会社国家ニッポンの闇 ──ある派遣労働者の独白⑨

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第9回 派遣社員は正社員の奴隷なのか?

日本人で知らない者がいない大企業のサラリーマンを辞めた後に私が辿ってきた「負け組」人生を語る連載の第9回目──。派遣のオペレーターとして電話を武器とする戦場をひたすら転戦する日々が続く。タイへ遊びに行くことだけが唯一の楽しみだったが、日本に帰ってもすぐには仕事モードに戻れなかった。これ以上、傭兵生活には耐えられない。早く普通の人間になりたい。

自分よりも年下で能力が低い人間に使い走りさせられる

オフィス用品のコールセンター業務をアウトソーシングで請け負っている会社だった。20人いるかどうかの小規模のコールセンターで、一次受けと二次受けに分かれていた。一次受けは女性ばかりが狭いスペースで背中合わせに腰かけ、電話を取っていた。筆者はその二次受けに、他の1名の男性と採用された。二次受けはリーダーを含めて5人で電話を取り、全員が契約社員だった。40歳手前ぐらいの女性がマネージャーとして全体を管理していた。

研修担当は入社して半年という24歳の男だった。初日は部屋の隅のソファーで資料を見ながら説明を受けた。タイ滞在中にぎっくり腰を起こしていたので、尻が滑るソファーでの研修は辛く、ときおり立ち上がって腰を伸ばしながら痛みをやり過ごした。

翌日はシステムの使い方を習った。男に言われるままマウスを操作し、画面を展開させていく。画面が固まり、動かなくなったのでクリックしていると、男が、

「そんなこと、何回やっても意味ないんですよ。見れば分かるじゃないですか」

と、馬鹿にしたように言い、筆者を苛立たせた。

派遣で働いていて腹立たしいのは、仕事を自分一人でこなせるようになるまでは、首を傾げてしまうような指示でも素直に従わなければならないことだ。業界や社風にもよるのかもしれないが、サラリーマンの世界では年下の者からぞんざいに扱われることは少ない。筆者が8年間正社員で働いた会社では、仕事のできるできないに関わらず、年齢による上下関係が歴然とあった。ところが、派遣やアルバイトではそうはいかない。自分より若い上司が低い能力しか持ち合わせていないということがままある。

 

正社員に弄ばれる派遣社員

研修3日目──。

「使い方なんかを訊かれても、だいたいはネットで調べられるんですが、現物を見ないと分からないものもあるんですよ」

男はどこにどんな商品が入っているかを簡単に説明すると、向き直った。

「それじゃ今からテストします。言われたものを持って来てください。トンボのスティックのり!」
キャビネットのところに行って探すが、見つからない。

「ここに入ってるって、さっき言ったじゃん」
笑いながら上のほうの引き出しを開け、のりを見せる。

「じゃあ次は、ゼブラの蛍光ペン!」
筆者の探し回るさまを嬉しそうに眺めている。どうにか探し出して持って行く。

「2分以上かかってますよ」

こんなことが仕事上、本当に必要なのか。遊ばれているのではないのか。疑問に思いながらも、言われたものを探しては持って行く。するとこの様子を見ていた先輩社員がリーダーに耳打ちし、研修は突如中止になった。と同時に、男が研修担当から外された。

 

タイで遊んだ後に日本で働く辛さ

翌日からは二次受けのオペレーターの横に交代で座り、応対内容のモニタリングをした。電話の相手は会社で消耗品を担当する部署の人間で、内容は在庫がなくなったので発注したい、商品の使い方が分からない教えてといったことが多かった。ドコモのコールセンターに比べたら覚えることは格段に少なく、怒る客もいない。教えてくれる先輩オペレーターも、研修担当から外された男は例外として、みな優しく、対人関係のストレスを抱え込むこともなさそうだ。

それなのに筆者は、どこか落ち着かないものを感じていた。営業の仕事を断らなければ、今頃は車の助手席に乗って営業先へ同行していただろう。面接の雰囲気から察すると厳しい職場ではない。書店の営業部門なので、本好きな人も多いに違いない。気の合う人と知り合えたかもしれない。

落ち着かない理由には、タイから帰国したばかりというのもあった。タイと日本では時間の流れ方が違う。地方の町に滞在すると、特にそれを感じる。暑いなかを汗だくになって歩き、昼食を食べたあとは扇風機の風にあたりながら昼寝をする。昼寝から覚めた直後は寝ぼけて自分がどこにいるのか分からない。開けた窓から、バイクのけたたましい音やアイスクリーム売りのメロディーが聞こえ、タイにいるのだと気づく。そんな時間に浸ってしまうと、帰国してからもしばらくは日本の流れに体がついていかない。無理に合わせようとすると苦しくなる。

コールセンターは現代の駆け込み寺?

腰痛を理由に2日休んで出勤すると、女性マネージャーに呼ばれた。足を組み、横の机に肘をついている。

「研修の段階で休まれると困るんです。今後いっさい休まないと約束できますか? 約束できないというなら考えさせてもらいますが」

何でそんなに高飛車なのか。今後いっさい休まない約束など常識的にできるだろうか。病気になれば、休みたくなくても休まなければならない。それを承知で言っているのか。

「約束できません」

その日の夜に派遣会社から電話があり、今日付けで解雇になったと告げられた。

長期の派遣契約は、はじめは1か月契約で、2か月目から3か月契約に切り替わることが多い。派遣会社からは社会保険の関係と説明されるが、それ以外にも理由がある。

納得いかず、労働基準監督署に電話すると、こう教えられた。

「1か月に満たない契約は予告なしの解雇が可能なんですよ」

派遣会社はよく、契約期間中は辞められませんと厳しく言う。が、解雇される可能性があることについては何も言わない。ちなみに、このとき筆者を解雇したトランスコスモス社は、この数年後、タイでもコールセンターを開設し、いくつもの媒体で働き手を募集している。

コールセンターは人の入れ替わりが激しい。よって常に人を募集している。年齢とこれまでの経験にもよるが、時給1500円以下であれば、通勤時間や業界にこだわらない限り、仕事は見つかる。

 

一刻も早く仕事を見つけないと生活できない

面接に向かったのは神谷町のNTTだった。建物の前で待っていた派遣会社の女性と挨拶を交わす。挨拶がすむと、小銭を渡される。交通費だという。派遣の面接で交通費を渡されたのは初めてで、この派遣会社に好感を持つ。

電話での説明では、仕事は116番に電話してきた人の対応で、管理職以外はほぼ女性。そんなところでやっていけるだろうか、と不安をぶつけると、男性向けの仕事もありますからと言われ、それならとお願いした。

が、実際に面接に臨むと、課長代理だという人の様子がおかしい。書類に目を落としたまま「うーん」と困ったような声を出している。派遣会社の女性が筆者の経歴を説明する間も顔を上げず、ひととおり聞き終わると、

「男性ですか……」と、つぶやく。

「電話で確認させていただいたときに、男性でも可能というお話でしたが」

「オペレーターは全員女性なんですよ」

「電話以外のお仕事もあると伺っておりますが」

「今回はオペレーターの募集なんですよ」

聞かされていた話と違うことに派遣会社の女性も食い下がるが、課長代理は書類に目を向けたたまま「うーん」を繰り返すだけだった。

エレベーターで1階に降りると、派遣会社の女性が深々と頭を下げた。

「せっかくお越しいただいたのに、このようなことになりまして本当に申し訳ございません」
時間は無駄にしたが、交通費をもらえたので金銭的なマイナスはない。そのため腹も立たず、

「他に仕事がありましたら、よろしくお願いします」
と、こちらも頭を下げ、てその場をあとにした。気持ちのいい派遣会社だと感心したが、当然のことながら交通費だけでは生活が成り立たない。何でもいいから早く金を稼がなければならない。

無給で拘束される不条理に怒り

登録に行ったのは、日雇い派遣の会社だった。働いた帰りに事務所に立ち寄れば、日当が手渡しでもらえる。ありがたいことこのうえないが、ここまで落ちぶれたことに言いようのない寂しさも感ずる。それもこれも帰国の日を間違えて余分な出費を強いられ、決まっていた営業の仕事を断ってしまったせいだ。自分の愚かさに腹が立ってしかたない。が、過ぎたことを悔いてもしようがない。今はとにかく金をつくることに専心しなければならない。

紹介されたのはポスティングの仕事だった。時給1000円で朝9時から夕方5時まで。現地までは往復で800円ほどかかるが、交通費の支給はない。会社までは駅から歩いて10分とのことなので、駅には8時40分に着けばいい。ところが、始業40分前の8時20分に点呼を取るという。

「会社まで歩いて10分なんですよね。何で40分も前に集まらなければならないんですか」

「遅刻する人がいるので早めに集合してもらってます。時給は発生しませんのでご了承ください」

無給で40分前から拘束される。そんなことが許されるのか。それが日雇い派遣の常識なのか。問い質したかったが、心証を害して仕事ができなくなったら困る。釈然としないまま電話を切った。

駅には8時前に着いた。トイレに寄ったりして時間を調整し、8時15分に駅前の集合場所に行く。すでに数人が待っている。集合時間の8時20分には全員が顔を揃える。20代から30代の男ばかり。連絡係に指名されたらしい人が派遣会社に電話し、全員で歩き出す。皆しばらくは黙って歩いていたが、

「40分前の集合って、何とかなんないんですかね」

「そうなんですよね。金、出してほしいですよね」
と、愚痴る声が聞こえ、やはり皆が不満に思っていることが分かる。

会社には8時30分に着いた。都心を中心に展開する不動産会社で、近くに建つマンションのチラシを投函するのが今日の仕事だった。

「早いですね。9時までまだしばらくありますので、ここで休んでいてください」
若い社員は会議室に案内すると、そう言って出て行った。

 


鳥屋野潟 エツ (とやのがた・えつ)

東京の有名私大を卒業後、大手保険会社に就職。30代はじめに退職する。以降、派遣社員でさまざまな仕事に就きながら、タイに通う。転職多数。ここ 数年は西南アジアに滞在することが多い。