会社国家ニッポンの闇 ──ある派遣労働者の独白③

第3回 派遣は地獄の始まりだった

 

大企業のサラリーマンを辞めた後に私が辿ってきた「負け組」への道のりを語る連載の第3回目。いま振り返ると、清掃員を辞めて、派遣会社に応募して採用されたのが運命の分かれ道だったかもしれません。派遣社員として働き始めた私の情けない姿をお哀れみください。

 

ジリジリしながら採用の連絡を待つ

池袋にある5階建てのビルを訪ねた。ここに電話で面接の予約をした派遣会社が入っている。エレベーターで上がって、ドアを開けると、さして広くもない部屋に女性がひとり座っていた。大勢の社員が賑やかに働く姿を想像していたので意外だった。勧められて、椅子に座る。履歴書と職務経歴書を渡す。業務の内容について説明され、経験について訊かれたので答えると、それで終わりだった。拍子抜けしながらも、せっかく来たのだからと採用の可能性を訊いた。

「現時点では鳥屋野潟さんが第1候補です」

期待して待つが、連絡はいつまで経っても来ない。やはりアルバイトで働くしかないのか。そう思い、新宿と空港を結ぶリムジンバスの求人に応募すると、採用された。仕事の内容は乗車前の受付と荷物運び。時給は1000円だが、泊まりがあるため、宿直手当がもらえる。見学させてもらった宿直室には2段ベッドが所狭しと並び、タコ部屋そのものだったが、頑張るしかないと思った。ところが、だめだろうと思いながら受けたコールセンターの派遣社員に採用された。

時給1400円──。

この時給なら困窮生活から抜け出せる。リムジンバスに断りの電話を入れ、清掃の現場責任者に辞める旨を伝えた。どこに決まったのか、と訊かれたので、NTTドコモと答える。派遣社員の何たるかを知らないのだろう。

「NTTなら安心だ」と正規雇用されたかのような言いかたをされた。3か月勤めただけの清掃員だったが、「寂しいわね」と言ってくれるおばさんもいて、名残惜しさに駆られた。

派遣デビューはコールセンター

派遣社員初日──。近くのテーブルに置かれた名簿を覗き見て、今回採用されたのは筆者を含めて5人であることが分かった。しかし、今ここには4人しかいない。課長が厳しい口調で電話している。1人が連絡をしないままバックレたらしい。時給1400円で仕事に来ない人間がいる。派遣の世界ではそれが普通なのか。

考えていると、始業のチャイムが鳴る。名前を言うだけの挨拶をする。居並ぶ制服姿の女性たちに、コールセンターは女の職場という通念を再認識した。

別室でオリエンテーションを受ける。スケジュール表を見ると、研修期間が1か月もある。これだけあれば、未経験でも何とかなるだろう。研修担当が紹介される。現れたのは40代後半だろうか、明らかに描いたと分かる眉毛の女性K井さんだった。

研修は初日こそ緊張感を持って進められたが、しだいに雑談のほうが多くなった。K井さんは本業と研修を兼任しているため、出たり入ったりが多く、研修生だけで無駄話に興じて終わる日もあった。携帯電話の知識が何も深められず、お客さんとの応対についても分からないまま研修期間が過ぎていくことは不安だったが、出勤して時間をつぶしているだけで給料が発生している現状は痛快だった。

3週間目はモニタリング研修をした。オペレーターの横に椅子を持ってきて座り、お客さんとの実際のやりとりをヘッドセットを通して聞かせてもらう。閑散期らしく、1人のオペレーターが電話を取る本数は1日10本程度で、それも簡単な内容であれば、2~3分で済んでしまう。時間を持てあますので、ここでも無駄話が始まり、雑談の合間に電話を受けている感じだった。同じ研修生のM田さんなどは、

「前の職場が男ばかりだったから、モニタリングで女の隣に座ると、化粧の匂いで朝から勃っちゃって」と、喜んでいた。

しかし、そんなお気楽モードは、隣席が始まったとたんに消え失せた。隣席とは、モニタリングとは逆に、お客さんとの受け答えをオペレーターに聞いてもらう研修だった。ヘッドセットから呼び出し音が聞こえると同時に、目の前のモニターに「着信」の文字が表示される。キーボードの実行キーを押すか、マウスを操作して、電話に出る。

「ドコモ~お問い合わせセンター、鳥屋野潟でございます!」

携帯番号、名前、住所を言ってもらい、本人であることを確認する。緊張して、この時点ですでに手のひらが汗ばんでいる。

「今月の携帯の料金見たんだけどさ。何か高くねえか? こんな使った覚えないんだけど」

オペレーターに、保留にして、と小声で言われる。

「少々お待ちください」

オペレーターに言われるまま、パソコンを操作する。2つあるモニターに画面をいくつも表示させる。いったい何を調べているのか。この数字は何なのか。何が何だか分からないまま、パケットの使用量が多いようですって答えてと言われる。
「お待たせいたしました。パケットの使用量が多いようです」
「そんな使った覚えねえけどなあ。何が多いの?」
言われるまま保留にし、いくつもの画面を開いたり閉じたりして調べる。
「この人、動画サイト見てるね。だから高かったんだ。このことを説明してやって」
「お待たせいたしました。動画サイトが高かったようです」

「そんな見てる? おかしいなあ、そっちの間違いじゃね?」

オペレーターがメモ用紙に書く。
(こちらの間違いではない。そっちで確認して)

「こちらの間違いではないです。そちらで確認してください」

「確認しろってどうすりゃいんだよ。分かんねえから電話してんだろ?」
オペレーターが書く。

(動画サイトの会社に確認して)

「動画サイトの会社に確認してください」

「動画サイトってどこだよ。そっちで分かんねーのか?」
(△△という会社。動画については動画の会社に訊いて。ドコモでは分からない)

「△△というところです。動画については動画の会社に訊いてください。ドコモでは分かりません」

「動画の会社の番号は何番だ?」

(こちらでは分からない。自分で調べて)
「こちらでは分かりません。自分で調べてください」

「何だよ、全然わかんねーじゃねーかよ。こっちで調べるしかねーのか?」

「はい」

「ちっ、分かったよ」

 

電話に出るのが怖い

研修が雑談に終始したツケが回ってきた。パソコンの操作方法が何も分からない。動画会社の料金をなんでドコモが請求するのか。そもそもパケットって何なんだ。手のひらの汗をズボンで拭いながら、時給1400円の仕事に暗雲が立ち込めるのを感じた。

隣席の1週間は緊張の連続だった。オペレーターには気さくで優しい人もいて、そんな人が横についてくれる日は肩の力を抜いて応対できたが、そうでない人の場合は、早く時間が過ぎてくれないか、とそればかりを願った。オペレーターの中には、女ざかりの色気を濃厚に発散させているような人もいて、そんな人と肩をつけるように座っていると、清掃員を辞めて良かったとつくづく思った。

隣席最終日の金曜日に配属が発表された。筆者は7グループになった。グループはSVと呼ばれるスーパーバイザーを含めて10人で構成され、7グループは筆者を加え、男性が4人。女性の人数が圧倒的な他グループに比べて、男性比率が高い。女性の平均年齢も高い。しかし、そんなことはどうでもいい。月曜日からは1人で電話を取らなければならない。不安は増すばかりだった。

緊張で迎えた月曜日だったが、研修生のオペレーター・デビューは先送りとなった。現状のスキルでは、独り立ちは厳しいと判断されたらしい。隣席が延長され、配属先の先輩オペレーターが交代で横についた。世間話で緊張を解きほぐし、要点だけを押さえて指導してくれる人もいるが、これも言い忘れている、あれも言っていなかった、とマイナス面ばかりを指摘してくる人もいる。やっとの思いで応対を終わらせているのに、一本電話を切るごとに細かいことをいくつも言われると疲れる。気持ちも落ち込む。筆者の席が、指摘の厳しいH部さんの隣にされたことも気の滅入りを深くさせた。

 

ストレスで欠勤し、退職の意を伝えたが……

休み明けの月曜日。目を覚ました時点で気持ちが萎えていた。また細かいことを言われるのか。容赦のないH部さんの顔が思い浮かぶ。行きたくない。ストレスのない清掃員が懐かしかった。欠勤の連絡を入れ、翌日も休み、3日目の朝に派遣会社に辞めたいと伝えた。担当者は声を荒げた。

「そんな簡単に辞められると困るんですよ! 行ってくださいよ!!」

剣幕に圧倒されていると、話を聞くから、とにかく出てきてくれと言う。喫茶店で会った。テーブルを間に向かい合うと、担当者は電話とは打って変わり、穏やかに言った。

「電話では大きい声を出してしまいましたけど、いったいどうしたんですか? 鳥屋野潟さんについては心配ないと思っていたんですよ」

顔を合わせるのは初日に職場まで引率してもらって以来だ。名刺には確か取締役営業部長とあった。どこかの派遣会社に勤めてノウハウを学び、独立したのだろう。

「課長のK田さんのこと、少し知ってるんですよ。それで今日電話で話したんですけど、クレームなんかは上に回してかまわないと、そう言ってくれてるんです。仕事の大変さは課長も理解してくれてますから、もう少し頑張ってみませんか?」

辞めたい理由はそんなことではなかったが、話をして、気持ちは軽くなった。その足で出勤すると、同期が近寄ってきてくれた。気の滅入る状況は変わらなかったが、行けば1日1万円になる、1万円になるのだ、と自分に言い聞かせ、通い続けた。

 

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鳥屋野潟 エツ (とやのがた・えつ)

東京の有名私大を卒業後、大手保険会社に就職。30代はじめに退職する。以降、派遣社員でさまざまな仕事に就きながら、タイに通う。転職多数。ここ 数年は西南アジアに滞在することが多い。

 

 

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