カフェから見るアジア Vol.9

第9回  パキスタンで癒されるなんて今は昔の話

クエッタの空はどこまでも青く、あの頃の世界は今よりもずっと広かった。

 

カフェに行けば話し相手には困らない

あれは1990年代の中頃──。アメリカの同時多発テロ事件が発生する以前の世界は、今よりもずっと広く感じたものです。日本のパスポートがあれば、世界中行けない場所なんてない。そんなふうにも思ってました。

だから、あんな場所にも行けたのでしょうね。パキスタン西端にある辺境の町クエッタ。当時、私は週に1便だけのイラン行き列車を待って、ここに滞在していました。現在では、外国人が誘拐されたり、爆弾テロも日常茶飯事、とても物見遊山で行けるような場所ではありません。

しかし、あの頃は平和でのどかなものでした。クソ暑いパンジャーブ平原に辟易していただけに、高原地帯にあるクエッタの冷涼で乾燥した気候には癒やされましたねぇ。どこまでも澄み切って青い空を眺めながらの昼寝も、格別な気分でした。

昼寝ばっかりしてたら夜寝られなくなっちゃいますので、たまには喫茶店とかにも行ったりします。駅前ホテルのカフェでチャイ(茶)を飲みながら、よく退屈しのぎに隣席の客と歓談して過ごしたものです。日本人はかなり珍しいようで、周囲の客たちは私に興味津々。話し相手にも困りませんでした。はい。

自由で緩やかだったイスラム社会

「お前の宗教は何だ?」

「お前はイスラム教をどう思う?」

客たちが私に質問してくる文言は、ほぼこれでしたね。いま時のご時世だと、かなり際どい質問です。
それに対して私は、
「女が顔隠してる世界は面白くねぇな」
とか、いま考えたら恐ろしい返答をしてました。

が、あの頃はそんな話も自由にできそうな、いい意味で弛緩した空気が漂っていました。

まわりの客たちも、
「これだから仏教徒はしょうがねぇな」
ってな感じで、許容してくれたりして。

 

いつかまた好き勝手に茶飲み話がしたい

「男女のケジメをつける。それってどんな宗教でも大切なことなんだぞ。それをテキトーにやってるから、エイズなんてヘンな病気が蔓延するんだ!」

真顔で私を諭す若者もいましたね。

彼はフィリピンからこの地にやってきて、神学校でイスラム教を学んでいると言っていましたが……それはいま考えると、タリバンだったわけです。あの時は、その存在も知らなかったけど。この後にビン・ラディンを匿ったり、アメリカ相手に戦争したりで、世界にその名を知られる泣く子も黙るイスラム原理主義な人々です。

私も知らなかったとはいえ、人様の土地に入り込んで、好き勝手なことを言ってたものです。よく無事に生きて帰ってこれもんだな、と。思い出すと、背筋が寒くなってきますね。

まあ、いい時代でした。また、あの頃のようにところかまわず好き勝手な茶飲み話ができる。そんな世界になってほしいものです。

 


青山 誠(あおやま・まこと)

フリーライター

島根県出身。大阪芸術大学卒業。旅と歴史を主なテーマに『旅の手帖』『散歩の達人』『別冊宝島』など数多くの雑誌や書籍を活動の場としている。著作には『港町に行こう!~歴史と人情とうまい魚を求めて~』(技術評論社)『江戸300藩城下町をゆく』(双葉新書)『インターネットビジネスの手順&儲け方』(すばる舎)『ツアーコンダクター一度はやってみたい!こんな仕事』(すばる舎)『バンコク恋愛事情愛タイ!』(双葉社)『戦術の日本史』(宝島sugoi文庫)『坂野惇子―子ども服にこめた「愛」と「希望」』(中経文庫)などがある。

 

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