すべてはタイから教わった Vol.4

第4回 「豊かさ」の意味を問い直す

 

タイで仕事を始めて、そしてプライベートでも、タイ人女性との同居を経て結婚。
そんな暮らしの中で、ふと、人にとって教育が如何に大切なのかを考えるようになりました。
タイで暮らす前は、私も御多分に漏れず、貧しい人たちを助けたい、何か役に立ちたい、という気持ちが強かったのですが、それが如何に思い上がりだったかを、徐々に気がつくようになりました。今回は日本にいた頃の話を思い起こしてみます。

 

日本から外国を見ていた頃

私は、タイに暮らして19年目。そして、タイ人女性と結婚して14年が経ちます。タイで仕事を始めて少ししてから、地方の教育支援NGOのお手伝いをするようになりました。

バックパッカーでタイやフィリピン、ネパールを見て回った自分は、いつしか日本に生まれた事がいかにラッキーな事だったのかを知るようになりました。同じ時代に同じ地球に生まれたのに、国や場所が違っただけで、自分は好き嫌いを言って、わがままに生きていられる。しかし、違う場所では否応なしに今日明日の食べ物に苦労している人がいる。

特に旅をした地域には、貧しい人たちが道ばたでもよく見かけたから、余計にそんなことを思うようになったのでしょう。いつしか、私は自分にも何か彼らの役に立つ事が出来ないかと探し始めていました。

そんな折りに、新聞広告で、海外の里親になって、貧しい地域に貢献できる、という国際NGOを見つけました。里親として、毎月いくばくかを国際NGOに送る。初めは、ただそれだけでしたが、やがて直接会いたいという気持ちが大きくなりました。そして、3年目くらいに子供のいるフィリピン、ミンドロ島を訪ねて行きました。

 

首都と地方の格差

フィリピンのミンドロ島は、マニラから南へバスとフェリーで4~5時間だったと思います。カラパンという州都で、NGO団体の人と落ち合い、さらに車で3時間くらい山の中に入ったところに子供の住む村がありました。当時1980年代後半のマニラは、すでに交通渋滞もありましたし、マカティ地区にビジネス街も出来ていました。

そこでは、背広を着ている事は涼しいオフィスで仕事をしている証しであり、それだけで一つのステータス・シンボルだと言われていたものです。そんなマニラから地方の島に渡り、山中に踏み入れてみると、そこは全く別の国とも言える場所でした。

国際NGOが支援していたためか、村は思ったより整備されていた記憶があります。しかし、そこへ至る道は舗装されていない道でしたし、途中、橋が落ちたままになっていて、村に入る手前では、川を歩いて渡りました。

この経験より前に、バックパッカーでネパールを旅した時に、ポカラのサランコット山から下りる時に、道に迷って山中の畑にいた村人に救われた事がありました。そこで案内されて見せられた彼らの暮らしは、私にとっては、初めてのカルチャー・ショックとも言えるものでした。

フィリピン、ミンドロ島の子供が住んでいた村の暮らしを見たときも、ネパールでの事と重なって見えてしまいました。

豊かさの基準に生じた疑問

しかし、フィリピンとネパール。そのどちらの人も明るく、温かい気持ちの人たちでした。決して媚びたり、卑屈になったりする様子はなく、当時の私からすると、こんなに貧しい環境で暮らしているのに、なぜこんなに明るくしていられるのだろうと思ったものです。

ましてや、見知らぬよそ者に対して、質素だけれど、ありったけの食事を用意して、温かいもてなしをしてくれる。彼ら自身の明日の分は、ちゃんとあるのだろうか? などと思いながらも、その歓迎を受けた私でした。

こうした体験のあと、タイへ仕事でやってきた私は、今度はお金ではなく、自ら参加しようと思うようになりました。もちろん、当時の薄給では、独身だった私でも、暮らすのがやっとということもあって、お金での支援はできないけど、時間と労力を提供すればいいんだと思い至ったというほうが正確です。

仕事でバンコクに住み、出かける度に街角で物乞いを横目にしながら暮らしていた私は、NGOの行事で支援先の地方に行った時に気がついた事があります。それは田舎には乞食がいないということ。バンコクでは、至る所に子どもも大人も物乞いとして、フラフラしているのは当たり前の光景でしたが、田舎ではそれを見なかったのです。

都会と田舎。そして、田舎で訪ねた先では、フィリピンやネパールの時と同様に、バラックのような家で、食べきれないほどの歓待を受ける。一体どちらが本当に豊かなのだろう。豊かさって一体何を基準にして考えるべきなんだろう。そんな疑問が自然に涌き起こっていました。

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そむちゃい吉田

フリーライター

在タイ18 年目。過去にタイで起業し た事もあるが失敗。現在、某日系企 業のマネージャーを務めながら、通 訳・翻訳もこなし、フリーライターと して取材に歩く日々を送っている。主な著作に、『大人のタイ極楽ガイド』 『大人のイラスト会話タイ語トラベル』 (いずれも有楽出版)がある。現在、 BizAiA!にて、タイのニュース記事やコラムを執筆する他、タイの歌謡曲 情報サイトにも寄稿中。

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