経済統合が進むインド(下)

独立後最大の税制改革、物品・サービス税が導入

経済統合が進むインド(上)

 

GST導入で企業の事業戦略に影響も

産業への実際の影響は業界ごとに明暗が分かれているようだ。格付け大手フィッチ・レーティングスによると、「自動車」「セメント」「小売り」では好影響、逆に「石油・ガス」「個人商店など「伝統小売り」「中小企業」は打撃を受けると見ている。このほか、「不動産」「電力」「通信」「製薬」「肥料」への影響は軽微としている。

自動車業界では、導入前の2017年6月販売が落ち込んだ。GSTで減税になるとの見立てから、消費者の間で買い控えが起こったためだ。乗用車(UV・バン含む、卸売りベース)の販売台数は前年同月比11・2%減の19万8399台と2桁の下落率となった。

販売代理店はシステムの移行に伴い、在庫を調整するためにメーカーへの発注を抑えたという側面もあり、2017年7月以降の販売は反動して増えた。乗用車の販売台数は15・1%増の29万8997台に回復。その後、2018年8月は13・8%増の29万4335台、2017年9月は11・3%増の30万9955台と堅調に推移した。2017年10月は祭事商戦の終了時期が昨年より早かったため、0・3%減の27万9837台と前年割れとなったが、2017年11月は14・3%増の27万5417台と2桁成長を記録した。

ただ、業界内では車両により税率に差が出たため、戦略の変更を余儀なくされたメーカーもあるようだ。その傾向が顕著だったのはエコカーだ。電気自動車(EV)の税率が12%と低く設定されたのに対し、ハイブリッド車の基本税率は28%に設定された。租税率と合わせた実効税率は43%と、導入前の約30%に比べて増税となった。インド政府は2030年から国内で販売される車両を全てEVに切り替える野心的な目標を掲げているが、GST税率に差をつけることでEV普及を加速させたい考えだ。

現在インドでハイブリッド車を販売しているトヨタ自動車やスズキのインド子会社マルチ・スズキの2017年7月販売は落ち込んだ。マルチ・スズキは中型セダン「シアズ」と多目的車(MPV)「エルティガ」でマイルド・ハイブリッドを販売している。モデル別の販売台数は公表していないが、2017年7月の販売は減少したもようだ。

トヨタ自動車はセダン「カムリ・ハイブリッド」の7月販売台数が20台に落ち込んだ。月間販売は通常100台以上だったが、GST導入前に比べて予約件数は30〜35%減少したという。需要減を受けて、同社はカムリ・ハイブリッドの生産を一時停止した。2社ともにハイブリッド車の販売戦略の変更はないと説明しているが、インド自動車工業会(SIAM)のアブハイ・フィロディア会長は「ハイブリッド技術は最終的な『解』ではない」との見解を示した。

韓国・現代自動車のインド子会社ヒュンダイ・モーター・インディア(HMIL)はハイブリッド車の投入計画の撤回を検討していると報じられた。2018年2月に開かれるインド最大規模の自動車展示会「オートエキスポ」では、ハイブリッド車「IONIQ(アイオニック)」を展示する予定だったが、中止したことを明らかにしている。HMILのクー最高経営責任者(CEO)は、「政府による支援が乏しいため」と説明。EVに注力する方針を示している。

小売業界では導入初日から混乱が起きた。個人商店ではシステムの移行が追いつかず、休業に追い込まれた店もあったようだ。GSTに登録するためのインターネット環境にない露天商や小規模業者らは、各地でデモを決行したという。

もっとも、業界の構造が劇的に変わったのは物流だろう。これまでは州をまたぐ物品の移動に税が課されていたが、自社倉庫間の移動は免税とされてきた。今後はこの優遇措置がなくなるため、各社は倉庫を各州に置くメリットが薄れる。このため、倉庫の集約が進み、物品の動きに変化が出ると言われている。

さらに、オクトロイと呼ばれる入市税が、GST導入に伴い、撤廃された。このオクトロイは長年、物流業者にとって悩みの種だった。オクトロイの納税証明を取得するため、州境では常にトラックが行列を作っており、長い時には数日も待たされることがあったという。

インド政府の資料によると、トラックが州境の納税証明などを提出する検問所「チェック・ポスト」で足止めをくらった結果、ある地点からある地点の走行時間の約20%を越境に費やさなければならないという事態が常態化していた。

例えば、南部タミルナド州チェンナイ―東部の西ベンガル州コルカタ間は1660キロメートルで、50〜65時間かかる。州境での手続きに10〜15時間かかり、さらに渋滞で5〜7時間、高速道路の料金所で1〜3時間。実際にトラックを走らせている時間は35〜40時間ということもあり得たという。

このため、年間でトラックが走れる距離は平均で6万キロメートルとされ、西洋の先進国に比べて、10分の3だ。チェック・ポストの廃止後は走行時間が最低でも5分の1に短縮されると見込まれている。

物流コストが割高であることも問題視されてきた。州境を通過するための書類の作成など関連作業も含み、物品価格の14%が物流コストと言われていた。世界では6〜8%が標準とされる。GST導入後は10〜12%に下がると試算されている。ガドカリ道路交通・高速道路相は「GST導入で最大の恩恵を受けるのは物流業界。物流コストは約20%下がる」と説明した。

電子許可証「E‐Waybill」の導入もモノの動きを大きく変える可能性がある。5万ルピー(約8万8000円)以上の物品を運ぶ際に、事前にオンライン登録することを事業者または運送会社に義務付けている。その領収書E‐Waybillを発行し、パス代わりとして機能させることで、全国でスムーズな物流を図る。脱税の抜け穴をふさいでGSTの税収を高める狙いもある。2018年6月1日までに全国統一のシステムを導入することが決まっている。

 

インドの経済成長に赤信号?

一方でGSTの導入は、国内総生産(GDP)成長率の押し下げにもつながった。2017〜2018年度第1四半期のGDPは、前年同期比5・7%増と3年半ぶりの低成長となった。

成長の鈍化を受け、インド政府は2017年10月、9兆ルピー(約15兆9211億円)規模の景気刺激策を打ち出した。6兆9200億ルピー(約12兆2415億円)を投じて8万キロメートルの道路を建設し、雇用創出につなげるほか、不良債権に苦しむ公営銀行に2兆1100億ルピー(約3兆7329億円)の資本を注入し、融資能力の向上を図るのが目的だ。

さらに、国内では、経済底上げを見込んで利下げを求める声が高まった。インド準備銀行は8月、10か月ぶりに利下げを決定。政策金利を0・25%引き下げて年6%とし、個人消費の刺激を狙った。ただ、その後、2017年10月と12月の金融政策決定会合では据え置きを決め、守りの姿勢を強めている。背景には消費物価指数(CPI)の上昇がある。2017年6月のCPI上昇率は1・54%と2012年以降で最低水準まで落ち込んだ。しかし、2017年11月のCPIは4・88%上昇し、2016年10月以来の4%台となった。準備銀が設定するCPI上昇率の中期目標4%を上回ったことから、専門家の間ではこれ以上の利下げ可能性は薄れたとの意見が優勢だ。

第2四半期のGDP成長率は6・3%増に回復した。しかし、GDPの約5割を占める個人消費は6・5%増と過去8四半期で最低に落ち込み、GSTが消費者心理を冷え込ませているとの見方が広がった。インド大手格付け会社クリシルも、「GST導入の影響は根強い」との見解を示し、2017〜2018年度通年の成長率見通しを当初予測の7%から6・8%に引き下げている。

 

最終的にGSTは事業環境の改善につながる

それでも、長期的には事業環境の大幅な改善を期待する声もある。インド工業連盟(CII)のチャンドラジット・バナジー事務局長は、第2四半期のGDP成長率が回復基調に入ったことを受け、「GSTは過去のものだ」と強調した。

世界銀行が毎年発表している「ランキング2017」では、インドの順位が前年から30ランク上昇し、100位となった。同ランキングの調査期間は2017年6月までのため、GSTは評価対象に入っていない。ジャイトリー財務相は「上位50以内に入るのも夢ではない」とコメント。歴史的な税制改革が考慮されれば、モディ政権樹立以来の50位という目標も達成可能との立場だ。

CIIのカミネニ会長は「GSTは事業環境の改善に寄与する」と話す。国内産業の国際競争力が強化され、国民の所得向上につながる。「初期の混乱はすぐに収まる」とコメント「インドの成長と発展のため、GSTの成功が必須だ」と力を込めた。

統一国家を目指すGSTが導入されて約半年。まだ移行期にあり、効果の全貌は見えてこない。だが、今後20年は年20%の持続的成長が可能とする国連の試算もあるほど、インド経済に対して楽観視する向きも強い。2019年に総選挙も控え、モディ首相の抜本的な経済改革は吉と出るか凶と出るか。今後の動向に注目が集まる。

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山内優(やまうち・ゆう)

ジャーナリスト。滞印歴は3年。東京都内の私立大学文学部を卒業後、ベンチャー企業などを経て、インドへ渡る。日系メディアの記者として、主にインド経済情報を毎日発信している。インドに進出している日系企業にとどまらず、インド大手企業のトップへのインタビューを実現させるなど、精力的な取材を続ける。

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