会社国家ニッポンの闇 ──ある派遣労働者の独白

第2回 負は連鎖する

 

この連載では、大企業のサラリーマンを辞めた後に私が辿ってきた「負け組」への道のりを語っていきます。前回は警備員として働いていた顛末をお話いたしました。今回は警備員を辞めた後の「後退戦」をご笑覧ください。

 

警備の仕事はなくなった。早急に収入の手だてを考えなくてはならない。それ なのに無性にタイに行きたかった。働かなければ生活が立ち行かない。それは分 かるのだが、いっときでもいいから社会の底辺にいる鬱屈や不安から解放されたい。タイで気分転換したい。日本では貧乏人でも、タイなら円の力で金持ち気分を味わえる。思い始めると、ゴーゴーバーで体を密着させてくる女たちの姿態がちらつき、路上の喧騒なども聞こえ始め、いてもたってもいられなくなった。

 

借金に走り回る

カードで金を借りればいい。サラリーマン時代に労働組合の勧めで「ろうきんカード」というものを作らされていた。借金をして行くんだ。そう長くは滞在できないぞ。そんな事を考えながらカードを機械に入れる。が、戻ってくる。画面には「このカードはご使用できません」とメッセージが表示されている。備え付けの電話で問い合わせてみると、分からないと言われ、教えてもらった番号に問い合わせてみると、退職で労働組合を脱退した時点で解約されていると告げられた。作ってくれと頼んできたから作ってやったんだろう。そう言ってやりたかったが、時間の無駄と思い、やめた。

 

カードが使えないなら誰かに借りればいい。稼いでいる人なら2つ返事で貸してくれるはずだ。外資系企業を辞めて立ち上げた自然食品の会社が軌道に乗っている大学の先輩を酒に誘った。タイへ行きたいから、と単刀直入に借金を申し込む。すると「オレは夢には投資しないからさ」と簡単に断られ、次に頼ったサラリーマン時代の先輩には困った顔をされた。持っているのに何で貸してくれないのか。腹を立てながら向かったのは消費者金融だった。サラ金と呼ばれていた時代は一生を台無しにするようなイメージがあったが、テレビCMで明るい雰囲気にイメージチェンジしてきている。あそこなら貸してくれるはずだ。コマーシャルの明るさとは裏腹に、店は暗い雑居ビルにあり、透明なボードの向こうに背広を着た男が座っていた。

 

「金を貸してもらいたいんですが」

「理由はどういったものですか?」

「海外を少し旅しようと思って」

「旅……ですか?お仕事は何をされてますか?」

「今はしてないんですが、帰ってきたら真面目に働きます」

「貸したら翌月から返してもらわないと困るので、返済の予定が立たない人には貸せないんですよ」

 

呆然とした。消費者金融さえ相手にしてくれない。肩を落とし、帰路につくしかなかった。

 

銀行で感じた屈辱

働かなくてはならない。仕事を見つけなければならない。無料の求人誌と、有料の求人誌も買って、朝から仕事を探した。だが、高時給の仕事は建設現場での肉体労働や、24時間勤務を繰り返すタクシー運転手だったりで、3か月前まで医者通いをしていた自分には勤まりそうにない。それでも1日また1日と過ぎ、手持ちの金は目減りしていく。どうにかしないと、本当に大変な事になる。そんな時に、時給とは別に運転手当が付くという文言に惹かれて応募したのが清掃員だった。「機動班」という名称が物々しかったが、面接で訊くと、車で現場を清掃して回るからそう呼んでいると説明してくれた。車で移動するのならその時間は座っていられる。楽に違いないと思った。

 

午前中の清掃は人数が多かったこともあって簡単に終わった。予想どおり楽な仕事だと喜んでいると、同じくらいの年齢のリーダーが「昼飯に行きましょう」と声をかけてくれる。おごってくれるらしい。が、このリーダーの食べるスピードが驚異的に早い。こっちがスープで口の中を潤し、やおら定食に箸を延ばそうかという頃、大盛りチャーハンをすでに食べ終えようとしている。払ってもらうのに待たせるわけにはいかず、味も分からないまま白米とホイコーローを口に詰め込み、スープで流し込む。消化不良を心配しながら店を出ると、車に乗せられる。移動が昼休みを兼ねていた。座っていられるので楽には違いないが、これが昼休みと言えるのだろうか。疑問に思いながら着いた先は日本橋の銀行で、ATM機が並ぶフロアの床を機械で洗浄し、壁際はスポンジを手に腰を屈めて磨く。ATMを利用する人が入ってくると、「いらっしゃいませ。お気をつけください」と声をかける。場所柄、利用者が小奇麗な格好をしているのに比べ、清掃員は目に鮮やかな青いズボンに汚れた運動靴。2年前まではスーツでデスクワークをしていた。それが今は洗剤の付いたスポンジで床を磨いている。ガラスに映る自分がみじめに見えた。

 

仕事に行きたくない!

帰りの車はリーダーが運転し、助手席 には 20 代前半の女性、後部座席に筆者が乗った。終業時間はすでに過ぎて、周囲 はとっぷり暮れている。女性が振り返ってはポッキーやチョコレートを渡し、話しかけてくれる。食事の早いリーダーも 明るい人で車内の雰囲気はいい。だが、 筆者は陽気に振る舞うことができなかっ た。銀行で感じたみじめさや、帰る時間 が日によってまちまちで遅くなる事も多いと聞き、気持ちが萎えていた。定時に 上がりたい事や通勤に1時間以上かかる 事などを話すと、リーダーが新宿のデパ ートに常駐の現場があると教えてくれ た。常駐なので移動の必要がなく、通勤時間も短縮できる。昼休みもきちんと取 れる。時給は少し下がるが、そっちのほ うがいいように思えた。リーダーはその 話をさっそく課長にしてくれ、1日休んで明後日から新宿の現場で働く事が決ま った。帰りの車で仲良くなった女性と会 えなくなる事は残念だったが、新宿の現場で頑張ろうと思った。

 

目が覚める。何時なのだろう。手を伸ばして目覚まし時計を引き寄せる。午前4時。躊躇しつつ、5時にセットしてある目覚まし機能をオフにする。4月の早朝はまだ寒い。6時になど家を出たくない。ブランド品の並ぶ華麗で洗練されたデパートで、何で鮮やかな青ズボンをはかなければならないのか。お願いして替えてもらったのに、何もしない前から嫌になっていた。7時10分過ぎに携帯が鳴る。出たくない。何度もかけてくる。しかたなく通話ボタンを押し、熱を出したと言いわけした。声から年配と分かる現場の責任者はいい人らしく、「時間になっても来ないから心配したんだよ」と言ってくれた。罪悪感にとらわれながら、それでも翌日もまた同じように休むだろうと思い、会社に電話して辞めると伝えた。

 

慣れると楽勝だと思ったが……

一体どうするんだ。行けば金になるの に何で行かなかったんだ。何度もめくり 返した求人誌を手に悶々としていると、 課長から電話があった。怒られると思い ながらも正直に、始業時間が早くて起き られなかったと謝った。すると「1日で 辞めるっていう手はないよ」とたしなめ られ、8時始業の別の現場を紹介してく れた。こんな事もあるんだな。仕事を得 た事と課長の温情がありがたかった。 現場は青山にあるⅠ商事の本社ビル で、掃除機かけとモップ拭き、各部屋の ゴミの回収が主な仕事だった。午前中が 忙しく、社員全員が座れるようにと造ら れた食堂は広大で、割り振られた3分の1の部分さえどうやっても時間内では終わりそうにもなく、始業前の7時50分に掃除機をわきに置いて扉の前で待機し、警備員が鍵を開けるのと同時に入り、走るような勢いで掃除した。終わると掃除機を用具入れに戻し、ポリ袋を持って各部屋のゴミを回収する。9時40分に休憩。地下2階の詰め所でお茶を飲む。機動班の平均年齢は30代だったが、常勤清掃の平均年齢は60代。おばちゃんたちのおしゃべりを聞きながら20分間休む。10時から11時40分まで働き、昼休みが1時までの1時間20分間。昼食は自分が掃除した食堂で食べる。ビルで働いている人なら誰でも利用でき、定食、単品、麺、カレー、スイーツまであって、安いのに味はレストラン並み。筆者は牛肉の大盛りカレーライスを好んで食べたが、出入りの宅配便運転手はいつも、チャーハンの大盛りにラーメンの大盛りといったボリューム満点の食事をしていた。

 

食べ終わると詰め所で休む。NHK朝のテレビ小説「さくら」の再放送が終わると1時。各階の通路に掃除機をかけ、手すりを雑巾で拭いたりして3時の休憩。詰め所でお茶を飲み、3時20分からは近くのマンションに出かけて掃除機をかけ、エントランスのガラスを雑巾で磨く。のんびり歩いて戻り、5時に終業。はじめの2週間は高齢者ばかりの職場に馴染めず、松戸でCDショップを営みつつ午前中だけ働いている40代のN村さんに「頑張りましょう」と励まされたりしていたが、慣れると対人関係のストレスがなく、早起きして体を動かすので健康的でもあり、こんないい仕事はないと思うようになった。

 

暮らしが貧しくなれば、心までも貧しくなる

しかし給料をもらって愕然とした。フルタイムで週5日働いて手取り12万円。3か月目以降はここからさらに年金が引かれるという。とても生活していけない。時給の低さと多過ぎる休憩のせいだ。年寄りには2回の20分休憩と1時間20分の昼休みが必要かもしれないが、体力のある30代の人間は働いてそのぶん金をもらったほうがいい。銀行の預金口座はすでに底をついている。これでは息子の養育費が送れない。泣く泣く思い入れのあるカメラを中古店に持って行った。善良そうな店員が3万9000円と書いてくれた金額を、後から来た小狡かしそうな初老の店員が2万1000円に書き換えたのを見て、頭に血がのぼった。他の店に持って行けばいいのにそれを思いつかず、2万1000円を手に店を出た。金のない事が情けなかった。

別な仕事を探さないとダメだ。清掃員の中には若い人もいるが、彼らを見かけるのは朝と夕方に限られる。日中は学校に通うか、他の仕事をしているのだろう。常駐清掃の仕事は兼業でやるか年金をもらいながらやるものなのだ。求人誌をめくる毎日がまた始まった。収入を絶やすわけにはいかず、清掃員を続けながら探す。しかし、掲載されている求人は代わり映えしない。こんな求人誌に頼っていていいのか。他の求職者はどうやって探しているのか。

 

業種や勤務地ごとに分けられた中に、格段に時給のいいページがある。派遣社員だ。女性のやるもの、との意識がいつもそこをスルーさせていたが、よく見てみると、中には「男女とも活躍中」と書かれているものもある。男にもできるのだろうか。電話で問い合わせてみた。

 

「最近は男性でも派遣で働く方が増えてますよ」派遣会社の女性の明るい対応に気持ちが軽くなった。それなら時給の高い派遣社員で働かない手はない。私は派遣社員のページを頭から丹念にめくり直した。

 

————————————–

鳥屋野潟 エツ (とやのがた・えつ)

東京の有名私大を卒業後、大手保険会社に就職。30代はじめに退職する。以降、派遣社員でさまざまな仕事に就きながら、タイに通う。転職多数。ここ 数年は西南アジアに滞在することが多い。

 

 

返事を書く

Please enter your comment!
Please enter your name here