マレーシア進出の「ツボ」 Vol.9

外資100%の進出を
容認しているマレーシア

マレーシアは2009年から、外資100%の進出が可能となっております。
これによって、日本企業の進出が一段と加速いたしました。
マレーシアの投資環境は近隣諸国の追随を許さないのは間違いないでしょう。

アジアで投資するならマレーシア

2009年にマレーシアの第6代首相に就任したナジブは、外国からの直接投資に対する思い切った政策転換を実施し、特に非製造業(サービス業・商業・飲食業・銀行保険業など)のマレーシア進出のハードルが一気に低くなりました。

彼は首相就任後すぐさま、それまでは進出の必須条件とされていたブミプトラ(土地の子=地元民)30%以上の資本規制の撤廃を発表したほか、金融・保険業の出資規制の緩和を発表しました。

彼はさらに先進国からの投資を拡大するため、順次さまざまな緩和策を実施した結果、現在は国の機密にかかわる軍需産業、金融業、マスコミ、マレーシア人だけが行なう屋台などの小規模ビジネスを除いて、ほとんどの分野で外資100%での進出が認められることとなりました。

これは他のアジア諸国と進出難易度の比較において、マレーシアが大きなアドバンテージを持つこととなり、以降現在に至るまで、日本資本の非製造業の進出が大きく活発化しています。

日本の個人事業主の進出が増加

過去、問題であったのは、サービス業は現地資本を入れないと営業ライセンスが下りないことであり、これは後々の不協和音や理不尽な要求、果ては乗っ取りに至るまで、「百害あって一利なし」という制度でした。

やむなく合弁でスタートした後、そこそこ収益が上がってくると、株主に名を連ねたローカル側が大体は取り決めたシェア以上の分配や配当を求めてくることが当たり前で、事業維持のために、その「見かじめ料」を泣く泣く払い続けているというケースも多く、当社グループにも、いわゆる「離婚相談」の依頼が定期的に入ってきていました。

2009年以降、そういう心配が不要になったというのは、マレーシアが過去40年間外資を受け入れてきた歴史において、最も大きなトピックスとなったわけです。

もともと、マレーシアでの法人設立は、たった2名の発起人によって、期間わずか3週間程度で完了します。この2名が増資後もそのまま唯一の株主でい続けることが可能になったため、今まで進出をためらっていた新しい顔ぶれのビジネスが日本から上陸しています。

大手の例でいうと、ワタミ、ミスタードーナツ、吉野家などをはじめとする飲食チェーン、また、ユニクロ、オートバックス、無印良品などの小売業などの看板が次々とあがっていますし、ハードルが下がったことにより、個人事業主が店を出したりするケースも相次いでいます。

現在、当社へのご相談が一番多いのは、やはり個人の方からの飲食店・小売業の現地開店ですが、上記の理由で出資のハードルは消滅し、あとは(名義だけのマレーシア人)取締役の設置、払い込み資本金100万マレーシア・リンギット(約2700万円)のご用意だけで、卸し売り・小売りのライセンスが取得できるようになったので、今後クアラルンプールの街には日本語のサインボードがさらに多く掲げられていくかと思います。

 


鵜子幸久(うのこ・ゆきひさ)

桜リクルート社 代表取締役社長

リクルートに入社し、『ホットペッパー』の神戸・ 大阪エリアの創刊に携わり、各地の初代編集 長を務める。兵庫FM ラジオ放送(Kiss-FM KOBE)では番組審議委員を担当。2003 年 にクアラルンプールにて桜リクルート社(Agensi Pekerjaan SRM.Sdn.Bhd.)を創業。「人材紹 介事業」「ビジネス・コンサルタント事業」「日本 の学校機関誘致事業」などを通じて、アジアと 日本との架け橋となるべく活動中。 2014 年の 年頭に発行された週刊『AERA』(朝日新聞出版) では「アジアで勝つ100 人」に選ばれた。

 

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here