火曜日, 11月 19, 2019

タイで製造業を営む経営者座談会

かつて、本田宗一郎がミカン箱の上から日本の未来をとうとうと語ったように、戦後焼け野原から奇跡の復興を遂げた現在の「経済大国ニッポン」の礎を担ったのは、町の工場で働く人たちである。 時代は移り、多くの製造業がその拠点を海外へと移す中、たゆまぬ努力とあくなき挑戦を続け、日本経済を根底から支える製造業の担い手たち。 そこに従事する人たちに敬意を表し、幾度何べんでもスポットライトを与えることこそ、我々メディアの使命であると考え、当企画に至った次第である。

海外で居場所を見つけた孤高のピン芸人

皆さんは、ぜんじろうという名前を覚えてらっしゃるだろうか? かつて、『上岡龍太郎最後の内弟子』『西の最終兵器』『平成の明石家さんま』と一世を風靡した後、姿を消した、と言われて久しい。

アジアで慈善活動を行なうアイドルグループ

ポップカルチャーがつなぐ友好の懸け橋 アジアで慈善活動を行なうアイドルグループ K─POP、ドラマなどでアジア市場を席巻する韓国エンタメ産業、いわゆる「韓流」。その韓流に対抗すべし! と2010年より行政の肝いりでスタートした「クールジャパン」も特にこのタイでは民衆レベルまで浸透し、かのAKB48の姉妹グループBNK48などは今やタイのCM10社以上に出演する国民的アイドルとなっている。そんな中、「おとなの喧騒」とは一線を画し、地道にチャリティー活動を行なうアイドルグループがいる、と聞き、このたび取材することとなった。隣国カンボジアにおいて奉仕活動の実績を積み、ここタイでも同様の活動を計画しているという彼女たちのその純粋かつ崇高な目的に迫った。   グループのコンセプトは世界をつなぐアイドル ──こんにちは。本日はPOPUPメンバーの塚本里咲さんにお越しいただきました。タイにお越しになるのは何度目ですか? はい。今回で3度目になります。前回来たのが今年の6月だったんですが、その時と比べて涼しくて過ごしやすいですね! ──今回訪タイされた目的は? 来年の1月に予定されているチャリティーイベントの打ち合わせと、タイで今後活動していく為の各種PR活動のためです。地元のイベントにもちょこっと参加します! ──タイの印象はいかがですか? 実は人生初海外がタイなんですよ! ですので、私にとって特別な国なんです。街がとても栄えていて、人々にも活気があっていいですよね‼ タイ料理も美味しいし。とても気に入ってます。 ──お若くていらっしゃいますが、活動歴は長いんですよね? はい。12歳の時から芸能人として活動していて、前身の2人組のグループ、そして現在所属してるPOPUP、あわせて2000回以上ステージを経験しています。歌と踊りの他に、幼少期より民謡と三味線を習っていました。 ──現在活動をされている、POPUPについて教えてください。 元NMB48の島田玲奈さんが運営する「saq*cafe」発のプロジェクトとしてオーディションが行なわれ、西本珠理、市川 楓、浅野きえ、そして私、塚本里咲の4名が選抜されました。2016年12月30日に大阪MUSEのワンマンライブでデビューし、当初の活動は大阪中心でしたが、今年から東京に拠点を移し、CD制作ライブなど幅広く活動を展開しています。ファンの皆さんには「ぽぷあ」と呼ばれていて、グループのコンセプトは「世界をつなぐアイドル」です。よろしくお願いします!   ボランティアのきっかけはカンボジアから ──そんな4人組の皆さんが、アジアに活動の枠を拡げることになるんですよね? そのきっかけは何だったんですか? 私たちが所属する事務所の代表がカンボジアに縁があったのがきっかけです。PIF(Pay It Forward)という名のNGO(非政府組織)活動をされている方で、孤児院のサポートをされています。こちらの方から「プノンペンで行なわれるチャリティーイベントなどに参加してみませんか?」と声を掛けていただき、こんな人から感謝されて自分たちも楽しめるチャンスまたとない、とメンバー一同趣旨に賛同し即決しました。日本語学校2か所で行なわれた交流会に参加したのを皮切りにメコン大学でのイベント、イオンモールのイベントスペースでもミニコンサートをやらせてもらいました。それが今年の1月の話ですが、翌月には王立プノンペン大学で開催された『絆フェスティバル』に参加させていただきました。これはカンボジアで開催される日本関連のイベントでは最大級のもので、開催期間トータルで2万人以上の方が来場したと聞いています。その他にも赤十字主催のイベントにも参加したりと1月2月の2回で多くのチャリティーイベントに参加させていただきました。海外でコンサートをするのは初めてのことですし、各々もちろん記憶に残ってますが、私たちにとって非常に印象深いものになっているのが養護施設の慰問です。ここでは事前に必要とされているものを聞き、主に教育関連の物、鉛筆やノートが不足していることを知り、またお菓子やジュース、ヤクルトなどが子供たちに喜ばれるとのことだったので、これらのものを買っていきました。養護施設だけで3か所慰問し、子供たちとの交流をはかりました。 ──それは非常に良い行ないであり、皆さんにとっても意義のあるものとなったことでしょうね。その時の印象はいかがですか? ここにいる児童の皆さんは、下は幼稚園くらいから上は中学生くらいの子供たちで、お母さんが働いている時間だけ預けられているというケースからご両親ともいない子、深刻な病気を抱えている子など様々なのですが、多くの子供が自身の状況を受け止め、その運命を嘆き悲しむことなく、しっかり生きているような印象を受け、とても感銘を受けました。強い子供たちだな、って。私たちの歌に馴れない手拍子で応えてくれたり、鬼ごっこしたり、お部屋を見せてもらったりと、ほんとに私たち自身も楽しい時間を過ごすことができました。何度か訪問している学校などでは私たちの名前まで覚えてくれていて、前回行ったとき配ったPOPUPのシールやポストカードをちゃんと持ってくれていて、とても嬉しかったです。お返しに日本の歌を皆で歌ってくれたときなどは、感動のあまり号泣でした(笑)。     タイや中国、そしてアジア全体に絆が広がっていく ──皆さんとカンボジアとの間に本当の意味での「絆」ができたってことですね はい。ほんとにそう思います。イベントの中でも皆さん本当に日本のことに関心を持ってくれているのを感じましたし、私たちのことを受け入れてくれようとしているのも強く感じることができ、もっともっとカンボジアのことを知りたい、もっともっとカンボジアの人たちに私たちのことを知ってもらいたい! って思いました。そういえば嬉しいことがもうひとつあって、私たちのカンボジアでの交流活動が、在カンボジア日本大使館より日柬友好65周年記念事業に認定されて承認状をいただいたんです! これって凄いことですよね!? 日本に帰ってからもカンボジアとの縁は続いていて、5月に東京の代々木公園で開催されたカンボジアフェスティバルにも出演させていただき、ステージの他PIFさんが出されたブースで親善大使として物販のお手伝いもさせていただきました。ここではPOPUPのファンの皆さんの後押しもあって、結構な額の売り上げをあげることができ、これらをすべて慰問した学校などに寄付しました。学校からふたりの女の子が招待され東京で再会、っていうサプライズもあったんですよ! ──心温まる話ですね。ファンの皆さんも、自分たちが応援しているアイドルが社会貢献活動をしている、というのは誇らしいことだと思いますよ。自身もその一員として参加できるわけですし。このカンボジアでの尊い経験をアジア全域に広げていきたい、というのが皆さんの夢なんですよね? その通りです! 11月中旬には、上海で開催される日中平和友好交流条約締結40周年記念イベントに参加することが決定しています。来年の1月には、ここタイの人気子役グループの皆さんと一緒にチャリティーイベントなどに出演することになっていて、今日もその打ち合わせとリハーサルもばっちりやってきました! タイではそのタイミングにあわせてカンボジア同様、地方の学校や施設を慰問したり、ジャパン・エキスポなど日本関連のイベントにも参加したいと思ってます。そしてその熱をお隣のミャンマーやベトナムなどにもお届けしたい! と夢は膨らむばかりです(笑)。あ、そうだ。海外でのチャリティー活動に関しては、私たちの妹グループ、W.(ダブルブィー)も趣旨に賛同してくれて一緒に活動していきますので、POPUP共々、応援お願いしまーす! 日本とアジアをつなぐ懸け橋になりたい ──最後に、塚本さんご自身の今後の目標、夢について語ってください はい。とにかくこのチャリティー活動を一生のライフワークとして続けていきたいです。いろいろな方の支援もあって、ほんとうに良い経験をさせてもらっていると思ってますし、外国の方々、そして子供たちに活力をもらっています。これは今の私にとって生き甲斐と言っていいと思います。これを継続して日本とアジアをつなぐ懸け橋になりたい、というのが今の夢ですね。あとは子供の頃から抱いている夢として、「いつかアニメの主題歌を歌いたい」があります。私をこの世界に導いてくれたのはアニメなので。 ──本日はありがとうございました。皆さんのタイそしてアジアでの活動、ビザイア共々楽しみに見守り、でき得る限りの支援をさせていただきたい、と思っています。   川越渉(かわごえ・わたる)Kamin BCNT代表 日本で雑誌編集者として業務後、39歳のときに一念発起しタイへ移住。1年間チュラロンコン大学にてタイ語を勉強した後、通訳兼コーディネーターとして大手電機メーカーに勤務。日系新聞社での勤務を経て4年前より起業しゲストハウス経営、展示会オーガナイザー、通訳などの人材派遣業を手掛ける。在タイ10年目。

東南アジアで社会貢献する

人生のプライオリティーは、自分にとって仕事である。成功者の名言だ。実際には、仕事より趣味、家族、夢、異性が大事だという方が一般的だ。しかし、それらがうまく稼働しているのは、ある程度の収入を得ていることが前提の話である。

ここがヘンだよ外国人オーナー

日本で生活していると、「外資系企業」なんていうと、英語が必須で、ノルマが厳しくて……と、とかくハードルが高いイメージがあると思うが、いざ国を飛び出し海外で働くと、外資系企業などは、むしろ当たり前のことであり、ここタイにおいても、日系、中華系、欧米系と、いわゆる外資系企業が群雄割拠で凌ぎを削っている。

アジアで工業団地を開発・運営するアマタ・コーポレーション

タイとベトナムで3か所の大規模工業団地を開発・運営しているアマタ・コーポレーションだが、工業団地開発でミャンマーとラオスに初進出する他、ベトナムで第2、第3の工業団地建設を始める。

日系の殻を破り、グローバルの土俵で戦える企業へ

今回座談会に参加いただいた方々は2~3年と勤務年数は少ない部類に当たるが、現地採用者の中には10年以上同一企業に従事し、駐在員とローカルスタッフの潤滑油になりながら週末は日本からの出張者のためのゴルフ接待、....

華人系企業成功の陰にインド人と日本人あり

タイの首都バンコク中心部からメナム河を越え、さらに車で30分ほどのノンタブリ県内にタイ企業としては唯一の航空機部品メーカーであるCCSグループの工場があり、これまで何度か取材してきた。

バンコクで働く人々の現実に迫る タイ現地採用者の覆面座談会

今回座談会に参加いただいた方々は2~3年と勤務年数は少ない部類に当たるが、現地採用者の中には10年以上同一企業に従事し、駐在員とローカルスタッフの潤滑油になりながら週末は日本からの出張者のためのゴルフ接待、....

東南アジア各国で新たな挑戦を続ける日本人

アジアに魅せられ、アジアで起業した日本人は多いが、今回ご紹介する江口二郎さん(1946年生まれ)もアジアに深くハマッたユニークな人生を送っている。 江口さんは35歳の時に初めての外国であるシンガポールに来て活動を開始、72歳になった現在でも独りでアジア各地を飛び回っている。