どこまで行けるか?「日本スタイル」 vol.5

第5回 タイ人の優しさに日本人は感激する

「歌は世につれ、世は歌につれ」という言葉がありますが、国も世につれ、人も世につれ、移り変わっていきます。
それは日本もタイも同じでしょう。でも、ずっと変わらないものもあるし、またこれからもずっと変わってほしくないものもあります。
タイ人の優しさは、いつまでも変わってほしくありません。
タイには我が祖国ニッポンが失ったものが今でも残っているからです。

 

人は老いても新しい発見がある

85歳になる私の母とその同級生の小母さんが2人でタイにやってきました。もう何度目かになるため、自分たちで航空券を手配し、自力での来タイです。当初パッケージ旅行で来ていた短期旅行も、
今は1か月の滞在となり、アパートを手配して生活するようになっています。

彼女たちは、第2次世界大戦中の女学校からの付き合いで、2人して気兼ねなく過ごしているようです。また未亡人であるがゆえに気楽な身の上というのもあるのでしょう。

1か月もの間まったくのノープランで来ているので、ゆっくり過ごしてくれるかと思っていたら、そうではないらしく、毎日の日課のように大型ショッピング・センターのサイアム・パラゴンとか、セントラル・ワールドに通い、日々新しい発見をしてきます。

 

ニッポンの老人の元気さにタイ人も感激

合計170歳の高齢者が2人して杖を付いて歩く姿は、何とも周囲には不思議に映るらしく、色々な人にお世話になっているようです。デパートのドアマンと知り合いになったとか、博物館で日本人男性にナンパされたとか……。その日一日の出会いを、夕食になると、2人で嬉々と話しています。

タイ人の優しさに感激することも度々あるようです。買い物袋を抱えて2人して歩いてると、高校生と思われる子に声をかけられ、荷物を持ってくれて、アパートの近くまで付き添ってもらったとか、レストランに入ると、満席に近いのに、一生懸命、席を準備してくれたりすると言っておりました。

一度、ランドマークである高層ホテルのバイヨークに夜景を見に行くと、ホテルマンたちが、老婆の元気の良さに感激して抱きつきそうになっていました。こんな場面に出会うと、他者に優しいタイ国民の感受性には、いつも心を癒されるものです。

日本はこれからも変わり続けるのか

さて、遠目で見る現在の日本は、社会への無関心、家族や集落に対する共同体として意識の減少、個人利益を追求する個人主義に社会が取ってかわられたように感じる時があります。

戦中・戦後を生きた彼女たちにすると、日本が時代に翻弄された時期を含めて、日本という国の移り身の速さを気づかされた世代かもしれません。

時おり口癖のように「昔の日本人はもっと誇りを持っていたのにね〜」と母が言います。

急速に都会になっていくタイのバンコクも「昔のバンコクは〜」なんていうフレーズを聞かないわけではありません。しかし、タイ人の根底にある人と触れ合うことで形作られている共生の社会通念が大きく崩れない限り、タイ人の持つ優しさはこれからも続いていくような気がします。

すっかり、タイの優しさに魅された170歳の母たちは、次回は3か月の滞在にすると言っています。嬉しいやら、大変やら、これからも珍道中が続くようです。

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井芹二郎(いせり・じろう)

バンコクポルタ株式会社 代表取締役社長

熊本県出身。リクルートにて、求人情報誌の創刊プロジェクト、地域活性化事業、狭域エリア事業のシニアダイレクター、メディア・プランニングと媒体設計にたずさわる。2008年、タイのバンコクでPR企画会社バンコクポルタを設立。消費意欲が高まるタイのバンコクで、トラベル・インバウンド・サポート、ライフスタイル・マーケティング、日本企業のタイ進出支援、イベント企画などを行ない、日本国内では自治体や民間企業のアドバイザーを務めている。

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