いまも僕を刺激するベトナムという国のこと

第1回 社会主義国としてのベトナム

ベトナムの発展は著しい。街中の熱気に浸っていると、この国が社会主義国であることを一瞬忘れてしまいます。昼も夜も街中は活気に満ちており、市場には物が溢れている。物欲も凄まじい。ビジネス環境も整いつつある。が、ベトナムの正式名称は「ベトナム社会主義共和国」。共産党による一党支配が行なわれており、まぎれもなく「社会主義国」であるのは事実です。いずれにしろ、いつまでこの経済成長が続くか分かりませんが、まだまだこれから伸び盛りの国であることは間違いありません。

 

「ベトナムって社会主義国なんですよね?」

日本から飛行機で6~7時間のところに勃興する経済圏ASEAN(アセアン)。ここで働く駐在員の大切な仕事のひとつに、お客様のアテンド(ご案内)があります。

 

ベトナムはホーチミンシティーのタンソンニャット国際空港でお迎えをしたあと、市内へ向かう大通りナムキーコイギアをタクシーで 20分ほど走る間に、お客様からはいくつもの感嘆や質問が飛び出します。そのうちのひとつが、「ベトナムって社会主義国なんですよね?」というもの。社会主義国といえば、旧ソ連や東ドイツのイメージが強いものですから、通りの両側に立ち並ぶオフィスビルや外車のショールーム、華やかなネオンの商店をご覧になると、「これが社会主義国?」という疑問を抱かれるのでしょう。

 

ベトナムの正式名称は「ベトナム社会主義共和国」です。共産党による一党支 配が行なわれており、政治体制は紛れもなく社会主義体制です。ただし、昨年には国名から「社会主義」をはずすことが 議会で検討されたように、実際に運用されている法や国民の意識、企業社会のありようは、旧ソ連というよりも他のASEAN諸国に似ているところが多いと感じられます。

 

外資・私企業に対する規制は「社会主義的」なのか?

海外展開に慣れた方が、まずお尋ねになるのは「外資規制はどの程度厳しいの か?」ということです。

 

ベトナムでは「一定以上外国資本の入った企業には開放されていない業種」が存在します。WTO(世界貿易機関)への加盟以来、こうした外資規制は、国際公約にしたがって、粛々と緩和されていますが、飲食業や小売業、流通業などのサービス業を中心に幅広い分野で、法改正にもかかわらず、実質的な外資規制が残ると考えられています。

 

しかし、これらの規制は、新興国・途上国に典型的な産業保護を目的としたものであり、社会主義の本旨に基づくものではありません。

 

ただし、一党独裁ということは、個人の政治活動が制限されるわけですから、 言論の自由の保障には難ありで、掲示板やブログなどのネットメディアの運営には厳しい制限がつきまといます。ウエブ・ サービスの起ち上げを企図する場合には 慎重な調査が必要です。

 

なお、以前に筆者が関わった通信関連 事業の起ち上げにおいては「公安当局から指導があった際には、ユーザーや関係者に対する事前の予告なしに対象のコンテンツをサーバーから削除する」ことを当局に対して確約しなければなりませんでした。公序良俗規定とは違い、理由の如何にかかわらず即刻削除というのは他の国では経験したことがありません。あるいは、日本人には直接関係がありませんけれども「最近ベトナム人ブロガーが脱税の科で逮捕されたが、あれは実際にはブログの内容が……」というような噂がささやかれるのも少し不気味な話です。

 

これらの点をのぞけば、ベトナムにお ける外資規制は徐々に開放へ向かう他のASEAN諸国に多かれ少なかれ似ており、社会主義国であることがベトナムの開放路線を決定的に妨げているということはなさそうです。

 

役人の腐敗こそ「社会主義国的」

ベトナム人の若い女性に「結婚する相手はどんな職業の人がいいですか?」と 尋ねたら、「税関の職員」と即答されたことがあります。理由は「いちばんお金を持っているから」だそうです。

 

ベトナムでは法律が朝令暮改だという背景もあり、輸出入に関する制度が一部不透明化しています。このため、通関にあたって、役人から賄賂を要求されやすいことを嘆く声は日本人の間にも聞かれます。そうでなくとも入国時や街をバイ クで走っているときに、何かとイチャモ ンをつけては「簡単に片づける方法がないではない」と、したり顔で持ちかけてくる入国審査官・税関職員や公安(警察)といった腐敗官吏に対し、腹に据えかねている人は少なくありません。

 

縁故主義や賄賂文化もまた新興国・途上国では特段めずらしいことではありま せんが、一党独裁のもと抜本的な政権交代が起きないことにより、長きにわたって硬直化したベトナムの官僚組織の腐敗 は、とりわけ根深いと考えられ、経済発展の足かせになる怖れは否定できません。

 

6年前に初めてベトナムへやってきた際には「ベトナムはプチ中国だ」と教えてくれた方もいらっしゃいましたが、その後、中国では腐敗撲滅政策が進められており、この点でベトナムは少し遅れを取ったと言えそうです。

 

元国有企業の悪しき体質

社会主義の特徴は、企業など生産手段の国有化ですが、ベトナムでは逆に、多くの国有企業がすでに民営化されているか、その途上にあります。ただし筆者が関わった限りでいえば、大手・超大手にあたるこうした企業の経営陣は事業の採算性や発展性に対して無責任であり、企業は競争的でありません。政府の補助金漬けになっていると噂される企業や「そうでもなければやっていけないのでは?」と思われる企業も数多く見られます。

 

こうした中ではいくぶん実務家タイプと見受けられる経営者に出会っても、やはりリスクテークには後ろ向きなことが多く、業務提携に向けたミーティングでは「ヒト(ノウハウ)・モノ・カネ」はすべて日本企業の持ち出しで、なのに利益だけは折半することにこだわるものですから、結局は破談にいたるということが何度もありました。こうした大手企業の「ごっつぁん体質」にはご注意くださいということをお客さまにはいつも申し上げています。

 

このように、外形的には民営化されたけれども、企業の存続・事業の拡大に向けた経営責任を担保する適切なガバナンス(統治)が不在であり、企業社会の発展が遅れるのは「もともとはみんな国有企業であった」ことに一因があると考えられ、ベトナム社会の課題だと言わなければなりません。

 

ただし、IT業界などではベンチャー・スピリットにあふれる若い起業家たちの活躍もめざましく、彼らの創意や技術、スピード、情熱はきたるべきベトナム企業社会の世代交代を予感させます。

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お上の批判をしない文化

ベトナムは社会主義国だという視点から見たこの国の現在とこれからを、若い 世代はどのように受けとめているのでしょうか。

 

筆者がIT業界で一緒に働くベトナムの若者たちは教育レベルも比較的高く(4年制大学卒またはそれ以上)、そもそもインターネットの利用に明るいこともあって、日本やアメリカに比べると、ベトナム社会の制度・慣行がまだまだ不自由なものであることを客観的に認識しています。なかでも役人の腐敗と、言論の自由が制限されていることには強い不満を感じているようです。

 

言論の自由、わけても政権批判についてはやや神経質なところを見せることもあり、ベトナムでは政治の話を全くしなかった友人が、東京へ来ると、地下鉄のなかで大きな声をあげて政府の腐敗を批判していたこともありました。

 

「それ、ベトナムでは言わないんだね」と言ってみたら、「言いません。ベトナムでは政治の話をするのはあまり賢いことではありませんから」ということでした。

 

また、別の友人はいくつかのビジネスが中小企業に開放されていないと不満をもらすものですから、「革命でも起こせば?」と冗談をいいましたら、「ノー!ノー!ノー!」と必死で否定していました。「お上」の批判はしないという文化・教育と、現代的な感性との葛藤を感じます。

 

若い世代に期待がかかっている

日本で働いていたことのある女性は、「親もとを離れても日本で働きたいのはなぜ?」という質問に「だって日本には自由がありますから……日本は自由ですよ」と少し遠い目をして答えました。もっともっと自分たちの可能性を追いかけたいと渇望する若者にとって、ベトナムは日本人の眼に映る以上に不自由なのかもしれません。

 

しかし、いずれにしましても、若い世代はインターネットを通じて海外からの情報に触れ、政府によるプロパガンダをはねつけて自分たちの国と社会の客観的な姿を見きわめています。彼らの様子を見ていると、ベトナム社会が安定性を重視しながらも徐々に開放的になっていくことは間違いがないように思われます。それにつれていろいろなことが外国企業や外国人にとっても分かりやすいものになっていくのでしょう。

 

ただでさえ、長く悲惨な戦争に耐えて統一を果たしたベトナムですから、外国人が国民の選択を軽々にとやかくすることは控えなければなりませんが、ベトナムの活力あふれる若者たちが自分の国を誇りに思い、胸を張って世界へ出て行く日がもうすぐそこへきていると思うと楽しみで仕方がありません。

 

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堀真一郎 (ほり しんいちろう)

株式会社Wakka Inc. グループ経営者

東京とベトナムのホーチミン・シティーを結んでウエブ・システムのオフショア開発/BPO(業務のアウトソーシング)受託を手 がける株式会社Wakka Inc. グループの創業者。株式会社RNAコンサルティングの代表取締役も務める。2011年に日系IT企業起ちあげ支援コンサルティングでホーチミンシティーでの活動を開始。現在は自社グループの経営にあたる。

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