米中貿易戦争はどうなるのか

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世界経済に不安が広がる

米中貿易戦争はどうなるのか

アメリカと中国の関税引き上げ合戦に端を発して、世界の株式市場は急落し、世界経済の先行きに対して大きな不安材料となっています。
最近は、東南アジア各国の近未来の経済状況はどうなるのか?
というご質問を多くの方々からいただいておりますので、今回は米中貿易戦争を切り口として、東南アジア諸国の貿易や経済にどのような影響が見込まれるのかを検証してみたいと思います。

 

米中関税引き上げ合戦の経緯

中国のGDP(国内総生産)は2017年にアメリカの63・2%に達しました。この勢いが続けば、早ければ2023年、遅くとも2027年には中国のGDPはアメリカを抜いて世界一となります。こうした「知的財産侵害」を梃子にした中国の経済発展、南シナ海などでの「軍事的横暴」「一帯一路」政策による海外進出などへの「苛立ち」が、アメリカの世論や議会がトランプ大統領の対中姿勢の「警戒」から「敵対」への変化を支持している原因と思われます。

アメリカと中国はお互いに最大の貿易相手国で、アメリカから中国への輸出は1308億ドル、中国からアメリカへの輸出は5065億ドルです(アメリカの3757億ドルの貿易赤字)。

中国はアメリカに対する投資額で第10位ですが、アメリカは中国に対する投資額では、シンガポール、韓国、日本に次ぎ第4位となっています。

6月にトランプ大統領が、第1弾として中国の対米輸出品340億ドルに対して25%の関税上乗せを発表し、7月6日に発動しました。

中国はただちに同額の340億ドルのアメリカの対中輸出品に対する関税上乗せの報復措置を実施しました。

これに対してトランプ大統領は8月7日に知的財産侵害に対する制裁関税第2弾として、半導体、電子部品、プラスチック・ゴム製品、鉄道車両、通信部品、産業機械など279品目160億ドル分に対する25%の関税上乗せを発表し、8月23日に発動しました。中国は同額の160億ドルの関税上乗せの報復措置を実施しました。

9月24日、トランプ大統領は、中国の対米輸出品2000億ドル分に対し、10%の懲罰関税を課しました。

中国はすかさずアメリカからの輸入品5207品目600億ドルに対する関税上乗せを発表しました。上乗せする関税率は品目によって、25%、20%、10%、5%の4段階で、最大の25%は液化天然ガス(LNG)などです。

この中国の発表を受けて、トランプ大統領はさらに2670億ドル分についても10%の上乗せ関税を課すと発表し、中国からアメリカへのすべての輸出(総額5065億ドル)に対し、懲罰関税がかけられる見通しが強まりました。この上乗せ関税率10%は2019年の元旦から25%に引き上げられます。

中国はすでにアメリカから中国への輸出1308億ドルの内1100億ドルに報復上乗せ関税を課した事になりますが、残りの200億ドルは、航空機など中国がアメリカから輸入せざるを得ない物品なので、これ以上の対抗措置は中国には残されていないのが実情です。

アメリカと中国は10月に貿易交渉を予定しておりましたが、今回のトランプ大統領の懲罰関税の拡大を受け、中国は交渉を拒否したために、年内の妥結は不可能となり、アメリカの対中課税率が来年早々から25%に上がるのは不可避の状況となりました。

 

米ドルの金利が上昇する

従来は、アメリカが世界貿易で輸入超となっていても、対米輸出で米ドルを稼いだ国がアメリカの財務省証券を購入する事でアメリカ財務省証券10年物の金利は長らく3%以下に収まって来ました。

ところが、「米中貿易戦争」で中国の対米輸出が減少すれば、中国によるアメリカ財務省証券の買いが止まり、逆に売られますので金利上昇要因となります。

事実、アメリカ財務省証券の10年物の金利は3%超が常態化して来ております。

トランプ大統領は、 FRB(米連邦準備理事会) が金利を上げるのは怪しからんと怒って見せていますが、アメリカの金利の上昇要因は、トランプ大統領が「アメリカ第一」主義=「アメリカ独り勝ち」主義を掲げ、米中貿易戦争に突入した貿易政策そのものと言えるのではないでしょうか?

 

金利上昇 ⇔ アメリカ株式市場の活況?

一般的には金利が上昇すれば株式市況は弱含みとなりますが、トランプ大統領は11月の中間選挙の勝利を目指してアメリカの株式市場を何が何でも高騰させようとしているように見受けられます。

アメリカの大企業が海外で稼いだ資金をアメリカに還流させるために、利益金をアメリカに戻しても課税しないように税制を改定しました。その結果、S&P(Standard & Poor’s)500社が海外オフショア市場に保有していた2兆ドル以上のかなりの部分がアメリカに還流したと言われています。

この巨額資金は大手企業の自社株買いにも使われ、今年のアメリカの自社株買いは昨年比50%増の1兆ドル超になる見通しで、アメリカの株式市場の活況の最大の要因と言われています。

新興国からの資金が流出

米ドル金利が高まり、しかも株式市場が活況を呈するとなれば、アメリカ企業は高コストとなる新規借り入れを嫌い、海外に保有する剰余金のアメリカへの還流や、投資ファンドの発展途上国からの投資引き上げが顕在化します。

悪い事は重なるもので、新興国の国や企業が発行している債券が2018年から大量に償還を迎えます。

調査会社ディールロジックによれば、今後3年で満期を迎え償還が必要になる債券は3兆2297億ドルにのぼります。内訳は国債が1割、社債が9割で、合計した償還額は2018年に8919億ドル、2019年に1兆1000億ドル、2020年に1兆2000億ドルと毎年増えて過去最高の更新を続けます。

償還額の多くを占めるのが中国で、企業と政府部門を合わせた今後3年間の償還額は1兆7531億ドルと新興国全体の54%になりますので、「一帯一路」で東南アジア諸国が期待していた中国の投資も思惑通りには実行されない可能性が高まっていると言う事です。

今年に入り、世界の金融市場が不安定になった局面では、投資家が新興国の債券から資金を引き揚げました。アメリカの調査会社EPFRによると、新興国の債券ファンドは、4月下旬から7月上旬までの間に155億ドルが流出しています。実力よりも低すぎる金利で資金調達してきた国では揺り戻しが起きる可能性があります。

国際通貨基金(IMF)も10月9日公表した世界金融安定報告で、「この半年で世界の金融安定を巡る短期的なリスクがいくぶん高まった」と分析していて、FRBによる利上げやドル高のほか、貿易摩擦の激化などを背景に「新興国の(債券などの)市場から、大量の資金流出が発生する」と深刻な懸念を示しました。

資金流出の規模は、過去の低金利下で大量の資金が新興国に流れ込んだ分大きくなるとして、アルゼンチンやトルコは言うに及ばず、東南アジア諸国も、米中貿易戦争による世界貿易の縮小と外貨の流出の影響を免れないと警告しています。

東南アジア諸国の中でも、欧米の投資が活発に行なわれて来た中進国のタイやインドネシアが、欧米投資家の資金の引き揚げの最大の被害者となると思われます。タイのバーツ、インドネシアのルピアなどの通貨が売られる事は避けられそうもありません。マレーシアもかつてのアジア通貨危機を IMF に頼らずに乗り切ったマハティール首相が再登場したとは言え、リンギット安に見舞われるでしょう。ミャンマーやカンボジアは欧米からの直接投資も金融投資の積み上がりが少ないので、資金の流出リスクは東南アジア諸国の中では少ないと考えられます。

ただし、こうした通貨安が輸出競争力を強化し、貿易収支の悪化と経済の困難を減ずる効果も多少は期待できます。

世界貿易が縮小してゆく

2017年の国別の輸出依存度(GDPに対する輸出額の比率)を見てみると、中国は18・45%(世界116位/207か国)、アメリカは7・95%(世界166位/207か国)と共に輸出依存度は低く、貿易戦争の影響は比較的軽微と思われます。米中貿易戦争の悪影響は米中以外の国のほうが深刻になる可能性が高そうです。

世界で、米中貿易戦争のトバッチリを最も強く受ける国は恐らく韓国です。韓国は中国がアメリカに輸出している製品の部品を大量に輸出している上に、縮小するであろう中国市場向けの輸出も減少するからです。事実、韓国の輸出依存度は37・54%(世界45位)と高く、しかも輸出額515億ドルの内、中国が最大の121億ドル(23・5%)、アメリカが第2位で70億1000万ドル(13・6%)と米中向けの輸出が191億1000万ドル(37・1%)も占めています。

日本は貿易立国と多くの日本人に信じられていますが、日本の輸出依存度は14・18%(世界136位/207か国)と低く、しかも他国製品では代替できない高付加価値商品がおよそ半分と言われておりますので、円高になっても輸出利益を確保しやすく、すでに輸出依存型経済構造からの脱却を達成していると言えそうです。

東南アジアで輸出依存度の高い国はベトナムの95・76%(世界3位)、マレーシア59・89%、カンボジア51・42%、タイ50・95%などとなり、これらの国は世界貿易縮小の悪影響を色濃く受けるものと思われます(別表参照)。

中国からの生産移転投資が急増

米中貿易戦争(関税上乗せ合戦)の結果、中国企業が東南アジアへの生産移転を急ぐ傾向が顕著となっています。

アセアンの中でも最低賃金が低いミャンマーへの縫製業などの中国や香港からの移転は急速に進んでいるようです。ミャンマーの4─9月の海外からの投資は製造業が全体の4割に達し、国別の件数では中国が最多となりました。

カンボジアは最低賃金が150米ドル(縫製業は170米ドル)ですが、2019年4月以降は182米ドルに上がる事が決まっています。ミャンマーも最低賃金は現行の10万2000チャット(2018年11月現在の為替では65米ドル)から上昇するものと思われますが、現地通貨建てなので、通貨安が進行すれば、米ドル換算では横ばいか、あるいは、場合によっては逆に値下がりする可能性も出て来ています。

2018年7月に発表された DICA(投資企業管理局)、JICA(国際協力機構)、MRS(Myanmar Survey Research) の調査結果では、当時の為替レートで計算すると、月当たりの平均賃金は、ミャンマー112米ドル、ラオス142米ドル、カンボジア150米ドル、ベトナム 155米ドル、タイ322米ドルとなっています。

 

それでも東南アジア経済圏は雄飛する

AEC (ASEAN Economic Community)はアセアン10か国の経済圏として、人口6億2000万人の成長余力の大きな経済圏です。

AECは高い成長力を競っている、中国(人口13億人、GDP12兆ドル)、インド(人口12億人、GDP2兆8000億ドル)を加えた、人口31億2000万人、GDP17兆3000億ドルの巨大な広域経済圏と考える事もできます。

AECだけでも、2025年には人口は7億人、GDPは2015年当時の日本のGDPに匹敵する5兆ドルに倍増すると予想されております。

日本やオーストラリアを加えれば、資本、先端技術、豊富な労働力、市場、資源を兼ね備えた、欧米の経済混乱にも揺るがない、世界の経済成長の先端として「輝ける未来」に向けて雄飛する事を確信しております。

 

山口 哲(やまぐち・てつ)

早稲田大学第一商学部卒。三井物産に入社し、米国ニューヨーク本店やインドネシア現地法人に勤務。銀行マンに転身し、ABN AMRO BANK、ANZ BANKなどの外資系銀行を経た後、ジェトロのヤンゴン・オフィスで海外投資アドバイザーを務める。現在はヤンゴンで「Office Teddy」を設立し、日本企業のミャンマー進出支援や不動産仲介業に携わっている。

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