禁酒国家を目指すインド

少ない娯楽にさらなる制限

世界で存在感を増すアジアの超大国インド。経済成長も著しく、今や同国の動きは誰も無視できなくなっている。が、高額紙幣の廃止など、先進国ではあり得ない施策がある日突然行われたりする国である事も否定できない。今年4月からは、事実上の「禁酒令」が発令された。インドは一体どこに向かうのか──。「禁酒令」施行後のインドの現状を報告する。

 

最高裁判所が「禁酒令」

インドの最高裁判所は2017年3月31日、4月1日から国道と州道から500メートル内での酒類販売を禁止した。酒屋のほか、ホテルや飲食店での提供も原則禁止された。昨年12月に同様の通知をすでに発令していたが、対象を拡大して改めて通達を出した。

禁止の目的は飲酒運転の撲滅だ。国家犯罪記録局(NCRB)の最新の報告書によると、2015年の交通事故は46万4674件に上った。このうち、飲酒・薬物による交通事故は1万6298件だった。件数は年々減少しており、2010年の3万1000件から半減した。しかし、飲酒による事故では死亡率が高い。スピード違反や無謀運転による事故に死亡率が約3割なのに対し、飲酒・薬物は4割を超え、2015年は6755人が死亡した。

飲酒に関するニュースも後を絶たない。南部アンドラプラデシュ州では4月21日、飲酒運転のトラックが人混みにつっこみ、15人が死亡、19人が重軽傷を負った。家庭内暴力や女性に対する性犯罪も多いと言われる。南部ケララ州では犯罪の7割が、飲酒によるものとされ、州内人口の約5割が禁酒に賛成しているという。

日系企業に勤める駐在員が多く住むデリー首都圏(NCR)でも、酒が飲める場所が一夜にして消え去った。北部ハリヤナ州グルガオンでは、「セクター29」や「サイバーハブ」といった飲み屋で、酒の提供が中止された。デリーNCRには国道8号線が突き抜けるように通っている。インドの格付け大手クリシルの調べでは、域内にある5つ星ホテルの25%が8号線沿いに位置し、今回の禁酒令で影響を受けている。高級ホテルに限れば、都市別で西部マハラシュトラ州プネが最も打撃を受けており、国道沿いで運営するホテルは市内の71%に上るという。

抜け道を模索する飲食店

ただ、禁酒令から1か月経過し、酒の提供を再開する飲食店も増えてきた。グルガオンの最大の飲み屋街サイバーハブは5月に入り、当局から酒販売の認可を取得。バーや飲食店約30店舗が酒の提供を再開した。これに先立ち、セクター29や国道沿いのホテル「リーラ」なども認可を取得している。認可取得の背景には、国道からの距離の測り方にある。サイバーハブを例にとると、これまでエントランスとして使用していた駐車場のゲートが、国道8号線から500メートル内にあった。これを閉鎖し、エントランスを裏側へ移動することで、国道からエントランスまでの移動距離を500メートル以上に引き延ばした。こうした手法を利用する飲食店が多く、店前に壁を立てて迷路状にし、500メートル以上と主張する店も出てきているという。さらに、州政府の間では、州道を県道や市道に格下げし、適用除外の動きが出ている。西部マハラシュトラ州や西部ラジャスタン州、北部ヒマチャルプラデシュ州、北部ウッタラカンド州の州政府らが、幹線道路を市道に変更したという。抜け道はこれだけではない。最高裁が出した禁酒令には例外がある。北東部のシッキム州とメガラヤ州は、酒店の9割が国道・州道沿いにあるとして、禁酒令から外れている。北東部アッサム州グワハティのある酒店の店主は、「州内の酒店の7割が閉店に追い込まれた」と指摘した上で、「住民は隣接するメガラヤ州から酒を手に入れるだろう」と話す。他州でも同様に、違法取引が広がる可能性がある。

 

闇酒の拡大も否定できない。2015年には西部マハラシュトラ州ムンバイで100人以上が飲酒により死亡した。被害者は全て市内のスラム街の住人で、破格な値段で売られていたメタノール入りの酒を飲んだことが原因とされる。販売業者は酒販売のライセンスを持っておらず、50ミリリットルを10ルピー(※=39ページを参照)程度で売っていたという。闇酒の消費で死者が出たのはこれが初めてではない。2015年1月には北部ウッタルプラデシュ州で約30人が死亡。2011年には東部・西ベンガル州で約170人、2009年には北部ウッタルプラデシュ州で約30人、同年に西部グジャラート州で100人以上が犠牲になっている。某20代のインド人は、「深夜、酒店が閉まった後にスラム街へ酒を買いに行ったことがある」と話す。違法に作られた酒と承知の上で購入する若者も少なからずいるようだ。

 

「禁酒令」施行で数百億ルピーの投資案件が白紙になる

一方、今回の最高裁の決定によるホテルや飲食店への打撃は大きい。インド・レストラン協会(NRAI)は、禁止による損失は年間6500億ルピーから1兆ルピーに上ると試算している。100万人分の雇用に影響が出るとし、数百億ルピーに上る投資案件が棚上げされる可能性も指摘した。実際に、「ラディソン」などの名でホテルを展開する米カールソン・レジドールは、計画が進んでいる開発事業の3割が高速道路沿いに建つ予定だった。現在進行中の案件も影響を受けたようだ。ある投資銀行では、ホテルとパブの新設で少なくとも2件、金額にして4000万米ドルの融資案件に待ったがかかったという。酒造企業にも影響は広がる。デンマークのビール大手会社カールスバーグは、禁酒令が発令される前の今年2月、地場2社と提携して増産に乗り出す意向を示していた。外資酒造企業の投資計画にも不透明さが漂う。

 

禁酒に向かう州が増加

そもそも、インドには禁酒州なるものが存在する。モディ首相の出身地である西部グジャラート州と東部ビハール州、北東部のナガランド州とマニプール州、ラクシャディープ諸島だ。南部ケララ州は段階的に10年間で禁酒州へ移行する方針を打ち出している。東部ビハール州は昨年4月に禁酒州を宣言し、丸1年が経過した。果たして、禁酒が州経済に好影響をもたらしたのか。州の酒税の徴収額は年500億ルピーに上っていたとも試算され、州政府は歳入の穴埋めを急いでいる。昨年は違法に州内へ持ち込まれた酒100万リットルが押収された。警察などによる捜査では4万4000人が逮捕された。ビハールでは酒の製造や販売に対して死刑を科しているが、効果は薄いと言えるだろう。

南部タミルナド州でも2016年5月に州営の酒店500店が、今年2月に追加500店が閉鎖された。対象となったのは、寺院やモスク、学校などの近くにある店舗。同州での酒類の販売はタミルナド州マーケティング公社(TASMAC)が独占しており、売上高は年間2000億ルピーを超える。TASMACの売り上げは州の歳入の3割を占める。同州では州民の5割が禁酒を支持しているという。最高裁の判決を受け、禁酒州への移行を決断する州も出てきた。中部マディヤプラデシュ州と中部チャッティスガル州だ。2州の首相は共に、ヒンズー至上主義の立場で知られる国政与党、インド人民党(BJP)の所属だ。今後はBJPが政権を握る西部のマハラシュトラ州とラジャスタン州などでも禁酒運動が勢いづくとの見方も出ている。

 

票獲得が本当の狙いか

禁酒の最大の理由は、やはり交通事故の撲滅だろう。NCRBの統計によれば、禁酒州と非禁酒州を比べると、飲酒運転による交通事故の件数は禁酒州の方がはるかに少ない。2015年のデータを見ると、南部ケララ州は162件。州内の交通事故全体に飲酒運転が占める割合は0・41%だった。西部グジャラート州は59件の0・25%、北東部ナガランド州は0件だった。一方、飲酒が認められている州では、南部タミルナド州が818件と最も多い。交通事故全体に占める割合で見ると、東部ジャルカンド州が14・8%と最高だった。こうして見ると、禁酒令による交通事故の削減は理にかなっているように思われる。

 

また、インドではドライデーと呼ばれる日が年数日ある。選挙当日や大事な祝日などがそれに当たる。この日は待ちの酒店は全て閉まり、飲食店でも酒の提供はしない。ドライデーにはあらゆる手を使って酒を出す店もある。南部ケララ州の飲食店では、新聞紙でビール瓶を包んで酒を売っていた。店主は「特に観光客が少ないシーズンは、酒を売らないと商売にならない」と嘆く。「警察が来たときに目に付かないようにとビール瓶をテーブルの下に隠すように」と念押ししてまでリスクを取っていた。見つかれば店じまいは避けられないだろう。

 

禁酒宣言の背景には政治的要因が大きいとの見方もある。禁酒を支持する女性の票を得るために、選挙で公約として掲げる政党が多いという。特に農村部や貧困層の間では、飲酒は娯楽というよりも直接的にアルコール依存症と見なされる傾向が強く、各地で女性らの禁酒運動の原動力となっている。昨年死亡した南部タミルナド州のジャヤラリタ州首相は、州内の酒店閉鎖を推し進めていたが、やはり女性の支持者がかなり多かったようだ。南部アンドラプラデシュ州でも、1990年代に禁酒を公約に掲げて勝利した政治家がいた。ラマ・ラオ氏は、女性が結託して禁酒運動に励んでいるのに目を付け、公約に禁酒を掲げることで選挙に勝った。

 

しかし、同州では歳入減の原因になっているとして1997年に禁止令を廃止された。北東部ミゾラム州も、17年間の禁止の後に飲酒を許可した。禁酒が成功しているのは、現在のところ西部グジャラート州のみと言えるかもしれない。同州では数十年も禁酒が続いている。特に女性が禁酒を神聖なこととして見なしているためとされる。ただ、西部グジャラート州では、外国人は簡単に酒を買うことができる。空港の酒店などで許可証を入手すれば購入が可能という。また、州内の高級ホテルでも酒を提供している施設もある。

 

アルコール飲料の広告が全面的に禁止

さらに、国内ではアルコール飲料の広告が禁止されている。屋外広告からテレビコマーシャルまで全て違法だ。では、いかにして酒造企業は販促活動をしているのか。同じブランド名で、アルコール飲料ではない商品を出す、というのが1つの答えのようだ。例えば、デンマークのビール「ツボルグ」は、インドでノンアルコールビールのコマーシャルを流していたことがある。同じブランドで、映像に出てくる瓶も、普通のビールと見た目は変わらない。よく見ていないと、ノンアルコールかどうか分かりづらいコマーシャルだ。

 

地場ビール「キングフィッシャー」は、フェイスブックのような同名のソーシャルメディアサイトを作って宣伝していた。このほかにも、関連製品や炭酸水などのノンアルコール飲料を販売することで、主力であるアルコール飲料のブランディングを図り、知名度を上げるなどの手法を用いる企業が後を絶たない。酒造企業の広告支出も増えている。2016年上半期の支出額は前年同期比6割増の16億ルピーを超えた。うちテレビが9割以上を占め、残りが紙媒体だった。一方で、こうしたアルコールを連想させるような関連広告が子どもに悪影響を及ぼしているとの調査もある。未成年の飲酒に関して、広告を見た子どもとそうでない子どもの間には、飲酒の回数や量に差があるという。最高裁判所は4月下旬、こうした関連広告も認めない方針を示した。しかし、中央政府による法律の施行が進んでいないのが現状だ。

 

インドから完全に酒が消える日は来るのか

しかし、インドでは禁酒令にもめげず、酒市場は拡大していくことが予測されている。外国ブランドの国産酒の市場規模は、2016年末に1兆4000億ルピーに達した。今後も年平均5・2%で伸び続け、2026年に3兆ルピーに拡大する見通しだ。ビールの販売量も2021年までの5年間は年平均7・5%で拡大すると試算されている。米格付け会社フィッチ・グループによると、インドのビール消費量は2016年時点で1人当たり4・6リットル。アジアの新興国では1人当たり平均57リットルで、インドは際だって少ないが、長期にわたり潜在性があるという。

やや古いデータではあるが、全国標本調査機構(NSSO)が最後に調査した報告書によると、2011/2012年度の1週間の酒消費量は、都市部では1人当たり96ミリリットルだった。都市部以外の農村部は220ミリリットルと、都市部を大きく上回っている。農村部で最も消費されている酒はヤシ酒で、1週間の消費量は1人当たり95ミリリットル。次いで、国産酒(94ミリリットル)、海外ブランドの酒(18ミリリットル)、ビール(13ミリリットル)と続く。ヤシ酒の消費が多く、ビールが圧倒的に少ない。一方、都市部に目を向けると、ヤシ酒の消費は9ミリリットルと最も少ない。国産酒が42ミリリットルで最も多く、ビール(24ミリリットル)、海外ブランドの酒(21ミリリットル)となっている。州別にみると、ヤシ酒の消費が最も多いのは南部アンドラプラデシュ州だった。国産酒とビール、外国ブランドの酒では、北東部アルナチャルプラデシュ州が首位。ヤシ酒を除いて、同州での酒消費が活発であると言える。

現在はヤシ酒の国内での販売は禁止されているが、生産地である南部のタミルナド州とケララ州、カルナタカ州では外国ブランドの国産酒を禁止して、ヤシ酒の販促を主張する農家もいるという。

インドの酒造企業の業績も伸びている。「マクドウェルズ」や「ロイヤル・チャレンジ」などのブランドでウイスキーやブランデー、スコッチなどを販売している国内最大手のユナイテッド・スピリッツは、2016年に売上高909億1920万ルピーを計上した。2015年に前年比でやや落ち込んでいるが、2016年は2012年の765億98900万ルピーから約2割増と堅調に伸びている。純利益は2014年~2015年は赤字に転落したが、2016年は98億1170万ルピーを計上した。業界第2位のユナイテッド・ブリュワリーズは赤字に落ち込むことなく、底堅く成長を維持している。2016年の売上高は2 0 1 2 年比で4 割増の508億1480万ルピー、純利益は総2・3倍の29億4570万ルピーだった。

 

ただ、3月末の最高裁判所の決定で、酒造企業の株価は一斉に下がった。事業戦略の見直しを余儀なくされた企業も多く、前方には霧が立ちこめる。反面、飲酒運転や違法取引の撲滅に禁酒令は効果的ではないとし、啓発活動の推進を支持する声も多い。最近では、高速道路などに交通ルール順守を訴える電光掲示板や、飲酒運転の危険性を訴える広告が複数出現。街中でも、スピード違反を取り締まったり、週末の夜には1台1台止めて飲酒検査をしたりする警察官の姿も見かけるようになった。ホテルや飲食店の協会の働きかけで、最高裁は3月31日の通達を見直す可能性も出てきた。最終判断は7月中旬に下される見通しだ。

 

結論として、インドから酒が消える日はおそらく来ないであろう。州政府の重要な歳入源であることは間違いないし、票獲得のために禁酒を公約に掲げたとしても、確固たる政策が欠けているのが現状だ。しかし、禁酒運動を受けて違法取引や闇酒の製造など、犯罪が増える可能性は大いにある。いきなり禁酒令といった過激な行動に出るのではなく、娯楽としての楽しみ方を国民に教える方が有効ではないだろうか。

 

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山内 優(やまうち・ゆう)

ジャーナリスト。滞印歴は3年。東京都内の私立大学文学部を卒業後、ベンチャー企業などを経て、インドへ渡る。日系メディアの記者として、主にインド経済情報を毎日発信している。インドに進出している日系企業にとどまらず、インド大手企業のトップへのインタビューを実現させるなど、精力的な取材を続ける。

 

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