いまも僕を刺激するベトナムという国のこと Vol.4

第4回 ハノイとホーチミンシティーってどう違うの?(その3)

ベトナムは、北部と南部では気質も文化も慣習も風土も大きく異なっています。
北部にある首都ハノイと南部にある商都ホーチミンシティーはどう違うのか――。
今回も、ハノイとホーチミンシティーの相違点について、具体例を上げてご説明いたします。

 

 

「サイゴン」という呼び名とホーチミンシティー

出張にいらっしゃったお客様とビールのグラスを合わせ、「ウェルカム・トゥ・サイゴン!」と歓迎すると、ちょっと戸惑われることがあります。

「サイゴンって、言っていいの?」

古くから多くの外国人を迎え、栄えたホーチミンシティーが、そのベトナム随一の規模にもかかわらず、首都でない理由は明らかです。サイゴンと呼ばれたこの街を首都に定めた南ベトナムがベトナム戦争に敗れ、ハノイを首都にして戦った北ベトナムがこれを飲み込むかたちで統一を果たしたのが現在のベトナム社会主義共和国だからです。

植民地支配の中心だったサイゴンを攻め落とした北ベトナムの指導者から名前を取り、改称したのが「ホー・チ・ミン」シティーですから、サイゴンという名前には被支配者としての、あるいは過酷な独立戦争の苦々しい記憶がしみついているのではないか、というのがお客様のご心配なのでしょう。

 

ホーチミンシティーとハノイ、それぞれのプライド

しかし、実際にはそのようなご心配にはおよびません。もちろん、ベトナム政府がホーチミンシティーを「サイゴン」と呼ぶことはありませんが、ビールの「サイゴン・スペシャル」、鉄道の「サイゴン駅」にはじまり、ホテルや飲食店の名前にまで、街のあちこちには「Saigon」の文字があふれています。

この街の出身者が自分たちのことを「Saigonese」と呼ぶこともありました。彼らには古くから世界を向こうに回してしたたかに生きてきた「大都会」の住人であるとの誇りが見て取れます。

他方、ハノイを中心とする北部出身のベトナム人にもまた、「国の中心」ともいうべきエリアで生まれ育ち、教育を受けてきたという強い自尊心があります。特に予算がものをいう大学教育に関しては、やはり、首都のハノイにアドバンテージがあり、家庭の経済状況にかかわらず、優秀な学生が試験免除・学費免除で進学したり、国費で日本へ留学に来たりするのはハノイのほうです。

もっとも、戦後アメリカへ移住した家族・親戚とのパイプが太く、富裕な企業経営者の多いホーチミンシティーからは私費、つまり、親や親戚のカネで留学する学生が多いわけなので、我々からみれば「どっちが上」ともいいがたいように思えます。

 

ハノイに政府があることの意味とは

よく「ハノイは政治の街。ホーチミンシティーは経済の街」といういい方を耳にしますが、単純化しすぎており、正しくないという印象です。「政治の街」と聞くと、アメリカのワシントンD.C.のような街を思い浮かべますが、ハノイは3位のダナンを大きく引き離すベトナム2位の経済力を持った立派な商業都市です。官僚が支配する格式ばった冷たい街というイメージは当たりません。

しかし一方で、どうしてもハノイでしかできないことも、やはり存在します。
法人の設立に当たっても、外資系企業やいくつかの業種に対するライセンス(営業許可)はホーチミンシティーの行政府で発行することができないため、申請書はハノイの所轄官庁へ回され、そのぶん時間がかかります。教育や社会資本の整備などといった大きなプロジェクトに携わる方々も、やはりハノイ詣でを繰り返しておられるように見受けられます。

また、ベトナム人の友人と話していると、「ハノイに支社ができた」というものですから、「おっ、北部展開? すごいね!」といったら、そうでは ない、といいます。

「ハノイにはビッグ・ブラザーがいるから、支社があると、いろいろ便利なんだよね」

「ああ、うん……」

ビッグ・ブラザーとは、いうまでもなく、ジョージ・オーウェルが『1984』で描いた架空の全体主義国家の支配者のことですから、この発言自体、ハノイの官僚組織を痛烈に皮肉ったものと言えます。どのように便利なのかは推して知るべしといったところでしょう。

さらには、ハノイの街を眺めていると気づくことに、ホーチミンシティーと比べておおぶりな(あるいは巨大なと言ってもいいかもしれません)集合住宅や商業施設、官公庁の入居する高層ビルが目立つということがあります。

首都の威信をかけた計画開発と受け取れなくもありませんが、経済規模を考えると、ホーチミンシティーとの釣り合いが取れておらず、中央官僚による利権誘導が行なわれているのではないかと囁かれます。特に政府機関の施設については日本からのODA(政府開発援助)など政府対外債務で建設費がまかなわれているものもあるはずで、野放図な建設はこうした債務の返済を困難にしている怖れもあると考えられます。

 

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堀真一郎(ほり・しんいちろう)

株式会社Wakka Inc. グループ経営者

東京とベトナムのホーチミンシティーを結んでウエブ・システムのオフショア開発/BPO(業務のアウトソーシング)受託を手がける株式会社Wakka Inc. グループの創業者。株式会社RNA コンサルティングの代表取締役も務める。2011年に日系IT企業起ちあげ支援コンサルティングでホーチミンシティーでの活動を開始。現在は自社グループの経営にあたる。

 

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