薬漬け農業の追放をタイから訴える

524

薬漬け農業の追放をタイから訴える

日本食レストラン黒田の田中社長にインタビュー

タイの首都バンコクに550バーツ(約1700円)で和食が食べ放題の『黒田』という日本人が経営するレストラン・チェーンが主にタイ人を顧客として人気店になっている。筆者もタイ人の友人などを安く「接待」できるレストランとして長年お世話になっている。よく出かけるのが筆者が住むバンコクのアパートに近いBTS(高架鉄道)エカマイ駅そばの『黒田』だ。バンコクに限っても1000店以上ある日本食レストランで『黒田』はその草分け的存在だが、現在ではエカマイ店の顧客の8割以上がタイ人となっている。バンコクには『黒田』RCA店もあり、日系工場も多数進出している中部のアユタヤと東北部のコラートにも店を構えている。『黒田』では高いトロや輸入和牛などのメニューがない。使っている野菜はオーガニック(無農薬有機農法)の直営農場で栽培し、『黒田』のバーベキューコーナーで出される牛・豚・鶏も同じ直営農場で肥育されている。

『黒田』のオーナーはかつて福岡県の農協で働き、その後、タイ「農協」の指導のためにJICA(国際協力機構)専門家として派遣されてきたいう。そこで私はエカマイ店の入り口にいつも座っているマネージャーの田中豊輝(たなか・とよき)氏に取材を依頼したところ、さっそく数日後にはオーナーである田中鴻志(たなか・こうし)氏に対する取材を設定してくれた。豊輝氏はオーナーの長男だった。
『黒田』の創業者兼代表である田中鴻志氏は現在の農業・牧畜は薬漬けによる「点滴農業」「点滴牧畜」だと断定した。

「一般に日本の食は安全だと言われているが、ドイツの国際オーガニック認可機関であるIFOMAの資料によると、日本の有機農業者の作付面積は欧州やオーストラリアに比べ2桁も少なく、韓国や中国よりも少ないのが現状だ。日本の化学的な養液などが必要となる水耕栽培はオーガニックとは関係がない別もので、工場での部品生産と同じ便利さを追求しているだけ」と手厳しい。

かつては日本企業の天下とされたタイだが、このところ日本企業の撤退も目立っているが、日本人経営のレストランの撤退も増えている。その理由についても田中さんに訊いてみた。

JICAの専門家としてタイに派遣される

田中鴻志代表は昭和13年生まれで80歳。49歳でタイに来ているので、すでに30年以上をタイで活動している。出身地が博多だから、経営している農園、レストランの命名も黒田藩の黒田を使った。宮崎大学農学部を卒業した田中さんは福岡県の農業関係の連合会に就職した。そこで30年近く地元の農家の指導などをしていたが、タイ農協がJICA(国際協力機構)を通じた要請をしたことを契機として、田中さんにその役目が回ってきた。そして、JICA専門家として、東北部のコラート(ナコーン・ラーチャシーマー)をベースに5年間の活動をした。

JICA専門家だった頃、「私が小型耕運機の必要性を本部に訴えた時、本部からはローカルでは使いこなせない大型のトラクターが押し付けられたなど、私と本部はことごとく意見が異なるケースが多かったです。ですから任期の5年が過ぎると、私は自然にこの地に残って、自分なりの農業指導を続けたいと考え、今日に至っています」と田中さん。

「私は福岡県の玄界灘に面した糸島市のコメと麦を栽培する農家で育ちました。幼少の頃、近所のあちこちで鶏の首をはねたり、豚の心臓を正しく突いて殺すといった風景に馴染んで育ちました。この点、現在の日本の子供たちは不幸せです。鶏の絵を描けと先生に言われた生徒は焼き鳥の絵を描く始末です。だから、黒田オーガニックファームでは親子の体験実習を受け入れています。田植えなどの農業体験を義務教育の中で取り入れるべきだと日本の農協にいた時代から提案し続けていますが、まだ実現していません」と田中さん。

東北部のコラートで独立・起業する

タイで独立・起業した田中さんはまず、タイで食べていくためにコラートに『KONGフジ』という会社を設立した。「KONG」は農園がある場所の地名で「フジ」は富士山の意味。広大な農園を契約して養鶏などから始め、日本の生協相手に地鶏の肉の輸出を開始した。しかし、骨の大きさが違う、サイズが一定ではないなど、「日本からはクレームの連続で、日本の生協にお詫びに通っては叱られてばかりという状態が続きました」と田中さんは振り返る。

田中さんはタイ東北部の入り口に位置する大きな町であるコラートの県警本部前にまず焼き鳥屋をオープン、現在も日本食レストラン『黒田』コラート店として営業している。コラートには工業団地があり、日本企業の進出も多く、それらの日系工場で働く日本人が当初のメインの顧客だった。顧客から「焼き鳥だけでなく魚も出してほしい」という要望が増えたことから、「バンコクの市場に地鶏を売りに行く際にバンコクで魚を買い付けてコラートに戻るトラックの効率運用を始めた。さらにバンコクの日本のスーパーの近所に『黒田』を20年ほど前に開店して、バンコク進出を果たせました」(田中氏)という。

このところ、バンコクでは日本人経営の日本食レストランの廃業や売却が増えている。この点に関して、田中さんの見方を聞いてみた。

「この『黒田』エカマイ店の家賃は月20万バーツ(約70万円)と東京と変わらない高さで、これまでに総額3億円も家賃として支払ってきました。華人系の土地オーナーはまったくドロボーです。利益の多くを家賃として吸い上げられているのは他のほとんどの日本食レストランの日本人経営者も同じで、家賃の値上げが経営破綻した主な原因です。タイでは基本的に外国人は土地保有ができません。コラート郊外の農園は8ヘクタール(50ライ=1ライ1600平方メートル=8万平方メートル)ありますが、そこはバンコクと反対に土地代が安くて助かっています」と田中さん。

 

タイ人も本物の味を求めている

「タイ人の板前が育たない」という問題も田中さんは指摘している。『黒田』では味の素などの調味料は一切使わず、甘い料理もない。

「タイ人の板前が味噌汁なら何とか作ることができても、お澄ましになると、日本人が好む味が出せない。豚骨ラーメンやおでんの汁もおかしな味になる。しかし、年に100万ものタイ人観光客が主に日本食目当てに訪日するようになり、彼らは日本で知った本当の味をタイに戻ってからも求めるという時代になりました。以前のような甘い日本食、甘い緑茶など、タイ人向けの味は通用しない時代に変わったのです。それでも昔の感覚でいる板前を抱えている店がつぶれています。『黒田』ではコラートの農園内にセントラル・キッチンの機能を持たせて、手作りで出汁(だし)やベースを作り、私が管理して4つのチェーン店に出しています」と味を守る秘訣を田中さんは明らかにした。

タイ人は食べ放題の店が大好きだが、「日本人とタイ人の食べる量は一緒」と田中さん。

食べ放題と1品料理の2種のメニューは日本語の他にタイ語で併記し、タイ人顧客が注文しやすく配慮している。

 

海外からも注目される安全で美味しい肉

『黒田』では食の安全を最大のテーマに廉価でおいしいことを目指している。

黒田オーガニックファームでは、現時点で60頭の牛、約400頭の豚のほか、5~6000羽の鶏は、土の上を自由に走り回れて、砂浴びができる平飼(ひらがい)で肥育するなど、家畜福祉(畜権)に配慮している。

「タイのローカルの牛は草で育つので、まずくて食べられたものではない。黒田オーガニックファームはでは、牛の飼料の50%以上がトウモロコシ。栄養価が高く消化も良いビール粕(かす)を安く仕入れ、糠(ぬか)、タピオカ、大豆なども混ぜて牛においしく食べてもらえる工夫を続けています。日本で生産される和牛は日本でも高すぎるためでしょうが、タイにまで輸出されています。でも、キロ1万円の価格ではそれほど売れないのではないでしょうか? 和牛も栄養剤やホルモン剤を使って肥育日数の削減などが行なわれているはずです。しかし、黒田オーガニックファームでの牛の肥育では一切の薬類を使用していません。当ファームでは2018年12月からは牛に日に2回の餌やり回数を4回へと増やしました。肉がうまくなるなどの結果が良ければ、日に6回の餌やりにすることも考えます」(田中氏)という。

鶏卵について、黒田オーガニックファームでは、もみ殻をクッションにして出荷している。

「もみ殻が殻についている鶏糞などを掃除してくれるのです。卵を洗浄して出荷すれば卵が菌に弱くなって危険なのです。われわれの養鶏の畜舎内も土間(土の床)です。ケージ(籠)を使う養鶏こそ不健康そのもので、鶏の権利も奪っていると考えています」と見た目では分からない安全の秘訣も田中さんは教えてくれた。

「米国、オーストラリア、フランスなどが行なっている『成長促進ホルモン』を使う養牛では24か月で700キロの牛に育てますが、『黒田』の牧場では『成長促進ホルモン』はまったく使用しません。だから700キロの食牛に育てるまで30か月ほどかかり、生産コストが高くなりますが、安全です。成長促進ホルモン使用で、とりわけ女性に健康被害を与えていると見られていますからね」と田中さん。

「先日、米国の視察団が私たちの農園の見学に来られました。私はオーガニックの国際認定を取らなくても日本人の牧場オーナー自らが食している肉だから安全なのだ、と説明しました。私は、肉だけでなく、野菜も自分で食べているものだけしか市場に出しません。費用が高いだけで、どこか怪しいオーガニック認定に対して私はまったく興味ないです」と田中さんは断言した。

黒田オーガニックファームの牛の肥育でローカルの大学の畜産科の先生にも牛の仕入れなどで協力してもらっている。

「先生自身も30頭ほど牛を養育しており、5、6頭程度の牛ならすぐに融通してくれたりします。当社の黒豚はラオスやミャンマーの山奥にいた病気に強い豚を手に入れて改良しました。屠(と)畜は豚と鶏については当社の農園内で行ない、牛については近所にある屠畜場を使っています。地場の人たちとつきあうことで、なかなか日本人や外国人には入らない情報を得れます」と黒田さんはいう。

田中さんは「家畜の飼料も原料の自給自足で自然治癒力の向上に心がけています。具体的には家畜飼育と野菜などのオーガニックファームを複合化することで土の中の有益微生物を増やして有害微生物の力を弱めています。例えば栄養価が高く健康食品としても注目されている薬木のモリンガ、空心菜、桑の葉、パパイヤなどを農園で育てて、独自の食の安全システムを確立しています。丸い葉が人間の広い範囲の健康維持につながるとされるモリンガの葉も牛の飼料に混ぜている」と説明した。

『黒田』のレストランで出す野菜はすべてオーガニック栽培。タイ人が好きなサーモンは安いチリ産が養殖で病気が発生し、抗生物質を大量投与するという問題を引き起こして以来、『黒田』では、高いノルウェー産にすべて切り替えた。タイで販売されているモヤシのほとんどはきわめて汚い場所で不衛生なムシロの上に種をまいて発芽させ、漂白剤などの薬品も使っている。

しかし、「『黒田』で使っているモヤシ栽培での薬品使用はゼロ、水だけで栽培しているから安心です。水が大量にあることが、衛生的なモヤシ栽培などを含むオーガニック栽培の基本」と田中さん。

「日本では工場での生産を止めて、水耕栽培を始めたところもあるが、水耕栽培では多くの農薬が使われている」と点を田中さんは指摘する。

 

バンコクで月2回のサンデーマーケットを開催

「JICAの専門家をしていた時代に理解したことですが、タイでは日本式の農協システムがほとんど採用されなかったのは、タイでは華僑が、飼料から農薬、精米から販売まで一手に握っているからです。そこで食の安全で同じ考えを持つタイの農家を探し、そこと組んで、安心できる食べ物を普及する運動を進めています」と田中さん。

そのためには「コメ、野菜、飼料作物などでタイの各地の生産者との協力関係を構築することが不可欠だ」と田中さん。

その一環として田中さんが始めたのはバンコク市内中心部にあるエカマイ店の駐車場の一角にある屋根付きの空きスペースを使って、毎月2回、原則的に第2と第4の土日に、タイの各地方のオーガニック作物を各生産者に運び入れてもらって即売するサンデーマーケットを開いている。

「『黒田』で生産しているビーフなど肉類から鶏の卵などを売るだけでなく、例えばスリン県からは漂白剤や薬品使用ゼロ、水だけで作ったモヤシや薬草など、チェンマイからはオーガニック栽培したトマトを持参して販売してもらっています。多くの商品は初日の土曜に売り切れてしまうことが多いです」と田中さん。

日本人が多く住む東部チョンブリ県のシーラチャーでも月2回、同社の保冷車で日本人の奥さん相手への配達を実施してきたが、このほど従来の隔週配達を毎週に変更した。

 

タイ政府への田中さんからの要望

最後に田中さんにタイ政府への要望を訊いた。

「当社の牛の安全さと美味さを知ったシンガポールなど海外の肉牛輸入業者から『黒田』の牛肉を輸入したいという連絡が入っているが、船積みにいたる法的に決められている処理方法は、タイの私企業としてはまったく対応が不可能な現状があり、肉の輸出は当面は無理」と田中さんは残念がる。

また、「タイはバンコクを中心とした市場しかなく、タイで第2の都市とされる北部のチェンマイでさえ自給自足の農業です。チェンマイまでの高速鉄道なんか考えたりしないで、在来線の全面複線化を図って定期の貨物列車を運行すべきです。北部のどこかの駅に輸送基地を作り、そこに野菜の集配センターを作れば、最大のバンコク市場と直結できます」と提言している。

 

松田健(まつだ・けん)

アジア・ビジネスライター。上智大学法学部卒。元日刊工業新聞記者。主な著作には、『タイで勝つ!! 直感力こそ成功のカギ』(重化学工業通信社)、『今こそフィリピンビジネス─アジア投資の穴場』(カナリア書房)、『魅惑のミャンマー投資』(カナリア書房)などがある。