会社国家ニッポンの闇 ──ある派遣労働者の独白④

第4回 派遣の現場は魑魅魍魎ばかり

大企業のサラリーマンを辞めた後に私が辿ってきた「負け組」への道のりを語る連載の第4回目ーー。今回は派遣の現場で出会った人々の姿をご紹介いたします。派遣社員として働き始めた私の前に現れた人たちは驚くべき面々でした。大企業の正社員で働いていた時にはとても出会えなかった人ばかり。これもニッポンの歪んだ雇用形態が生み出した闇の部分だと思います。

 

理不尽な雇用条件に泣く

仕事に慣れてくると、様々なことが分かってきた。ショックだったのは、筆者たちより前からいる人たちの時給が1500円だったことだ。今回の採用から時給が引き下げられたらしい。時給が100円変われば、7時間半労働で750円違う。20日働くとして月に1万5000円。年間では18万円も変わる。

さらに、当然もらえるものと思っていた通勤交通費が支給されないことも分かった。アルバイトやパートでは支給が当たり前の交通費が、派遣では支払われない。これでは業務内容よりも、交通費の額で仕事を探さなければならない。同じグループの男性I野さんなどは、1か月の定期券代に2万円以上も払っていた。自宅に暮らして家賃や光熱費がかからないからそれでもやっていけるのだろうが、筆者には常識はずれの出費に思えた。筆者の定期券代は8000円強だったが、それでさえ購入するときに理不尽を感じた。

そのうえ、筆者は派遣会社の方針で、本来給与天引きされる健康保険・厚生年金・雇用保険のうち、雇用保険しか加入していない。健康保険は区から送られてくる国民健康保険の支払い用紙を使ってコンビニで払い、年金は支払い用紙が送られてきても無視していた。給料は手取りで20万円を超えていたが、それは年金を払っていないためで、受給年齢まで生きていたらと考えると不安になった。

 

派遣社員の気色悪い面々

警備員の時と同様、ここにも特筆すべき人たちはいた。朝から勃っているM田さんは、昼飯に誘うと、決まって、「ちょっと用事がありますから」とか、「銀行に行かないといけないので」と、姿を消していた。が、そのうち、「腹が減ってめまいがする」「昨日からキウイ1個しか食べていない」と言いはじめ、それがパチスロに負けたためということが分かってきた。パチスロで300万円の借金をつくり、取り立てに遭っているらしかった。

「部屋にいる時はテレビの明かりだけで生活しているんです。でも、分かるみたいで、ドアをいつまでもノックされるんですよ」と、表情のない顔で言うのだった。

訪れた給料日ーー。さぞや腹いっぱい食べたのだろう。

訊いてみると、

「給料が入ったんで、意気揚々とパチスロに行ったんですよ。そうしたら15万円負けたんですよ〜。家賃払うと一文なしなんですよ〜」と、唇を震わせながら答えた。

それが翌日には一転、笑顔で、「昨日は牛丼の大盛りに卵までつけちゃいました」

どうしたのかと訊くと、

「家賃を払うために残しておいた金を思い切って突っ込んでみたんです。そうしたら、8万円勝っちゃって。今日も行って、これまでの負け分を取り返します」

翌日ーー。

負けたんですよ〜。もう家賃も払えないんですよ〜。どうしたらいいんですかー」

能面のような顔で唇を震わせるのだった。M田さんはそれからほどなくして自己破産を申請し、借金取りから部屋をノックされることがなくなったと喜んでいた。

筆者たちより2か月早く働いているY本さんも、独特な人だった。頬の削げたような風貌が旧ドイツ軍の狙撃兵を思わせたが、電話の鳴らない時は机上に置いた鏡を覗き込みながら、毛抜きで鼻毛を抜くという行為で周囲から嫌がられていた。

ある日帰る準備をしていると、Y本さんに話しかけられた。

「鳥屋野潟さんのイチモツ、どれぐらいですか? これぐらいですか? これぐらいですか?」

物差しを手に、数字の部分に当てた指を少しずつ動かしている。周りには女性が大勢いる。どう返答すればいいのか。

「これぐらいですか? これぐらいですか?」

分かりやすく見せているつもりなのだろう。物差しの端をつまんでブラブラさせている。話を打ち切りたく、それぐらいですよと適当に答えた。すると、

「こんなあるんですか!さすがですねえ‼」

マスターベーションの回数を訊かれた時もある。

「シコシコ、週に何回ですか?」

聞こえないふりをしたかったが、大声で再度訊かれることが分かっていたので、しかたなく小声で答えた。

「1回か2回ですよ」

「ホントですか。少ないんですね。私は毎日やっています。1日の終わりにさっぱりしてから眠りにつくんです。毎晩熟睡ですよ」

Y本さんは週2日の休みの1日を、ビデオ鑑賞店のアルバイトに充てていた。

名作映画も置いているが、それらを見る人はまれで、ほとんどの客がアダルトビデオを楽しむのだと言う。そうした人のためにグッズも用意していて、受付のときにローションやスポンジなどをさり気なく勧めるのだと話す。

「時給1000円なんですけど、楽なんですよ。受付に座ってればいいだけですから。仕事は客が帰った後に、ごみ箱に捨てられたティッシュをポリ袋に回収するぐらいなんです。ただ臭いだけはどうにもならないんで、マスクをしてやっています」

週休1日で頑張る理由は、正社員で働いていた時の生活を派遣社員でも維持したいからなのだそうだ。

「ボルボのステーション・ワゴンに乗っているんですけど、燃費が悪いんですよ。お腹いっぱいにして出かけて、3〜4時間走らすと、もう空になっていますから」

派遣社員の身でボルボに乗ること自体分不相応な気もするが、この人ならどうにかやっていくように思えた。

 

心が病んでいる管理職や先輩

特筆すべき人は管理職にもいた。隣の部署の課長だったので名前は分からないが、異彩の放ち方はM田さんやY本さんの比ではなかった。

トイレに行くと、いつも便器の前の床が濡れている。掃除のおばちゃんが「まただよ」と愚痴りながら拭いている。便器から離れて用を足す人がいるようだった。それがあるときから濡れているというレベルを越え、水浸しになっていることが続いた。どうしたのだろうと思っていたが、課長のトイレでの姿を目の当たりにして理由が分かった。課長は便器から1メートルも離れて用を足していた。

それだけでも異様だが、その距離はしだいに広がり、最後は壁に背中が付きそうなところから、数メートル先の便器に向かって放つようになった。溜め込んでくるのか大量の小便を勢いよく、大半は床にぶちまけ、ときに「わー」と声を上げながら放尿している。そんな時のトイレは課長の独断場で、誰も中に入って行けなかった。課長の出た後は床がバケツをひっくり返したようになっていて、それを避けながら便器まで行くのが大変だった。靴を濡らしながらやっとの思いで用を足し、トイレから出ようとすると、掃除のおばちゃんが入口で立ち尽くしていた。

20代から30代前半の女性が主体の他グループに比べ、平均年齢の高いことを残念に思っていた7グループだったが、席替えがあり、姉御肌で面倒見のいいD田さんと隣り合うことになって出勤することが楽しくなった。

派遣社員でもフルタイムで働くと、半年後には10か間の有給休暇がもらえる。

法律で定まっている。用事もなかったが、せっかくだからと1日休んだ。翌朝席に着くと、向かいの机との仕切りのパーテーションに、女性の喜びそうな小物が貼り付けられている。キティーちゃん、カエル、ミッキーマウス、ムーミン……。

「殺風景だから飾っておいてやったの」

D田さんだった。外して返そうと画鋲に手をかけると、

「取ったらダメ!」

事情を知らない人が見たらどう思うだろう。始業時間になり、居心地の悪いまま電話を受ける。応対しながら正面のカエルやムーミンが目に入る。集中できない。昼休みに早めに戻ってきて全部取り外した。D田さんが戻ってくる。

「エッツィーが喜んでくれると思ってやったのに〜」

エッツィーとはD田さんに呼ばれはじめたニックネームだった。心証を害さないよう恐縮しながら返す。また何か言われるのではと顔色をうかがうが、受け取ってくれた。しかし、トイレに行って戻ってくると、また貼り付けられている。

「減らしてあげるから、ケロちゃんとプーさんは飾っといて」  翌朝、再び向き合う。やはりどうにかしたい。そこで貼られている場所を下げる。と、

「何でそんな下のほうにするの?私のこと嫌いなの?」

困らせて楽しんでいるのだろう。それでも嫌われるのは避けたく、顔色をうかがいながらまた少しずつ下にずらしていくのだった。

 

支払い延期を頼む客との死闘が続く

仕事の多くが、支払いの延期を頼んでくる客との対応だった。未払いによる電波の停止日は事前にハガキで通知していて、その日が近づくと、電話が増える。

「必ず払うからさ。少し待ってくれ」

利用者の情報を画面に出せば、支払い状況や延期の依頼が初めてなのかなどが分かる。初めてであれば、オペレーターがその場で3日程度の支払い延期に応ずることができる。その場合は「延期は今回限り」と約束してもらう。しかし、何度も延期しているような人には断る。だが、ゴネればどうにかできることを知っている人は、執拗に食い下がる。

「前回延期した際に、今回限りとお約束していただいていますよね」

「それは分かるんだよ。分かるけど頼む。仕事で使っているんだ。頼むよ」

「本来できないことを前回やったわけですから……」

「分かるんだよ。分かるけど頼むよ。お願い。お願いします」

こんな人はまだいい。中にはしてもらって当たり前という人もいる。

「払えねえから支払い日を延ばせ」

「今回限りと先月お約束……」

「ガタガタ言ってんじゃねえよ!10日には払うってんだろ‼」

「それでしたら、お支払い後の利用再開となり……」

「ふざけんな、この野郎!上の者に代われ‼」

各グループにはSVと呼ばれるリーダーが2人ずつ配置されている。正社員もいれば、派遣社員もいて、年齢も性別もさまざまだが、SVはこうした客をあしらうことが仕事だ。オペレーターより給料はいいが、そのぶんストレスは溜まる。SVが客と1時間以上やり合うことは日常茶飯事だった。

 

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鳥屋野潟 エツ (とやのがた・えつ)

東京の有名私大を卒業後、大手保険会社に就職。30代はじめに退職する。以降、派遣社員でさまざまな仕事に就きながら、タイに通う。転職多数。ここ 数年は西南アジアに滞在することが多い。

 

 

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