9つのキーワードで良く分かるアジア Vol.10

70

第10回 タイ

 

「アジア」──と、我々は一言で簡単に言ってしまいます。が、このエリアは、そんな「アジア」という名称だけで一括りする事はできません。
歴史も背景も大きく異なっており、これほど文化が多種多様な地域もないでしょう。
まだまだ基本的な情報すら知らない日本人が多いのも事実です。このコラムでは、毎回9つのキーワードで、アジア各国の基本情報を提供しております。第1回目はカンボジア、第2回目はラオス、第3回目はミャンマー、第4回目はベトナム、第5回目はシンガポール、第6回目はブルネイ、第7回目はインドネシア、第8回目はフィリピン、第9回目はマレーシアを取り上げました。
第10回目の今回は、インドシナ半島で最も発展しているタイです。

 

 「人口」はインドシナ半島で2番目に多い

タイの人口は6718万人で、インドシナ半島ではベトナムに次ぐ規模です。タイ族75%、華人14%、その他マレー系、インド系などがいます。在留邦人の数は約7万3000人で世界第4位。バンコク日本商工会議所に加盟している日系企業は約1800社で、これは世界中の日本商工会議所の中では、上海日本商工クラブに次ぐ世界で2番目の規模です。

「面積」は日本の約1・3倍

面積は約51万平方キロメートル、そのうち水面積率は0・4%とわずかです。

「年齢」は平均年齢38歳と、成熟しています

タイの平均年齢はアセアンの中ではシンガポールの40歳に続く高齢で、成熟した社会を現わしていると言えます。

 

「気候」は熱帯性に分類されます

タイの気候は熱帯性に分類され、モンスーンの影響が大きく、5月から10月にかけてはスコールにしばしば見舞われる雨季となります。特に北中部では8月から10月にかけては降雨量が多く、洪水が引き起こされることもありますので、注意が必要です。11月から3月中旬までは乾季となり、比較的涼しいので、観光には最適のシーズンになります。

 

「政治」は立憲君主制を取っていますが平時の国王は象徴的な存在です

伝統的に国民は王室に対して崇敬を払っており、各家庭やオフィス、商店などでも国王の写真や肖像画が飾られています。平時は国王は政治に介入することはほとんどありませんが、1992年に起こった5月流血革命の際にはフミポン前国王が仲裁に入ったり、2006年と2014年の政治危機の際にもタクシン派の首相の進退問題に直接介入するなど、国王は非常時には政治に介入することがあります。

 

「経済」は自動車産業を中心に高度経済成長を成し遂げています

東南アジア諸国連合(ASEAN)には1967年の結成時から加盟し、アジア太平洋経済協力(APEC)にも1989年の結成時から参加しています。経済の安定や外国企業の積極的な誘致を背景として、1980年代以降の高度経済成長は目を見張るものがあり、1985年から1995年の間の10年間で、タイは年間平均9%の経済成長率を記録しました。その後1997年のアジア経済危機の際には経済は停滞しましたが、これを契機にタイは外国への輸出を積極的に行ない、徐々に好景気に逆転をし、現在は経済成長のスピードはスローダウンしたものの、安定した経済を維持しています。

「歴史」は20世紀前半まではシャムが国名として定着していました

タイの民族国家設立以前、中国の華南に住んでいたタイ民族はインドシナ半島を南下して、現在のタイの位置に定住するようになりました。小タイ族によるスコータイ王朝(1238~1350年)の3代目ラームカムヘーン大王の時代に現在のタイ文字が完成したいと言われています。その後アユタヤ王朝(1350~1767年)、トンブリー王朝(1767~1782年)を経て、現在のチャクリー王朝へと変遷しています。

 

「文化」はインド起源のバラモン文化を中心に、仏教思想の影響を受けたものが多い

彫刻はほとんどが仏像で、建築も仏教寺院建築が主である一方、寺院の壁画にヒンドゥーの期限の説話が挿入されていたり、ヒンドゥー教の神々・生物が装飾として置かれていたりします。

「日本」はタイにとって最大の貿易額・投資額・援助額を誇る友好国です

トヨタ、日産、ホンダを始めとする多くの自動車関連企業がタイに進出し、前述のようにバンコク日本商工会議所は、世界第2位となる1800社の加盟企業を有しています。また、2007年には日タイ経済連携協定が発効し、幅広い分野における経済関係の一層の強化が期待されています。在留邦人数の約7万3000人はアセアンの中ではトップで、温暖な気候と親日的な国民性に魅せられ、定年後に移住する日本人も多く見かけられます。

 


斎藤 公 (さいとう・ひろし)

ソルテックトレーディング株式会社 メディア事業部長

PHP研究所に入社し、英文月刊誌「PHP Intersect」を創刊。同社ニューヨーク事務所長を務めた後、CBC中部日本放送の関連会社に転職し、名古屋港再開発プロジェクトの企画立案を担当する。放送関連の経験を買われ、20年ほど前にシンガポールで日本語ラジオ放送「FM96. 3」の開局に従事。その後、ベトナムに拠点を移し、「ハローベトナム」「インベストアジア」を創刊し、日系企業の海外進出支援事業に携わっている。