いまも僕を刺激するベトナムという国のこと Vol.9

第9回 ベトナムで僕も考えた

サッカーのワールドカップが開催中の時でしたが、少し考えさせられることがありました。
ベトナムで引ったくり被害が増加しており、注意をうながす記事がやたらと目についたのです。
一体どういうことなのか──。ベトナムで僕も考えました。

 

ベトナム人はサッカーが大好き

かつて一緒に仕事していたベトナム人のエンジニアは働き者だった。

特に上司がついているというわけでもないのに朝一番には出てくるし、夜は夜で米西海岸にいるという「友人」から頼まれた仕事をして副収入にしている。なお、ベトナムにおいて、この手の副業を禁止しようとするのはナンセンスである。

ある朝、僕がオフィスへ出勤すると、すでにデスクに向かってキーボードを叩いている彼の目が真っ赤に充血している。さすがに無理をしすぎなのではないかと案じて、脇へ腰かけた。

「最近、忙しすぎるんじゃないのか」と尋ねると、

「ワールドカップやってるからな……」と答える。

サッカーだ。

大会中、ベトナムの深夜に始まり朝方まで続く中継にかじりついており、ろくろく寝られていないのが真相だというわけだ。何も言えずに席を移り、仕事にかかった。

彼の場合にはウィンブルドンの時期にも体調が悪化している(偶然かもしれない)ので極端な例と言えるかもしれないが、一般にベトナム人はサッカー好きで、特に国際的なコンペティションには異様に高い関心を示す。

労働組合なんていらない?

一定数を超える従業員を抱えた事業所は労働組合を組織しなければならない、とベトナムの法が定めているので、LAMPART社でも早々にこれに従った。だが、そもそも従業員が組合活動に興味がないので、組合費は使い道がない。自分たちで相談させたら、「休みの日にサッカーをやるので、そのユニフォーム代に充てることになりました」と報告があった。こちらには是非もないので承知したところ、イタリアの某老舗クラブチームのレプリカができあがってきた。
事実、土日の休みには職場のメンバーがそろいのユニフォームを着て集まり、朝早くからサッカーに興じている。実際にはプレイに参加しない女性のスタッフも嬉々としてやってくるのだから、管理職たる駐在員がそっぽを向いているわけにはいかない。結果、若い従業員たちと朝から走り回った彼らは月曜日には激しい筋肉痛とともに出社する。
僕の把握する限り、これが当社における組合活動の実態だ。管理職が酷い目に遭っているという意味では理にかなうと感じている。
ともあれ、これがベトナム人のサッカー好きを示すエピソードのひとつだ。しかしこれだけでは、ワールドカップのたびに引ったくりが横行する説明にはならない。
ベトナム人は
ギャンブルも大好き

もうひとつ、ベトナムの庶民が日常的に嗜む娯楽がある。賭博だ。
ベトナムにはマカオやシンガポールのようなカジノはない。お好きな人は賭場を求めてカンボジアまでいらっしゃると聞く。外資系のホテルにはちょっとしたマシンカジノを併設しているところもあるが、こちらは外国人専用でベトナム国民はプレイできないとされている。

しかし、ちょっとしたお遊び程度のギャンブルは日常世界のそこここに見ることができる。LAMPARTのメンバーは毎年恒例の社員旅行で8時間の夜行列車を利用した際、現地へ着くまで夜っぴて小銭を賭けたトランプに興じていたというし、街のあちこちで声を掛けてくる物売りたちの代表的な商材のひとつが宝くじだ。

ちなみに、この宝くじ、買ったことがないし、買ったという話もあまり聞かないので、どこでどのように当選が発表され、果たして、払い戻しがいかほどのものなのかも詳らかでない。ただ、老婆や年端も行かぬ子どもがそっと寄ってきて差し出すあたりを見ると、これはむしろ施しに近いものなのではないかと感じる。

先に挙げたベトナム人のエンジニアとふたりで地元の店に入って昼食をとっていると、やはり少女が現れ、無言のうちに輪ゴムで束ねた宝くじを差し出した。どうせたいした額ではないだろうから、いくらか買ってみようかとポケットを探ると、彼が「買わなくていい」と身振りで制した。

異国における物乞いや物売りへの対応にはさまざまな難しさがある。彼に従って、少女を無視していると、僕の目を避けるように彼が少しカネを渡していくらか買ったようだったが、買ったくじにはやはり関心を示さず、そのままポケットへ突っ込んでいた。

 

サッカー賭博に有り金を注ぎ込む

そしてもちろん、トトカルチョ、サッカー賭博がある。

公営のはずはないから、残念ながら収益はアングラマネーの供給源になっているものと推察されるが、これがサッカーと賭博の両方が好物だというベトナム人を熱狂させることになる。

一般にベトナムの職場は日本に比べれば早い時間に終業となるから、テレビが国内のサッカーリーグの試合を中継する時間には多くのワーカーたちが仕事を終えている。

通りに立ち並ぶ飲食店がテレビを点けて試合の模様を流していると、時に歩道まであふれる客が食い入るように試合の行方を見守っていることがある。その異様なまでの集中力のいくらかは、彼らがサッカー賭博にカネを投じているからなのだと教えてくれた人がいた。

国内リーグですら、こうした有様だから、いわんや世界を巻き込む国際大会への熱狂たるや推して知るべしというべきだ。

ベトナム人にとって最も重要な資産はバイク

ところが、僕たちのよく知る都心部であっても、人々の所得というのはオフィスワーカーの月給が数百米ドルからという水準だ(支払いはベトナムドンで行なわれている)。一方で、たとえばiPhoneを手に入れようと思えば、価格は日本と変わらないわけなので、サッカー賭博でちょっとした夢を見ようと思えば、それなりに先立つものが必要になる。こうしてギャンブルの元手を作るために借金をする人が出てくるようだ。

最近ではベトナムでもバイクの販売にローンを付けたりということが行なわれ、あるいは日本の金融機関が住宅ローンの普及に乗り出すというようなことが報道されたりしている。だが一般に、市民が与信を受けて借金するというのはかなり難しいことだから、ましてやサッカー賭博の種銭だということになれば、向かう先は街の金融屋、要するに質屋になる。

ここでバイクを質草に入れることが問題を引き起こすと言われている。

ご存じの通り、ベトナム人の足はバイクだ。ベトナムへお越しになる方々が、だいたい初日に発する質問が「決して高くない所得水準で、どうやってあのバイクを買っているのか」というものだ。このあたりについてはいろいろと興味深い考察があるのだが、今回は脇へ置く。とにかくサッカー賭博でひとやま当てようというとき、元手を調達するのに差し出せるほとんど最大の担保がこのバイクだというのがここでは重要だ。

金がなくなったら、他人から取ればいい?

当然のことながら、賭けには負けるということがある。

一攫千金を狙う山師的人物は、オッズの問題から、より多く負けると、文字通り相場が決まっている。そうすると当然、質草になったバイクが流れてしまうが、されば通勤手段としての公共交通機関が未発達のベトナムだ。次の日から仕事にも行けなくなって、生活は行き詰まる。

そこで中には、引ったくりで手っ取り早くカネにしようという不埒な輩が現れるというのが「サッカーの大きな大会が開催されている間は引ったくりが増える」メカニズムだという論が説得力を持つ。

僕は直接被害について耳にしたことがないが、特に外国人の女性などは、大会期間中いつもよりも少し多めに気を付けて道を歩くようにというやんわりしたアドバイスはよく聞く。

ただし、これがベトナムで働く僕たちの知る「ベトナム人の姿」ではないということは、はっきりお断りしておかなければならない。

ベトナムの現実を直視しつつ幸せな出会いをしたい

夜通しサッカーの中継を見ていたり、ささやかなギャンブルに興じていたりはするかもしれないが、生活を脅かすほどのめり込んだり、あげく犯罪に手を染めるというのは彼らからは縁遠い話にみえる。むしろ昼食には弁当を持ってきてこまめに節約し、将来の家庭生活に備えている従業員の姿のほうが僕にはなじみ深い。

だが一方で、こうしたことが実際に起こっているのもまた現実だ。数年前に比べれば、僕たち外国人が引ったくりなどの窃盗被害に遭った話はそれほど頻繁に聞かなくなったように思う。だが、お客様を当地へお招きすれば、案内役のスタッフはその身辺に気を配り、「道を歩くときにはこのように」と指導を怠らない。

ビジネスにせよ、観光にせよ、訪れる人にとって、その国への思いはさまざまな出会いによって変わってくるものだ。お迎えする立場からは、やはり良い出会いを後押しし、明日へと続く思いとともにご帰国いただきたい。そのためには、現実は現実としてしっかりお伝えし、その背景についても思いをめぐらせていただく一方、不幸な「出会い」を遠ざけるべく、様々に手を打っていくのが役目だと心している。

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堀真一郎(ほり・しんいちろう)

株式会社Wakka Inc. グループ経営者

東京とベトナムのホーチミンシティーを結んでウエブ・システムのオフショア開発/BPO(業務のアウトソーシング)受託を手がける株式会社Wakka Inc. グループの創業者。株式会社RNA コンサルティングの代表取締役も務める。2011年に日系IT企業起ちあげ支援コンサルティングでホーチミンシティーでの活動を開始。現在は自社グループの経営にあたる。

 

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