げていったというのだ。つまり、LCCに刺激されて航空運賃全体が下がっていったわけだ。

利用する乗客にしたらうれしいことだが、航空会社にしたら厳しい時代に入っていったということになる。

しかしレガシーキャリアが安い運賃に傾いてきたことは、海外旅行をずいぶん楽にしてくれた。LCCにはどこか、機内で長い時間を耐える……といったイメージがつきまとうが、レガシーキャリアには伝統的にそれがない。機内食が楽しみという乗客もいる。レガシーキャリは、各シートの背にモニターが組み込まれた機種を使っているところが多い。そこで好みの映画も観ることができる。ゲームやアニメもあるから、子供を連れた搭乗も負担が軽くなる。荷物が増えても、レガシーキャリアは一般に20キロ前後まで無料で預けることができる。

中・短距離路線は、すでにLCCの牙城である。しかし長距離となると、レガシーキャリアに分が上がる。飛行機旅に慣れてきた人はすでに、LCCが安いという概念を捨てつつある気がする。

サービスより運賃か運賃よりサービスか

アジアの航空業界は、いま新たな動きが出てきている。レガシーキャリアが子会社として設立させたLCCが勢いをつけてきていることだ。

全日空のピーチ・アビエーションやバニラエア、アシアナ航空のエアソウル、大韓航空のジンエアー、タイ国際航空のノックエア、シンガポール航空のスクート、ガルーダ・インドネシア航空のシティリンクなどだ。

それに対してエアアジア、ライオンエア、ベトジェットなどの独立系LCCがある。この大きなグループのなかで、集客競争が繰り広げられているといってもいい。

レガシーキャリアはLCCを自らのなかに取り込もうとしているわけだ。しかしこの動きに対して、批判的な意見もある。すべてがレガシーキャリアに染まっていくと、最終的には運賃は上がってしまうのではないかと危惧が生まれているわけだ。そのあたりは今後の動きを見ていかなくてはいけないことになるが。

もうひとつは、レガシーキャリアとLCCの中間を狙った航空会社群である。東京とバンコクを結ぶ運賃比較を振り返ってほしい。6番目に安い運賃を出している香港航空などはそのクラスに映る。僕はこういった航空会社群を勝手にMCCと呼んでいる。ミドル・コスト・キャリアである。

香港航空は機内食が無料で、預ける荷物も料金が発生しない。一見、レガシーキャリアに映るが、マイレージプログラムや機内食など、やはりレガシーキャリアとは見劣りしてしまう。しかし運賃はかなり安い。それでいいじゃないか……といった客層を狙っているように映る。

タイ国際航空の子会社であるタイ・スマイルもその傾向を持っている。機内食や預ける荷物は、タイ国際航空と同じだが、スターアライアンスには加盟していないから、タイ国際航空のマイレージにしか加算されない。しかし、かなり安い運賃を打ち出している。キャセイパシフィック航空のキャセイ・ドラゴン航空もこの範疇に入ってくる色あいを持っている。

アジアにLCCが登場してから20年。LCCはその存在感を高めてきたが、ここにきて、その勢いに陰りが見えてきている。レガシーキャリアが、従来のサービスのまま、運賃を下げてきているからだ。その傾向は長距離路線で明らかになりつつある。

アジアでは、中・短距離はLCC、長距離になったらレガシーキャリアという色分けができつつある。とにかくLCCが安いという時代は終わってきている。

LCCはサービスがないことで安い運賃を導いているから、ある意味、どんなフライトになるかの予測ができる。しかしレガシーキャリアはさまざまなサービスがあるため、それを上手く利用していくという利点がある。これからは、レガシーキャリアをどう上手く使いこなしていくかという段階に入っているようだ。

 

下川裕治(しもかわ・ゆうじ)

作家。元新聞記者。慶応義塾大学経済学部卒。主な著作に、『本社はわかってくれない─ 東南アジア駐在員はつらいよ』(講談社現代新書)、『12万円で世界を歩く』(朝日文庫)、『バンコク探険』(双葉文庫)、『海外路上観察学 ぼくの地球歩きノート』(徳間書店)、『ホテルバンコクにようこそ』(双葉文庫)、『バンコクに惑う』(双葉文庫)、『アジアの誘惑』(講談社文庫)、『アジアの弟子』(幻冬舎文庫)、『バンコク子連れ留学』(徳間文庫)、『アジアの居場所』(主婦の友社)、『僕はLCCでこんなふうに旅をする』(朝日文庫)、『タイ語でタイ化』(双葉文庫)、『タイ語の本音』(双葉文庫)、『アジアの友人』 (講談社文庫)、『バンコク迷走』(双葉文庫)、『「生きづらい日本人」を捨てる』(光文社新書)、『週末アジアでちょっと幸せ』(朝日文庫)、『週末バンコクでちょっと脱力』(朝日文庫)『日本を降りる若者たち』(講談社現代新書)等がある。

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