超高層ビルが林立するアジアの超大国チャイナ

中国人の夢と面子を象徴する「摩天楼」

改革開放から間もなく40年。高層建築とは無縁な「平面」の世界だった中国の主要都市は、高さ300メートル以上の超高層ビルが林立する摩天楼の都に変貌した。高層ビル建設ラッシュの中、しのび寄る経済衰退の影。摩天楼王国に見る中国の現状と課題を見ていく。

 

中国の最高峰である 上海タワー

「労働節(メーデー)」の連休に入る直前の2017年4月27日、上海タワー(上海中心大廈)の展望台が正式に開業した。地上から展望フロアまで高速エレベーターでわずか約1分。「ジンマオタワー(金茂大厦)」(420・5メートル)や「上海環球金融中心(上海ワールド・フィナンシャル・センター)」(492メートル)を眼下に見下ろせるなど迫力あるパノラマが満喫できる。

 

「上海中心」の訳名が「上海センター」ではなく、「上海タワー」となった背景は、浦西エリアの「上海商城」が「上海センター」という名称を使用してすでに久しいからだ。ちょうど「東京スカイツリー」が正式な中国語名称として「天空樹」を使えず、「東京晴空塔」としているのにも通じるだろう。一般的に建造物の名称登録であれ、商標登録においては「先使用権」が優先されるのが現状だ。

 

本稿の本題からそれてしまったが、上海タワーの高さは地上632メートル、127階(地下5階)である。塔も含む建造物全体で見ると、上海タワーは2017年現在、ドバイのブルジュ・ハリファ(828メートル)、東京スカイツリー(634メートル)に次ぐ3番目の高さを誇り、中国最高峰の「摩天楼」と位置づけられている。

 

超高層ビルに見る中国の面子

さて、中国で「摩天楼」の建設ラッシュが始まって久しい。2017年1月 18 日 付け「澎湃新聞」によると、2016年に 世界で建設された高さ200メートル以上の超高層建築物は計128棟に上る が、そのうち中国が 84 棟を占めていると いう。国ごとのシェアで見ると、9年連続で第1位だった。

 

ちなみに、日本初のスーパートール(超高層ビル)となった「あべのハルカス」は300メートルである。三菱地所がこれを超える高層ビルの建設を東京の表玄関であるJR東京駅前に建てようとしているが、それでも390メートル(竣工予定は2027年)というレベルであり、中国各都市のランドマークとなった「摩天楼」のスケールには遠く及ばない。

摩天楼建設が特に目立っているのが、ドローンの製造・輸出やさまざまなイノベーションが生まれるなど、経済の好調ぶりを示している広東省深圳である。昨年は同市だけで200メートル以上の高層ビルが11棟も竣工した。中国本土、香港、マカオ、台湾の4エリアにある上位100位の高層ビルのうち、深圳は12棟を有しており、広州の11棟、上海の8棟、香港の8棟を抑え、棟数でトップにランクされている。

 

中国で高層ビル建設が続くのは、建設資材や(近年では高騰ぶりが顕著になったものの)労働コストの安さ、一方で土地不足という事情も背景としてあるだろう。そのほか、超高層ビルの建設で周辺エリアの土地価格が上昇すれば、地方政府は土地売却による収入増が期待でき、幹部の実績にもつながる。あるいは、地震大国である日本と異なり、災害発生時のリスク対策にそれほど気をもまなくて済むという事情もあるかも知れない。

 

しかし、最も大きな推進力として働い ているのは「メンツ(面子)」の問題だと言 えそうだ。摩天楼の建設は各都市、ひい ては国の威信とも直結し、それこそ「中国の夢」を体現する一つの要素とさえな っているかのようだ。官民ともに、中国 がさまざまなギネス記録に挑戦する様子を見ると、摩天楼はまさに国や都市の威 信を示すシンボルとして働いている。

日本のビル建設に作用する「不可視の禁忌」

とはいえ、摩天楼の建設競争を各都市が繰り広げているといっても、やみくも に「中国一」「世界一」を目指せるという わけではなさそうだ。「中国の夢」あるい は「わが都市の夢」というメンツを阻む抑 制力として働く「空気」が同時に存在して いると言えるのではないだろうか。 実は、社会に蔓延する「空気」がビルの 高さを抑制するという出来事が日本にあ った。元東京都知事の猪瀬直樹氏が出世 作『ミカドの肖像』で取り上げた、丸の内 にある東京海上日動ビルの高さをめぐっ て半世紀前に起こった騒動だ。

 

実は、社会に蔓延する「空気」がビルの 高さを抑制するという出来事が日本にあ った。元東京都知事の猪瀬直樹氏が出世 作『ミカドの肖像』で取り上げた、丸の内 にある東京海上日動ビルの高さをめぐっ て半世紀前に起こった騒動だ。

 

このビルはもともと128メートルで計画されていた。しかし、300メートルの高さからであっても皇居内を覗くことができないことが実証されても、皇居そばに高層ビルを建てることがタブーであるという空気がさまざまな抑止力として働き、その結果、ビルの高さは100メートルより30センチだけ低い「99・7」メートルという中途半端なものになったのだという。すなわち、「天皇をめぐる不可視の禁忌」に触れたからだというのだ。

 

話を中国に戻すと、深圳の平安国際金融センターは当初、上海タワー(632メートル)、建設中の武漢グリーンランド・センター(636メートル)を上回る中国で最も高い660メートルのビルとなる見込みだった。しかし、2015年2月に航空の妨げにならないように60メートル高さを下げることが突如、発表された。結局、アンテナ部をのぞくと、ビルの高さは592・5メートルとなり600メートルにも届かないことになったのだ。これに何らかの「タブー」が関与した結果だというのはあくまで憶測に過ぎないが、少なくとも中国はいま、「中国の夢」というメンツとさまざまな政治力学、そして「摩天楼の呪い」のジンクスとの間で微妙なバランス感覚を発揮していると見て良さそうだ。

 

あえて「世界一」を目指さない中国

「摩天楼の呪い」とは何か。それは、世界一の高層ビルが建設されると、そのタイミングで経済不況が訪れるという歴史 的なジンクスで、1999年にドイツ のアナリストであるアンドリュー・ ローレンス氏が発見したものだ。1931 年完工のエンパイア・ステート・ビル、 1997年に建てられたクアラルンプール(マレーシア)のペトロナス・ツインタ ワー、2009年のブルジュ・ハリーフ ァなどその例は枚挙にいとまがない。 そんな「摩天楼の呪い」への牽制もあっ てか、さまざまな領域で「世界一」を目指 す中国が、あえて高層ビルについては次 点に甘んじるという譲歩を見せている。 そんな絶妙なバランス感覚を見せた最た る例が長沙(湖南省)で建設が計画された スカイシティー(天空城市、遠望大廈) である。地上838メートル、フロア数 202階(地下6階)と、正真正銘の世界 最高峰を目指す同ビルの工事は2013 年7月 20 日に始まった。予定されていた 工期はわずか7か月。独特の工法で1日 に7階分を積み上げていくという計画は 度肝を抜くものだったが、やがてこの建 設工事は中断する。安全性や経済性など さまざまな事情が背景にあると言われる が、正式な中断理由が発表されていない ところを見ると、「摩天楼の呪い」に触れてはならぬという「不可視の禁忌」が、ひ とつの「空気」となって抑制力となったと言えないだろうか。

 

「栓抜きビル」に設計変更となった背景

さまざまな空気がビルのデザインさえも変えてしまうこともある。森ビルが手がけた上海ワールド・フィナンシャル・センターについて触れておこう。同ビルは1997年10月に着工し、基礎工事を速やかに完了させたものの、アジア通貨危機やSARSの流行、日中関係の悪化などの影響を受けて工事の中断を余儀なくされる。

 

その後、工事を再開し、ようやく竣工にこぎつけたのは北京オリンピックが行なわれた2008年8月28日のことだ。事業着手からすでに14年もの歳月が流れていた。

 

工事が中断している間、フロアの天井高のスタンダードが2500ミリから2800ミリに変更されるなどのビル建築をめぐるトレンドの変化もあったため、当初460メートルを予定した同ビルは492メートルへと底上げされる。そして、ビルのデザインにもまた調整が施されることになったのだ。

 

同ビルは現在「栓抜きビル」というあだ名で呼ばれるように、頂上部にある四角形の空間が特徴となっている。しかし、当初、その空間は四角形ではなく円形の「穴」であり、そこにゴンドラが設置される見込みだった。円形をかたどるデザインにしたのは、「月亮門」という中国庭園の壁にくり抜かれた円形の門を意識したことが背景にあったが、それがいつの間にか「日の丸」を象徴したものだとする批判が、またたく間にネット上で広がった。

 

さらには、ビルの側面を日本刀と見立てた意見も口コミとして広がり、これらが結果的にデザイン変更に少なからぬ影響を与えたことも想像に難くない。

 

このように、上海ワールド・フィナンシャル・センター落成にまつわるストーリーは苦難を伴ったものだった。そして、高らかに上海の新たなランドマークを標榜したものの、台湾101に高さがわずかに及ばず、「世界一の高層ビル」の称号を得ることもできなかった。もっとも、上海最高峰の座を上海タワーに譲ったとはいえ、「911」事件の教訓をもとに徹底した安全性の確保を追求したことへの評価は高く、中国でも「世界で最も安全なビル」というブランドが定着しているのも事実である。

 

優等生都市だった大連の苦難

摩天楼の建設は景況感を測るバロメーターとも言える。深圳や武漢、あるいは重慶、長沙での摩天楼建設プロジェクトが話題になるのも、これらの地域のGDP(国内総生産)の伸長率が他地域と比べて高いこととも関係していそうだ。

 

一方、中国東北部の経済は不振にあえいでいる。たとえば遼寧省は昨年、マイナス成長を記録した。「北方の真珠」と讃えられ、都市建設の成功モデルとされた大連市はどうにかプラス成長を保っているものの、やはり往年の輝きはない。同都市と関わりの深かった重鎮の政治家が失脚した影響が小さくないのだろう。同市のランドマークの一つであった星海広場の巨大モニュメント――「漢白玉華表」(※=62ページを参照)――も市民の意向に反して撤去されてしまった。自慢だったランドマークを失った大連人のショックはいかほどだろうか。これに連動するかのような停滞感や閉塞感といった空気が、もしかしたら大連における高層ビル建設の計画停滞にもつながっているのかも知れない。

 

同市には工期が遅れている2つの高層ビルプロジェクトがある。ひとつは2016年に落成予定とされた大連国貿センター(370メートル、86階)で、すでに頂部が封じられ、落成も間近と思いきや、肝心の正式開業がいつになるのか一向に発表がない。当初予定されていた外資系高級ホテルの入居も見送られてしまったようだ。そして現在、報道関係者からのアプローチをシャットアウトしている向きもある。

 

一方、夏季ダボス会議センターの界隈に誕生する東北エリアの最高峰という触れ込みで話題をさらった「大連緑地センター」(518メートル、110階)の雲行きも怪しくなってきた。このところ施工状況を伝える報道がパタリと止まってしまっているのだ。地盤の安全性確保のために突如5年間の観測期間を設けることになったという説もあれば、2015年夏に資金不足問題が指摘されて以来、事実上の計画停止状態に置かれているという報道もある。

 

高層ビルに頼らない都市建設が求められている

このように摩天楼をめぐる中国の動向は都市ごとに悲喜こもごもであり、さまざまな力学や事情が絡んでいると言えそうだ。穴を掘って埋めるだけでもGDP(国内総生産)につながるという見方もあれば、新たな超高層ビル建設を続けることで不動産の需給バランスが崩れ、家賃が下落するリスクを指摘する声もある。

 

そんな、経済成長にとっては諸刃の剣ともいえる高層ビルの建設を中国が今後もなりふり構わず続けていくのは端から見ればあまり好ましくない。ビルの高さをもって都市の矜持とするのではなく、それに頼らない新たな都市の魅力の演出に注力しなければならない時期にさしかかっているといえないだろうか。たとえばイギリスではすでに超高層建物の建設をとりやめているという。ビルのメンテナンスにかかるコストが高くつくことに大きな無駄を見出しているようだ。

 

中国では、エリアによってはいまだ道路の水はけが悪く、ひとたび大雨になれ ば深刻な水害に発展するケースも少なく ない。下水道をはじめ、目に見えない部分のインフラへの配慮が徹底されていないのが明らかだ。短期的な業績を求める役人たちは、自身の成績につながらない 「足元」の世界をついつい軽視しがちだ。 しかし、その「足元」を徹底して見直すところから本当の都市のランドマークづく りが始まるということに、中国の各都市 が目覚めてくれることを期待したい。

 

※=龍が装飾された白色塔で、香中国本土に復帰した1997年6 月に完成した。高さ19.97 メートル、直径1 メートル 997 センチのその塔は広場中央に建てられ、上空から見ると星柄に見えるようなデザインが凝らされていた。

 

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近藤修一(こんどう・しゅういち)

「Whenever Dalian」編集長

中国・大連市在住。静岡県出身。信州大学卒。1994 年、上海に語 学留学。1998 年、現地パートナーとともに日本人向けパソコン・スクー ルを上海で開始し、教育、ハード・ソフト販売、サポート等の業務に携わる。 2002 年10 月に中国全土でフリーペーパー事業を展開するメディア漫歩 グループに入社、ビジネス誌「Whenever Biz CHINA」(現名称)の 制作等に携わる。2010 年2月に同社を退社。中国メディアの日本語電 子媒体「インサイト・チャイナ」編集長、ヤンゴンのタウン誌「ミャンマー・ ジャポン」編集長、フリーランサーとしての活動(翻訳・調査業務等)などを経て、2017 年4月より現職。

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