いまも僕を刺激するベトナムという国のこと Vol.7

第7回 ベトナムでオフィスを借りる(その2)

外国で事業をするときに考慮しなければいけない問題はいくつかありますが、そのうちの一つがオフィスです。
場所をどこにするかは大事ですし、広さも考えないといけない。もちろん家賃も重要です。
事業を推進するためには、オフィスの問題は軽視できません。私もベトナムではオフィス探しで苦労してきました。
前回に続き、ベトナムでのオフィス探しにまつわるエピソードをご紹介いたします。

 

いい物件があると聞いたら、その日のうちに見に行く

あと2週間で移転先が見つからなければ、にっちもさっちもいかなくなる。いまの大家さんに頭を下げて、やっぱりあと2年、このオフィスにいさせてくださいとお願いするしかないか、と思っていたころ、スタッフが人づてに、いい物件があるという話を仕入れてきた。

「聞いたところでは、この物件は、いいんじゃないかと思います」

どうか、もうここで決めてくれと彼女の目が懇願していた。こちらだってお願いしたいぐらいだ。今日、内見に行くと返事した。ベトナムでは、こういうことはその日のその日でかなうことが多い。相手がヒマだからだろう。

物件は1区のはずれにあった。

電動のシャッターがあがって、中へ入ると、エントランスのソファセットにお年寄りがいた。日本人なら70歳近くとお見受けする風貌で、オーナーさんだという。

新興国のご多分にもれず、ベトナムもちょっとした不動産バブルを経験した。金融引き締めが行なわれる前にうまく売り抜けた人もいるのだろうが、ビルや分譲マンションの一室を抱え、転売もかなわず、空室に怯える中小企業の経営者は少なくないと聞く。

この人もきっとそうなのだろう。新築同然で使用のあとがないビルを案内されながら、私はケチな計算をした。

このご老人、すでに収入は多くあるまい。高値で売れると踏んだビルが売れ残り、さては融資の利払いに震える日々であろう。となれば、賃料の落としどころはそれほど高くない。内装工事費のオーナー負担も相当程度、望めるに違いない。

醜い下心があってこそ、すぐに条件の話はしたくない。ひととおり内見を終えて再びソファに身を落ち着けた私は、余裕たっぷりにオーナーさんの昔話に付き合うことにした。

 

賃貸条件の交渉で特別な希望を申し出る

ベトナムでは、オーナーさんぐらいの年齢の方は例外なく戦争を戦っているわけだ。身体に弾を受け、生死をさまよったというような話が表情豊かなベトナム語で語られるのを、途中まではスタッフが通訳してくれていたのだが、それを僕が実に神妙な顔で頷きながら聴くものだから、オーナーさんは興が乗ってしまい、そのうち通訳も挟まず一方的に話し出してしまった。
通訳が止んでから30分、ご老人の表情だけを頼りに相づちを打っていると、しびれを切らせたスタッフがついに条件の話を切り出した。
独演会にご満悦だったオーナーさんは、おお、条件か、とばかりに目を細めて僕を見ると、何か特別な希望はあるかと尋ねた。
「全フロアにエアコンを付けていだきたいです。すべてのフロアに2基ずつです」
取り付け工事の費用を考えれば、日本円で150万円はくだらないだろう。大金だ。だがエアコンがないのではどのみち、このビルに借り手はつくまい。オーナーさんは少し口をつぐんだあと、わかったと答えた。
(決まった……)
タフなネゴシエーションを乗り切った気分を味わい、私はひそかに拳を握りしめた。

 

快い気分で借りた後に大どんでん返しが……

にこやかな笑顔で握手を交わし、「素晴らしいビル、寛大な条件、それに貴重なお話でした。ありがとうございます」と伝えると、オーナーも僕の手を強く握って、「日本企業が入居してくれるのは大歓迎だよ、長く使ってもらいたいね」と言ってくれた。

待てば海路の日和あり、といったところだ。契約手続から内装工事、引っ越しと今のオフィスの原状回復工事を考えると、本当にもうあとがないという、ギリギリのタイミングでの契約成立だった。

契約書を取り交わしたあと、香港で買った上物のバランタインをスタッフに持たせ、

「オーナーさんに感謝の気持ちを伝えてくれ。何かあれば、お互い気兼ねなく相談できる関係でお付き合いさせていただきたい」

と言づけると、

「オーナーさんは大喜びでした!」と顔を上気させて帰ってきた。

ベトナム・ビジネスの基本は信頼関係、長幼の序をわかっているのが大事にされるのさと、経営者の一大事を見事に果たした私の、これはまさにハイライトだと言えた。

オーナーがビルを第三者へ売却したという知らせが入ったのは、私たちが意気揚々と引っ越しを果たした、そのわずか3か月後のことだった。

(この項、次回に続きます)

 

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堀真一郎(ほり・しんいちろう)

株式会社Wakka Inc. グループ経営者

東京とベトナムのホーチミンシティーを結んでウエブ・システムのオフショア開発/BPO(業務のアウトソーシング)受託を手がける株式会社Wakka Inc. グループの創業者。株式会社RNA コンサルティングの代表取締役も務める。2011年に日系IT企業起ちあげ支援コンサルティングでホーチミンシティーでの活動を開始。現在は自社グループの経営にあたる。

 

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