食は今やインドネシアにあり(下)

食は今やインドネシアにあり(上)

 

グルメブームに革命もたらしたGO‐JEK

さて、今回のフェスティバルの主催者の1つがインターネットのアプリでバイクタクシーなどを運営している「GOJEK」である。

インドネシア人の間では近距離移動の手段として、GO‐JEKや「Grab」「Uber」などが確実に浸透しており、バイクや車の移動だけでなく、たとえば、GO‐JEKのアプリを開くと、「GO‐FOOD」「GO‐SHOP」などの商品の買い出し、食事の配達から、掃除・清掃、マッサージの出前まで、ありとあらゆるサービスが携帯のアプリ経由で注文できるシステムが整っている。この点はひょっとすると日本より進化しているかもしれない。

いずれにしろ、このアプリのシステムと今のインドネシア、ジャカルタのグルメブームは奇妙なコラボレーションを築いているのだ。

よく行くジャカルタ市内ベンヒルにある「アチェ麺の専門店」で食事をしていると、GO‐JEKのロゴが入ったジャンパーとヘルメットを着用したバイク運転手が店内を訪れ、携帯を見ながら客の注文品を店員に告げ、支払いの後レシートを写メする姿によく遭遇する。

注文を顧客に届け、支払い証明としてレシートの写真を提示して料金+経費の支払いを受けるのだ。

まあ、家や事務所にいながらにして好きなレストランの希望のメニューが届くシステムだから、仕事が多忙で外出時間がない時や雨天などの時は実に有用なアプリであることは間違いない。

ただ、これはシンガポール在住時にも感じたことだが、「これでいいのか」とも思ってしまう。シンガポールの人は実に外食が好きで共働き家庭が多いからか、家庭で主婦が料理をすることがあまりないと言われている。

インドネシアも都市部にまだ限定されているとはいえ、こうした、何でも「他人任せ」が定着すれば、家庭で主婦でも主夫でもが掃除洗濯・料理・買い物をしなくなるのではないか、母から娘へと伝授される「お袋の味」や「地方の伝統料理」など消えてなくなるのかな、と心配してしまうのだ。余計なお節介といえばそれまでだが。

主婦がブランドを立ち上げてネット販売

ジャカルタ東部クバヨランの中級アパートに住むアンナ・カロリンドさんの台所は週に何度か「戦場」のような忙しさになる。同居している姉や駆けつけた親族とともにネットで注文を受けた惣菜、弁当の料理、パッキングにと、台所だけでは足らず、リビングのスペースまで使っての作業が続く。

もともとは故郷のスマトラ島北部メダンで母親ら家族経営による惣菜や料理のケータリングの仕事をしていたというアンナさん。2009年にテレビ局の仕事でジャカルタに出てきたが、現在のグルメブームに「商機あり」と、2017年7月からケータリング業を再開した。

「Ka’Anna」(アンナおばさん)というブランドをイメージ・シンボルとともに立ち上げ、スマトラ島北部パダンの名物料理でもある牛のモモ肉をココナツミルクでじっくり煮込んだ「ルンダン」を中心にネット販売を開始した。

ショウガやヤシ砂糖、唐辛子、胡桃などと共に煮込まれたやわらかい肉と1キロ26万ルピア(約2000円)、500グラム13万ルピア(約1000円)、250グラム6万5000ルピア(約500円)という手頃な価格が最初は知人のネットワーク、そして口コミで人気を呼び、次第に注文が増え始めた。

ルンダンは単品の惣菜だが、それ以外にライスと野菜も合わせたランチボックス、朝食ボックスの販売も最近開始し、順調に注文が入り始めているという。

朝食ボックスとしては「鶏肉焼き飯バリ風シチュー」、ランチボックスとして「焼きビーフン茄子と卵炒めエビセン付き」「白米に塩魚焼き鳥、豆腐と豆の炒め物弁当」など多彩なメニューを家庭や事務所、催し物、パーティー、会議などに配達している。

そして、2017年12月には、中心部のビジネスホテルから「従業員のランチに2018年1月から毎日40食」の契約に漕ぎつけるまでになった。「もっと多くのメニューを作り、より大きなホテルや会社とケータリング契約できるような魅力的な惣菜、ランチボックスを開発していきたい。それにはもっと中心部に大きな台所を備えた場所を探さなくては」と、アンナさんは現在ビジネス拡大の拠点となる物件探しにも忙しい。

2017年12月某日、実際に人気ナンバーワンの「ルンダン」の調理現場を取材させてもらった。  素材となる牛のモモ肉は、スーパーマーケットや食料品店では購入せず、必ず地元に昔からあるウェット・マーケットと呼ばれる市場に出向いて、品質を吟味したうえで購入しているという。「スーパーなどの牛肉は輸入品も国産も流通経路から一度冷凍されたものが大半で、冷凍された肉は水分を含み食感に固さが残る」とアンナさんは話し、やわらかさにこだわる肉は捌いたばかりの新鮮で冷凍されていない肉を使うことにこだわっているという。

ショウガ、ニンニク、赤玉ねぎ、唐辛子などをペースト状にすりつぶし、クニットの葉とともに熱した油と混ぜる。既成のココナツミルクではなく、削ぎ落したココナツの実を買ってきて、自ら水で絞り出したココナツミルクを混ぜ、沸騰したところに肉を投じる。じっくりと煮ること3時間で褐色のルンダンが完成する。

そのまろやかでやわらかい肉はまさに絶品。「米テレビCNNが最も美味しい牛肉料理の1つに選んだこともあるんですよ」(アンナさん)というだけのことはあり、日本人なら白いご飯が何杯でもお代わりできそうなオカズだ。

このKa’Annaブランドの惣菜、ランチボックスなどのその発送、配達もGOJEKなどのアプリによる配達業者が担っている。少量の場合はオートバイで、大量の場合は自動車で、いずれも指定した時間に、指定した場所に確実に届けることができ、個人や小規模のケータリング、ネット販売が可能になった理由の1つにこうした流通革命があることは間違いないと言える。

さらに、Ka’Annaを食べた消費者がその味やクオリティーをインターネットのYou TubeやInstagram,、FaceBookなどで評価することで、ネットワークが拡大、新たな注文が舞い込むということになり、ネット社会の利点をフルに活用したビジネス展開が可能となっている。

アンナさんは、いずれ日本など外国でもルンダンを販売したいと考えている。知り合いの日本人シェフに相談したところ、「日本での食品販売には添加物の有無、原料・材料・香料など内容物に加えて、賞味期限や重量などをきちんと表記することが最低限求められる」とのアドバイスがあり、今後の検討課題となっているという。

確かに、Ka’Annaブランドのルンダンのパッケージにはイスラム教徒でも食べることができる「ハラル」認証マークと人口添加物がないことを示すマーク以外は商品名と連絡先ぐらいしか表記はない。インドネシアではいったい食品衛生法とかどうなっているのか、という一抹の心配はあるものの、こうした手軽さが誰もが参入できるインドネシアの現在のグルメブームの底辺を支えているとも言えるわけで、それはそれで良しとしてもいいのだろう。

ただ、今後、日本などへの輸出を検討する場合は、個人であれ、会社組織であれ、その国の規則やルールに従うことが求められるのは当然のことだ。

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多彩で奥深い食文化を持つインドネシア料理

最近は日本でもインドネシア料理店が各地に増え、インドネシアでの駐在を終えたり、旅行したりした日本人が日本に居ながら懐かしいインドネシア料理を堪能できる機会も増えている。1つだけ紹介すると、目黒のインドネシア学校近くにある「チャベ」は在京インドネシア大使館員も頻繁に訪れる「懐かしい祖国の味」を楽しめるレストランだ。

東南アジアでは、フランスの旧植民地でフランス料理の影響を受けたベトナム料理やカンボジア料理の質の高さ、さらに長い独立国としての歴史と王室を中心とした奥深い文化と伝統に根差したタイ料理、イスラム教の影響を残すマレーシア料理、中国料理とマレー料理の合体や地元プラナカン料理など独特の食文化のシンガポール、スペインやアメリカの影響も残るフィリピン料理などと東南アジアの食文化は実に豊かだ。

タイ料理やシンガポール料理ほどは知られていないインドネシア料理だが、広大な国土に広がる300以上の民族がそれぞれ独自に有する食文化は実に多種多様である。大半を占めるイスラム教徒による宗教的制約の中でもそのバラエティーさは際立っており、キリスト教徒が多い地域では、豚肉、犬肉、蝙蝠なども食べるし、ヒンズー教のバリでも「バビ・クリン(豚の丸焼き)」など独特の料理で世界中からの観光客を魅了している。

そんなインドネシア料理の中でも全国各地津々浦々どんな小さな村落に行っても必ずといっていいほどあるのがパダン料理である。スマトラ島北部のパダンはミナンカバウ族という母系社会で、家を継がない男性が全国に散らばり故郷の味を楽しみたいと始めたのが各地のパダン料理と言われている。

テーブルに並ぶ大量の小皿には牛の脳、肺、筋肉、皮、内臓と各部位、野菜、魚、そして、鶏肉各種が盛られ、白米と共に食し、食べた分だけ支払うというシステムである。日本に各種インドネシア料理店があるが、このパダン料理の店だけは寡聞にして聞かない。できれば、在日インドネシア人、インドネシア滞在経験のある日本人で賑わうこと必定だと思うので、ぜひパダン料理の店を日本にと長年思っているが、いまだにない(はずである)。

東端のパプア地方では、パぺダというサゴヤシのデンプンから作った水あめのような料理もあり、これも日本はおろか、ジャカルタ市内でもごく限られた店でしか味わえない。同じパプアの山間部ワメナで食べた茹でた川エビは最高の味だった。

スラウェシ島南部マカッサルの「チョト・マカッサル(牛の内臓スープ)」「コンロ(牛のスペアリブ)」、北部マナドの「カリーパニキア(蝙蝠カレー)」、ジャワ島スラバヤの黒いスープにもやしと塩卵を入れて食べる「ラウォン」、スマトラ最北部アチェの「ミーアチェ(アチェ風麺)」などなどそれぞれの地域を代表する名物料理の数々。

そして、パダン料理と並んで全国区の料理で日本人にも馴染みのナシゴレン(焼き飯)ミーゴレン(焼きそば)、サテアヤム(串焼き鳥)、納豆の原型(?)のテンペ、肉団子のバソ、ピーナッツ味の茹で野菜ガドガドと限りない。

インドネシアに滞在している駐在員の皆さん、日本や東南アジアから旅行で来られた日本人の観光客の皆さんには、ぜひインドネシア料理を楽しんでみてほしい。

とはいえ、屋台はちょっと衛生面や治安が心配、という方には、清潔で冷房完備、物売りも勝手に演奏を始める流しのミュージシャン(小銭をせびる)も、ものほしそうな猫も寄り付かない、それでいて、日本人や外国人も比較的少ないレストランを紹介する。焼き鶏など鶏料理なら「サテ・ハス・スナヤン」、皿が沢山のパダン料理なら「パギ・ソレ」か「ガルーダ」、麺類なら「バックミー・ゲーエム」、インドネシア料理一般なら「ソラリア」、いずれもチェーン店であちらこちらにあるレストランであり、至って明朗会計である。そういう店なので、基本的にビールなどのアルコールはない。と思っていたら、先日、ビールが好きな日本人とパダン料理店「ガルーダ」でだめもととビールの存在を確認すれば、店員が目配せする。しばし後に登場したのがビンの周囲をわら半紙みたいな紙で覆ったインドネシア製ビール「ビンタン」。他のテーブルのインドネシア人に配慮しての結果なのだろうが、グラスに注いだ時点でビールはバレバレ、そんなところがまさにインドネシアそのものだった。

 

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大塚智彦
(おおつか・ともひこ)ジャーナリスト

Pan Asia News 所属。毎日新聞社ジャカルタ特派員、産経新聞社シンガポール特派員などを経て、2014 年からPan Asia News の記者兼カメラマンとして東南アジアを中心に取材活動を続けている。現在、インドネシアの首都ジャカルタに在住。著書に『アジアの中の自衛隊』(東洋経済新報社)、「ジャカルタ報道2000 日──民主国家への道」(小学館)がある。

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